AWC 棺桶鉄人 1   永山


    次の版 
#3079/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 5/28   8:40  (200)
棺桶鉄人 1   永山
★内容
 部屋の中は、うめき声と異臭で満ちていた。
 横たわっている者は、誰もが額に汗している。見ただけで、相当の熱がある
と分かる。
 中には汗を浮かべていない者もいた。それもそのはず、死んでいるのだ。そ
の死が確認された順に、運び出されていく。空いた寝台には、新たな患者が横
たえられる。絶え間ない、繰り返しの作業。
 患者への治療らしい治療は、施されていないと言っていい。濡れ手拭いを額
に当て、熱を下げる努力をするだけ。無論、こんなことで治癒するはずもない。
かと言って、他に有効な治療法は見つかっていなかった。
「がぁっ!」
 患者の一人が、激しい音を立てた。慌てて近寄る看護婦。
 せき込み続ける患者の口からは、大量の血が吐き出されていた。
「せ、先生!」
 医師の姿を探すため、看護婦は振り返った。医師は別の患者を診ているらし
かった。その患者の胸を、指でしきりに叩いている。
「先生! こちらの患者さんが」
「分かってる! くそっ、こちらもだめか」
 あきらめたように吐き捨てると、医師はところ狭しと並べられた寝台の間を
縫い、看護婦の方へと走ってきた。
「窒息しないようにはしたか」
「はい」
 看護婦の持つ金だらいに、赤黒い血の塊があった。
「よし」
 と言ったきり、医師はしばらく、手をこまねいている。治療法がないのだ、
それも当然かもしれない。
「先生、指示を……」
「ああ、分かっている。が、どうすればいいんだ。熱冷まし、汚血の抜き取り、
薬草、お香……考えられることは尽くしたんだ! 遺体を開いてみても、原因
がつかめない。他に何が……」
「生きている内に、身体を開くのが有効な場合もあると、レンフロー博士が」
「ぽっと出の研究者に、何が分かるものか!」
 怒ったような叫び声。
「息のある者を傷つけて、いいはずがない! 切った跡を縫い合わせるなんて、
言語道断もはなはだしい。人間はぬいぐるみじゃないんだ」
「で、ですが」
 看護婦は説得を試みる。
「他に方法がなければ、やってみる価値はあるのではないでしょうか……」
「死にそうな患者で、実験をしろと言うのかね」
「実験じゃありません。確かに、これが有効かどうか、私も半信半疑です。だ
けど、これまでの治療が全て無効なんだから……」
「患部が分かっていればの話だ」
 ぴしゃりと医師。
「病気の原因となる患部が分かっていて、それを切除することに有効性が認め
られてるとは、私も耳にしている。だが、このエイカ病で患者が死ぬ原因とな
る患部は、分かっていないんだ。遺体を切り開いても、内臓表面が出血してい
るだけで、他に何の痕跡も現れていない」
「死んでからでは遅いということも、あり得るんじゃないでしょうか……?」
 看護婦は、差し出がましいと思いつつ、おずおずと意見した。
「何?」
 片方の眉を上げる医師。
「で、ですから、死んでしまったときは、エイカ病を起こす原因の『何か』も、
消滅してしまうとか……。生きている患者を開けば、その原因がつかめるかも
しれないんじゃないかと……」
「ふん」
 鼻を鳴らした医師は、患者へ目をやった。血を吐いた患者は、ぜーぜーと苦
しげな呼吸を続けている。恐らく、医師と看護婦の会話も、耳に届いてはいな
いであろう。
「……面白い意見かもしれん。だが、ここには設備がない。生きている人間を
解剖した経験も、私にはないしな」
 看護婦は一瞬、落胆した。しかし、目の前の医師の顔つきを見て、少し、希
望を取り戻した。
「私は今、できる範囲で、最善を尽くそう。君は、生者解剖の経験のある医師
を見つけ、連れて来るんだ」
「え?」
「レンフロー博士に連絡を取る。馬車の用意を」
「はっ、はい!」
 看護婦は慌てて立ち上がると、弾かれたように飛び出した。

 それは不気味な光景であった−−。
 空の真ん中を、半分の月が行く頃。少年は、家に帰る途中だった。少しでも
早く帰るに越したことはない。近道をするため、月明かりだけを頼りに、肩の
高さほどもある草むらを横切って行く。ここを通れば、地面のぬかるみに靴を
汚しかねないものの、とにかく家に早く着くことはできる。
 少年は十才。その年齢にしては、かなりの大人びた面を持っていると言えた。
しっかりした子だと、大人達から言われる。学校では成績優秀で通り、両親か
ら期待をかけられ続けてきたためかもしれない。
 そんな少年でも、暗がりは怖い。単に暗いだけで何もないんだ、光が差して
いないだけなんだとは分かっていても、しんと静まり返った中、暗い夜道を行
くには、ちょっとした勇気を必要とした。何度も経験しているのだから、もう
平気さと強がってみても、いざ、闇に囲まれると、また怖さがこみ上げて来る。
やはり、闇は恐怖なのだ。
 確かに、今日は月明かりが強い方だ。しかし、家に戻る途中には、常に闇を
まとう領域があった。巨大な広葉樹が連なるように生え、日中でさえほとんど
明かりの差し込まぬ空間。子供達は、そこを『大こうもりの口』と呼んでいる。
 草むらを抜け、いよいよ、『大こうもりの口』に入る。少年の背中から、月
明かりがわずかに道を照らしてくれていたが、それも進むにつれ、徐々に弱く
なり、とうとう真っ暗になってしまった。
 見上げてみたが、少年の頭上には、木の葉が分厚い屋根を作っているだけで、
光は臨めない。
 視線を元に戻したとき、少年の意識の内に囁きかけるものがあった。もうす
ぐ、この暗がりを抜け出せる地点まで来ている。が、まだ、闇の中に何かがあ
ったとしても、とても見つけられない。
 だけれども、少年の心の視界に、何か普通でないものが映った。そのように、
少年は感じ取っていた。
「!」
 闇に対する恐怖心から、そのものが何か分からないまま、少年は声にならな
い声を上げてしまっている。
 どうにか落ち着くと、少年は目を凝らした。足を止め、目の前の影の正体を
突き止めようとする。闇へ焦点を合わせるのは、なかなか難しかった。
 と、そのとき、不意に物音がした。
−−ズル! ズル!
 断続的に、低い、何かを引きずるような物音がする。少年は何かしら、危険
を感じ、身を屈めた。本当は物陰にでも隠れたかったのだが、あいにくと、隠
れられるような茂みまでは距離がある。
 ズルっという音をまた一つ立てながら、そいつは姿を現した。いや、少年の
目がようやく闇に慣れ、輪郭を捉えたと言うべきだろうか。
 そいつは濡れたような肌をしていた。光がほとんどないのではっきりしない
が、銀色にぬらぬらしている印象だ。それでいて、どことなく、金属製の人形
のように見えなくもない。
 表情ははっきりしない。のっぺらぼうのようにも思える。
 そいつの手はしっかりと握りしめられていた。両の拳は胸の辺りで重ねられ
ている。荒縄状の物を握っているらしかった。縄そのものは目で確認できない
のだが、そいつの左肩がわずかにへこんでいるように見え、そう想像される。
 さらに、そこに荒縄が存在している証拠として、そいつの後ろには縦長の大
きな箱がついて来ている。少年がもう少し、雑学を持っていれば、その箱が棺
桶状であると分かっただろう。この箱を引っ張るために、そいつは縄を握って
いるのだろう。少年は、そのように想像した。
 よく耳を澄ますと、ころころという音も聞こえた。箱の底に小さな車輪が付
いているらしかったが、あまり役には立っていないようだ。ずるずると引きず
る音の方が、遥かに大きい。
 少年は、とにかく見つかってはいけないと直感し、そのまま息を殺していた。
見つかったら……どうなるんだろう?
 幸いにも、そいつはそのまま、闇の中に消えてしまい、音もやがて聞こえな
くなった。
 それでも少年は、しばらくはそのままの格好でいたが、ある程度の時間が経
過すると、今しかないと決心し、一目散にかけ出して行った。
 −−それは不思議で不気味な光景だった。

 ヒューゴは、廊下の先で、子供達が騒いでいるのに気付いた。
 今は授業が終わったあとなので、別に叱ることもない。だから、そのまま通
り過ぎてもよかった。だが、ヒューゴは足を止めた。何故ならば……。
 子供達の輪の中心にいるのは、デウィーバーという少年だった。成績優秀で
通るデウィーバーが、何かしら必死に主張しており、他の子供達は彼を取り囲
むようにしている。普段、他の子供達は、デウィーバーの話ならほぼ無条件で
素直にうなずくのに、今日ばかりは様子が違った。デウィーバーの言うことが
信じられない。そんな雰囲気である。だからこそ、ヒューゴは興味を引かれた。
「どうしたんだ?」
 声をかけると、子供達全員が、ヒューゴを振り返った。彼らの表情には、少
しばかりの緊張が走ったようだ。
 黙られては面白くないと、ヒューゴは笑顔をなして、続ける。
「別に、怒ってるんじゃないよ。何を話していたのか、私にも聞かせてくれな
いか」
「……あの」
 子供の一人が口を開いた。比較的大人しい、ラムズだった。
「何だね、ラムズ?」
 ヒューゴは、デウィーバー自身が喋り出さないのを不思議に感じながらも、
ラムズへと視線をよこした。
「デウィが、鉄の人間を見たと言ってるんです。棺桶を引きずった……」
「は? 何だって?」
 つい、口をぽかんとさせてしまうヒューゴ。より詳しい説明を求めるため、
デウィことデウィーバーに目を向ける。
「何を見たんだ、デウィーバー?」
「……」
 少年はすぐには答えず、ラムズの方をちらりと見やった。余計なことを言い
やがって、という感じがある。
 ヒューゴは、あることを察した。
「デウィーバー。君は、またあそこに行ったのかね?」
 ヒューゴが言ったのは、外れの平原を横切った向こう、古い鉱物採掘場跡の
ことである。かつては市の活力源であったそこも、今では誰も働いていない。
穴があちこちにあり、掘っ立て小屋も残っていることから、子供達にとって格
好の遊び場となっている。反面、危険でもあり、近付かないようにと口を酸っ
ぱくしているのだが、それでは子供達の好奇心は抑えきれない。殊に、デウィ
ーバーは鉱物に興味があるらしく、度々、その廃鉱に行っているようなのだ。
つい先日も、ヒューゴが注意したばかりである。
「……はい」
 素直に認めるデウィーバー。
 なるほど、これのせいで、デウィーバーは積極的に話したがらなかったんだ
な。ヒューゴはこう判断した。
「怪我はしてないようだからいいとしても、あまり無茶するな。何かあったら、
お父さんやお母さんが悲しむぞ」
 一応、注意しておいてから、ヒューゴはさっきから気になっていることを確
かめたく思った。
「で、何を見たんだって?」
「だから、鉄か何か、とにかく銀色っぽい外見をした怪人です」
「怪人……ね」
「そいつ、細長い箱−−多分、棺桶を縄で引っ張っていたんだ。気味悪くて」
「どこで見たんだい?」
「『大こうもりの口』。もう少しで、明るい道へ抜け出るところで、出くわし
たんだ」
 『大こうもりの口』は、ヒューゴも知っていた。ほとんど一日中、暗いまま
の一角だ。あそこを通らぬことには、市と採掘場跡とを行き来できない。
「君が見たという怪人は、どちらへ進んでいたのだろうか」
「えーっと……。も、森の中に消えていくみたいな感じだったよ」
「森の中と言うことは、道に沿って歩いていたんじゃないんだ、その怪人は?」
「多分……」
 やや自信なさそうになるデウィーバー。森の恐さを知っているからこそ、森
の中を道に頼らず歩き回る人物の存在が、信じられなくなってきたのだろう。
たとえ、それが怪人だとしても。
「夜、そいつを見たんだね、デウィーバー?」
「そうだけど」
「見間違いってことは、ないかね?」
「絶対にないよ!」
 一転、強い口調になるデウィーバー。
「だって、音、聞こえたんだ。ズル、ズルって。棺桶を引きずっていた音だよ、
あれ」
「ほう、音が」
 これは、見間違いでも、でたらめでもなさそうだ。ヒューゴは顎に手をやり、
考える。

−−続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE