AWC ミステリマニアの殺人 5     永山


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#2968/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 2/21   7:59  (200)
ミステリマニアの殺人 5     永山
★内容
「君らしくもない。無視するに限る」
「分かっていたつもりだけど、本当にに頭にきちゃって、どうしようもなかっ
たの、あのときは。それで、相手は待っていましたとばかりに言ったわ。『一
度だけ、こっちの言うことを聞いてくれ。そうしたらもう、君には迷惑かけな
い』と」
 その言葉に、仁は震えを覚えた。
「おい、まさか、身体−−」
「馬鹿を言わないで! そんなのだったら、私、受ける訳ない。相手が言い出
したのは、指定する日に、ある家に来てもらいたい。そこでじっくり話がした
いということだった」
「その家って、どこなんだ?」
「安心してよ、冴場の家じゃないわ」
 ようやく妻が男の名を呼び捨てにしたので、仁は内心、ほっとできた。
「朝日奈美保って知ってる? アイドルタレントって言うのかしら、テレビに
出ている……」
「知っているよ。だけど、確か」
 仁はそのタレントの名を知っていた。しかし、それは新聞で大々的に報じら
れたからである。
「朝日奈美保って死んだんだろ? アイドルの自殺ってことで、一時、やたら
話題になっていた。確か服毒自殺、青酸カリだ」
 香代はそれには答えず、話を続けた。
「……冴場が指定してきた家、その朝日奈美保の家だったのよ」
「何だ? テレビとつながりがあったのか、冴場は」
「よく分からないけど、出版社を通じていくらか知り合いはいたみたい。それ
で、どうしてそんなところに行かなきゃならないのかって聞いたら、あいつ、
しゃあしゃあと答えた。『彼女と関係あるんだ、俺。彼女のために、色々とも
め事を清算したくてね。当日、君の他にも何人かに来てもらうつもりだ。面倒
をまとめて片付けようという訳さ』だって」
「ちょっと待った」
 手を挙げ、妻の話を遮る仁。
「他の奴が、冴場やアイドルタレントとの間にどんなもめ事を抱えているか知
らないが、香代、君は関係ないだろう。冴場の方がちょっかいを出してきてる
んだ。あいつが手を引けばそれで済む」
「私もそう言ったわ。相手の説明によれば、朝日奈美保が、私と冴場との関係
を疑っているという話なのよ。昔、付き合いがあったというだけで、彼女、私
が今も冴場と関係を持っているんじゃないかって……。そう思われているんな
ら、行くしかないじゃない? 行って誤解を解いてもらおうと考えて、受けた
のよ」
「……それで、当日はどうなったんだ?」
 何故、こんなことで自分達が振り回されなきゃならないんだ。むかつきを抑
えながら、続きを促す仁。
「家は平屋だけど大きかった。後で聞いたら、朝日奈美保って割と資産家の親
を持っていたみたい。それはいいんだけど、どこから入るのか分からなくてう
ろうろしていたら、冴場が出てきて、とにかく中に入ったわ。玄関にある靴を
見たら、確かに何人か来客があったみたいだった。
 私、すぐにでも帰りたかったから、早く、わがままなアイドルタレントさん
に会わせてもらいたいと言ったわ。目の前で説明すれば終わるんだから。でも、
冴場が何故か、渋って。『いきなり会うのはまずい。とりあえず、僕と話をし
ようじゃないか』と言い出すのよ。私はそれよりもすぐに会わせてと主張した
んだけど、相手も強引で、結局押し切られてしまった。隅っこの部屋に招き入
れられて、そこで二人きりで話し合った。他の連中に聞かれないようにって、
ドアにも窓にも鍵をかけてね。でも、てんで話がかみ合わなくて、また口論に
なってしまって……。興奮しちゃって、身ぶり手振りをまじえていたのよ。そ
れで手がスタンドに当たって、床に落ちたの」
「怪我、しなかったのか?」
「大丈夫。でも、スタンドは割れて、凄い音がして。その音、外にも響いたみ
たい。すぐに何人かが廊下側に集まって、どうかしましたかって聞いてきた。
扉もがんがん叩いてね。私も冴場も、それでようやく頭が冷えたみたい。冴場
は扉を開け、『何ともない。スタンドが落ちただけだ』と説明したわ。それで
集まった人達−−全然、知らない人ばかりだった−−も納得したらしく、三々
五々、散らばっていった。その後が大変だったの」
「もう何が起こっても、驚けないよ」
 呆れた気持ちになって、仁は言った。
「冴場はようやく、朝日奈美保に会わせると言った。私、彼の後について、彼
女がいるという部屋に向かった。部屋までは相当、離れていたわ。彼がノック
し、扉を開けたら……彼女、死んでいたのよ」
「じゃあ、自殺したというのはそのときだったのか……」
「そう。部屋には彼女一人が、クッションにもたれ掛かるようにして死んでい
たわ。手近のテーブルには、水の入ったコップと、薬の包み紙。後の警察の調
べで、青酸系薬物による死と分かった……」
「部屋は密室状態じゃなかったんだな?」
「ええ。鍵は、ドアのも窓のも開いていた。だけど、夏だからそんなに不自然
じゃないだろうってことで、別段、不審がられてはいなかったわ」
「……それからどうなったんだ?」
「警察を呼んで、少しだけ事情を聞かれたけど、彼女のマネージャーの女性が
ことを荒立てたくなかったらしくて、あっさりと自殺で片が付いたようよ」
「そういうんじゃなくて、朝日奈美保が死んだら、話が違ってくるだろう。冴
場との話はどうなったんだい」
「それっきり。今の恋人が死んでしまって、相当、落ち込んでいたみたい」
 意外とあっさりした表情で、香代は言った。
 仁はしばし考慮してから、口を開く。
「このこと、警察には?」
「話してないわ」
「どうして? 冴場は君のことをあきらめていた証拠になるんじゃないのか?
つまり、君が冴場を殺す動機はなくなり、警察の疑いは晴れる」
「説明したところで、どう解釈されるか分かったもんじゃないと思ったもの。
悪く取られれば、現在の恋人を失った冴場が、私との関係を復活させようと言
い寄ってきたんじゃないかって勘ぐられるんじゃないかしら。それが嫌で、黙
っていたのよ」
「……女心は分からないよ」
 使い方が少々、妙だなと感じつつも、仁はそう口にした。
「とにかくさ、知っている事実は全て、警察に話すことだよ。後で知られて、
隠していた何て思われる方が、よほどまずい」
「分かっているわ。分かっているけど、踏ん切りがつかなかった……」
 香代の目が、仁の目を見据えてくる。
「でも、もう平気。早い内に話す。でも、そのときはあなたもついてきて、仁」
 香代は吹っ切れたように笑った。
 仁は安堵の息をついて、
「いいとも」
 と応じた。

 善は急げとばかり、翌日、休みを取った仁は香代に付き添って、担当してい
る刑事のところへ出向いた。
 カウンターで用件を伝えると、吉田刑事一人だけが現れた。そしてすぐ横の、
狭い部屋に場所が移される。建て付けの悪そうなドアを閉めると、室内の空気
がこもっているように感じられる。外から差し込む光に、ほこりの動きが見て
取れた。仁は香代と並んで、吉田刑事の前に座った。
 当たり前であるが、主に香代が話し役に回った。話が終わると、吉田刑事は
軽く目を閉じ、首を左右に一度ずつ、傾けた。
「よく話してくれましたよ」
 それが刑事の第一声だった。
「実は、我々も遅まきながら、昨日ようやく朝日奈美保の自殺の件を突き止め
ましてね。こいつは冴場さんと関係があるんじゃないかとにらんでいたところ
なんです」
「それじゃあ、私が話したことは、すでに」
「まあ、そうなります。あなたが正直に話してくださるかどうか、最後まで黙
って聞かせてもらいましたがね。その点、あなたは正直だったようだ」
「朝日奈美保の自殺に冴場が関係しているってことが分かるまで、どうしてこ
んなに時間がかかったんです。すぐに分かってもいいようなものだ」
 仁は腹立たしい思いで言った。
 やや上目遣いをした吉田刑事は、やむ得ないかという感じで喋り始める。
「細かい点は端折りますがね、冴場さんのアドレスを捜査の拠り所にしていた
んですな。で、女性の名前をイニシャルで書いているらしいと分かって、片っ
端から電話をかける作戦に出た。こちらとしてはイニシャルMの女性をターゲ
ットにしていたんですが、お目当ての女性は見つからない。どん詰まりのとき
に、ふと閃いた。愛称である可能性があるじゃないかとね。その内に、朝日奈
美保にたどり着いたんですよ」
 刑事の話を理解できなかった仁。彼はすぐさま尋ねた。
「ちょっと待ってください。朝日奈美保だったら、最初から分かるんじゃない
んですか? 朝日奈・美保でM・A。お目当てのイニシャルMですよ」
 すると刑事は声を出して笑った。何か、珍しい感じがする。
「いや、失礼を。誰でも引っかかるんだなと思いまして」
「引っかかるとは」
「若者ならこうじゃないんでしょうがねえ。朝日奈美保と聞けば、普通、朝日
奈が姓で美保が名前と考えますわな」
「当然でしょう」
 言って、仁は香代と顔を見合わせた。妻もしきりにうなずいている。
「ところが例外があった。このタレントの場合、朝日が姓で、奈美保が名前な
んだそうですよ」
「え?」
 夫婦揃って声を上げてしまった。刑事はまた笑みを浮かべた。
「ご主人も奥さんも、ご存知なかったようですな。ちょっと字面を見たら納得
できんでもないんですがね。一般の『あさひな』姓は、『朝』に『比べる』の
『比』、奈良の『奈』という『朝比奈』と書くでしょう。ところが、こちらは
『朝日』の『奈』だ。だから、朝日で区切っても不思議じゃないようだ。いや、
若い者に笑われましたよ」
 自分達も若いつもりでいる仁は、多少、複雑な気持ちを味わった。気を取り
直して、これを機会にとばかり情報を引き出そうと試みる。
「それはともかく、朝日がいる芸能プロダクションですか、そこは何と答えて
いるんです?」
「最初は適当な受け答えしかもらえませんでしたがね、こちらがかまをかけた
ら、割に簡単に認めましたよ。冴場さんと朝日奈美保とのつながりをね。朝日
のマネージャー−−軽井沢弓子って言うんですが、その人が知っていたようで。
事務所側としちゃあ、大っぴらな交際はやめさせたいから、それとなく監視し
ていたらしい」
「あの」
 香代が口を開いた。
「その軽井沢さんて方、朝日奈美保が自殺したとき、彼女の家にいたんじゃな
いですか」
「さすがによくご存知ですな。その通りですよ」
「その方に、冴場……さんを殺しかねないような動機、あるんじゃないでしょ
うか。大事な『商品』である朝日が自殺したのは冴場のせいだと考えて……」
「それについては、捜査上の秘密としておきましょう。考えられることは全て、
考えてみるつもりですよ、我々は」
 話を打ち切りそうな気配になったので、仁は慌てて質問をした。
「あの、ついでに、朝日奈美保が死んだ日、その家にいた人について、教えて
くれませんか」
「しょうがないな。証拠不充分で奥さんを犯人扱いしたお詫びは、もうしたつ
もりなんですがね」
 と言いながらも、刑事は手帳を開いた。
「最初は、くり返しになるが、軽井沢弓子。朝日奈美保のマネージャーです。
次、下坂信義、作家。と言いましても、いわゆるゴーストライターって奴です
よ。朝日奈美保のエッセイ集とやらが出版される運びだそうですが、その原稿
を書いたのがゴーストライターの下坂っていう舞台裏ですよ。朝日は下坂のこ
とを毛嫌いしとったようですがね。三人目は赤堀克毅、こいつはマスコミ関係
には他言無用となってるんだが、関係ない。朝日がデビュー前の男友達だそう
で、今でも朝日のことを自分の物だと思っているらしい困った奴です。現在は
Sっていう私立大学に通っている。最後は、朝日の叔母。朝日の両親は随分と
前に亡くなっていて、親代わりに奈美保を育ててきたとありますな」
 これで終わりという合図のように、刑事は音を立てて手帳を閉じた。
「こんなところでよろしいかな」
 その言葉に待ったをかけようと、食い下がる仁。
「最後に二つだけ。その人達の、今度の殺人事件に関するアリバイはどうなっ
ているんですか?」
「それは、これから調べる段階です」
「では、朝日奈美保の死、本当に自殺だとお考えで?」
「さっき言ったでしょう」
 吉田刑事はにやりと笑った。
「我々は、考えられることは全て、考えてみるつもりですよ、と」

「仁、もしかして、朝日奈美保は殺されたって考えているの?」
 警察からの帰り、車中で始まる夫婦の会話−−夫婦には似つかわしくない内
容だ。
「ああ。推理小説的に過ぎるかなとも思うんだが、冴場鋭介が殺されたとなる
と、その前の朝日奈美保の死も疑ってみる価値はあるだろ」
「それは……そうかもしれないけれど」
 疲れたような香代の声。仁は気になって、助手席をちらりと見やった。
「さすがに、今度みたいな事件には首を突っ込みたくないか」

−−続く




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