AWC ミステリマニアの殺人 6     永山


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#2969/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 2/21   8: 2  (197)
ミステリマニアの殺人 6     永山
★内容
「そうかもしれない。その逆に、自分にかかった火の粉は自分で払ってやろう
という気もあるんだけど」
「無理にとは言わないが、自分達みたいなミステリマニアは、推理小説的な思
考をしていた方が、元気が出るかもしれないぜ」
 何の根拠もなかったが、仁は気安く言った。実際、彼自身は、香代から事件
の話を聞かされたときより、ずっと気分が楽になっている。
「マニアかあ。あの男−−冴場鋭介もミステリマニアだったけど、私達とはだ
いぶ種類が違うわ」
 皮肉を込めた調子で、香代が言った。それを彼女が元気を取り戻してきた証
拠と見た仁は、思わず口元をゆるめた。
「朝日奈美保の死が仮に他殺として、どう思う?」
「どうしてもその話をしたいのね」
 呆れ口調ながら、香代は話に乗ってきた。
「当然、あの日、あの家にいた人物が容疑の対象ね。私はどうなるのかしら?」
「もちろん、無条件で除外したいところだけど……。厳密性のために、今のと
ころ、残しておくよ。朝日の死亡推定時刻、分かっている?」
「事情を聞かれたとき、教えてもらったわ。私が朝日宅を訪れたときは、まだ
彼女は健在だったらしいの。私は見ていないんだけど、他の人達の証言で。そ
れから私はすぐに、冴場との話し合いになったでしょ。だからその間の人の動
きは分からない。話し合いは十五分も経たずに終わって、直後、朝日奈美保の
部屋に出向き、彼女が死んでいるのを発見した……となるのよね。何が言いた
いか分かる?」
「香代が冴場と話をしている間に、朝日奈美保は死んだ。つまりは、香代並び
に冴場鋭介は犯人ではあり得ない。こうだろう?」
「ご名答」
 にっこりと微笑む香代。その表情を目の端にとらえた仁も、嬉しくなった。
「他の人についてはどうかな? 死亡推定時刻の人の動き、全然分からないの
かい?」
「確信を持って言える話はないわ。本人達が主張している動きなら聞いたけど」
「念のため、聞かせてほしい」
「最初に予備知識として、どういう理由で呼ばれたかを説明するわ。朝日奈美
保の叔母って人は、元々そこに住んでいるんだから除くけれどね。軽井沢さん
は、冴場と朝日奈美保との関係をあまり快くは思っていなかったの。その話し
合いのために呼ばれていたらしいわ。下坂信義って人とは、直接は話していな
いんだけど、エッセイ集の原稿のことで話すべき問題があったそうよ。赤堀君
はずばり、冴場、朝日との三角関係の決着のために呼ばれた、と本人が言って
いた」
「全員、動機がありそうだな。マネージャーのは、殺しの動機にはならないか
もしれないが、下坂は朝日奈美保からプライドを傷つけられたろうし、赤堀は
言うまでもない」
「朝日の叔母と軽井沢さんは除外できるんじゃない? どちらも動機なしよ。
軽井沢さんの立場なら、朝日よりも冴場を殺すでしょうし」
 力を込めて、香代が言う。
「そうしてもよさそうだな。毒の入手はどうなんだろう?」
「死ぬ気でやればどうやっても手に入れられるだろうけど……。芸能界に関わ
る人は顔が広いって言うから、軽井沢さんや下坂なら、どうにでもなるんじゃ
ない?」
「赤堀って学生は、薬学には関係ないのかな?」
「そこまでは知らないわ」
 香代のむくれたような返答に、仁は苦笑した。
「これは僕が悪かった。それで? 各人が自己申告する動きは?」
「軽井沢さんは朝日の叔母とずっと話をしていたそうよ。疑おうと思えば、そ
の叔母さんて人、年齢の割に老化が激しくて、目が悪いそうだけど……。いく
ら何でも、大の大人の目の前から消えて、隙を見て毒を飲ませに行けるとは考
えにくい」
「そのようだ。これはもう、二人は除外だな。下坂は?」
「あてがわれた個室で、一人、原稿用紙に向かっていたって。ゴーストライタ
ーって売れない作家がやるものだと思っていたけど、違っていたみたい。まあ、
この人の場合、ゴーストライターとしての仕事がたくさんあるらしいけれど」
「下坂はアリバイなしなんだ。最後の赤堀克毅はどうなんだろ」
「こっちも一人だったみたいね。ただ、下坂みたいに部屋に閉じこもってはい
なくて、家の中をうろうろしていたって。それが、冴場と私の話し合いが始ま
ると気になったらしくて、話し合いしていた部屋のドアの前で、ぼんやりと立
っていたらしいわ。無論、部屋の中からは分からなかったけれど」
 ちょっと考えてから、仁は言った。
「スタンドが壊れる音がしたとき、何人かが集まってきたって言ったよね。全
員がいたのかな?」
「えーっと、朝日奈美保と彼女の叔母を除いた三人がいたわ。そう言えば、赤
堀が真ん中にいた。本当に彼、部屋の前にずっといたみたい」
「少なくとも、スタンドが落ちる直前には部屋の前にいたことになるかな……。
現時点で言えば、朝日奈美保が殺されたとしたら、その犯人の本命は下坂、対
抗が赤堀ってとこだ」
「朝日奈美保の死が他殺だとして、その犯人が冴場も殺したのかしら?」
「それはどうかな。色々と考えるべき問題点を含んでいる」
 そう言ったとき、車は仁達の自宅前に滑り込んだ。

 場所を車中から自宅に移しても、会話の内容は変わらなかった。
「冴場を殺す動機がある者を考えてみよう。最初に香代、君だ」
 半分本気、半分冗談のつもりで、仁は香代を指差した。
 心得たものと言うべきか、香代は平然と受け止め、切り返してきた。
「私に動機があるとするなら、あなたにもあったと思われかねないことよ。そ
こをお忘れなく」
「そりゃ確かに。冴場が再び香代の前に現れていたなんて知らなかったと、僕
がいくら主張しても信じてもらえるとは限らないからな。ただし、僕にはアリ
バイがある。出張先から冴場を殺し、また戻るなんて不可能だ。さて、真面目
な話、君にはアリバイは?」
「あったら、こんな面倒に巻き込まれていない」
 膨れっ面をする妻に、仁は軽く頭を下げた。
「ごめんごめん。僕だって聞きたくはない。だが、警察にも話せるような推理
を構築するには、こうしないと」
「いいのよ。では、名探偵、考えてもみてください」
 香代は不意に声色を変えた。
「私がもしも犯人だとして、凶器を残した上に、指紋を消し忘れるなんて馬鹿
をやらかすでしょうか」
「……ないね。これで晴れて、香代を容疑の範囲外に置ける訳だ」
「やっとね」
 微笑する香代。仁は続けた。
「他に冴場殺しの動機があるのは……朝日の死を自殺と信じ、その根本的原因
が冴場にあると思い込んだ人間が、朝日の敵討ちのつもりで殺す状況を想定す
れば、誰もが当てはまるよな。あっと、下坂は除けるか」
「待って。下坂が朝日奈美保を殺した可能性はあるんでしょ。それを冴場が感
づいたとしたらどう? 冴場は下坂を呼び出し、責める。下坂は隙を見て冴場
を返り討ちにした……」
「ありそうな気がしないでもないが……恋人を殺された人間が、その敵役を目
の前にして、隙を見せるかな? 冴場は背後から喉をかき切られていたんだろ
う? 敵に背を見せるとはあまりにも間抜けだよ」
「それもそうかもね。じゃあ……赤堀克毅が一番、怪しくなるのかしら?」
「そう言える部分はあるね。赤堀にしたら、朝日奈美保に裏切られた気持ちだ
ったろう。その恨みは女だけでなく、彼女の新しい恋人である冴場鋭介にも向
けられた。最初に朝日を毒殺、ついで冴場に接近する。冴場の立場とすれば、
赤堀は仲間という意識だったんじゃないかな」
「仲間? どうしてよ」
「共に朝日奈美保を失った、哀れな男という意味でさ。同病相哀れむというの
に似ているかもしれない」
「そんなものかしら」
「こう考えると、辻褄が合ってくるんだよ。もし仲間意識があったのなら、冴
場は赤堀に気を許していたろう。当然、隙も見せる。そこを狙って、赤堀は冴
場を……」
 仁は、生々しい表現は避けた。いくら嫌いな男と言えども、その死ぬ場面を
想像するのは気持ちのいいものでないだろう。妻にそんな思いを起こさせる必
要は全くない。
「何とかして、軽井沢、下坂、赤堀の三人に会えないかなあ。これじゃあ、情
報が少なすぎる」
「会ってどうするのよ。聞き込もうとしたって、まともに答えてくれるとも思
えないけれど」
「それも問題だが……。特に軽井沢弓子、彼女に本当に朝日を殺す動機がない
と確信できないと、この推理は弱すぎるんだよ。もし、軽井沢弓子に動機があ
れば、彼女の容疑も濃くなる」
「あの人にはアリバイがあるわ」
 忘れたのという響きを持って、香代の言葉は仁の耳に届いた。
「二人一緒にいたというあれか。何らかのトリックで、朝日の叔母の目を欺け
ないかな。そうだな……ほんの短い間だけ効力のある睡眠薬を相手に飲ませ、
眠った隙に朝日奈美保殺害。戻って来て、叔母の方を揺り起こし、『少しうつ
らうつらされてましたわよ』みたいなことを言えば、相手は信じてしまうかも
しれない。軽井沢弓子はずっと側にいた、とね」
「ありえないことじゃなさそうね。あの叔母さんの様子なら、だませるかもし
れないわ」
「だろ? だから、軽井沢弓子には動機がないのか、気にかかるんだ」
 ため息混じりに仁はつぶやいた。どうしようもないなという思いが強かった。
が……。

 冴場殺しの犯行推定時刻にあった留守番電話の正体は、軽井沢弓子であった。
あの時点で死んでいた朝日奈美保が電話できる訳がないのだから、当然の帰結
と言える。
「あの女マネージャーも、人騒がせなことをしてくれますねえ」
 お世辞にも快適と言えぬ乗り心地の車中、吉田の横で、浜本刑事がぼやいて
いた。浜本がハンドルを握り、吉田は助手席に収まっていた。
 軽井沢弓子が朝日奈美保になりすまし、あんな電話をした理由は、彼女自身
の話によれば、冴場を反省させたかったからという。軽井沢は、朝日の死の原
因は冴場にあると考えていた。それなのに、冴場はあれ以来、全く連絡をよこ
さない。不誠実な男だという憤りがつのり、彼女は冴場をこらしめてやろうと
考えた結果が、あの『幽霊からの電話』だった。死んだはずの朝日奈美保から
電話があれば、あの男も驚くだろう。どういう反応をするかを見たいという興
味もあった。
 が、実行してみたはいいが、あいにくと相手は出ないで、留守番電話に切り
替わってしまった。一瞬、どうすべきか迷ったが、当初の計画通り、朝日にな
りすまして声を入れたということだ。冴場が殺された日に電話をしたのは偶然
だと主張した。
 言うまでもなく、これだけで、吉田らは彼女への疑いをなくしてはいない。
電話をした後、あの言葉通りにマンションを訪れなかったとは言い切れない。
その上、もう一つ、彼女に対する心証に影を差す一件が持ち上がりかけていた。
「幽霊電話の次は、麻薬疑惑とはな」
 いくらか呆れながら、吉田はつぶやいた。
 吉田刑事は、冴場が麻薬について調べていたという点にも、前々から引っか
かっていた。電話の一件が、一応ではあるが片付いた今、そちらに目を向ける
余裕が出てきた。余裕と言うよりも、調べずにはおられない義務感か。
 これから、吉田と浜本は麻薬に関して軽井沢弓子に事情を聞きに向かうとこ
ろだったが……。専門でないことには口を挟まないのが、捜査の不文律という
ものだろう。断るまでもなく、麻薬に関する事件にもそれ専門の者がおかれて
いる。そのため、麻薬捜査官に同伴してもらっている。
「その冴場という男の部屋から、何か具体的な証拠が出たのかね?」
 麻薬捜査官の釜堀は訝しむ様子である。ちゃんとした証拠があれば、もっと
多数で大々的に動くのであるが、今回は彼一人が出てきただけだ。
「いや、被害者が行っていたはずの、最近の取材ノートなんて物は見つかって
いない。出版社社員の証言だけが頼りなんだ」
「あやふやだな」
 後部座席にもたれると、釜堀は足を組んだ。
「根拠薄弱ってやつだ」
「情況証拠ならありますよ」
 右へ曲がりきってから、浜本が言った。
「冴場が朝日奈美保に近付いたのは、麻薬の取材の意味合いが強かったと見受
けれる節があります。それまで芸能プロの事務所にこそこそ出入りしていたの
が、朝日が死んでから、ぱったりと足が遠くなっていたそうで」
「お目当ての女が死んだから、興味を失っただけかもしれない。……芸能界な
んてとこに首を突っ込むのは慎重にやらないと、後々面倒になるぞ」
「こっちは殺しの捜査なんでね。悠長にやってると、大事な証拠がなくなる恐
れもある」
 吉田は若干の反発を覚え、抗弁した。
 麻薬捜査官の方も肝を据えたか、足を解くと、きっぱりと言い切った。
「ま、ここまで来たんだ、うだうだ言ってても始まらん。付き合ってやろうじ
ゃないか」
 朝日奈美保が所属してた芸能プロダクション『リズムMIX』は、瀟洒なビ
ルの中程の一角を占めていた。
 プロダクション名を記したガラスのドアをくぐり、三人は軽井沢弓子を呼び
出した。本日、彼らに強制捜査権はない。

−−続く




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