#3043/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 4/29 8:14 (200)
Boy needs Girl 4 名古山珠代
★内容
「ははあ、分からなくもないね。自分がそうありたいキャラクターか……それ
なら、ルパンが理想だな」
「アルセーヌルパン?」
ボケるユキ。
「あのな! ルパン三世だよ」
「怒らないでよ、わざとなんだから。ふーん、ルパンか。女に対して、大胆に
振る舞えるのがうらやましいんだ?」
「あのなあ……。いや、それが全然ないとは言わないけど。でも、僕が言って
るのは、『カリオストロの城』のルパン」
「うおっと。また出た、宮崎駿。お目当ては、クラリスだあ」
「あのな、木川田。三連続ボケはやめてくれ。疲れる」
「さっきから聞いていると、色気とは無縁の、『清純派かつ芯の強い少女』っ
てのばっかじゃない。どうして、あんなエッチ本、買う必要があったのよ」
「陳腐な言い方をしたら、あれは悪女を描きたかったの。主人公の男を誘惑す
る悪女。悪女だからって、自分が好きになれない女だと、無意味だろ。自分が
好きになれてこそ、悪女となる。でもって、どこかに許せない要素とか、危な
い要素とかを持っている」
これには、ユキも素直に感心できてしまった。
「高校生がそこまで考えなくちゃいけないとは、作家を目指すのもたいっへん」
「木川田は何を目指しているんだ?」
「唐突だなあ」
「そっちには、負けるよ」
「……改めて聞かれても、ない。芸能界が楽そうだなあって、漠然と思ってい
るけどね」
「恐ろしい奴……」
呆れ顔の堂本。でも、その反面、よく分かったような顔もしている。
「大学、行くつもりでしょ、堂本クンは」
「ああ。親がうるさいし、そこそこの成績だし」
「小説も続ける?」
「当然。文芸部とか漫画研究会みたいなところに入るかどうかは、分からない
けど。そっちはどうなんだ、大学?」
「一応、親は行っておけって。私としては、遊びに行くつもりでいいのなら、
大学、行ってもいいと思ってる」
「それって、すっごく、親不孝だな」
「だって、真面目に勉強させたくて大学大学って言うんなら、お断りしたいな。
ほんとに勉強したいことがあれば、専門学校でもどこでも、自分で見つけて行
くから。今んとこ、ないだけ」
「……ひょっとして、木川田。学校の勉強、よくできるとか?」
冗談めかして、堂本が言った。それに乗るユキ。
「へっへー。そうなのだ。今は実力を隠しているだけ」
「秘密のまま終わる秘密兵器だな、きっと」
「ふふん。作家になると言っといて、サラリーマンになるのと大差ないよーだ」
「きついぜ、それは」
苦笑いする堂本。
「さて、そろそろ帰ろっかなっと。書きかけのやつ、完成したら、教えてちょ
うだい。投稿する前に、読んであげる」
「はいはい。そのときは頼むよ」
年寄りめいた言い種だなと思いながら、ユキは堂本家を後にした。
「少しはお笑い、入れなよ」
そう言い添えて。
しかしながら、堂本の小説が完成しようがしまいが、彼の家にユキは足を運
ぶ。行く度に、彼女の知らなかった堂本が見られて、面白いから。それに理由
はもう一つ、副次的に派生した。
「どうしてさあ」
ユキは、堂本から宿題を教えてもらっている最中にも関わらず、唐突に言葉
を間延びさせた。
「だめ。先に計算、最後まで」
堂本は、新たな計算用紙を追加してよこす。何のことはない、裏の白い折り
込み広告だ。
「何も言ってないのに」
ぶつぶつ言いながらも、ユキはやりかけの問題だけは解いた。
「さて、これで文句あるまい」
「何か言いたそうだな」
答合わせに熱心で、気乗りしない様子の堂本。が、ユキは気にせず口を開く。
「どうしてさ、学校では隠す訳?」
「隠すって、何を」
「とぼけるな。小説を書くこととか、イラストを描けることとかさあ。結構、
アニメを見てること、レイ・チャールズが好きなこと……えっと、それから、
コーヒーより紅茶が好きなこととか。とにかく、隠していることが多い。何で、
学校では言わないの?」
部屋の隅では、CDがBGMにレイ・チャールズを流していた。今かかって
いるのは、ビートルズのイエスタデイをアレンジした物。
「別に、隠しているんじゃないよ。それに、木川田は確か、友達でも知らない
面があった方がいいとか言ってなかったか?」
問題集を閉じる堂本。
「うう……堂本クンのは、隠しすぎだと思うなあ」
口ごもりかけたが、ユキは言葉を継いだ。
「必要がない。自分から話すような場面にならない。そんなとこかな」
「嘘。趣味の話とか、するでしょうが」
「ところが、悲しいことに、交わされる会話のほとんどは、『宿題を教えてく
れ』『しょうがないなあ』なんだ」
少しおどけた身ぶりの堂本。これも、ユキが学校で見たことはない。
「そうなのかあ……しかし、まあ……分かることは分かる。堂本クンはもう、
形ができちゃってるもんね。おカタいイメージが。それで、頼られちゃって」
「そういうこと」
分かっただろうとでも言いたげに、別の問題集に手をかけた堂本。それをユ
キが遮った。
「待った。終わってないって。そんなイメージを作った堂本クンにも、ちょっ
とは責任ある」
「そう言われても、知らない間に、秀才扱いされてたんだから」
「何のこっちゃ?」
「……知らないんだっけ、木川田は」
「知らん。何を知らないのか、知らないけど」
瞬間、沈黙してから、堂本は苦笑まじりに始めた。
「僕、中学は私立だった。中高一貫教育のね」
ユキには、初耳だった。姿勢を正して、聞く気になった。
「そこで落ちこぼれて、上の高校には進めなくなったんだ。それで、公立の高
校を探して、ここを選んだ。だから、最初の頃、劣等感の塊だったよ、僕は」
「……でも、冷静になって、周りを見渡すと、お馬鹿が多かったって?」
にこにこと笑みを浮かべるユキ。不気味だったか、堂本は変な顔つきになる。
「何で笑うんだ。怒るなら、まだしも」
「怒るようなことじゃあ、ないじゃない。何でもさ、向き不向きってあるし。
この学校には、だいたい、この学校に向いているのが来ている。堂本クンは、
私立の中学・高校のやり方には向いてなくて、今の学校が向いていた。ただ、
それだけなんじゃない?」
途端、気が楽になった風な堂本。ユキは、くぎを刺すように言い添えた。
「でも、分相応とだけは思わないようにしてるの、私。いつでも殻を破る気だ
けは持っている」
「……ときどき、賢いな」
「もう!」
叩いてやると、しかし堂本は、真面目な表情のまま続けた。
「いや、本当に。木川田だって、自分で作ったイメージと、内とのギャップ、
相当にあると思う」
「また、私の方へ、質問返しする気だな。ずるいなあ」
「……こんなこと、ときどき、考えるんだけど」
堂本の口調が、少し変わった。ややリラックスした調子。
「高校三年の三学期、最後の授業直前までは、優等生を演じ続ける。そして、
最後の授業だけ、がらっと態度を変える。授業中、イラスト描いたり、喋りま
くったり……」
「もったいない!」
ユキの反応が予想外だったのだろう。堂本は、目を白黒させている。
「もったいない?」
堂本の返しに、ユキはいたずらっぽい表情を作ってみせた。
「そうそう。そんな面白いこと、どうせやるんだったら、最後まで取っておか
ないと。ここ一番てときに、使うためにね。その一瞬のためだけに、ずーっと、
素直でいい子いい子しなくちゃ」
「……」
「と思ってる内に、結局、殻を破らないまま、一生、終わっちゃうんだよねー」
ユキの言い方に、堂本はきょとんとしていた。そして、やがてぽつりと。
「当たってるかもな」
「さあ、それより、宿題、宿題。残りも教えてもらわなくちゃ」
あきてきたのと、照れ隠しのつもりとで、ユキは別のノートを取り出した。
「逃げたな。自分から言い出しておいて……まあいいや。早く片付けないと、
こっちも困るから」
堂本は計算用紙を丸めると、屑篭めがけて、ぽーんと投げた。見事、入った。
「考えたら、いい子は割が合わない」
「考えるまでもないでしょ」
解きかけの問題を放って、達観したように、ユキ。
「いい子はずっと、いい子じゃなきゃいけないのよね。ちょっとでも悪いこと
すると、『まあ、あの子、賢いふりして、影ではあんなことしていたなんて』
と、近所のおばさん達に言われる」
「そうそう。だからこそ、この前のあの本だって、あんな風に、こそこそ、隠
れるようにして買わなきゃならなかったんだ」
同意する堂本。だいぶ、内にたまっている感じ。
「普段、悪ぶってたら、平気で買えるもんねえ。それよりさあ、悪ぶって得な
のは、ちょっといいことをしただけで、『まあ、あの子、不良かと思っていた
けれど、いいところあるんだわ』と、近所のおばさん達から見直される点よね」
「その、『近所のおばさん』を使うの、やめられないのか」
堂本はおかしそうに笑っていた。
「多分、これが本当なんだもんね。んで、いい子をやってて、いいことは?」
「さあ……。どんな場合でも、話を聞いてもらえる、かな? テレビドラマで
見る限りじゃ、悪ぶってると、何か事件が起きて疑われると、問答無用で悪者
扱いの場合が多いだろ。いい子だと、ちゃんと言い分を聞いてもらえる」
「何か、あんまり嬉しくないなあ。それに現実は、それほど差はないと思うし」
「あ、また脱線している。さっさと問題を解かないと」
はたと気付いたように、堂本は丸めた問題集で、ユキの頭をはたいてきた。
「あてっ! ひどいなー。堂本クンから脱線したんだよ、今のは」
「ん? そうだっけか。ごめんごめん」
と、今度は手の平で、さっき叩いたユキの頭をなでてきた。何だか、様子が
おかしい堂本。
「おおおい。何だ、長いゾ。堂本クン、私ゃ、ペットの猫じゃないんだから」
「……さすが、髪の手入れはきちんとしているな」
指で何本かの髪の毛を持ち上げ、さらさらと落としながら、堂本は言った。
「女なんだから、当然」
ユキは両手で頭を押さえた。自分の髪を取り戻すようなつもりで。
「うちの母親の髪、ほとんど、ぼさぼさのままだ」
「−−訂正。若い女なんだから、当然」
「近所のおばさんが聞いたら、苦情が来そうな言い様だな」
何度も顔を出す「近所のおばさん」に、二人は笑った。
そんなこんなで、一時間経過。
「終わり!」
ユキは一声、叫ぶと、いそいそと道具を片づけにかかる。
「どもども、今日もお世話になりました」
立ち上がり、恒例となった挨拶。
「……送らなくても、大丈夫か」
堂本の目線は、窓の外を向いている。夕焼けが元気をなくしつつあった。
「あ、平気平気。考えてもみなさいな。コンビニの外で会ったときなんか、完
全に夜だったでしょうが」
「それはまあ」
カーテンを引いた堂本は、さっさと机に着く。そしてワープロを起動させる。
「でも、送ってくれると言うのなら」
ユキは堂本の腕を引っ張った。
「そんな、今さら。あ」
「どしたの?」
「『かのじょ』が『かんじょ』になってしまった……」
ディスプレイを見れば、「寛恕が剣を」となっている。
「私のせい? 直せるんでしょ? ね」
「……ぷっ」
いきなり吹き出す堂本。
「何がおかしいのよ」
「いや、あんまり、不安そうに聞いてくるから」
「私が機械に弱いと思って、笑ったんでしょ」
「違う違う。心配の仕方が大げさだから、つい」
なだめにかかる堂本。ユキが疑う視線を送っていると、
「お詫びに送る」
堂本は腰を上げた。
結局、こうなるんじゃないか。ユキは口には出さずに思った。
−−続く