AWC ミステリマニアの殺人 8     永山


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#2971/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 2/21   8: 7  (200)
ミステリマニアの殺人 8     永山
★内容
「ほとんどの場合、本人に会わないですんでしまうんですよ。マネージャーか
ら資料を渡されるだけ。資料ってのは、出身地とか通った学校とか、得意なス
ポーツとかを記した一種の履歴書と言えます。あ、他に歌手だったらCDなり
テープなりももらいます。その歌手のイメージを掴むために。まあ、こうした
乏しい材料から、本人が書いたようなエッセイをでっち上げる。それがゴース
トライターの腕の見せどころでして」
「本人に会わないとは、驚きましたな。じゃあ、朝日奈美保ともあの日まで会
ったことがなかったとか」
「いえ、この前の場合は、事前に何度か会っています。朝日奈美保はですねえ、
うるさかったですよ、注文が。私はこんなことを思ったりしない、ださい表現
は削って、服の色は黄色がいい。こんな調子でして、何度も書き直させられま
した。ゴーストライターの宿命ですから仕方ないんですけど」
 自らを蔑むことに慣れっこになっている。下坂には、そんな影があった。相
当、陰鬱な影だ。
「噂では、あなたは朝日奈美保から好かれていなかったようで」
「はい。はっきり言って、嫌われていたでしょう」
「それはどういう理由からですか。仮にも、自分に代わって本を書いてくれる
人なのに」
「それが許せなかったんじゃないでしょうか。私みたいなおじさんが、若い女
の子になりきって、ハートマークが末尾に付きそうな文章を書くのがね。おぞ
ましいんでしょう」
「何て言うか……オタクと同列に見なされているような」
「オタクの定義も意外に難しいんですがね。まあ、世間一般のイメージするオ
タクと似たようなものと見られてたでしょう、あの子からは」
「ううん」
 吉田は言葉をなくして、うなった。下坂が朝日に対して殺意を抱くことはな
いとは言い切れない。しかし、この男を前にすると、どうもありそうになく思
えてくる。人殺しをするような気力が、この人間には感じられない……。
「そうそう。下坂さん、冴場さんと桜井香代さんが話し合っていた部屋、見に
行かれましたよね」
「はあ。何でしたか、電気スタンドを床に落としたとかの騒ぎの際に」
 思い出すのもしんどいという表情の下坂。吉田はかまわず続けた。
「あなたが部屋の前に駆けつけたとき、赤堀克毅−−あの学生は先に来ていま
したか?」
「えっと。ん、確か、いましたよ。私よりずっと早くから、あそこにいたよう
だった」
「そうですか……。部屋のドアが開かれたとき、あなたは何か見ましたか?
部屋の中に」
「何かと言われても、別に。電気スタンドが転がっていて、そのすぐ横に立ち
尽くす桜井さんがいた。冴場さんの方は、結構、興奮していらしたんでしょう
な。はあはあと、息を切らせていましたよ」
「それだけですか?」
「ええ。これだけです」
 他に何があるというのだ。そんな態度の下坂。
「では、今日のところはこれで失礼します」
 吉田刑事らは、この参考人に見切りを着けて立ち上がった。

 香代は吉田刑事を訪ねた。どうしてもそうしなけらばならない理由がある。
夫のため……。
「あのねえ」
 香代の強引な要求−−事件の捜査状況を教えてほしい−−に、吉田刑事は顔
をしかめた。
「奥さん。この間のは、飽くまで特別なんだよ。捜査状況を一般人には喋らな
い、これ常識。推理小説でもそうでしょうが?」
 吉田刑事はジョークのつもりで言ったらしかったが、香代にはちっとも面白
くなかった。こちらは真剣なのだ。
「それに」
 刑事の目つきが鋭くなった。
「我々は、まだあなたのことを完全にシロだと断定した訳じゃないんだ。朝日
奈美保の件についてはあれが他殺だとしても、あなたに犯行は不可能だろう。
でも、冴場鋭介の事件では、あなたは充分、怪しい。はっきり言っておきます」
「そのことです」
 香代は、とっさに作り話をでっち上げた。
「と言いますと?」
「仁が−−夫が、私のことを信じてくれなくなってるんです。やっぱり、おま
えが殺したんじゃないかって。これって、警察の責任じゃありませんか」
「何ですと?」
 面食らった風な吉田。意外に愛嬌のある顔になる。
「だってそうじゃありません? 警察がいつまでも犯人を逮捕できないでいる
から、夫が余計な想像をして、私まで疑うんです」
「それは夫婦間の問題であって」
「いえ、警察のせいです」
 間髪入れず、言葉を継ぎ足す。どうせ嘘なのだ。多少、無茶な論理で相手に
責任を押し付けても、何の痛痒も感じない。
「この状況を打開するには、一つしかありませんわ。捜査状況を教えてくださ
ること、これだけです」
「さて、どうしてそうなるんですかな」
「あからさまに言うと気恥ずかしいんですけど、私達夫婦はミステリマニアで
す。現実の事件も推理で解決できると信じている部分もあります。今度みたい
に身近で事件が起これば、当然、自分流の推理を組み立てもします」
「……あまり感心できた趣味じゃありませんな」
 刑事の言葉を無視する香代。
「そのためには正確な情報がいります。現在は部分的な情報しか分かってない
から、夫は私にまで疑いの目を向けるんですよ、きっと。朝日奈美保が死んだ
事件と、冴場さんが殺された事件に関わる全てのことを教えてくだされば、夫
も私が犯人じゃないって納得するはずなんです」
「たいした探偵のようだ、ご主人は」
「皮肉は結構です。どうなんですか?」
「……もうしばらく、待ってください。可能な限り、新聞発表する用意がある
んだ」
「いつです、それ?」
 期待を込めて、香代は聞いた。
「明日する予定ですよ。冴場さんはともかく、朝日奈美保に関しては麻薬との
からみもあって、マスコミからせっつかれているんでね。芸能畑の連中が、う
るさくてしょうがない」
 刑事は辟易している様子だった。
 香代の方は、具体的な成果はなかったものの、どうにか先が見えて、ほっと
していた。嘘までついた甲斐があったというものだ。
「そう言えば、軽井沢弓子さんでしたか。あの人、本当に麻薬を?」
 話のついでという具合に、香代は聞いた。
「自分はそちらの任じゃないので、正確なところは分かりませんがね。殺人事
件に関わるかもしれんことだから、話は聞いていますよ。彼女自身は麻薬を使
ったことはない。芸能人が使うのを黙認していただけということでしたな。こ
れ、まだ口外しちゃあ困りますよ」
 刑事の頼みを、香代は黙ったまま承諾した。
「だったら、間もなく釈放?」
「かもしれませんな。殺人の容疑がどう転ぶかによるが……」
 最後はつぶやくようになった吉田刑事。香代は黙礼し、そこから離れた。

 今度の情報源はテレビが先になった。夕方六時からのニュースで、それは流
れた。
<……以上、芸能プロ麻薬事件および関連の殺人事件について、まとめてお伝
えしました。次……>
 全てを聞き逃すまいと集中していた仁は、香代に声をかけられているのに気
付いた。テーブルから両肘を離し、妻を見上げる。
「何?」
「やっぱり、聞いてなかった。お風呂、洗ってください」
「分かってるって。それよりも香代は気にならないの? 今度の事件の新しい
手がかりなんだ」
「もういい加減、うんざりして来ちゃったわ。警察、何をやっているのかしら。
まだ、私のことも容疑者に入れているみたいなのよ」
「刑事に何か聞かれたのか」
「ううん。それっぽい人が見張っているみたいな気がするの。感じ悪い」
「そうかあ、気が付かなかった。これは一刻も早く、考えないと」
 新聞のラックから裏の白い広告を見付け、メモ代わりにするつもりの仁。
 彼は、紙の上の方に容疑者の名前を列記した。冴場鋭介、下坂信義、軽井沢
弓子、赤堀克毅、朝日という具合に。妻の名は最初から省く。
「朝日奈美保の死は、自殺に見せかけた他殺と考えてみる」
 勝手に始めた仁に、香代はやれやれという態度を露にした。
「あのね、私は夕飯の支度があるのよ」
「今、脳細胞が回転している感じなんだ。頼むよ。君が聞いてくれてるだけで、
随分違うし」
「……私のためだものね。仕方ない」
 手を拭いてから、香代もテーブルに着いた。
「冴場のことから聞こう。朝日奈美保が死んだ夜、君と冴場はずっと部屋にい
たんだね?」
「ええ」
「ならば」
 言いながら、仁は冴場の名の上に線を引いた。
「除外だ。それからさっきのニュースで分かったんだが、下坂にもアリバイが
ある。赤堀の証言で、下坂は部屋から出ていないとなったらしい。電話なんか
のアリバイと違って、人の目によるアリバイは確実性がある。よって、下坂も
除外する」
 同様に、下坂信義の名も線で消す。
「軽井沢弓子と朝日の叔母は、お互いのアリバイを証言しているが、果たして
信用できるか」
「朝日の叔母さんが、もう少ししっかりした人だったらよかったのにね。でも、
この人自身のアリバイは成り立っているわ。軽井沢弓子が証言しているんだも
の」
「そうなりそうだな。軽井沢と共犯でない限り……」
「共犯の可能性も低そうだけど」
「いくら人気があっても、朝日奈美保の財産なんて、まだゼロに等しいような
もんだからなあ。働かせる方がよほどいい。金銭でないとすれば、やはり麻薬
になるが」
「その場合、叔母さんの立場としては、麻薬に溺れるような者が身内にいたこ
とを公にしたくないとなるわね。でも、その後の展開を見ていたら、あまりに
も抜けている感じ。あっさり、軽井沢が認めてしまって」
「意味がない、となる。ここはもう、除外だ」
 仁は、朝日も消した。
「残るは軽井沢弓子と赤堀克毅。軽井沢の方に一見、アリバイがあるような感
じだが、そこがかえって作為的だな。この間考えたように、このアリバイも崩
れているが」
「私、思うんだけど……。今度の事件が連続殺人だとして、順序が逆だと思う
の。被害者の殺される順序なく、殺す方法の順番のことよ」
「どういうことだい?」
 すぐには理解できなかった仁は、先を求めた。
「小説上の話として考えてみるわよ。二人殺して、一人は自殺に見せかけ、一
人は明らかに他殺。だったら、最初、明らかに他殺の方を持って来て、次に自
殺に見せかけたのを持って来れば、よくあるパターンにミスリードできるでし
ょ」
「そのパターンとは、殺人を犯した者が罪の意識から自殺っていうあれか」
「そうよ。それなのに、今度の事件では一人目が自殺に見せかけて殺されてる
じゃない。どうして、こんな変なことになったのかなって。もっと言えば、ど
うして犯人はこういう順序で殺人を行ったか、が疑問なの」
 香代もボールペンを取り、その先で紙をつつく。
「なるほど、な……」
「考えられるのは−−犯人が別々にいる場合、冴場殺しも自殺に見せかけるつ
もりが失敗した場合、二人目は予定外だった場合、そして朝日奈美保は本当に
自殺だった場合。これぐらいかしら」
 自分の考えを、そのまま書き付ける香代。
「……いや、もうひとつぐらいありそうだぞ」
 仁の言葉に、香代は一旦、手を止めた。そして再び書き始めながら、無言で
仁を促す。
「冴場が、朝日奈美保の件の真相を見抜き、犯人を自宅へ呼びつけた。ところ
が犯人の逆襲にあい、殺された……」
「そういうのもあるわね」
 香代は自分が述べた意見の次に、仁の意見を書き足す。その作業が終わるの
を待って、仁は口を開いた。
「朝日奈美保が自殺だったってことはないと思うんだ。どこから青酸系毒物を
入手できたのか、今もって不明らしいからね。自殺なら入手方法を気遣う必要
なんてないにも関わらず、警察があぶりだせないってのは、おかしい。だいた
い、彼女には自殺する理由がない」
「敢えてうがった考え方をしてみれば……自分に因縁のある人達が集まった場
で、自分が死ぬことによって、全員を殺人容疑者に仕立て上げたかったとか」
「命をかけてやるには、稚拙ないたずらだよ。最低でも、全員のアリバイが成
立してない状況下で行わないと意味がない」
「そうよね。じゃあ、この四つ目の説は棄却、と」
 夫とは違い、項目に×印を書く香代。

−−続く




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