AWC 十三の瞳 7   永山


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#2996/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 3/19   9:47  (184)
十三の瞳 7   永山
★内容
 苦しげな声をこぼした沼井。
 それに呼び出されたかのごとく、坂道の向こうには、巨大な影が仁王立ちし
ていた。阿川を身体ごと投げ捨てたのか……。
 阿川はすでに、切り刻まれていた。服は最初から赤い布地だったのではと思
えるほど、きれいなまでに血で染まっていた。腕や足、首はあり得ない方向へ
とねじ曲げられている。特に首は、あと一押し、子供の力でも取れそうなぐら
いまでに、切り込みが入れてあるのが分かった。
 そして、沼井が放った枝伐り鋏は、阿川の腹の辺りに命中していた。
 見つけたぞと言いたげに、ゆっくりと金野は近付いてきた。その表情は見え
ない。
 最後の武器を放り出してしまっていることに、私達は愕然とした。すぐさま、
沼井が意を決して、目の前の植え込みを飛び越え、阿川に刺さったままの鋏に
飛びつく。
 確かに、彼は鋏の柄を掴んだ。しかし、それとほぼ同時に、金野も鋏の刃を
掴んでいた。そう、刃を−−。阿川の背中を喰い破るようにして手をねじ込み、
腹に刺さっている鋏の刃を平気で握りしめている。
「あ、が……」
 言葉をなくしている沼井に対し、金野は冷静そのものらしい。無造作に手に
力を入れたかと見えたら、次には鋏を非常な勢いで奪おうとする。
 必死に抵抗を見せる沼井。だが、それも短い間だけだった。こらえきれなく
なったように沼井が柄から手を放した途端、あの長い鋏は、阿川の身体を貫通
し、背中を抜けて、金野の手に渡った。
 今や逃げるしかなくなった。私は再び、ペンションを目指していた。沼井も、
意味不明の言葉をわめきながら、後ろを走ってきている。
 裏口まで来てみると、どうしたことか、あの折り畳み式の梯子が、そこにあ
った。屋根の上にあったはずなのに……。多分、金野が屋根に登ったとき、足
か何かが当たって、落ちたのだろう。
 それは、私達にとって幸運に思えた。もう一度、屋根に逃げれば、わずかで
あるが時間が稼げるはず。
 私は無言で梯子をかけ、屋根へ昇った。後から沼井も来た。そして二人で、
梯子を屋根へと引き上げた。そこには、さっき置き忘れていたロープの束もあ
った。同じことを二度体験しているような、奇妙な感覚。だが、決して同じで
ない。確実に追い詰められている、そんな気さえする。
「……」
 息を詰めて、あの巨大な影が姿を見せるのを待った。待ってどうするのか、
何の答もないけれど、とにかく待った。
 それなのに、金野は来ない。また、嫌な予感が起こる。
 突然、後方でガラスの跳ねる音!
 そうだ、金野がペンション内の構造に詳しいことを忘れていた。いや、仮に
詳しくなくても、一度、飾り窓の通路を使ったからには、楽に思い付くのも当
然かもしれない。
「ああ、あわわ」
 腰が抜けてしまっていた。へたり込んだまま、後ずさりするしかできない。
 金野は鋏を構えていた。その先端が、不意に伸びてきたかと思うと、沼井の
足下を襲った。左右に開いた刃は、彼の右足を靴の上から締め付ける。
 足をばたばたさせ、払おうとする沼井。だが、相当の力で押さえられている
のか、鋏は一向に離れない。それどころか、どんどん食い込んできているよう。
「あぎゃ!」
 悲鳴と共に、沼井の右の靴は、先がなくなっていた。切断された靴の先は、
ころころと屋根を転がり、雨樋に引っかかった。中には、足の指らしき物が見
えた。
 激痛に顔を歪める沼井。しかし、恐怖によって生きる執念が呼び覚まされた
かのように、彼は半身の体勢になった。
 そこへ、再び鋏が襲ってくる。今度は、沼井の右足首を捉えた。
 でも、足首を切断する力はないらしく、いくら金野が力を入れようとも、血
をにじませるだけである。
「へ、へ」
 沼井は鋏の刃先を取った。
 意外にも、金野は簡単に鋏を手放した。そして、こんな役立たずの道具はい
らない。自分にはこっちの方がふさわしいとばかり、背中から斧を取り出した。
「よくも指を」
 声を震わせながら、沼井は鋏を持ち替えた。刃先が動くことを確認してすぐ、
彼は鋏を突き出す。
 きん!
 金属音がした。刃先は斧に当たってしまった。跳ね返される沼井の鋏。だが、
斧にはじかれた刃は、運よく、相手の手首に引っかかった。金野の、斧を持つ
手の手首に。
「今だ!」
 逃してなるものか、そんな執念が込められた反撃。枝伐り鋏の刃は、見事、
金野の手首を切り裂いていく。
 初めて、あの巨大な影がひるんだ。一歩後退すると、切られた手首をもう片
方の手で押さえている。
「おまえの血でも、赤いんだな」
 どうでもいいようなことを、沼井は言った。でも、言わずにおられない気持
ちも分かった。
「達江! ロープを投げ縄の形にするんだ!」
 私は何も聞き返さず、言われた通りにする。
「絶対にちぎれない、丈夫な輪っかを作れ、いいな!」
 どうすればそんな投げ輪ができるのか、全く知らない。だけど、必死で作っ
た。これなら、輪に何かが引っかかったとき、手元で思い切り引っ張れば、締
め上げられるはず。
 顔を上げてみると、金野が手を軽く振りながら、再度の襲撃を試みようと、
足をまた踏み出したところだった。
「投げ縄、できたか?」
「ええ、ここに」
「よこせ。達江はこれを」
 短いやり取りで、私と沼井は、ロープと鋏を交換した。
「いいか、奴の首めがけて、輪を放る。それが首に掛かろうと掛かるまいと、
君は枝伐り鋏で奴の身体を刺せ。深く刺さなくていい。奴が下に落ちればいい
んだ。分かったな!」
 うなずく。鋏を構え、時を待った。
 じりじりと近付いてくる金野。果たして、狂気に走っているその耳に、今の
会話は聞こえたか−−?
 最後の一歩を踏み出した金野。その瞬間、沼井も間合いをすーっと詰め、輪
を投げる! 天が味方したのか、輪は緩い放物線を描き、すっぽりと金野の首
に掛かった。
 戸惑ったように、左右に首を動かす金野。
 その間隙を突き、沼井は一気にロープを締め上げ、私は鋏を思いっ切り、前
へと突き出した。
 どすっ。そんな感じの、鈍い手応え。急激に、手にした柄に重さが加わる。
目を閉じ、ありったけの力を振り絞る。
「身体ごと押せえっ!」
 苦しそうな声で、命令してくる沼井。そうしているつもりなのに、押し切れ
ないのよ!
「ちぃ」
 舌打ちのような声を出したかと思うと、沼井はロープを持ったまま、私の背
中に身体ごとぶつかってきた。
 途端に柄が軽くなる。目を開けると、さっきまで私達の前に立ちふさがって
いた巨大な影は、そこにはなかった。
「おい、こっち! 手伝え!」
 振り返ると、仰向けに倒れた沼井が、両手でロープを握りしめている。彼の
身体はずるずると、屋根の低い方へと引きずられている。
 急いで駆け寄ると、
「どこでもいいから、屋根に鋏をしっかりと突き立てろ!」
 と、怒鳴り散らされる。私は手にしていた枝伐り鋏を屋根に突き立てた。ち
ょうど何かの穴があったらしく、すっぽりと収まった。
「この……先を、そこへくくりつけろ」
 はあはあ、息を切らす沼井。彼の指示に従い、ロープの先端を鋏の柄に巻き
付けた。何度も何度も、ほどけないように。
「よし」
 沼井はこちらを確認すると、手をそろそろとロープから放した。まだ震えて
いるロープだが、完全に固定されている。
「……奴は……」
 疲れ切った声の沼井。
「奴は、斧を手に持っているか、それだけ見ろ。気を付けるんだぞ」
 彼は、ロープの伸びる先を指で示した。
 私は恐る恐る、ロープが途切れている下を覗いた。
 そこには、首吊り状態でもがいている、大男の頭の上が見えた。手足をばた
つかせている上に、暗くて分かりにくかったが、そのどちらの手にも、斧は見
当たらない。
「……持ってないわ」
 振り返って伝えると、沼井は表情を緩めた。
「そ、そうか……。これで何とか……。下に降りよう、達江」
 手を伸ばしてきた沼井。その手の平は、使い古した雑巾のようにひどく擦り
切れていた。
 その手を取ってあげる。
「……ええ」
「首を絞めているんだ、あいつもくたばるだろう。終わりだ。だが、とにかく、
警察に電話だ」
「分かった……」
 私達は、再び飾り窓の通路を通った。助かったという喜びも、涙も、何もな
かった。とにかく、ぼろぼろだった。

 沼井の右足を応急手当して、私達は二人、玄関を出た。
 下へと続く坂には、あまりにも多くの血と遺体があった。
「通れない……」
 そうつぶやくと、沼井もうなずき、
「そうだな。植え込みの外を行こう」
 と言った。私は彼に肩を貸しながら、その通りにした。さっき、金野が飛び
出してきた側の植え込みだと気が付いた。少し悪寒が走る。
 歩き始めて間もなく、新たな遺体が見つかった。ペンションからほとんど離
れていない位置だけど、植え込みに隠れる形で、見えなかったらしい。確認し
たくなかったが、せずにいられない気持ちが勝る。
 私と沼井はゆっくりと、倒れている遺体に顔を近付けた。そのときの私達に
は、遺体の数を数え直している余裕はなかった。
「……」
 私は言葉がなかった。
「……何だよ、これ?」
 自分を失ったかのような声を上げた沼井。
 死んでいたのは男。当然のごとく、首を切断されている。
 私達の仲間、死んだのは四人−−千田、吉村、坪内、阿川。
 坪内と阿川は女だから除外。
 千田と吉村の遺体は、その状態は酷かったけれど、確認している。
 数が合わない。
 そして何よりも、足下の遺体の左目には眼帯がしてあった……。
「どうなってんだよ?」
「……どうして、叔父が……ここで死んでいるの……」
 顔を見合わせた。底知れぬ不安感が、私達を包むよう。
 言葉はなく、どちらからともなしにうなずくと、私達はペンションへと引き
返すことにした。

 惨劇の展開されたペンションの中から、私達は一個の懐中電灯を見つけてき
た。裏口に回るまでの短い間、沼井がこんなことを言い出した。
「今、思い出したよ……。この付近で起こった、もう一つの大事件を」
 そう言えば、そんなことを口にしていたっけ。私は唾を飲み込んだ。
「緋野山だろ、あそこにそびえてるのは?」
 立ち止まり、一つの山を指差す沼井。星空を背景に、沈黙したまま立ってい
る山。
「ええ、そんな名前だったわ。ハイキングコースとしてそこそこ有名な山と聞
いてるけれど……」
「そうか……あの事件だよ。山登りに来た十何人かのグループが、一人を除い
て斬殺された事件。生き残った人も精神病院に入れられてる……」

−−続く




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