#3049/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 4/29 8:30 (169)
Boy needs Girl 10 名古山珠代
★内容
今日のユキは、一人で書店に来た。学校が休みだったせいもあるが、堂本が
いないところで、選評を読んでやりたく思ったのである。
店内は、休日の昼過ぎということもあってか、徐々に客が増える頃合。客の
ざわめきに、店の流す音楽がかぶさる。
(お、これか)
これまで見たことのない雑誌なので、なかなか見つけられなかった。やっと
手にした「アウスレーゼ」は、どちらかというと女性向け、それもティーンズ
層をターゲットとした小説誌。そんな印象を、表紙から受けた。
無言でページを繰り、どこに選評があるのか探すユキ。が、これも簡単には
見つからない。いらいらしてきたユキは、一番最初のページを広げた。
(えーい、目次だ、目次。最初から、こうすりゃよかった。うーんと、桜井美
優先生の新連載「最高の遺言」、お呼びでない。感動の最終回・杠葉純涼「風
車の塔」、最後だけ見てもしゃあない。読み切り・室生薫子「首のない馬」、
馬に首がなかったら乗りにくいだろうなー)
すぐに探せばいいものを、目次を順に見て、いちいち文句を付けるユキであ
る。
(あ、あった。F&M賞の結果発表は、二百五十ページか。ニーゴーレー、に
ーごーれー、と)
目的のページを開ける。目に最初に飛び込んできたのは、大きく濃い活字で、
「決定! 第二回F&M賞」。以下、文庫本にあった挟み込みと同じ文面が続
く。選評が載っていたのは、二ページ先であった。
(最初は亜藤すずなって人か。<堂本さんの「白の六騎士」は、最初、純然た
るファンタジーとして読んでいたのが、最後にいい意味で裏切られます。いく
つかの不思議な出来事が魔法なしにできたんだと説明されたり、今にも開戦し
そうなのにしなかったり。そういった部分がなくて、単なるファンタジーだっ
たら、大したお話にはならなかったかもしれません。安易な方向に走らなかっ
た作者の腕前を称賛します>。おお、一応、誉められている。
甲賀明日夫。<「白の六騎士」。物語世界はファンタジー色ながら、随所に
ミステリーの小道具やトリックが散りばめられている。作者がF&M賞の名を
意識した結果なら、拍手を送ろう。この作風で、怪奇現象を論理的に解明して
みせる辺り、驚かされた。ありがちな、王制打倒の物語にしなかったのもいい。
いつまでもこのタイプを書けるとは考えにくいのだが、チャレンジを続けても
らいたい>。これも誉めてるけど、次回作に疑問ってとこかしら。
次は桜井美優。<「白の六騎士」。これもファンタジーと思わせて実はミス
テリー。いや、作者自身がどう考えているかは分からないものの、私にはそう
感じられます。いくつかの場面転換が細切れになっていて、説明調なのが鼻に
つきました。その他の点では、まずは合格。殊に黒騎士の不気味さがよく描け
ていて、引き込まれます。さらに、この手の作品には珍しく、本格的な戦争に
ならないのも好感>。ん、まあまあの評価か。
四人目は杠葉純涼……何て読むんじゃ、これ? 紅葉(もみじ)かと思った
ら、違うじゃないの。ま、いいや。<「白の六騎士」−−悪役のコウティが、
案外、あっさりと倒されるクライマックスに、ちょっとがっかりさせられるも、
それまでの話の運びで充分、カバーされていると思います。戦争を起こさなか
ったのも、このラストのためなら、うなずける。あと、これから二つの部族が
うまくやっていけるのか、気になる。続きを読みたくさせるというテクニック
だとすれば、拍手を送ります>。好意的な意見が続くなあ。
最後、蒲生克吉。この人だけ作家じゃなくて、編集者なんだ。<僕は少し偏
見があって、ティーンズの女の子達には、論理的な展開よりも、神秘的な展開
の方が受けるのでは、という気持ちが強い。でも、それを打ち破ってくれそう
な、神秘に論理を絡めた作品が多くて、心強かった。その一つが「白の六騎士」
で、魔法がありそうな世界で、さながらフランケンシュタインのごとく蘇った
黒騎士が、実は……と種明かしをされるに至り、堪能できた>。そっか、フラ
ンケンシュタインって、そういう話だったっけ。
まあ、概ね、好評ってとこか。そうでなきゃ、佳作にならないだろうけど)
「白の六騎士」に対する評価を読み終わり、顔を上げたユキ。そのとき、よ
うやく、隣に彼がいたのに気付いた。
「ど、堂本……クン」
思わず、後ずさってしまう。
「そんなに引かなくてもいいだろう」
「び、びっくりしたぁ。い、いつから来てたの?」
「いつと聞かれても、困るが。来たら、もう木川田がいた」
飄々とした態度で答える堂本。ポーカーフェイスを装っているが、内心、ユ
キの驚きようをおかしがっているに違いない。
「で、どうだった?」
「へ?」
「『アウスレーゼ』、見てたんじゃないの?」
ユキの顔に視線をよこしながら、堂本は「アウスレーゼ」の最新号を手に取
った。
「あー、そのこと。見たよ。でも、まず、自分の目で確かめなさいって」
そう言う自分の顔がにこにこしているのが、ユキ自身、分かった。
堂本は、何も喋らず、静かにページを繰った。選評のページを熱心に読み始
める。
待つ間、ユキは手持ち無沙汰なので、再び、「アウスレーゼ」を手に取った。
(大賞を取った作品の評判は……。
<新崎さんの「僕はこの星で殺された」は、恐がらせてもらいました。自分
の本当の人格は身体の内に閉じ込められ、勝手に現れた第二の人格に支配され
る。何もできない主人公のもどかしさに、読んでいる方も喉をかきむしりたく
なるほど。そして後半、復讐に転じた主人公の取る手段の恐ろしさにも、ぞく
ぞくしました。『悪の格好よさ』みたいな物が感じられました>。ふむ。
<神林さんの「占術師」は、占術師が事件解決に当たるということから、悪
霊退治物かと思い込んでいたら、違っていて、面食らいました。どう考えても
この世のものでない不思議な現象が起こり、それを占いによる霊感で解いたよ
うに見せながら、その実、論理的裏付けがある。完全に裏をかかれました。ラ
ストも気が利いていて、うまいなあと感心させられました>。ふむむ。実物を
読んどらんから、何とも言えないけど……読みたくなる誉められ方ではアル)
「おいったら」
堂本に呼ばれて、顔を起こすユキ。早くも彼は、目を通し終わったらしい。
「あ、読んだ? どう? 嬉しい?」
「……嬉しいことは嬉しいんだが」
奥歯に物が挟まったような言い方をする堂本。
「何よ」
「半分は、木川田に向けられるべき言葉だからなあ」
「はあ? 何、言ってんの。書いたのは君だ、堂本クン」
「戦争を起こさないってアイディアは、そっちが出したろう。自分一人じゃ、
思い付かなかった」
堂本は、雑誌のある箇所を指差した。戦争の起こらないことを誉めた部分な
のだろう。
「そりゃ、そうかもしんないけど。……私には書けないよ。逆立ちしても書け
ない。そもそも、逆立ちができないけど」
「……はっ……ははははっ」
軽い笑い声を立てた堂本。
「面白すぎるな。発想の方向が、僕とは全然、違う。……どうだろう?」
「何が?」
いきなり聞かれて、目を丸くするユキ。
「次……だけじゃなく、これから小説を書くとき、いいアイディアを出してく
れると、助かるんだけど」
「ふうん。どうしようかなー」
意地悪く笑うユキ。
「頼む。ユーモアのセンスも足りないみたいだし」
「あー、それもあるわね。吉本にでも入れば?」
「そういう笑いじゃないって言ったのは、ユキじゃないか」
口に出してしまってから、堂本は口を押さえた。
ユキも違和感を覚えた。それが何かは、すぐ分かった。
「今……『ユキ』って言ったよね?」
「……」
明後日の方を向いてしまう堂本。そちらに回り込み、ユキは重ねて聞く。
「ねえ、言ったよね? ね、ね?」
「……言った」
「いっつもは名字なのに、顔を合わせてないとき、そんな風に呼んでるんだ、
私のこと」
「……嫌ならよすよ」
失敗だったなあと、頭に手をやる堂本。
「ううん。別にかまわない。こっちも、『浩ちゃん』って呼ばせてもらうから」
「げ」
「嫌なら……勘弁してあげない。浩ちゃんって呼ばせないなら、さっきの話も
なしね。一人で小説、考えなさいな」
「……分かった」
一言、小さな声で答えると、堂本はさらに、思い切ったように言った。
「僕には、ユキが必要だから……」
途端に、ユキはおかしくなってきた。唇に力を込め、必死で我慢しようとす
るが、震えてしまう。
「う……。変。似合わない。浩ちゃんには」
「お、おかしいのなら、笑え!」
顔を赤くしながら堂本。それでもユキがこらえていると、堂本が続けて言っ
た。なかなか、奮った台詞と言えるかもしれない。
「−−笑うのを我慢すると、身体によくない」
臨界の線ぎりぎりまで達していたユキの笑いが、この一言で、とうとう溢れ
てしまった。書店の中だということも忘れて……。
……しばらくして、どうにか収まってきた。
「ひー、もうだめ。わ、私を笑い死にさせる気か」
まだひくひくと、肩を震えさせているユキ。
「いい加減、笑い止めよ。……こんな台詞、格好つかないな。普通、『泣き止
め』だぜ、全く」
周囲の注目が、ようやく解除されたのを確認するように、堂本は辺りをちら
ちらと見やっている。
「真面目な話に戻そう。本当に、協力してくれるんだな?」
「あ? ああ、小説ね」
笑い過ぎで浮かんだ涙を、指で拭うユキ。
「いいよ、それぐらいなら。お安いご用。堂本クンが書いたのを読んで、私が
読みたい感じになるよう、文句を付けたらいいんでしょう」
「文句、か。まあ、そうかもしれない」
「んじゃ、契約成立ってことで」
右手を差し出すユキ。戸惑うのは、たいていが堂本。
「何の真似だ?」
「知らない? 違ったかな。アメリカかどこかの映画で、ビジネスが成立した
らこうやってたから」
「……なるほど」
納得した様子でうなずくと、やや照れたように、堂本も右手を出す。そして
握手。堂本の手の力が控え目なのを、ユキは感じ取っていた。
手を放してから、思い出したふりをして、ユキは言った。
「堂本クン……じゃない、浩ちゃんが、私を必要とするなら、その報酬として
おごってもらわないとね。Boy needs Girlならぬ、Girl
needs Moneyなのだ」
「発音が違う!」
店内に流れる音楽は、いつの間にか、「Boy meets Girl」に
なっていた。
−−終わり