#2991/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 3/19 9:25 (184)
十三の瞳 2 永山
★内容
感心なことに、夕食の約束の時間には、全員が食堂に顔を揃えた。歩かされ
た分、みんな空腹なのかもしれない。
「お口に合いますかどうか」
そう言っている叔父の表情は、しかし自信ありげ。当然、私は叔父の作る料
理を何度か口にしているんだけど、自信を持っていい腕をしているわ。今、漂
う薫りからも、その腕は落ちていないようで、まずは安心。変な物を出されて
は、私の恥になるんだから。
「いただきまーす」
と、声だけ礼儀作法に則って、食事開始。手を合わせもせずに、箸を握って
すぐに料理にありつく。
「うまい」
みんなの口から、お世辞抜きの感想がこぼれた。特に、坪内遥子なんかは驚
いているのが傍目からでもありありと分かる。
「本当におじさんが作ったんですか?」
彼女、叔父に向かってそんなことを聞いた。叔父はにっこり笑って、
「そうですよ。おかしいですか?」
と応じる。笑うのはいいんだけど、眼帯がアンバランスなのよね。
「そんなんじゃなくてえ……どうしてこんなに上手なのかなって思って」
「はは。そりゃあ、何年もやっていればうまくなりますよ。もっとも、料理が
そこそこできるせいで、未だに独身なんですがね。いいことばかりじゃありま
せん」
おどける叔父に対し、笑い声が起こった。
「楽しんでいただいてるようで、何よりです。最後にデザートがありますから、
皆さんがだいたい食べ終わった頃、呼んでくださいな」
叔父はそう言い残すと、まだ仕事があるのだろう、奥へ引っ込んだ。
「さすが、一人でペンションを切り盛りするだけのことはあるよね」
まだ感心している様子なのは阿川。
「ところで、夕食の時間まで、みんな、何をしていたの?」
私は会話の主導権を取りたい気持ちもあって、こんな話題を口に上らせた。
さっきも言ったように、みんなが何していたかなんて、だいたい想像がつくん
だけど、ここにいる限りは、全員の行動を把握しておきたい。
「それならまず、俺達のことから話そう」
食べ物を口いっぱいに頬張った千田が、意外と明瞭に言った。
「俺は、達江さんと沼井との三人で、遊興室にいたんだよな。ビリヤードをし
て、暇つぶしさ」
千田は「暇つぶし」という言葉に、やけに力を込める。沼井の提案したビリ
ヤードが、気に入らなかったとの意志表示ってとこかしらね。くだらない。
「詰まらないお喋りもしていたよな、千田」
沼井がすかさず言い返す。まあ、二人の異性に争ってもらえるのって、悪い
気分じゃない。ただ、こんなささいなことまで言い争いをされちゃあ、うるさ
いだけ。
私は他の三人に目を移した。まずは阿川に。
「シナリオライターさんはお仕事?」
「無粋でごめん。でも、どうしても片付けなくちゃいけない仕事があって……。
もう終わったから」
縮こまる阿川。そこまで従順にされると、こちらも気が引けた。
「いいのよ。こっちも強引に誘ったんだしね。でも、明日からは働いちゃだめ
よ」
そう言ってから、今度は残る二人に視線をやる。
「お二人さんは、例によって一緒に出かけたみたいだけど?」
答えるのは吉村。
「そこらを散策してみたんだ。なかなかきれいなところで、いい写真が撮れた
つもりだよ」
「景色じゃなくて、遥子を撮ったんじゃないのかしらね」
「それは……当たっているな」
しれっとして言う吉村。この男め、私の言葉を逆手にとって、坪内への意志
表示に利用したな。
「きれいに撮れたのは、彼女がいたおかげ、なんてね」
「もう」
坪内は短い反応を示す。もちろん、嫌がっているのではない。
「明日はどうする?」
場の雰囲気に我慢できないという風に、千田が口を差し挟む。自分が退屈に
なると、話題を換えようとする。
「テニスぐらいしかないからね。とにかく、午前中はテニス」
私は独断的に言ってやった。誰も異論があるはずない。ほんとにテニスコー
トしか、屋外の施設はないんだから。あとは、少し足を延ばすと、温泉がある
ぐらい。こちらは帰りに汗をかいてしまっては、あまり意味がない。
「昼からは……」
阿川は億劫そうに言った。決して運動音痴じゃないのに、学生時代から運動
をしたがらない性格だった。
「そのときになって、また決めればいい」
あっさりと、沼井。この辺は、案外と柔軟なんだ。
それから、各々の近況を報告し合う。
「シナリオって、今はどんなの書いているの?」
坪内が興味深そうに聞くと、阿川は顔をほころばせた。
「コメディドラマとバラエティを一つずつ。マンネリにならないように、気を
遣って書くから、案外と時間かかっちゃって」
コメディにバラエティ? どちらも阿川に書けるもんじゃないと思うんだけ
ど……見た目じゃ分からない。
その阿川が、お返しとばかり、坪内に聞く。
「そっちのOL生活はどうなの」
「最初は緊張感もあって面白かったんだけど、今はねえ。悪くすると、学生の
ときよりだらだらしてるかも。人間関係、うっとうしいし」
「大変だな」
と、沼井。
「僕も似たようなものだよ。期待してくれるのはいいが、上下関係の厳しさは
やりにくい。体育会系の出じゃないんだし。……その点、まだ学生やってる吉
村はどうだい?」
「まあ気楽と言えば気楽かな」
照れ笑いを浮かべながら、院生は答えた。
「行動心理学だっけか。今、どんな研究をしている?」
「遭難者の心理状態をちょっと。様々な事例を収集しているところで、休み前
には、山での遭難を扱っていたんだ。当事者の顔写真とかも手に入れてさ。何
を隠そう、その資料を持って来ているんだけど」
長くなりそうだったので、私はストップをかけることにした。
「友彦、期待されているって、どの程度?」
「企画を任され始めてるんだ。同期じゃ一番乗りさ」
「ふうん。スポーツ新聞記者はどうなの?」
沼井に聞いたあとは、千田に聞く。公平にしてあげることが、両天秤のこつ
かしら。
「別にエリートじゃないからなあ。今は、あっちこっちの方面に顔を覚えても
らって、脈を広げている最中で。それが将来、役立つはずなんだ」
コネクションが豊富なほど、情報も得やすい。それぐらいは理解できた。
「あなたは、達江? 相変わらず、家事手伝い?」
坪内が皮肉な調子で言ってきた。ひがむのならひがみなさい。
「花嫁修行中よ。幸か不幸か、働かなくてもいい家に生まれたもので」
やがて、あらかたお皿も片付いた。私は立ち上がって、叔父にデザートを頼
みに言った。
夜もてんでばらばらにすごすことになった。しかも、やることは夕方と変わ
っていない。何のために、一緒に旅行してんだか。
「こんな夜に、あの二人は散歩か」
からかい気味に言ってから、沼井はファーストショットを。かこーんと音が
して、色とりどりのボールが、あちらこちらへ転がる。
「そう、またね。シナリオライターさんは、時間があるのなら文章の推敲をし
たいって言って、また部屋にこもるし」
沼井が三つ目を外したところで、私は台に近寄った。半身を預けるようにし
ないと狙えない位置。
「支えようか」
若干、下卑た笑いを漏らした千田。私は丁重に断って、三番ボールを狙う。
見事、ポケットに落ちた。
「風呂、入れるのかな?」
しつこくないと記者なんて勤まらないのか、千田は懲りずに続ける。どうせ
ろくでもない想像から、お風呂のことを思い付いたに違いない。
でもまあ、答えてやるか。
「叔父が準備してるはずよ」
「夕方、薪割りみたいな音がしていたけど」
思い出したように、沼井。
「ここって、薪で火を? 五右衛門風呂とか」
「まさか」
私は吹き出してしまった。狙いが外れたのは、そのせいよ。
「もう、外れちゃったじゃない。友彦が変なこと言うから」
「そりゃないぜ。こっちは真面目に聞いてるのに」
そうしてる合間に、千田がプレーに取りかかる。
「ちゃんとガスの火よ。プロパンだけど。薪割りは体力維持のためだって、昔、
叔父から聞いたわ」
「ふうん。あれだけの料理を一人で作って、他にもペンションの仕事をこなし
て、なおかつ薪割りしてる暇があるのか」
「動いていないと、落ち着かない性分なのさ、きっと」
千田は分かったようなことを言う。
「あのおじさん、何歳だか知らないが、どうせ昔は会社勤めのサラリーマンだ
ろう? 懸命に働いて、会社を辞めて、ぽっかりと心に空白が……お定まりの
パターンだ」
「陳腐だな。その程度でスポーツ新聞の記者ができるんだ」
「何だと?」
キューを放り出し、色めき立つ千田。また始めるつもり? 面倒だな。
「まあ、待てよ」
相手をなだめにかかる沼井。それから彼は、私を見た。
「あの人、君が高校の頃から、すでにペンションをやってたんだよね」
「そうよ。本当はもっと前、私が小学生ぐらいのときからやってたはずじゃな
かったかしら」
私の答を聞くと、沼井は大きくうなずき、再び千田へと向き直った。
「どうだ、千田? あの人の年齢がいくつだろうと、サラリーマンの心にでき
た空虚さとやらでは、説明できないだろうが」
「……ふん」
無言のまま、千田はキューを持ち、プレーを再開した。もちろん、次のショ
ットは失敗した。
「さて、そろそろ」
沼井がキューの先端に滑り止めを塗ってから、一歩、台へと近付いたそのと
き−−。
地が鳴り始めた。あっと思う間もなく、最初の一波が走った。どん、と下か
ら突き上げられる感触。地震だと理解したが、身体はなかなか反応しない。縦
揺れは最初だけで、次にはペンション全体がゆさっゆさっと、横揺れし始める。
遊興室の天井からぶら下がる大きな傘付きの電灯が、激しく揺れる。ビリヤ
ード台のボールも転がっている。壁に立てかけてあったキューが何本か倒れる。
……やがて揺れは収まった。
私達三人は、結局、ずっとその場にしゃがみ込んでいた。もし、もっと強烈
な地震だったら、みんなやられちゃってたかもしれない。
「……凄かったなあ」
いの一番に声を発したのは千田。スポーツ新聞とは言え、記者が呆然として
てどうすんのよ。全然、頼りにならないんだから。まあ、頼りにならないのは
沼井も同じだけど。
「震度、どれぐらいだろ? 三か四ってとこか」
「三じゃないのは確かだな。見ろよ」
立ち上がって、服をはたきながら沼井は、壁の方を指差した。見れば、そこ
には大きなひびが走っている。ぞっとする。
「とにかく、テレビかラジオだな。幸い、停電もしていないようだ」
この部屋にはテレビもラジオもない。戻れば、各部屋にテレビが備え付けて
ある。
私達は部屋に向かった。このときは、叔父や外に出ていた二人のことなんか
気にかけている余裕はあるはずもなかった。
−−続く