#2939/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 1/28 8:16 (179)
ヒーローピエロ(4) 永山
★内容
踊り場から顔を出して上を見ると、米村家の部屋の窓から、子供が顔を覗か
せて、叫んでいる。
「お母さんのいない内に、早く早く!」
何が何だかわからない内に、私と地天馬は元の階へ駆けつけた。と言っても、
さすがに、今度はエレベーターを使用したが。
「早く早く」
伸丸君らしい子供は、同じ言葉を繰り返しながら、玄関で待っていた。
「もう怪我は大丈夫なのかい」
私が聞くと、
「へっちゃらだよ。こんなの、何ともないのに、お母さんがうるさくって。そ
んなのより、僕の話、聞いてよ」
と、元気に切り返してきた。
「ぜひ、聞きたいな」
「あの夜、もちろん、事件の夜だよ。僕、見たんだ。ウルトラマンが空を飛ん
でいるのを」
「はあ?」
私は思わず、呆れ声を出してしまった。が、地天馬はまじめな顔をしている。
「誰も、僕の話を聞こうとしないんだ」
子供にあわせ、地天馬が口をきく。
「では、僕が聞いてあげよう。ウルトラマンと言うのは、本当にウルトラマン
か? ひょっとしたら、山田のお兄ちゃんのことを言っているんじゃないか?」
「そうだよ! 山田兄ちゃんのことさ。決まっているよ。僕がそれを言う前に、
みんな、話を聞かないで行っちゃうんだ」
「それは困ったことだ。みんなに注意しておくから、もう少し、詳しく話して
みようか」
「うん、あの夜ね、夜になって、眠っていたら、ぱっと目が覚めたんだ。時計
を見たら、十一時くらいだったよ。お母さんもお父さんも、寝ちゃっていて、
真っ暗だった。でも、カーテンの隙間から、光が入ってきていて、何となく、
開けて外を見ていたんだ。そうしたら、急に、何かが飛んで来たんだ。ぱっと
見たときはわからなかったけど、すぐにわかったんだ、山田の兄ちゃんだって。
洋服を来ていて、飛んでいたよ。眠っていたみたいな顔をして」
子供は一気にしゃべると、ぷつんと会話を切った。
「……それで全部?」
「うん」
「どうもありがとう。君のおかげで、山田のお兄ちゃんを殺しちゃった悪い人
が、見つかりそうだよ。」
地天馬は、いつにない調子で、優しく答えた。
「本当?」
「本当だとも。伸丸君、屋上で遊びたいかな」
「当然さ。あそこしか、遊ぶ場所、ないんだもん。僕がドジったせいで、この
マンションのみんなまで遊べなくなって、立場がなくなってるんだ」
「それは大変だなあ。その立場、回復して見せよう。事件が解決すれば、すぐ
にでも、屋上は遊び場として解放されるはずだ」
「ほんとに?」
子供の声に対し、地天馬は無言でうなずいた。
「大丈夫かい」
私は、徳森の友人に会った帰り道、地天馬に尋ねた。
「事件が解決できるだの、屋上が遊び場に戻るだの、不安でしょうがない」
「君が不安になることはない」
地天馬は、愉快そうに笑った。
「事件は解決したさ」
「え?」
「君も聞いただろう、さっきの男の言葉を」
「あ、ああ。徳森の友人のことかい。聞いたけど、あれがどうしたって言うん
だ」
「あれは割と重要だよ。この証言を得ると、事件は完全に解決する。そうだな、
君、今回はあれをやってみないか」
「あれって?」
「読者への挑戦てやつさ。これまでのことを知った上で、考えれば、間違いな
く解ける」
「そうかなあ……」
私はどうも信じられなかった。解決できるとは思えないのだ。よって、挑戦
状は出さないでおこう。それでも、我こそはと思っている読者のために、徳森
の友人の言葉は記すべきか。
「不審な点? 徳森と酒を飲んだとき? そうねえ、そう言えば徳森の奴、ト
イレに行って戻ってきた後、何だか知らないが、ごそごそやってたなあ。何だ
っけ、そうそう、救急箱だ。あいつ、変なの。トイレの後で、包帯を出して何
かしてやがったなあ」
以上が、その証言である。怪しくはあるが、どう事件につながるのか、私に
はとんと合点が行かないのだが……。どうやら、地天馬は、徳森を疑っている
らしい。しかし、彼はマンションを一歩も出ていないのだ。死体を移動させる
時間はないはずだが。
「時間がもったいないので、単刀直入に行きましょうか。徳森さん、あなたが
山田青年を殺した」
地天馬は、管理人室を訪れるなり、切り出した。私の他に、花畑刑事も一緒
だ。徳森はあっけにとられて、文句を言おうとした。
「何を言っているんです。私はあの夜、マンショ……」
「そんなアリバイの話、無駄なんだから、やめておきましょう。どうして山田
さんが、あんな二十キロも離れた地点で発見されたのか。簡単です。動けなく
しておいた山田さんの身体を、列車の屋根に乗せ、運ばせればいい」
「そんな、無茶な」
犯人と指摘された徳森だけでなく、花畑刑事や私までもが叫んだ。
「その線路までは、どうやって行くんだ?」
「いいから黙って聞いてほしいな。あなたは他のお偉い住人の突き上げもあっ
て、山田さんを殺すと決めた。その中で、あなたは姑息にも、アリバイ工作を
した。友人を呼んでおいて、トイレに行くふりをし、その間に山田さんを殺す
計画だ。
あらかじめ、時間を決めて、屋上に山田さんを呼び寄せておく。あなたは、
子供が怪我をしたときの気分を、あんたにも味わってもらう、それなら許そう
とか何とか言って、彼の身体にロープを着けさせ、屋上の台から飛び出してい
る旗竿に、ロープの反対の端を結び付けるように言った。
不審に思いながらも、家主と入居人という関係の辛さもあったかな、山田さ
んはレスキュー隊よろしく鉄棒の上を進んで行っただろう。そしてロープの端
を結び付け、山田さんは方向転換、戻り始める。
あなたと山田さんとの距離がある程度、狭まったところであなたは隙を見計
らい、山田さんを殴りつけた。何で殴ったのかは知らないが、とにかく、相手
を動けなくさせる必要があった。
当然、山田さんの身体は宙吊りになる。それをあなたは老体に鞭打って、ロ
ープを引っ張り、ある程度の高さまで持ち上げてから、マンションの壁にぶつ
からないように降った」
「何のために、そんな手間を?」
こう聞いたのは、刑事だ。
「もちろん、アリバイのためですよ。徳森さんは、ロープを身体に結んだ山田
さんを何度か揺することによって、山田さんを遠くに飛ばそうとしたのです。
できれば、目の前を通る線路までね。そうなれば、列車に跳ねられた事故死か、
飛び込み自殺に見せかけられるのだから。
それで揺さぶっている内に、うまい具合いにロープから山田さんの身体が抜
けた。線路に向かって一直線、と思ったら、予期せぬことに、貨物列車か何か
が走ってきたんだと思うな。さらに偶然にも、山田さんの身体は、その列車の
車両の屋根に引っかかったんだろう。列車に乗ったまま、山田さんはどんどん
運ばれて行き、発見現場上であるところのカーブに差し掛かる。その折、すで
に死んでいたであろう山田さんは、振り落とされたんだ。これにて、不可解な
死体移動の形成となる訳です」
私は−−そして花畑刑事も多分−−驚いていた。そうか、そんな方法があっ
たんだ!
しかし、今、この驚きを表情に露にすれば、目の前の容疑者に不審に思われ
かねない。ぐっと平静を保つ。
「そんな……。証拠はあるのか、証拠は」
徳森が叫ぶと、地天馬は予測していたような顔をした。
「そうだなあ、まず、あなたの右手に残る傷だね。それ、ロープで山田さんを
持ち上げようとがんばったときに、できたものでしょうが。あなたのご友人は、
酒を飲んでいた割に記憶力がよいらしくて、ちゃんと覚えてましたよ。
ロープの擦れた跡が旗竿に残っていた、というのもあるけど、これはちょっ
と弱いかな。
それから、米村伸円君が見ているんだ、山田青年が飛んで行くところを。こ
れの説明をつけるには、山田さんが屋上から飛ばされたと考えるしかない」
「子供が言っているんなら、お、屋上から飛ばされたのは本当かもしれない。
でもな、そ、そんなこと、わしがやったとは、言い切れんだろうが」
言い返してくる徳森。が、その声にはもはや、空しい響きしかない。
「いや、違うんだなあ。あなたしかできないんですよ。何故なら、屋上に出入
り可能なのは、あの事件が起こった時点で、このマンションの管理人であるあ
なただけだったのですから。屋上への出入りを禁止したのは徳森さん、あなた
でしたよね」
地天馬が、じらすようにゆっくり言うと、徳森はうなだれてしまった。
「決まりだな」
花畑刑事が、徳森に手錠をかけた。
「おかげで助かりました。真犯人を見つけてくださって、本当にありがとうご
ざいます」
榎木がうれしそうに言った。TVで見るのとはだいぶ違うな、と思った。
「別に僕が動かなくても、警察はあなたへの容疑を和らげつつありましたよ。
ですから、そう感謝されても気恥ずかしいだけですね」
とか言いながら、顔はまんざらでもなさそうな地天馬。この後、費用の取り
決めをしてから、榎木は退出しようとした。
その背中に、私は声をかけてみた。
「ところで、福坂英子さんとはどうなってます? 余計なお世話でしょうけど、
あなたのライバルである山田さんがいなくなって、あなた、苦戦しているので
はありませんか。悪い言い方かもしれませんが、死んでしまった者のイメージ
は、永遠によいままだから」
すると、振り返った榎木は、にっと笑って答えた。
「そうでもないですよ。彼女と婚約しました」
「はっ?」
私はあっけにとられてしまった。もう? 山田青年が亡くなってから、まだ
一ヶ月と経っていないじゃないか。
「それでは……」
さっさと立ち去った依頼人に呆然と視線を送りっていた私に、地天馬が声を
かけた。
「こんなもんだよ、実際は」
「しかし」
「ま、山田恵五はかわいそうだが、彼は所詮、引立て役に過ぎなかったのかも
しれないねえ」
「ひどいなあ」
「そうでもないさ。代わりに、山田青年の意志を継ぐであろう少年少女を育て
る場所が開放されただろう」
「何の話だ?」
私は首をひねった。
「伸円君に約束しただろう? 屋上を取り戻すってね!」
そうして地天馬は、楽しさと悲しさが入り混じったような、複雑な笑みを浮
かべるのである。
−この章終わり−
地天馬シリーズ
名探偵以前 バレンタインデーの死 死への当確マーク 私がやりました
手首が二つ 六面体の蛇 踊るこびと 重要書類紛失事件 腰の曲がった男
聖夜は千の奇跡を起こす 巨人ブーバー 無角館殺人事件 雪の中の殺人者
ブリキ怪人 etc(順不同)