AWC 棺桶鉄人 3   永山


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#3081/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 5/28   8:45  (194)
棺桶鉄人 3   永山
★内容
「任せますよ」
 急に話し方が丁寧になる校長。自分は関係ないという意志表示だ。
「今は怪人物よりも、奇病です。児童が奇病に感染してご覧なさい。大騒ぎに
なりますよ。親から突き上げは来るわ、学校は閉鎖されるかもしれないわ、そ
りゃあ、大変です」
「要するに、うっちゃっておけと」
「そこまでは」
 校長は、曖昧に首を振った。
「まあ、危ない場所に児童が行って、怪我でもしたら、また面倒ですから。そ
んな事態にならないよう、適当にやってください、ヒューゴ先生」
「分かりました」
 しょうがないなと思いつつ、ヒューゴは承知した。

 ヒューゴの家に、校長が死亡したとの連絡が入ったのは、夕食後であった。
そして、妻のサブリナには何も告げず、ヒューゴは家を出た。
 いや、置き手紙という形で、一言だけ、ヒューゴは妻に言葉を残していた。
「医者に診てもらえ」と。

 月も星も雲に覆われた夜空の下−−。
 往来に、異形の者が現れた。銀色に濡れた表面を持ったその者は、ずるずる
ずると、重たい物を引きずる音を立てながら、無表情に道を進む。
 言うまでもなかろう。この者こそ、デウィーバー少年の目撃した怪人。どこ
に姿を隠していたのか、およそ十日ぶりに現れた。今度は町中に、はっきりと
その姿を示して。
「もうすぐ……だ」
 怪人の口から声が漏れた。案に反して、苦しそうな声。怪人が引きずる棺桶
が、それほど重たいのか。
「もうすぐ……全てが終わる」
 そう言うと、再び怪人は、黙々と歩み続けるのみ。
 闇の静寂を、棺桶を引きずる音が破っていった。

 市長は、抱えていた頭を上げた。
「奇病を治せる、だと?」
 とても信じられないという目で、知らせを持って来た者に視線を送る。
「はい、一定の金貨をいただけるのならという条件付きで、そう申しておりま
すが」
「誰だ? どこかの高名な医者かね?」
「いえ、それが……」
 言い淀む相手に、手振りで先を促す。
「何と言いますか……非常に怪しい風体の男なのです。長旅をしてきたらしく、
薄汚れております。が、着ている物はなかなかきれいで、銀色の衣をまとい、
棺桶のような物を引きずっておりまして。その中身を調べようとしたところ、
相手は激しい拒絶を見せまして。結局、中が何なのか、確かめられませんでし
た」
「この市の者なのか?」
「いえ、違うようです。それどころから、この国の者でもないかもしれません。
と言いますのも、話す言葉がたどたどしく、時折、私が耳にしたことのないよ
うな単語が飛び込んでくるのです。何とか、名前がコフィンだということだけ、
分かっていますが」
「ふうむ」
 うなる市長。
「今、その者はどこに?」
「役場の前におります。役場から先ほど、連絡がありまして、どう対処してい
いのかと、困惑している次第……」
「いかがわしいな。聞けば聞くほど、怪しい。金だけ持って、逃げる魂胆じゃ
ないか?」
「さあ……。別に、前払いしろとは言っていないようですが」
 答える報告者の顔は、苦笑している。
「ふむ。しかし、何だな。いくら困っておっても、そんな輩に病人を預ける訳
にはいかんよ。そいつ、役場で何かしているのだろうか」
「いえ、現在は、ただ座り込んでいるだけのはずです」
「そうか……。今のところは、放っておけ。何日も居座るようだと、追い払う
ことも考えねばならんだろうが」
 断を下す市長。彼は、部屋を出て行こうとする男に、声をかけた。
「ああっと、念のため、見張りを付けておこうか。保安課に頼んでおいてくれ」
「分かりました。すぐに」
 承伏した男と入れ替わりに、今一人の男が入室してきた。
「報告します。市内の奇病による死者は、合計で三十名を越しました」
「何だと。もう、そんなに……」
 絶句してしまう市長。それを上目遣いに見やってから、男は報告を続けた。
「新たに死亡した者を加えた死亡者名簿は、こちらに。発病者の名簿は、こち
らです」
 と、紙を市長の机に回す。
「むむ……」
「私見ですが、奇病にかかった者に接触した者が、新たに病気になっているよ
う見受けられます」
「ほう?」
「例えば、一番最初に死亡したアンベルト=カナ老の遺体を調べた保安官のチ
ャーリーが、同じ奇病で亡くなっています」
「ああ、働き過ぎと発表した、あれだな。……ふむ」
 他の死亡者にも目を通す市長。
「なかなか面白い見方のようだ。しかし、接触していながら、死んでいない、
いや、発病さえしていない者も数多くいる。アンベルト=カナの遺体を診た医
者はどうなんだ? 無事なんだろう?」
「さようで……」
 やや声の小さくなる報告者。
「発病する者としない者とがあるのは、どういうことなのだろう? 分からん。
それにだ、逆に、発病者と接触していないはずの人間も、次々と奇病に襲われ
ている。これも説明がつかない」
「その通りです。ですが、患者が発病前に接触した者を完全に把握し切れてい
ないのが現状。調べてみる価値はあるかと」
「……そうかもしれないな」
「つきましては、発病者の隔離を行いたいのですが」
「隔離?」
「一所に集め、一括して看病しようということです。各家庭に発病者を置いた
ままでは、さらに発病者を増やしかねないのではないか。そう思えるのです」
「……医師の中で、発病した者は?」
「おりません。と言っても、我が市に医者は六名しかおりません。その内、奇
病の治療に関わっているのは、三名です」
「手伝いの看護婦はどうなんだね?」
 いらいらした口調になる市長。
「そちらは一名、発病した者がいます。現在、高熱で意識不明に陥っているそ
うです」
「なるほど……。理由は分からんが、治療に携わる者の発病率は低いと言えそ
うだな。やってみるか、発病者達の隔離を。医師の判断はどうなんだね?」
「聞いておりません。私のような者が意見するなんて、差し出がましいかと思
いましたので……」
「仕方ないな。私の名で、そちらの方向に持っていかせるんだ」
 市長は、素人の考えに乗ってみることに決めた。

 デガード卿は、髪をかきむしった。
「ええい、何とかならんのか?」
「近隣の市町村は、どこも閉鎖状態。これは恐らく、奇病のためでしょう。病
気に襲われた他の市町村がどうなっているのか、治療法が見つかっているのか
どうか、全くつかめません」
 卿に仕えるリイクは、沈着冷静な声で応じる。
「ただ……一つ、興味深い話が」
「何だ?」
「我が市の話なのですが、役場の前に旅の者が現れ、『奇病を治してみせる』
と申し出たそうです」
「本当か?」
 身を乗り出すようにし、立ち上がるデガード卿。
「誰か、その者に助けられた病人はいるのかね?」
「いえ、そういう話は耳にしておりません。その旅の者−−コフィンと名乗っ
ている男性だそうです−−は、役場を通じて市長に、その申し出を伝えたそう
ですが、市長は断った模様です」
「何故だ。こんなときだ、どんなものでも試すのが、当然ではないか!」
 拳で机を叩く卿。
「理由といたしましては、コフィンの風体が異様であることと」
「どのように異様なのだ?」
「私自身の目で確かめた訳ではございませんが……」
 リイクは前置きをして、差し挟まれた質問に答える。
「銀色に濡れたような服をまとい、棺桶を引きずってきたと聞いております」
「棺桶……?」
「はい。その中身は、誰にも見せないそうです」
「むむ……。それでは、拒否されてもやむを得ない面があるな」
「続けます。コフィンの申し出を受け入れぬもう一つの理由として、ある噂が
立っているのです。ただし、この噂と市長が申し出を断ったのと、どちらが先
なのかは不明なのですが」
「それはよいから、早く話してみせよ」
「コフィンこそ、奇病を持ち込んだ張本人ではないか。かような噂です」
 リイクの言葉に、デガード卿は顔をしかめた。
「……その噂に、根拠はあるのかね? あるならば聞きたい」
「市のとある学校に通う子供が、ある日、コフィンと思われる怪人物を森で目
撃しております。その翌日、我が市で最初の奇病の犠牲者として、アンベルト
=カナ老が亡くなっています。コフィンが来たために、カナ老がまず発病した
のではないか。そういう論法でございましょう」
「……」
 どう判断すべきか迷う表情のデガード卿。
「娘を助けるためには、どうすればよいと思う、リイク?」
 デガード卿の娘、アミスもまた、奇病に冒されていた。奇病患者は一所に集
めて治療するとの市長の布告が出されていたが、卿は無視して、娘を屋敷に置
いている。
「私見でよろしければ……」
「かまわぬ」
「市のどの医者に診させようとも、結果は同じでしょう。一方、コフィンの申
し出を拒絶する明白な根拠は存在いたしません。コフィンが役場前に現れたの
は、かなりの発病者が出たあとなのです。最初に少年に目撃されてから、相当
の日数が経っています。この間、市の誰にも見られず、病の原因をばらまいて
いたとは考えにくく、このことからも、コフィンを奇病の原因と考えるのは根
拠薄弱な論理でしょう」
「つ、つまり、コフィンとやらに賭けてみろと、おまえは言うのだな」
「……私に娘がおりましたら、そしてその娘が今度のような病に冒されたので
あれば、私はあらゆる手段を尽くします」
 リイクは、静かに言った。
「……分かった。私は私の判断で、コフィンに賭けるとしよう」
 デガード卿もまた、静かに、そして力強く決意を表明した。

 リイクは、手で指し示しながら言った。
「こちらが、デガード卿のお屋敷だよ」
「あ……ああ」
 背を丸めた男−−コフィンは、不明瞭な声で反応した。屋敷を前に、見上げ
るでもなく、黙々と棺桶を引きずっている。
 様々な人間と接する機会を持つリイクも、コフィンのような種類は知らない。
どのような言葉遣いで、どのように接していいのやら、戸惑っているのが事実
である。
「さあ、散った散った」
 リイクが言った。見物人がいくらか、屋敷の周囲に集まっているのだ。怪し
げな旅の者の言葉を真に受けた、酔狂な貴族。デガードの名は、そういう意味
で知られるようになっていた。
「大丈夫かね?」
 辛そうなコフィンを見かねて、声をかけるリイク。何が入っているのかは依
然として不明だが、とにかく重そうな棺桶だ。
「大丈夫……です」
 それだけ答えるコフィン。この国の言葉を話すのは、あまり得意でないらし
い……。さっきから彼の言葉を聞き続けたリイクは、そう感じていた。
「……あ、案内しよう」
 と、相手の肩に手をかけたリイク。瞬間、ぞっとするほどに、冷たい感覚が
伝わる。しかし、それは本当に一瞬であった。手を引っ込めるまでもなく、極
普通の感覚に戻った。
 リイクとコフィン、二人は口をつぐんだまま、屋敷の中に入っていった。
 空は呆れるほど晴れ渡っていた。

−−続く




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