#2966/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 2/21 7:54 (195)
ミステリマニアの殺人 3 永山
★内容
「……それで、言い寄られたんですけど……よりを戻さないかみたいなことを
言われて。ですが、はっきりとお断りしました」
「それからは、冴場さんから連絡その他、何もなかったんですか?」
「ありません、全く」
「では、初めて冴場さんとお会いした頃のことも、伺っておきましょうか」
「あの、そんなことまで関係があるんですか?」
さすがに奇妙に感じ、香代は尋ね返した。
「まあ、一応の処置です」
そんな言葉で逃げる刑事。
香代は仕方なしに、冴場との出会いを説明した。例の殺人事件に巻き込まれ
たことについては、なるべく簡潔に話した。だが、警察は過去の殺人という点
が気になったらしく、念押しするように質問を重ねてきた。
その質問攻勢もやがて沈静化した。どうやら、香代が巻き込まれた殺人事件
は警察内部でも有名らしく、刑事らも納得した様子が見受けられた。
「分かりました。正直なところ、奥さんは冴場さんのことをあまり好ましく思
ってはおられなかったようですな」
「……どういう意味です」
疑問以上にきつい口調で、香代は刑事に聞いた。事前に連絡をくれたぐらい
だから、自分は疑われていないと思っていたのだ。単に、電話番号とイニシャ
ルしか分からなかったから、電話してきただけということか。
刑事は穏やかに続けた。
「いえいえ、他意はありませんよ。ところで、九月十八日の夜、特に九時三十
分から十一時三十分までの間、何をされていましたか」
「アリバイですか?」
「推理小説好きの方にかかると、かなわないな」
香代の言葉に、冗談めかして返す刑事だったが、その目はまるで笑っていな
い。
「でも、推理小説を読むんであれば、警察がこう聞くことも常道だとお分かり
でしょう。教えてくれませんか」
「……夫は出張中ですから、家に一人でいました。でも、例え夫がいても、ア
リバイにはならないんでしたわね」
「いやあ、本当にかなわない。まあ、確かにアリバイになりません。身内の証
言や恋人同士のアリバイ証言は、基本的に採用できないことになってるので」
「どちらにしても、私にはアリバイなんかありません。残念ですけど」
「弱りましたな」
頭に片手をやる刑事。いつまでも演技めいた動作をする。
少しの間を置いて、相手が交代した。浜本刑事は、ふっと思い付いたような
感じで、その問を口にした。
「そうそう。ミホなる人物に心当たりはありませんか」
「ミホ……女の人ですか」
「さて、冴場さんと付き合いのあった女性だと思うんですが。お心当たりは?」
「ありません。先ほども申しましたように、私と冴場は、ついこの間、何年か
ぶりに再会しただけなんです。彼の現在の交友関係なんて、知るはずありませ
ん」
「ごもっとも」
やけにあっさりと引き下がる刑事。最初から期待していなかったのか、それ
とも裏に何か隠しているのかは分からない。
「どうもお邪魔しました。冴場さんのことで何か思い出したら、ぜひ、知らせ
てください」
気安い調子でそう言うと、刑事は話を切り上げた。
香代は刑事二人を送ってから、少しばかり不安に駆られていた。
(何か……嫌だわ。恐らく、指紋を採取するのが目的だったみたい。わざわざ、
写真を渡してきて……。まさか、本当に疑われているの、私?)
梶場周一は、思わぬ来訪者に戸惑っていた。彼は社の応接室に入り、相手の
顔を確かめるなり、言った。
「刑事さん、僕が話すことはありませんよ」
初めて会う刑事ならいざ知らず、見覚えのある吉田と浜本に対して、梶場は
遠慮なく主張する。
「あの冴場さんの事件については、この間お話ししただけです」
「まあまあ、落ち着いてください」
穏やかな声が返ってきた。
「何も我々はあなたを疑っているんじゃありません。恥ずかしながら、ちょっ
と、捜査が行き詰まり気味でして。冴場さんの女性との交友関係を主にやって
いただけではらちが明かないんですな」
「と言いますと?」
梶場は吉田に尋ねる。浜本は座ったきり、ほとんど口を開こうとしない。吉
田の方が聞き役らしい。
「冴場さんの仕事上の人間関係について、詳しくお聞かせ願えたらと思って、
来させてもらったんですよ」
「人間関係と言われても……」
大げさなその言葉に、梶場は口ごもってしまう。
「あなたが知っている範囲でいいんです。前回、梶場さんは冴場さんの担当と
おっしゃってましたが、それは小説だけ? それともいわゆるルポライターの
仕事に関してもですか?」
「小説だけですよ。僕は文芸部門の人間ですから」
これぐらいのこと分からないのかという気持ちが、口調に現れているのを彼
は意識した。
「それなら、まずは小説の仕事に限って伺わせてもらいますか。冴場さん、ど
なたかとトラブルを起こしたようなことは?」
「トラブル……? いいえ、ないですよ。冴場さんは小説家としてはまだヒヨ
コでしたから、大した発言力もないし」
「編集者の方とも、他の作家とももめてはいなかった?」
「もちろんです」
自分の立場もあるから、ここは強く言い切る。変に曖昧に答えて自分の首を
絞めてはたまらないと考える梶場だった。
しかし、刑事の方は、簡単には見逃すつもりはないらしい。次のような質問
をぶつけてきた。
「あなた個人から見て、冴場さんは付き合いやすい人物でしたか?」
「どういう意味でしょう?」
「疑ってるんじゃない。単に、被害者の性格の一端でも知れたらと思いまして」
「……さほど長い付き合いじゃありませんでしたから、軽々しくは答えられま
せんよ。でも……感じとしたら、多少、気取った面はありましたが、ほとんど
文句を言わない人でした」
「文句とはつまり、小説の内容に注文を出したらそれに反発するとか、本のカ
バーのデザインを思う通りにさせろとか?」
「ええ。ここだけの話ですけど、自分を大作家だと思い込んでいる人達には、
そういう手合いが多いんです」
日頃の鬱憤ばらしとばかり、梶場は続けて名前をいくつか挙げてやった。
「ほう、そんなにいますか」
刑事は一応、感心した様子を見せながらも、次の質問を考えているらしかっ
た。
「でも、冴場さんはそんなことはなかった、と」
「そうです」
「それは、彼が小説家として新人だからかもしれない−−そういうニュアンス
が感じられるんですが、被害者にとってお得意分野のルポの方面ではどうだっ
たんですかねえ。噂だけでも結構なんですが」
「それは……死んだ人を悪く言いたくはないんですが、ちょっとは聞いてます。
僕が冴場さんの小説担当になったとき、そちらの方の先輩から言われたもんで
すよ。『機嫌を損ねないようにしろ』って」
「機嫌をね。それは要するに、冴場さんは気難し屋として通っていたという風
に受け取ってもいいですかな」
「ええ、まあ。実際は知りませんが、自分が調べた記事のこととなると、絶対
の自信を持っていたようですよ、あの人。でも、出版社としてはチェックしな
い訳にはいきませんからね、当然、会議にかける。いくつか手直しの注文を出
すこともあるんですが、それを承知させるのに往生したこともあったそうです」
そこまで言ってから、梶場は急いで付け足すことにした。
「と言っても、こんなことは僕らの仕事では日常茶飯事なんです。これしきの
ことで殺す殺されるの話になるはずがありません」
「分かってます」
本当に分かっているのかどうか、吉田刑事は大きくうなずいた。そしておも
むろに新たな質問を飛ばしてくる。
「我々が一番気にしているのは、ここなんです。冴場さんがどんなことを調べ
られていたのか。特に、ここ最近は」
「うちでは、小説の第二作に専念してもらうため、どんな記事も頼んでいなか
ったはずですが」
「別に、現在、調べているんじゃなくてもいいんですがね。小説の依頼をする
際、ちらっとでも聞きませんでしたか」
「……そう言われれば……」
梶場は思い出そうとした。その話を聞いてから、割に時間が経過しているが、
どうにか思い出せた。
「次にルポするなら麻薬ネタになるって、言ってました」
「ほう、麻薬」
隣の浜本に対して、意味ありげに目配せする吉田。
「その他に何か?」
「いいえ、ただこれだけでした。他の社にやらないようにとお願いしてはみま
したがね」
「……今度、冴場さんが書く予定だった小説の内容は分かりますか?」
「それは無理です。まだ、ほとんど話をしていなかったんですから」
「麻薬のネタを小説に使うってことは?」
「聞いてませんよ」
いい加減、しつこく感じて、梶場は吐き捨てた。すると、ここらが潮時だと
見たか、刑事二人は立ち上がった。
梶場が見送ろうと立ち上がったところ、浜本刑事が言った。
「そうだ、梶場さん。名刺をもらえますか」
「は?」
「いえね、この間はあなたが名刺を切らしていたとかで、もらえなかったから
……。だめですか」
「い、いえ。いくらでもあります」
さっさと出て行ってもらおうと、梶場は急いで名刺を取り出した。念のため
とばかり、二枚、相手に渡す。
「これはどうも。何か思い出したら、話を聞かせてください」
梶場にそう言い残して、彼らは社屋を出て行った。
「指紋の照合、どうなった?」
いささかの期待を込め、吉田は尋ねた。目の前にいる鑑識員は、この間と違
い、気の合う男だ。
「この前、持ち帰ってきた指紋とどんぴしゃり。一致したよ」
「そうか」
結果に満足した吉田。
「しかし、あの凶器から、よく指紋が採取できたもんだ」
「鑑識技術を甘く見なさんな。カッターナイフの刃に付着した血糊が多少の邪
魔をしようと、その下に隠れた指紋を採るぐらい、何とかなる」
「そうだったな」
吉田は感心して見せながら、これで事件は決まりかもしれないという思いを
強めていた。
凶器となったカッターナイフ。その表面は拭われたらしく、指紋は一切、採
取できなかった。が、カッターの刃を取り外して調べた結果、いくつかの指紋
の採取に成功したのである。そして、その指紋は被害者の物ではないと判明し
ていた。となれば、犯人が不用意に残していった物という可能性が強い。
そして、先日、関係者何人かの指紋を採り、照合を頼んでおいたのだ。先に
も記した通り、その一つがクロと判定された。桜井香代という被害者の旧知の
女性の指紋だった。早速、桜井香代を重要参考人として引っ張ることになろう。
しかし、引っかかる物を感じている吉田ではあった。その一番の理由は、例
の留守番電話に記録されていた女性の声の主が、未だに突き止められないまま
という事実がある。いくら調査しても、ミホなる女性は網に引っかかってこな
い。こちらの方が片付かないので、何か釈然としないのだ。
「その指紋の主、ミホじゃないんだって?」
急に話しかけられ、吉田は目を剥きそうになった。
「鑑識のおまえがどうして知っているんだ?」
「どこからでも情報は入ってくるもんさ。長引けば長引くほど」
「分かったぞ」
吉田はうなずいた。
「おい、あの『かつら』だな?」
「ん、まあそうだが。あの人の頭がどうかについては、コメントを控えさせて
もらおう。先輩だからな」
にやっとする鑑識課員。食えない男だなと吉田も笑えた。
「あいつめ、俺達が苦戦しているのを面白がって、吹聴しているんだな」
「早く見返してやればいい。指紋の主がミホじゃなくても、容疑は充分に濃い
んだ。引っ張るだけ引っ張って、後からミホが見つかっても、何とでも言い訳
は立つ」
「ありがとよ、慰めてくれて」
吉田はもやもやを吹っ切るために、勢いよく立ち上がった。
−−続く