#3002/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 3/19 10: 3 (182)
分身 5 永山
★内容
「それは何より。さあ、その感謝の念を行動で示してもらえないかね。ワンマ
ン・デュオ!」
「はっ!」
短く受けると共に、デュオが揺れ始めた。
「……」
その様を、フランクは絶句して見守ってしまった。思えば、このとき、すぐ
に攻撃を仕掛けていればよかったのだが……。しかし、デュオが揺れている様
子は、目を奪われても仕方がないほど、不可思議な光景であった。
確かに最初、デュオは身体を揺らしていた。月明かりによってできた影も、
ゆらゆら増幅して映る。それが徐々に激しくなり、最後には……二つに割れる
のだ。気が付けば、デュオは二人になっていた。
「フランク君。この二人からの攻撃、お得意の素早さでかわせるかな?」
カインの挑発が引き金となった。
フランクは強く地面を蹴って、第一撃を−−。
「おっと」
身軽にかわしたのは、カインである。そう、フランクはカインへ攻撃を仕掛
けたのだ。
「私ではないと言っただろう。聞き分けのない男だ」
にやりと笑って、余裕を見せるカイン。
(カイン……こちらのことを研究している。それに能力に磨きがかかったか、
以前よりも身軽になっている?)
フランクは焦りを感じながらも、声を張り上げた。
「おまえを狙うのは当然だろう。ワンマン・デュオよりも、貴様が近くにいる。
能力だって、手の内を知っている者の方がやり易い」
「脳みそを使うのは結構なことだ。だが、それも時と場合によるね!」
瞬間、フランクは激しい痛みを感じていた。
前方から来た鋭い刃物のような攻撃はどうにか避けられたものの、肩を襲っ
た激しい力は避けきれなかった。
「僕と戦え。カイン様を見下すとは、許さない」
多重に聞こえる声。耳がおかしくなったかのようだ。
「どうしても、君と戦うことになるのだな」
フランクは覚悟を決めた。そして跳躍。いきなり、右の一撃を放つ!
「が!」
ヒット!
ワンマン・デュオの片割れが、叩きつけられるように地面に倒れた。胸の辺
りに強い衝撃が走ったはず。
「手応えは充分だ。もはや一人だ、ワンマン・デュオ。いや、ワンマン・ソロ
かな?」
「気取っている暇はあるのかね」
カインの声。殺気は感じられぬからカイン自らが襲ってくるのではない。だ
が、自信に溢れている。
「何だと? 一人が相手なら、この素早さで圧倒してやる。例え、カイン、貴
様が相手でも」
「その暴言、許せぬところだが……強がりも今の内だ。せいぜい、いきがりた
まえ」
そうこうしている間に、デュオが奇妙な行動に出た。打ち倒された瀕死の片
割れに近付くと、その手を取った。かと思うと、強く抱きしめ始めるではない
か。
「あ、あ」
再び、フランクは呆然と見送ってしまった。
ワンマン・デュオはすぐに一人に戻った。そして再び揺れ始めたのだ。
「兄さん、すぐに生き返らせてあげるね……」
そんなことをつぶやきながら、揺れは激しくなる。
「まさか」
フランクは恐れた。その恐れは、すぐに現実のものとなった。
−−目の前の敵は、再度、二つに分かれた。
「さあ、試合再開だよ、フランク君」
楽しくてたまらない様子のカイン。拳闘の試合でも観戦しているつもりか。
フランクは考えていた。同じ攻撃をしても無駄だろう。いや、同じ奴を攻撃
しても無駄。もう片方の、弟の方を倒せばいいに違いない、と。
そう決めて、敵を見据えるフランク。
(うっ)
フランクは焦った。いささか喜劇的ではあるが……。
「見分けがつかない……」
思わず、そんな台詞が口をついた。
「ほう!」
カインがわざとらしく言った。
「君のその言葉から推測するに、元々のワンマン・デュオ……ウィレム・オー
ディを殺せばいいと考えているらしいな。まあ、やってみたまえ。確率は二分
の一だ。いつかは当たるかもしれない」
ふん、と鼻を鳴らし、フランクは言われた通りにしてやった。先ほどと同じ
ように、片割れが倒れる。出血が激しい。
だが……。今度も、片割れは復活した。これも先ほどと同様に、一度、片割
れの身体を取り込み、再生して外に吐き出す。そんな感じだ。
「うーん、残念。外れだねえ」
笑いながら、カイン。
「くそ!」
それからもフランクは得意のスピードに乗せ、拳を放ったが、ワンマン・デ
ュオはいつまでも二人組を保ち続けた。
「おやおや、君の運のなさにも呆れるな。二分の一の確率を何度、外している
んだね?」
カインはいつまでも笑みを浮かべている。だが、その目つきは鋭さをたたえ
たままだ。
「ワンマン・デュオよ。そろそろ、片をつけていいぞ。見ろ、フランクは最初
に受けた肩の傷で、ふらふらになりかけだ」
「承知」
ワンマン・デュオは二手に分かれると、その間にフランクをとらえた。
「覚悟せよ、フランク・シュタイナー!」
叫ぶと同時に、一気に間合いを詰めるデュオ。中間で彼ら二人がすれ違うと
き、フランクは……。
しかし、フランクには考える時間があった。今は負傷でやや落ちているもの
の、素早く動けるだけに、時間をゆっくりと感じることができる。
(本当に運がない。ずっと弟の方を外すなんて……)
フランクは、敵が二人とも視界に入るように姿勢を調節した。
(待て。ずっと外し続けるなんて、あるだろうか。いや、ない。確率的にはあ
るとしても、それが現実に起こるなんて、信じない。ということは、敵は常に
こちらの攻撃を見切り、兄の方を殺させていたのか?)
二つの影が迫ってきた。各人までの距離に、わずかの違いもない。
(いや。僕の身上は素早さだけ。これを見切れるなんて、絶対にない! だっ
たら……ワンマン・デュオはどちらを倒されても、復活できる? そうだ、相
手は元々、弟一人なのだから、兄はいないのだ。ならば、どうすれば倒せるの
か……?)
そして結論が出た。
フランクは上半身を沈めると、肩の痛みをこらえ、両腕を地面に対して突っ
張る。そう、倒立の姿勢を取る。そして足を左右に開くと、腕と腰の力で、ま
るで扇風機のごとく足を回転させた!
「ぶげーっ!」
フランクの耳に、表し難い悲鳴が二重に届いた。
次にフランクは身体を起こし、身構える。が、その必要はなかった。すでに
ワンマン・デュオの二人は打ちのめされ、地に倒れていたのである。よほどの
不意を突かれたらしく、異様なうめき声を発し、血を吐いていた。よくよく見
れば、片方は口が頬まで裂けており、もう一人は首が奇妙な方向に曲がってい
る。
「……一瞬の内に見破るとはな」
そう言うカインの表情に、もはや笑みはない。鋭い眼差しが残るのみ。
「二人とも、『本体』だったんだろう? ならば、二人同時に倒せばいい。彼
らが別々に攻撃してくるのなら、同時に倒すのも難しかったかもしれない。が、
うまい具合に同時に突っ込んできてくれたからな。蹴りで充分だった」
フランクが言っている内に、ワンマン・デュオの肉体は徐々に崩れていった。
それは灰のような砂のような、とにかく細かい粒となり、風に流され始める。
ついには、何もなかったかのように、下の地面が顔を出し始めた。
「死ねば……こうなるのか」
フランクは、目の前の光景を自らに当てはめ、薄ら寒くなった。
「魔玉の者とて、死ねばゴミと同じよ!」
言い放つカイン。
「ゴミだと?」
聞き咎めたフランクだったが、カインはそれに答えるつもりはないらしい。
「ワンマン・デュオは、役に立ってくれた。フランク、君はまさか、私がただ、
見物していただけとは思っていまい」
カインは、珍しくもフランクの名を呼び捨てにした。本気になっている証拠
であろ。
「……」
カインの自信ありげな様子に、フランクは直感した。
(やばいぜ、これは……。カインはこちらの動きを観察していたに違いない。
今はまずい)
カインは、そんなフランクの心の動きを見透かしたか、にやりと笑った。
「君の蹴りの威力も、おおよそ分かった。その素早さは厄介だが、ほぼパター
ンは読めたよ。どんな達人にも、癖があるものだ」
「……今日は、僕の相手は貴様じゃなかったんだよな」
フランクが言った。もちろん、本気ではない。少しでも時間を稼ぎたかった。
「さて、どうするかな」
カインは、焦らすように言う。
「これまで私が見てきたのが、君の全てだとすれば、勝てる可能性は十二分に
ある」
「貴様に奥の手があるように、僕にもあるぜ」
「ほほう。少しは駆け引きを使うようになったか。だが、この前の君のくそ度
胸に敬意を表して、今回は私から突っ込んでやってもいいんだよ」
カインは、フランクのはったりを簡単に見破った。アベルの研究が進めば分
からないが、今のフランクに何も隠している技などない。
「フランク!」
不意に、アベルの声が聞こえた。
ケリガン警部補の連れて来た応援部隊だ。コナン警部の姿はもちろん、大勢
の警官がいる。
時間を稼いだ甲斐があった。と、フランクは安堵した。コナン警部、よく、
アベルを連れて来てくれたものだ。このときを待っていた!
「アベル! 例の物を!」
あたかもあらかじめ打ち合わせておいたかのように、合図を送るフランク。
アベルはカインの姿を認めたせいか、すぐに察してくれた。こうでなくては、
困る。
「分かった。そらっ!」
アベルはポケットに手を突っ込むと、何かをフランクに投げてよこした。フ
ランクはそれをしっかりと受け止め、両手で構えを作る。
「これで完璧だ。いつでも来い! カイン!」
フランクの気迫に圧倒されたか、カインは表情を固くした。
「アベル……おまえはいつもこうだ。私に先んじて、何かを見つけたようだな」
「あいにくだったな、カイン」
アベルは強く言い切った。
「おまえが突っ込んで来さえすれば、フランクの勝ちだ。さあ、カインよ。選
択しろ。あきらめて投降するか? それとも一か八かの勝負に出るか?」
「うむ……」
カインはほとんど時間をかけずに、回答を出した。
「今夜は引き下がるとしよう。逃げる折に格好をつけても始まらないな」
カインはいつの間に身に着けたのか、フランク張りの素早さと跳躍力とで、
家の屋根に飛び上がった。それを目で追っている間もなく、その姿は月明かり
の向こう、小さく消えていった。
「アベル!」
「フランク、無事か?」
二人は強く、互いの手を握り合った。
彼らの手の中では、アベルが投げてよこした、ただのマッチ箱がからからと
音を立てていた。
−−終わり