#2999/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 3/19 9:56 (174)
分身 2 永山
★内容
「四つの殺人事件において、犯行推定時刻に現場付近をうろついている姿を目
撃されながら、完全なアリバイを持っている……」
コナン警部から聞かされた事件について、アベルは繰り返した。
「ええ。これって、この前言っていた奇怪な事件とは言えませんかねえ」
コナン・ヒュークレイは胸を反らした。
「奇怪と言えば奇怪だが……被害者の殺され方には、刻み屋ニックのときのよ
うな特徴は何かあるんですか?」
「いや、そいつはありませんな。絞殺が二件、刺殺が一件、殴殺が一件。様相
だけを取り出して見れば、単純な事件です」
アベルの質問に答えてから、コナンはフランクへと目を向けた。
「フランク、この四つの事件があったとき、何か感じなかったかね?」
魔玉の者は互いに引き合い、共鳴し合うことがある。アベルの最近の説は、
それは感情が頂点に達したときに発現するのではないかと見なしている。事実、
刻み屋ニックことカインが殺戮を重ねたとき、フランクは感情が波立つのを覚
えた。警部は、このことを言っているのである。
「例えば、この一番新しい事件、チア・エミールという女性が絞殺されたんだ
が、これが起きたのが」
警部は指折り数えて、
「八日前だ」
と言った。
「その頃、何かを感じたんじゃないか」
「いえ、別に。カインが姿を消して以来、このところ、そういう感覚はなかっ
たんです」
「うーん、そうか。……分からん。違うのかねえ?」
「警部、当然、容疑者の名前は分かっているんでしょう。教えてくれませんか」
「ああっと、それもそうだ。ウィレム・オーディっていう学生で、化け学を専
攻してる」
「そのオーディと被害者は、みんな関係がある?」
「そうですな、四人とも関係があるとされています。まず、名前が出たところ
でチア・エミールから。彼女は看護婦です。オーディは知らないと言っていた
が、彼の通う大学の医学部の実験室にチアは出入りしていたことがあって、そ
こで知り合っていた節がある」
警部は手帳を取り出し、その内容を見ながら答えていく。
「折角だから、逆順に行きますか。三番目の犠牲者はドロシー・ブレネマン。
彼女も絞殺されたそうで、職業はホステス。オーディが行きつけの店で働いて
いたので、顔を会わせているはずなんですな。二番目はキム・レイアン、学生。
オーディと同じ大学の同じ学年、同じようなことを学んでいる。彼女は殴殺さ
れている。最初に殺されたのが、タニア・ハディス。精肉屋の店員で、その店
の肉切り包丁で刺し殺されたってことです。オーディは、この肉屋でよく買っ
ていた。言葉を交わしているはずなんですな」
「聞いていると……殺人が起こるような深い関係はないんじゃないですか?」
フランクが指摘する。
コナン警部は開き直って言った。
「ない。だが、全ての事件に一人の男が関係している。そいつは目撃さえされ
ている。怪しむに充分なんだ。が……四つとも完璧なアリバイが成立している
のだ」
「奇怪ではある、確かに……」
先ほどと似たような言葉を繰り返すアベル。
「だが、私が思い浮かべる奇怪さとは、猟奇。カインがした、人体を切り刻む
ような……。今、警部が言った事件は猟奇性よりも不可思議な『におい』があ
る」
「魔玉の者ったって、カインのようなのばかりとは限らんのじゃないんですか
い? 要するに妙な能力を……あ、すまん、フランク」
「いいんですよ」
頭を下げた警部を、フランクは押し止めた。
「気を遣ってもらえるだけで充分です」
ほっとすると、警部は続きを話し始める。
「悪いな。……要するに特殊能力を持っている者の仕業だと思われる事件だっ
たら、いい訳だ。違いますかね?」
「いや。少なくとも、的外れではない」
認めるのはアベル。
「だったら、話は簡単になる。今度なら、例えば……フランクよりも素早く移
動できる能力があるとか。何だっけか、瞬間移動っていうような」
「瞬間移動できるなら、現場付近で目撃されはしないでしょう。殺害直後、そ
の場から消えればいい」
フランクは、少しおかしく思いながら反論した。
「それもそうだな。じゃあ……」
「双子だ、警部」
コナンの言葉を遮って、アベルは言い切った。
「双子? いや、オーディには双子はおろか、兄弟もいないと聞いている」
「そうじゃなくて、それが能力なのだよ、きっと。双子を作る……そう、自分
の分身を作ることができるんだ」
「分身ですか?」
素っ頓狂なコナン警部の声。
「それなら話が合うでしょう。常にアリバイが成立するのも、現場を出るとき
に目撃されたのもうなずける。その事件、魔玉の者の特殊能力の産物である可
能性が出てきましたね」
「し、しかし」
警部は困惑する。
「仮に我々の推測が当たっていたとして、どうすりゃいいんです? 相手の居
場所はつかんでいるものの、証拠も何もない。次の殺しが起こっても、指をく
わえて見てるだけだ」
「……フランク」
フランクの顔を見やるアベル。フランクは無言で、アベルへ視線を返した。
「君がオーディに会えば、何か変化があるかもしれない」
「オーディが魔玉の者ならば、ですね」
「普段、魔玉の者同士が出会っても、ほんのわずか、精神の奥底に影響がある
くらいだと思う。微妙な変化だろうが、意識していれば察知できると信じたい。
やってくれるか」
「やります。異議なんてない。できれば、無駄骨に終わってほしいんですが」
希望的観測を、フランクは述べた。
陽はそろそろ落ちかかっていた。
「あそこがウィレム・オーディの住んでいる下宿だ」
警部補は小さく人差し指を立て、道を挟んだ向こうの、薄汚いが頑丈そうな
二階屋を示した。
コナン警部の取りはからいで、フランクはオーディの住む下宿を見渡せる通
りまで案内された。案内役はケリガンという警部補。事情を知らぬケリガンは、
フランクに対してあまり好意的でなかった。
研究のあるアベルがこの場にいないのも、フランクを萎縮させる。
「彼−−オーディは今、いるのですか?」
「いる」
無愛想な返事。
「四つの殺しに関わってるんだ。こうしてしっかり張り込むのは当然だろうが」
「見張っているのは、あなた一人ですか?」
「そうだ。それが?」
「差し出がましいですが……」
顔色を窺いながら、フランク。
「他に出入りできるような道はありませんか? 抜け道があるとか」
「あのな……ないよ」
侮蔑の目を向ける警部補は、途中で思い直したように口調を改めた。
「裏手に道があるが、袋小路だ。高い塀があって、あれは最低でも二人いなけ
りゃ越えられない」
「そうですか。それなら、安心だ」
フランクは安堵しながら、オーディがいるという二階の一室の窓に目をやっ
た。と言っても鎧戸が閉ざされており、中は窺い知れない。
ところが……。
「おかしいな」
夜になってから、ケリガン警部補は、しきりと首を捻った。
「明かりがつかない」
その言葉の通り、オーディの部屋が暗いままなのである。夕焼けがある頃な
らまだしも、とっぷりと暮れてしまったのに、部屋に明かりがつかないとは…
…。
「眠っている……なんてことは」
フランクは推測を口にした。彼の精神状態に、何ら変化はない。オーディが
魔玉の者で、かつ彼が邪悪な行動を起こしたとすれば、こんな平穏な精神では
いられないはずなのだ。となると、目の前の情景と符合するのは、オーディが
眠っているということだけではないか。
「学生がか」
事情を知らぬケリガンは、冗談はよせとでも言いたげだ。
「ちょっと変だぞ。ひょっとしたら……自殺したのかもしれん」
「まさか!」
「俺はそちらの方を、まだ信じるね。奴が眠りこけているより、説得性がある」
「だったら……確かめてみましょう」
フランクは相手を促した。
「言われるまでもない。乗り込むさ」
ケリガン警部補は言い終わるより早く、行動を開始した。
用心して、通行人を装って、下宿に接近。オーディの部屋からは見えない位
置で、下宿の門をくぐった。
「さて」
階段の下で、警部補はフランクを見てきた。その目は、足を引っ張ってくれ
るなと言いたいらしい。
「分かってます。何でしたら、ここで待っていましょうか」
「ああ。そう願いたいね」
そう言うとケリガンは、ほとんど足音を立てずに階段を上がっていった。
その様を下から眺めるフランク。
しばらく、様子を窺うつもりらしいケリガン警部補は、やがて強く戸をノッ
クした。他の住人は起きているのだから、さほど遠慮はいらない。
「オーディ? ウィレム・オーディ? いるんだろう、ここを開けないか!」
ノブを揺さぶる警部補。しかし、問題の部屋は静かなまま。
フランクはしびれを切らして、階段をかけ上がった。
「どうなっているんです?」
「いよいよ、奴が死んでいるかもしれないってことじゃないかな」
鼻息を荒くして、警部補は言った。
「鍵を借りて来ないとだめだ。管理人の居場所を調べなきゃならなくなった。
フランクとか言ったかな。あんたはもう、帰った方がいい」
「もう少し、立ち会わせてくださいよ」
「いいかい、あんた」
と、ケリガン警部補が追い返すための台詞を続けようとしたところへ……。
「これはこれは」
フランクの背中の方から声がかかった。
ケリガンは声の主の顔が見えているのだろう、驚きの色を表していた。
フランクが振り返るのを待っていたかのように、声の主は再び口を開いた。
「どこかで見た顔だと思ったら、刑事さんでしたか。えーっと、ケリガン警部
補さん、でしたっけ?」
「オーディ……」
思わずこぼれたケリガンの言葉。フランクは、目の前のこの男こそ、ウィレ
ム・オーディなのだと分かった。部屋から出ていないのではないのか……?
「呼び捨てですか。まだ疑われているんだ」
オーディは不敵なまでの笑みを浮かべていた。
「僕の部屋に、何かご用でも?」
−−続く