AWC ミステリマニアの殺人 7     永山


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#2970/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 2/21   8: 5  (200)
ミステリマニアの殺人 7     永山
★内容
「お約束の時間通りですわね」
 営業用の笑顔だろう、軽井沢弓子は清々しい印象を醸し出していた。その一
方、軽そうな銀フレームの眼鏡が、仕事のできる女というイメージを作ってい
る。身に着けているスーツも同様。
「仕事ですからな」
 真面目くさった声で応じてから、吉田は、相手にとって初対面の釜堀を、単
に刑事だと紹介した。麻薬捜査官は通称で、釜堀は保安第二課の刑事なのだか
ら嘘ではない。相手が、吉田らと同じ捜査一課の刑事だと思い込むのは勝手だ。
「それで、今日は何か?」
「もちろん、冴場さんの件で。それに、もしかするとこちらの朝日奈美保の事
件についても、伺うかもしれません」
「お答えできる範囲で、協力させてもらいますわ」
 言いながら、軽井沢はスケジュール帳らしき物を取り出した。
「それじゃあ、朝日奈美保さんが死ぬ前、一週間ほどのスケジュールと、その
間の彼女の様子をお聞きしましょう」
 当たり障りのないところから始める吉田刑事。
 女マネージャーは小首を傾げてから、スケジュール帳を示しながらの説明を
してくれた。どこにも特別な事項はないと言えよう。
「奈美保の様子は……別段、落ち込んでいるとかハイになっているとかはあり
ませんでしたけど」
「普通の状態ということですか。おびえているとか、悩んでいるとかも見られ
ませんでした?」
「外から見ている分には……はい。自殺するなんて、思いも寄りませんでした
わ。今だって、信じられないくらいです」
「次はくだらん質問でしょうが、お答えください。仕事上の敵はいましたか?」
「それはもう」
 苦笑する女マネージャー。片手で口を押さえている。真面目に答えるのも馬
鹿らしいといった風情だ。
「こういう業界ですから、いくらでもいましたわ。マネージャーの私にとった
ら、現在進行形ですけどね。それよりも刑事さん。何ですか、そんなことを聞
いてこられるというのは、もしかすると、奈美保の死に疑問点でも?」
 その問いに対して、吉田はわざと、浜本と意味ありげに視線を合わせた。そ
れから相手に向き直り、ゆっくりと答える。
「そんな意見も出ているといった程度です。気になさらないで。ああ、でも、
ついでに聞いておきましょうか。軽井沢さん、あなたは朝日奈美保を大事に育
てるつもりだったんでしょう?」
「もちろんですわ。死なれて、途方に暮れてます」
「人間的にはどうでしたか。顔と同じでかわいかったと?」
「質問の意味が−−」
「極端な話をしましょう。想像だから気を悪くなさらないで。朝日奈美保は若
いだけにわがままなところがあった。そのため、マネージャーのあなたと衝突
することもまま、あった。あるとき、朝日はひょんなことからあなたの秘密を
握る。人に知られては困るような秘密を」
「そんな秘密なんてありません。失礼な」
 憤慨したらしく、軽井沢弓子は甲高い声を上げた。
 彼女にかまわず、吉田は最後まで続ける。
「秘密を握った朝日は、これで少しはうるさいマネージャーを大人しくさせら
れると思った。ちょっとした道具のつもりだった。ところが、あなたにとって
その秘密を知られることは致命的だった。あなたは朝日に殺意を抱いた……」
「いい加減にしてください!」
「怒鳴らなくても、もうおしまいですよ。このような見方をする連中がいまし
てね、事件をややこしくしてくれるんですな。もちろん、否定なさるでしょう
が」
「当然です。私が朝日を殺すだなんて、あり得ません」
「そうでしょうな。ところで……」
 吉田は釜堀へ目をやった。自然と、軽井沢の目もそちらへ向く様子。
「彼が面白い情報を掴みましてね。話してくれないか」
 吉田は初めに予定していた台詞を口にした。絶妙の間をもって、釜堀は後を
受け継いだ。
「大した情報じゃないんですがね。こんな投書がありました。こちらの芸能プ
ロ所属のアイドルタレントN・Aは、麻薬をやっている、という……」
 徐々に声を低めた釜堀とは反対に、女マネージャーの声のトーンは一気に跳
ね上がった。その声の大きさは、ここで働く他の者をも振り返らせるほどだ。
「何を言ってるんですか!」
「まあまあ、冷静に。単なる投書で、我々だってこの内容を鵜呑みにしてはい
ない。でも、こういうのがあると、確かめずにはおられないのでね。とりあえ
ず、あなただけでも結構ですから、薬物検査を受けてくれませんか」
 はったりをかます釜堀は決まっていた。整った顔立ちが、この手の演技に向
いているのかもしれない。
 果たして、軽井沢弓子はうろたえ始めていた。
「ど、どうして私まで。奈美保に疑いがかかっているんなら、あの子だけ調べ
ればいいじゃないですか」
「残念ながら、朝日さんはもう火葬されてしまいましたから、調べようがあり
ません。最も身近にいたあなたを調べて潔白であれば、少しは疑いが薄らぐと
いうものです」
「そんな、私、知りません。マリファナなんかやってませんたら」
「ほう、マリファナね」
 釜堀の口調が変わった。こうも簡単に引っかかってくれるとまで期待してい
なかった分、うまくいって面食らっている様子さえ見受けられる。
「軽井沢さん。私共がいつ、マリファナの話をしましたか? 私の記憶による
と、私は麻薬という言葉しか使っていないはずですがね」
 女マネージャーの顔色が、心なしか青くなったように見えた。
「これは、詳しく調べさせてもらいませんとな」
 吉田はしっかりと言い放った。

 その朝刊のとある記事を読んで、仁は目を見張らされることになる。日曜の
朝、本当はもっと寝ていたいのだが、そんな眠気もどこかへ消えた。
「おーい、この記事、読んだか?」
 台所で朝食の支度をしている香代を、手招きして呼ぶ。
「いったい、なあに。朝から大声出して」
「これだよ」
 テレビ欄の裏にある、一番大きなスペースを与えられた記事を、仁は指差し
た。そこにはこうあった。−−芸能界に麻薬疑惑 自殺した朝日奈美保のマネ
ージャーを取り調べ−−。
「朝日奈美保自身、麻薬使用の疑いを持たれているようだ。死んでしまってる
んだから、追及しにくいだろうけど」
「……『先日殺された、ルポライターの冴場鋭介さんがこの件に関わっていた
とされており、事件は複雑化の様相を呈してきた』ってある……。あの人、麻
薬について取材するために、朝日奈美保に接近していたのかしら」
「分からないけど、ない話じゃない。そうだとすると、また色々な目が出てく
るぞ。第一に、軽井沢弓子が朝日奈美保を殺す動機がはっきり存在していたと
分かった」
「待って……そうか、朝日の麻薬使用がばれそうになっていたので、自分は逃
れたい軽井沢が、とかげの尻尾切りめいたことをやったって意味ね」
「そうだよ。それが当たっているとしたら、冴場殺しもより明確になる。軽井
沢にとったら、朝日を殺すだけじゃ心配なのは間違いない。取材していた冴場
も殺さないと安心できないもんだ」
「下坂はどうなのかしら?」
 再び台所に向かいながら、香代は言った。
「この人も、麻薬に溺れていたのかしら」
「さあて。麻薬を使うには、下坂の稼ぎじゃ金が足りないんじゃないか。実際
の彼の稼ぎを知っている訳じゃないが、ゴーストライターの収入なんてたかが
知れてるだろうさ」
「朝日奈美保を通じて、赤堀へ流れたケースはないかしらね」
「朝日の側は赤堀との関係を断ち切りたかったんだろう。だったら、金のある
なしに関係なく、まずないね」
 仁は自信を持って断言した。ここで赤堀にも麻薬が流れていた可能性を考え
ると、推理がまるで進まないという思考も、わずかに働いてはいたが。
「しかし、これでまたややこしくなってきたな。折角、除外できたと思ってい
た軽井沢弓子も、犯人である可能性が出てきた」
 頭に両手をやっていると、香代が湯気を立てる朝食を運んできた。
「推理は一時、中断よ」

 吉田刑事が見るところ、赤堀克毅は普通の若者だった。二枚目半で、スタイ
ルは平均的。アイドルの昔の彼氏とは、こういう感じかと思った。
「じゃあ、君は、冴場さんと桜井さんが部屋に入った直後から、ずっとその前
にいたんだね」
 浜本刑事が、無理をしたような猫なで声で聞いている。
「あの女の人、そういう名前なの? とにかく、冴場と女の人が入るのを見て、
部屋の前で見張っていたんだ」
「見張る、だって?」
 学生にはあまり似合わない言葉に、吉田は口を差し挟んだ。
「ということは、最初から二人の様子を観察するつもりだったのか」
「そう」
 悪びれず、赤堀。
「冴場があの女の人に何かしたら、すぐに飛び込んでやる気だったの。そうし
たら、奈美保が冴場のこと、軽蔑するかもしれないでしょ」
 なるほど、そういう魂胆か。吉田は変に納得しながら、また浜本へバトンを
渡した。
「絶対に、部屋の前から動いていないね?」
「そう」
「部屋から誰も出て来なかったんだね」
「そうだよ」
「口論の様子は途切れなかった?」
「ええ」
 口を開くのが惜しいかのように、赤堀は短い返事を重ねた。
 彼の態度はともかくとして、吉田は考えていた。これで、冴場と桜井香代は
朝日を殺しに行けなかったことになる、と。
「下坂さんの方はどうかな? あの人、何か変な行動をしていなかったかい」
「さあ。そっちは見ていなかった。でもね、あの人がいた部屋、僕が立ってい
た廊下にしか出入口が通じていないから、どこにも行ってないはず」
「本当かね?」
 また吉田は割って入った。
「本当ですよ」
「それじゃあ、下坂は部屋にこもりっきりだったのは間違いないんだな?」
「そうですよ。しつこいなあ」
「ついでに、軽井沢弓子と、朝日奈美保の叔母さんはどうかな?」
 浜本が聞いた。
「さあ。どっちもあんまり好きじゃなかったからね。ほら、あれ、お近付きに
なりたくないってやつよ。奈美保をあきらめろってうるさくて」
「見ていないんだね?」
「だから」
 吉田には何が「だから」なのか分からなかった。
「あの二人がいた部屋から奈美保の部屋まで、僕が立っていた位置から見られ
ないで行けるんだよ。知らないの?」
「それぐらい、我々もとっくに実験している」
 苛立つ吉田。嫌でも声が荒くなる。
「こっちが聞いているのは、軽井沢弓子あるいは朝日の叔母が、君の前に姿を
見せなかったかということだ」
「……騒ぎがあるまで、ずっと部屋にいたんじゃないの? 僕は見ていない」
「騒ぎとは、冴場と桜井香代との話し合いでのことだな?」
 赤堀は、ただ黙ってうなずいた。
「最後に、君のことを聞いておこう。君がずっと部屋の前にいたという証拠は
あるか?」
「証拠ったって……」
 戸惑う様子の赤堀。分からない質問を運悪くあてられた学生のようだ。
 そのまま何も答えなくなってしまった相手に、吉田は手を振った。
「もういい」

「朝日奈美保が死んだとされる時刻、下坂さんは、あてがわれた部屋にずっと
おられたそうですな」
「はあ」
 答える下坂は、どことなく元気がない。
「原稿を少しでも進めようとしていたんですが、全然、進まなかった。何か悪
い胸騒ぎを感じていたんだけれど……朝日奈美保が自殺するとは」
「それよりも下坂さん」
 吉田は話がそれないように努めるだけだ。下坂が朝日のことをどう思ってい
るかは、この際関係ない。
「同じ作家として、冴場鋭介さんをご存知でしたか?」
「冴場……ああ、この間、殺された。いいえ、知りませんでした。その、名前
は聞いたことがありましたが、知り合いではなかったという意味で」
「なるほど。朝日さんと冴場さんのつながりも?」
「そのときは知りませんでした」
「エッセイを書くのに?」
 吉田は怪訝に思う。それぐらいのことを知らずに、書けるのだろうか?
 この質問に、下坂は自嘲気味の笑みを浮かべた。
「ああ、あの仕事はねえ。本人からあれこれ聞いて、書くんじゃないんです」
「と言いますと?」

−−続く




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