AWC 棺桶鉄人 2   永山


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#3080/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 5/28   8:42  (200)
棺桶鉄人 2   永山
★内容
「よし。念のため、保安官に話しておこう。その怪人が何者なのか、正体がは
っきりするまで、みんな、あの森に近付いてはだめだぞ。もちろん、採掘場跡
にもだ」
「ええーっ!」
 一斉に不満の声が上がった。それには気を留めずに、ヒューゴは付け加えた。
「誰もデウィーバーの話を信じてないみたいだが、つまり、他に棺桶の怪人を
見た者はいないんだな?」
「当ったり前だよ」
「いるはずないじゃんか」
 そんな声が飛び交った。ヒューゴはこれらも無視して、デウィーバーを手招
きした。
「デウィーバー、ちょっと来なさい」
「な、何ですか」
 おびえたように足を動かさないデウィーバー。説教されるとでも考えたのだ
ろうか。
 ヒューゴは微笑んでから、廊下の端で話を続ける。
「デウィーバー、君は頭もいいから分かるだろう。もしも本当に、君の言う怪
人物が我が市に入って来ているならば、正体をはっきりさせなければならん。
危険な存在かもしれないからね。そのためには、とにかく、怪人を見つけない
とな。そこで、デウィーバー、君の目撃した証言が重要になるんだ。これから、
私は校長先生と相談の上、保安官のところへ行くつもりだ。そのとき、保安官
に、怪人の特徴を詳しく説明してくれないかな」
 黙ってうなずくデウィーバー。
「それから、この話、お父さんやお母さんに話してはいないのか?」
「言ったけれど、相手にしてくれないんだ。それどころかさあ、『外でなんか
遊ぶ暇があったら、勉強しなさい』って言われた」
 話をして、相手にされなかったことを思い出したのか、デウィーバーはむく
れ顔になった。
「そうか。まあ、しょうがないな」
 ヒューゴは苦笑いしてから、少年の肩に手をやった。

 右手の傷を気にしながら、ヒューゴは保安官詰め所に入った。ここに来る途
中、木の枝に引っかけて、右手の平に怪我をしてしまっていた。大した傷では
ないが、ひりひりする。
「チャーリー! チャーリー保安官はいるかね?」
 ヒューゴが奥に向かって思い切り呼びかけても、チャーリーは姿を見せるど
ころか、返事さえない。
「巡回に出ているらしい」
 詰め所の前で、一人ごちるヒューゴ。校長と相談の後、彼が保安官を呼んで
くるいきさつとなったのだ。しかしいないとなると、無駄になる。
 一旦戻ろうと、きびすを返したヒューゴの鼻先に、大男がいた。
「これはこれは、先生。何の用だい?」
 上から降ってくる人懐こい声に、ヒューゴはほっとため息をついた。
「チャーリー保安官、捜していたんだ」
 見上げると、これも人懐こい顔があった。保安官という職務柄、多少の生傷
は絶えないが、愛嬌のあるか造作をしている。ヒューゴは無駄足にならずに済
んだと喜んでいた。
「だから、何の用だい?」
「見回りから帰ったばかりのところを悪いんだけど、学校に来てくれないか。
校長から話があるんだ」
「校長さんから? 学校で何かあったのかい?」
「いや、学校の中ではないんだ。ただ、変な人物を森で見かけたって、子供が
言っているものだから」
「森ってえと、あの外れの……『大こうもりの口』だっけかい、確か。そうい
うことなら、森で話を聞いた方がよかないかい?」
「万が一、今もその怪人物が森にいたら、危ないじゃないか」
「うーん、理屈だけどな。……悪いが、実は今、それどころじゃない状況にあ
るんだわ」
 その割には、あまり忙しそうに見えぬ保安官である。
「何かあったとか?」
「噂の病が、とうとうこの市にも来よったようだからの」
「病? どこかの田舎町で流行っているという噂の奇病のことを指しているの
かね、それは」
「そうだ。独り暮らしの老人−−先生も知っておったかな、カナじいさんを」
「知っているよ。農器具を作っていたっけ」
「そうそう。で、カナじいさんが死んだんだ」
 唐突な物言いに、ヒューゴはついていけなくなりそうだった。
「死んだ? どうしてまた……」
「だから、その奇病かもしれんのよ、これが。何せ、独り暮らしだったから、
詳しいことはさっぱりだけどもな。近所の人から、『カナじいさんが何日も出
て来ない。見てやってくれないか』てなことを言われたもんだから、俺、見に
行ったんだよ。戸は開けっ放しだった。入ってみたら、寝床で丸くなって、じ
いさんは死んでいた。最初、老衰かと思ったけども、大量の血の跡があったか
ら、ただ事じゃないと思ってね。捜査医(:検死官)の先生を呼んで診てもら
ったら、刺し殺されたとか殴られたとかじゃなく、吐血だっていう見立てだ。
 とりあえず、事件じゃなくてほっとしたんだけども、その死に様があまりに
凄惨だったので、何の病気かを調べてみた。そしたら、どうにも分からない。
もしや……ってことで、近所の者に聞いてみると、カナじいさんはここ数日、
熱がちで仕事を早めに切り上げていたそうなんだ。高熱と吐血。こいつは噂の
奇病の特徴と合致するって、医者先生が言うもんだから、大騒ぎに。じいさん
の遺体の処理とかも含めて、どう対処するか、これから市長のところへ集まる
んだ」
 話し終わると、それまでの悠揚迫らざる態度はどこへやら、そわそわし出し
た保安官。急に使命感を思い起こしたのかもしれない。
 ヒューゴは、保安官を学校に連れて行くのを、あっさりとあきらめた。奇病
の恐ろしさは彼も耳にしており、そちらの方が重要だと判断したためだ。
「分かったよ、チャーリー保安官。速やかな対応を期待しているよ」
「ああ」
 うなずいてから行こうとする保安官を、ヒューゴは呼び止めた。
「あっと、保安官?」
「何だい、忙しいのに」
「病気の件、他言無用ではなかったのかね?」
「あ。ああ、そうだった。噂が広がってはまずいから、言わないように命じら
れてたんだったわ。先生、もう喋らないでくださいよ」
「分かってるさ」
 ヒューゴは笑って、巨漢の保安官を見送った。

 気が付くと、横たえられていた。
「気が付いた?」
 見慣れた天井の模様に、妻の顔が重なる。その手が伸びてきて、ヒューゴの
額の上の物を取った。それで初めて、濡れ手拭いが載せてあったのだと分かる。
「俺、どうしてたんだ……?」
 身を起こそうとするのを、妻−−サブリナが止めにかかる。
「だめよ、寝てて」
 確かに、頭がぼーっとしている感じがあったので、大人しく元のように横に
なるヒューゴ。彼の額へ、絞り直した手拭いが載せられた。
「いつ帰ったんだ、俺は」
「それまで覚えていないの?」
 びっくりした様子のサブリナ。
「普段通りよ。学校から帰って、書類みたいなのを出して」
 と、サブリナは書斎の方を指差す。試験用紙の束が二つの山になっている。
羽筆が投げ出されているところを見ると、採点の途中で意識をなくしたらしい。
「今日、何日だっけか?」
 頭を振りながら聞くヒューゴ。どうも記憶がはっきりしない。
「十八日よ」
 サブリナは、とうとう呆れたように、ため息まじりに答えてくれた。
「ちょうどいいじゃない。明日、休みよ。じっくり休んで、疲れをとってくれ
ないと」
「十八日か……」
 デウィーバーが怪人物を見たと言ったのが、昨日の話か。そんなことを思い
出したヒューゴの脳裏に、もう一つの記憶が蘇った。
「き、奇病」
 彼のつぶやきを、サブリナは聞かなかったようだ。他に家事が溜まっている
のだろう、すっくと立ち上がると、隣室に移動していく。
「熱……まさか」
 はん、馬鹿々々しい。保安官がかかっていたのならともかく、自分は患者と
接触したんじゃない。単なる偶然だ。
 ヒューゴは、力を込めてうなずくことを、何度も繰り返した。

 目を覚ましたヒューゴ。朝日が射るように差し込んできている。気怠さを感
じながら、身体を起こした。
「あら、起きた? 起き抜けには、あまりいい知らせじゃないんだけど」
 珍しく、妻のサブリナが、朝の挨拶もなしに話し始めた。
「何だ?」
「保安官のチャーリーさん、亡くなったんですって」
「えっ−−」
 絶句したまま、ヒューゴは一気に立ち上がった。目もすっかり覚める。食卓
の方へ近付きながら、聞いてみる。
「な、何で……」
「働き過ぎみたいよ」
 振り返ったサブリナは、くすりと笑った。
「あ、不謹慎ね。でも、のんびりしたあのチャーリーさんが、働き過ぎで亡く
なるなんて……」
「働き過ぎ?」
 とりあえず、内心、胸をなで下ろす。
「お気の毒だが……どうして、その知らせがうちに?」
「あら、あなた、チャーリーさんに相談を持ち込んでたんでしょ? 学校のこ
とで。手帳にその旨が記してあったみたい。関係者の人が気にしてくれて、い
ち早く伝えてくれたのよ」
「あ、ああ。そうか、なるほどな」
「一応、校長先生とも話を通しておかなくちゃ。ね?」
「分かってるよ」
 そのあと、朝食を終えたヒューゴは、妻の言葉に従って、早速、校長の家に
出向こうと決めた。休日が潰れるのも、やむを得まい。
 と言っても、急ぐ必要はない。歩いて、ゆっくり行く。
 やがて、校長の家が視界に入った。校長という職にしては、こじんまりとし
た家だ。ここへ来ると、いつもそう思うヒューゴだった。出世しても大したこ
とないなあ、と暗い気持ちになってしまう。
「こんにちは。ヒューゴです」
 戸口のところでそう挨拶すると、やや間を置いて反応があった。ぱたぱたと
出てきたのは校長夫人で、用件を伝えると、すぐに上げてもらえた。
 書斎に通されたヒューゴは、校長の顔を見て、まずは挨拶。それから。
「その絆創膏は」
「ああ、これかね」
 右頬の白い絆創膏に手をやりながら、校長は苦虫を噛み潰したような表情を
する。
「今朝、髭を剃っておって、失敗したんだよ。忌々しい。ま、今日が休みでよ
かった」
「休日の朝ぐらい、のんびりなさればいいでしょうに」
「それよりも、ヒューゴ先生。何やら大変なことになっておるようだね」
「大変なこととは?」
 いきなりの問いかけに、戸惑うヒューゴ。
「知らないのかね? 奇病の患者が、ついに、この市にも出たそうじゃないか」
「こ、校長、ご存知だったんですか?」
 驚くヒューゴ。奇病の件は、他言無用ではなかったのか?
「知っとるよ。それなりに、各方面へのつながりはあるつもりだからねえ。そ
れより、君こそ知っているものだとばかり思って、話したんだが……」
「い、いえ。知っています。あの、私が知っていると、どうして思われたんで
しょうか?」
「倒れる間際に、チャーリー保安官が言ったそうじゃないか。『内密の奇病の
ことを、ヒューゴに話した』と。自分が危ないと思って、こんな些末なことま
で打ち明けるとは、律儀な男だ」
 半分感心、半分皮肉るように、校長は言った。
「保安官の死因、奇病じゃないんでしょうね?」
「ああ? そうだろ。過労だと聞いておる」
 校長の言葉に、ヒューゴは心中、深く安堵した。
「現在、奇病で死んだのは、カナじいさん一人ですか?」
「そう聞いておるよ。なあに、遺体の始末は、手早くなされたようだから、大
丈夫だ。これからは、訪れる者を厳しく検査する。これで防げるはずだ。市長
の筋から、そう聞いている」
「はあ」
 さらに安心できたところで、ヒューゴは本来の目的を思い出した。
「そうだ、その保安官が亡くなったことに関連してですね。怪人物目撃の件が、
宙に浮いてしまった形になって」
「おお、そうだったな。分かった。新しい保安官が任務に就くまで待っても、
かまわないんじゃないかね?」
「んー、どうでしょう。幸い、あれ以来、目撃したという話は聞いてません。
と言っても、わずか三日しか経っていない訳ですが」

−−続く




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