#3041/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 4/29 8: 9 (200)
Boy needs Girl 2 名古山珠代
★内容
朝、教室に入るなり、ユキはクラス委員長の姿を求めた。まだクラスの三分
の一ほどしか来ていないせいもあろうが、すぐに堂本は見つけられた。
彼の背中目指し、抜き足差し足で忍び寄ると、いきなり肩にタッチ。同時に、
「役に立ったかね?」
と、小さく聞いてやった。
「おわっ! ……何だ、木川田か」
彼が手にしていた教科書が、ぱたりと音を立てて閉じられた。
「予習かあ、さすが」
周囲の目に、珍しい光景を見るかのような様子があるのに感づきながらも、
かまわずユキは話しかける。
「で、例の雑誌は、お役に立ちましたか」
「ここでその話は……」
「小さな声ならいいでしょ」
「みんなが見てる」
「見てるだけなら、平気」
「変に思われるぞ」
真面目な声のまま、堂本。
「変って……いわゆる男女の関係ということ?」
ケロッとして返すユキ。
堂本は一瞬、絶句した。
「……それもないとは言わないけど、とにかく、いきなり親しくするのは、端
から見ると変だろう」
「それもそっか。いつならいいの?」
「飽くまで、聞きたいのか」
ため息まじりの堂本に、ユキは追い打ち。
「そうなのだ、私は悪魔なの」
「……」
「笑わないか、これぐらいじゃ? それじゃあ」
「もういいって。うん、今日の帰り、教室に残ってくれたら、話す」
「それならいいよ」
放課後に二人で待ち合わせるってのも、変ではないかいな。そんな風に思い
ながらも、ユキは承諾した。
「だけど、聞いてもしょうがないぞ。実際に見なけりゃ」
「だったら、見せてよ。描きかけでもいいから。昨日の本を参考にしたイラス
トをさ」
「それは」
堂本が話し終わらない内に、予鈴がなってしまった。一時限目は生物。あの
教師は、早く来ることで有名だから、席に着かなくちゃならない。
何で、こんなところにおるのだろう……。
ユキは戸惑っていた。初めて訪ねたクラスメイトの男子の家。いきなり、ク
ラスメイト−−堂本の部屋まで入り込むとは、予想外の展開だった。
向こうの親がいなかった訳ではない。母親がいたのだが、ユキの姿を見るな
り、大声で歓迎してくれたのだ。
「まあまあまあ、珍しい。浩一が女の子を連れてくるなんて」
満面の笑顔に、ユキを値踏みするような思惑は感じられない。全然、危ない
方には想像が行かないらしい。
ま、いいか。と、ユキは背伸びした。意外ときれいに片付いた部屋を見回す
と、ほとんどの壁は、本の詰まった書棚で見えなかった。あまり長くいると、
頭が痛くなりそう。ユキは本当に頭を抱えてみせた。
彼女の目を引いた物もあった。
一つは、机の上、やや左端にまとめられているA4用紙の束。細かい字が印
刷されている。かなりの枚数だ。本当に書いているんだ、小説。ユキは一人、
うなずいていた。
もう一つは、一枚のイラスト。手書きのそれは、水色系統が目立つ。妖精か
何からしく、羽を持ったきれいな顔の、白い肌の少女−−いや、少年かもしれ
ない−−が中央、やや右斜めを向いて立っている。その足下、見るからに悪者
と分かる鬼っ子の倒れている様子が、小さく描かれている。
(何じゃ、こりゃ)
きれいな絵だと感じつつも、ユキはおかしくなった。堂本の外見とイラスト
とのギャップが、激しいからである。こらえきれなくなって、笑ってしまった。
「何を笑ってるんだ」
笑い転げていると、いつの間にやら、戸口のところに堂本が立っていた。両
手はお盆でふさがっている。
今さら取り繕っても無駄なので、ユキは身体だけ起こした。
「いやあ、あの絵が。おかしくて。ねえ。堂本クンがあんなの飾ってるなんて。
見ていたら、つい、笑いがこみ上げてきてさ。誰の絵?」
「……僕のだよ」
少し怒ったように、音を派手に立ててお盆を置く堂本。載っているカップ二
つからは、白い湯気が上がっていた。
「えー? 嘘でしょ」
堂本が描いたのではという考えも、かすかに脳裏をかすめていた。が、ユキ
の理性は、それを即刻、拒否したのである。
「嘘ついてどうするっての」
彼は自分のカップにだけ角砂糖を落として、混ぜ始めていた。
「うー、本当なのか……。信じらんない。堂本クンがあんな少女趣味の絵を描
くんだとは」
「悪かったな」
学校では滅多に聞けない荒っぽい言葉遣いだ。堂本は黙り込んで、紅茶をす
すり始めた。
「怒ったの?」
「……別に。けど、ついでに言わせてもらうなら」
顔を上げると、堂本は空いている方の手で、短い間だけ、ユキを指差した。
「君達女子は……いや、男子のほとんどもそうかもしれないけど、僕のこと、
家でずっと勉強しているような、詰まらない、無趣味な人間だと思い描いてい
るんだろう」
「そりゃ、まあね」
ユキは答えてから、ようやく角砂糖を入れることを思い出した。少し迷って、
結局、二つ、落とすことにする。
「それが間違い」
いきなり、堂本の言葉。一瞬、ユキは、角砂糖の数が間違っているのかと思
ってしまった。
「固定観念ってやつだね。幸か不幸か、僕は物を覚えるのだけは得意なんだ。
だから、ある一定の時間があれば、だいたいのことは覚えられる」
「うらやましい……」
犬だったらよだれを垂らさんばかりに、ユキは堂本を見た。
「僕が本当にやりたいのは、漫画。でも、絵で物語を組み立てるのって、でき
ないんだよ。性格かもしれない。絵にすると、何だかイメージが限定されてし
まうような気もするし。とにかく、何か物語を作っていきたい。それには記憶
力よりも、創造力が物を言う」
「分かるけど……贅沢なんだから」
盛られたお菓子を、がばっと鷲掴みにして、ばりばりと食べながら、ユキ。
その口調は、不満たらたらである。
「……木川田は、豪快な食べ方をするんだな」
呆れた様子の堂本。彼は、遠慮がちに菓子を手に取った。
「あんたの前で気取っても、しゃあないでしょーが。んで、よーするに、誰も
自分のこと、分かってないのが、嫌なんでしょ?」
口の中を片付けてから、ユキは言った。ゆっくりうなずく堂本。
「まあ、そうだな」
「さっき、堂本クン、何て言った?」
「何だ?」
「『木川田は、豪快な食べ方をするんだな』って言ったでしょ。それって、私
が女の子らしくないという意味?」
「……女っぽくないのは、学校で見ていても分かっていたが」
堂本の言葉に、ユキはこけそうになった。
「何なの、それは」
「いや。それでも、食べるときは、比較的、大人しく食べていたように思うん
だけど……そういう意味で意外だった」
「まあ、そういうことよ」
「どういうことだ?」
「私の食べ方、見た目じゃ分からないでしょ? 堂本クンだって、みんなのこ
とを全部、分かっているんじゃないんだから、それはお互い様」
「……うまくごまかされたような気がしないでもないが……。そういうことに
しておくか」
「そんな納得した言い方、嫌い」
ユキはきっぱり、言い切った。
「へえ? どうして?」
堂本は、面白そうな顔になった。
「私だったら、どんなに親しい友達だって、知らない面がある方がいい。全部
を知ってしまったら、きっと詰まんなくなる。知らなかった面を知ったとき、
すごく楽しくなるし」
見れば、目を丸くしている堂本。続いて言葉が流れる。
「まともなことを言うなんて、びっくりした」
「あのねえ……。まあいいや。で、続き。例えばさ、昨日から私、ずっとびっ
くりしっ放し。最初は例のエッチ本。それから、堂本クンが小説を書いたり、
イラストを描いたりするっていうこと。今日で言えば、言葉遣いね。堂本クン
の喋り、授業中と全然、違う。次は、この家に来てから。お母さんは堂本クン
とはだいぶタイプが違うし、部屋にはあんなかわいらしいイラストが飾ってあ
るし。想像が当たってたの、この部屋に参考書なんかがいっぱいあったってこ
とだけ。すっごく、面白い」
「それで楽しめたら、金がかからなくて、いいな」
本気か冗談なのか、堂本はそんなことを言った。
「文学するもんが、金の話をしてはいかんよ。夢を売る商売だもんね。そうだ、
あのイラストの少年だか少女だか、名前は何さ?」
「な、名前?」
戸惑ったような堂本。対して、イラストを指差したまま、じっと待つユキ。
堂本は、小さな声で答えた。渋々という感じで、どこか気恥ずかしそうだ。
「一応……ツリーバー」
「何だ? ツリーバー?」
ぎゃははと、笑ってしまったユキ。
「おかしいか?」
「い、いや……。あのさ、あのタッチだと。そうね、アンジェとかミナルカと
か、そういう。その、いかにも夢のある、それっぽい名前かと……。なのに、
ツリーバーだと、釣り場みたいになっちゃうじゃない。ほら、魚釣りの」
「釣り場……」
複雑な顔をする堂本。自分でも自分のネーミングがおかしくなったらしく、
笑いをこらえている感じ。何とか息を整えたようで、再び口を開いた。
「言っておくと、あれに性別はないから」
「ふむ。ニューハーフ?」
「違う! 雌雄同体って言えばいいのかな。夢の世界の住人には、男と女なん
てない。そういう設定なの」
「どうやって増えるん?」
「あ?」
「女に言わせる気かね。あの妖精さんが子供を作る方法を聞いてるの」
きっぱりしたユキの物言いに、堂本は一瞬、絶句した。
「おーい、どした?」
ユキが彼の顔の前で手を振ると、堂本は疲れたような笑みを浮かべた。
「やっぱり、木川田の考え方って面白いわ。うん、知らない一面を知るっての
も、楽しすぎる」
「分かってくれて、ありがとー。で、子供の話」
「ある季節が来れば、勝手に増えるんってことでいいんじゃないか」
「それじゃあ、アメーバじゃない。妖精さんはアメーバか」
「アメーバで悪いか? 違うだろ」
なるほど。ユキは妙に納得してしまった。
「でも、イメージが」
「らしくない。そっちがさっき言ったことを、否定しているぞ。外見からの判
断とずれがあった方がいいんだろう?」
「ああ、そうだっけ。やっぱ、切り返しは堂本クンがうまい」
どうでもいいようなことでおだててから、ユキは本論に移った。
「そろそろ、例のイラストを見せてもらいたいな」
「覚えていたか。しょうがないな」
堂本は立ち上がると、机の引き出しの内、一番下の、一番深いのを開けた。
忘れるかいなと思いつつ、ユキは膝で立った。引き出しの中を覗こうという
訳である。堂本の背中越しに、何やら、たくさんの大型の封筒が並んでいるの
が見えた。多分、その一つ一つに小説あるいはイラストの原稿が、詰まってい
るのだろう。その内の、かなり手前にあった封筒を、堂本は取り出してきた。
「これだよ、参考資料を使ったのは」
「どれどれ」
にやにや笑いを作るユキ。封筒を手にすると、中身を引っぱり出す。イラス
ト何枚かが一枚ずつ、透明なセルロイドで区切られていた。とりあえず、問題
のイラストを探す。白と黒だけの原稿を、いくらか緊張しながらめくっていく。
何枚目かで、ユキの手が止まった。
「あ、これ?」
肩越しに覗き込んでいる堂本を見上げる。
「そう。見りゃ分かるだろうけど」
その言葉は事実であった。ユキが示した原稿には、真ん中に大きく、じゃー
ん、なのであるからして、嫌でも目に飛び込んでくる。
−−続く