AWC 分身 4    永山


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#3001/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 3/19  10: 0  (181)
分身 4    永山
★内容

 予想されていたように、オーディは拘束を解かれた。
 確かに、塀を乗り越えた跡は発見された。微弱だが、彼の持っている靴と同
じ型が、塀に残っていたのである。しかし、それだけの事実では、たいして事
態は進まない。四連続殺人に積極的な証拠にならないのはもちろん、オーディ
が塀を乗り越えたこと自体、何の罪にもならない。張り込みの標的に逃げられ
たとしても、公務執行妨害に問えるはずもない。
「また、あんたか」
 フランクの横でぼやいたのは、ケリガン警部補。
「よろしく」
 ぼそぼそと、フランクは答え、巨体を折り曲げ、頭を下げた。
「どうしてこうなのかねえ。あの警部、よその事件に首を突っ込んできた上、
署長に手を回して、あんたみたいな民間人をよこすとは……どういうつもりな
んだ、全く」
「すみません」
「いや、別にあんたに謝ってもらわなくてもいいさ。あんたのおかげで、俺は
減給を逃れたようなもんだからな。感謝してもいいぜ」
 ケリガンは自嘲気味に薄笑いを浮かべた。オーディが抜け出るところを見逃
した彼は、容疑者に余計な警戒心を抱かせたこととも相まって、減給はおろか、
悪くすれば降格の目さえあったらしい。それを、今度もフランクを一緒にする
という条件を飲むことで、免責されたのだった。
「しかし、あんたと一緒にいて、失敗をやらかしたのにな。変な話だ」
 ケリガンが喋り続けていると、前方から声がした。
「何をしている。早く来ないか」
 ジム警部補。もう一人の見張り役として選ばれた男だ。階級こそ同じだが、
年齢はケリガンより一つ上で、言うなればお目付役。いくら何でも、失敗した
ときと同じ二人だけにすることはできない、という訳である。
「そろそろ、オーディの下宿だろ。声を落とすんだ」
 男にしてはきんきんした声で、ジムは注意してきた。眼鏡が神経質そうな顔
つきを、より一層神経質に見せている。
「はいはい」
 ケリガンの方は、ジムをあまり快く思っていないらしく、いい加減な返事で
応じる。フランクは、この上、さらに余計な気遣いをさせられそうで、内心、
ため息をついた。
「君達は、前回と同じ場所にいるんだ。今度は、例の塀も見張る。そちらを私
がやることでいいな」
「お任せしますよ」
 ケリガンの皮肉な調子に気付かなかったのか、ジムはさっさと持ち場に歩い
て行った。
「やれやれ、やっといったか」
 あからさまに、せいせいした態度を表に出すケリガン。
 フランクはその様子を見て、真剣に望んだ。
「頼みますよ、ケリガン警部補」
「何が?」
「反目し合っている場合じゃないんです。こんなのでは、オーディにまたして
やられるかもしれない」
「ご忠告、痛み入るね。ふん、君みたいな素人に言われても、不思議と腹が立
たない。さっき、ジムとお喋りしたせいだな」
「真面目に考えてください」
「分かってるって。ことが起これば、任務に没頭するさ。それよりも、あんた
のことを聞きたいね。何者なんだ、あんた?」
 フランクの全身をまじまじと見つめるケリガン。
「今は見張っていないと」
「平気平気。奴が抜け出すとしたら、塀の方だろう。共犯者を呼んで、引っ張
ってもらうさ。まともに正面から出て行くはずがない。で、フランク。その巨
体からすると、何かスポーツでもやっているのかい?」
「……何も」
 仕方なしに、フランクは答え始める。
「ほう、もったいないねえ。仕事は何かやってるのかい?」
「ある研究の手伝いといったところです」
「へえ? 学者の卵か? そうは見えないがな」
「ちょっと意味が違うんですが……」
 わざわざ言い直すこともなかろうと思い、フランクは口をつぐんだ。そして、
折角、話をするんだったら、オーディのことを聞き出そうと決めた。
「オーディの過去? そうだな」
 腕を組むケリガン。
「しかとは覚えていないが、当然、ある程度は知っているさ。化学専攻の学生
だろ、奴は。どうして化学なんてやり始めたかって言うと、死者の復活を目指
していたかららしい」
「死者の復活?」
 まさか、オーディも魔玉を独自に研究していたというのか。フランクは身を
乗り出す気分であった。
「ああっと、言葉が悪いかもしれない。死者との交信とすべきかな。そうそう、
霊界との通信だ。あの世に逝っちまった者と、この世にいながらにして会話す
るってことらしい。それを薬品でやろうってつもりだったらしいね、オーディ
は。さすがに、今はそんなことはやっていないようだが」
「どうしてまた、そんなことを考えたんでしょう」
「それもちゃんと理由がある。奴は実は、双子の片割れなのさ」
 秘密めかすかのように、片目をつむるケリガン警部補。
 フランクは彼の言葉を反復した。
「双子……」
「しかも顔がそっくりになる、一卵性双生児ってやつだ。双子として生まれな
がら、オーディの兄は死産だった。以後、兄の『影』に心を支配されている−
−と、あいつを診察したことのある医者が言っていたな。要するに、兄貴を死
なせたのは自分だと思い込んじまって、それを気にして生きてきたって訳だ。
その兄に許しを請うため、霊界との通信をやりたがったんだってよ」
「そんなことがあったんですか」
 最初に聞きたかった話とは違うが、これはこれでフランクには興味深かった。
「俺、今でも空想するんだ。実はその兄が生きていて、オーディと姿形がそっ
くりの男に成長している。そいつがオーディに協力して、今度の四つの殺しを
行ったんじゃないかってな。アリバイなんて、簡単だ」
「……」
 ある意味で、ケリガンの言葉は卓見だと、フランクは思った。
(……双子の兄を想う念が、魔玉によって増幅され、彼に分身という特殊能力
を発露させたのかもしれない……)
 そのとき、フランクの思考を破る−−
「ぐぇ!」
 そんな叫びが聞こえてきた。
「ジムのおっさんの声だ!」
 言うが早いか、ケリガンは弾けるように走り出していた。
 フランクの能力をもってすれば、追い付くのは簡単だったが、一応、力を抑
制して警部補の後を追った。
「こいつは……」
 問題の塀の向こうに回ったケリガンは、そこに展開される光景にただ立ち尽
くしている。
(いきなり、やってしまったか)
 歯ぎしりするフランク。まさか、その日の内にこんな行動に出るとは、思っ
てもみなかった。向こうが仕掛けてくるとしたら、こちらの警戒が薄らぐのを
見計らい、ある程度の時間が経過してからのことだと考えていた。油断があっ
た。
 ジム警部補は喉をぱっくりと裂かれた上、肩の辺りを背後から破壊されてい
た。鋭さと力強さという、一見、相容れない攻撃が同時にジムを襲った。そん
な感じだ。
「やはり、君達もいたのかい?」
 声のする方向には、ウィレム・オーディの姿があった。塀の上に、勝ち誇っ
たように立っている。その影は今のところ、一つである……。
「今夜は幸いにも、住人はいないんだ」
 楽しむかのような響きを持っている。
「よって、思う存分、この力を行使できる!」
「貴様が……やったのか」
 理解できないながらも、ケリガンは言葉を絞り出した。
「答えるまでもない」
 つーっと、オーディはその指をフランクへと向けてきた。
「君、君はよく分かっているんだろう? 隠さず、認めなよ」
「……」
 黙っているフランクを、どういうことだという目でケリガンが見る。
「……ケリガン警部補。あなたには、コナン警部に事態を知らせてほしい」
「説明しろってんだ! ジムのやられ方は普通じゃない。オーディの野郎の仕
業とは分かったが、他はさっぱりだ」
 しきりに頭を振るケリガン。事態を把握しようとするのではなく、震えをご
まかすためかもしれない。
「ここにいてはあなたもやられる。僕一人なら、何とかなるんです。少なくと
も、しばらくの間は」
「……おまえ、本当にただ者じゃないな。上が特別扱いするのも、何となく分
かった気がするぜ」
 そこへ、いらいらした口調が重なった。
「おい、いつまでこちらを待たせておくのだい。僕は紳士のつもりだ。答える
まで待ってやろう。だが、それも度を過ぎると保証できない」
「……ああ。君と同じく、魔玉を得ている」
 フランクは、背中に回した手でケリガンに早く行くよう合図を送りつつ、ゆ
っくりと答えた。
「やっと答えたな。カイン様、逃げる男はどうしますか?」
 オーディは、注目に値する単語を発した。
(カイン……だと?)
 フランクは、一気に総毛立つのを感じた。もっとも、人造人間の彼に、体毛
はあまりない。
「やはり、カインと関係があるのか!」
 大声で叫びながら、ケリガンの心配をするフランク。何とか逃げてもらいた
い。
「男は追わなくていいぞ……。フランク君、久しぶりだな。関係がどうこうよ
りも、憂慮すべき点があるだろう」
 不意に、新たな声が降ってきた。聞き覚えのある、邪悪な意志を隠しきれな
い声音……。
「この私が、この場にいるということを!」
 オーディとフランクのいる場所をちょうど二分する地点に、カインが姿を現
した。コートをマントのように羽織っており、例によって帽子をかぶっている。
「カイン! 貴様がオーディを……」
「当たりだよ。薄々感づいていたようだね。偉い偉い」
 それから高らかに笑うカイン。
「あの刑事は見逃してやるよ。どうせコナンとかいう警部が知っているんだろ
う? 秘密を知った者が二人になったからといって、さほど状況は変わらない。
いつでも、奴らは殺せるのだからな」
「その傲慢さ、改めさせてやる!」
 フランクは握り拳を作ると、高く掲げた。
「おっと、今夜の君の相手は、このカインではない」
 カインはオーディを手で示した。
「彼が相手だ」
「オーディをこんな姿にしたのは、何故だ」
 怒気を含んだ調子のフランク。
「彼が望んだからさ。知っているかね? 彼は兄想いの優しい奴だよ。ふふふ」
「知っているさ」
 フランクは、オーディが哀れに思えてきた。自らその身体をカインに差し出
したのか、分身という形で兄と再会するために……。
「そうかね……。ついでに教えておくとしよう。彼はオーディではない。彼に
は私が新たな名を授けた。ワンマン・デュオ−−気を利かせたつもりだが、ど
うかね?」
 フランクが黙っていると、オーディことワンマン・デュオが口を開いた。
「とても気に入っています。いつも兄と一緒にいられるようで、気分が清々し
くなれます」

−−続く




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