#2938/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 1/28 8:14 (188)
ヒーローピエロ(3) 永山
★内容
「最初に聞いておきたいんだけど、事件当夜、被害者の山田氏はマンションに
いたことは確かなのかな? 榎木の証言だけ?」
「いえ、榎木が訪ねる直前に、被害者と会った人物がいます。山田の部屋の隣
の住人で、廊下で立ち話をした程度ですが」
「なるほど。それで警察では、榎木、徳森、米村厚子の三人の中に、犯人がい
ると考えている?」
「そうです。ここに榎木が来たのであれば知っているでしょうが、彼を犯人だ
と断定しかけています」
「それは賢明な行為じゃないと思うな。ふむ、警察のことだから、さっきの三
人に福坂や米村満宏を含めた、五人全員のアリバイは、調べているんでしょう
ね」
「ええ、一応。榎木にはアリバイがないと言っていいでしょうな。福坂は、ち
ょうどドラマか何かの撮影に出ていたということで、ウラがとれている。この
点からも、彼女は犯人ではあり得ないのです。徳森はずっと自分のマンション
内の管理人室にいたらしく、訪ねて来た彼の友人が、事件のあった夜は一晩中、
一緒に酒を飲んでおり、管理人室からは一歩も外に出ていない、と証言してい
ます。一歩も、とはおかしいと思い、聞いてみたら、トイレくらいには出たよ
うですな。でも、時間にして長くて十分程だったということですから、問題に
なりません。とても現場まで行って戻るなんて、不可能です。米村夫妻は、家
族三人でマンションの部屋にいたと言いますが、身内同士の証言だけですから、
完全に信用はできません」
「それならば、米村達にも可能性はある訳だ。警察が考える榎木の犯行方法と
は、被害者の山田を訪ねた榎木が、その時点で墜落死に見せかけるような殺し
方をし、それを車に乗せて、遺体発見現場まで運んだ、といったもんでしょう
が」
「まあ、そうですな」
「どうして、米村夫妻の方は、それを追求しないんです」
「実は、米村夫妻は車の運転ができないのです。自家用車も持っていませんし
な。遺体の運搬手段がない彼らは、容疑から自動的に外れた訳です」
「榎木を釈放したのは?」
「どうも、納得がいかないんですね、これが。榎木が犯人だとすると、あいつ
は馬鹿か何かじゃないかと思うんですよ。自分が犯人だって、宣伝しているよ
うなもんですからね」
「それに気付くとは素晴らしい! それだけで凄い進歩だ」
地天馬は、すっとんきょうなまでに大声で言った。ついさっきまで彼が心配
していたことが、解消されたのだから、仕方あるまい。
「ところで・・・見取図、あります? 現場近くのはもちろん、被害者のマン
ションとその周辺のも」
「えっと、現場近くのは、あるんですが、マンションの方はちょっと。今度、
作らせて、持って来ましょうかね」
花畑刑事は内ポケットから現場付近の見取図を取り出し、地天馬に渡しなが
ら言った。
「いえ、別にかまいやしません。どうせ、マンションの方に行ってみるつもり
だったので、そのときに見ておくとしよう」
その後、我々は互いの近況について少し話をし、さらに近くのコンビニエン
スストアで現場付近の見取図のコピーをとらせてもらってから、別れた。
「マンションから線路まで、ほとんど距離がないんだな。ざっと十五メートル
くらい、離れているか。ふむ、高架の防音フェンスより、さらにマンションの
方が高いな。上からのぞき込む格好だ」
徳森マンションに着いた私と地天馬は、周囲を一周してみて感想をもらして
いた。私はつい、関係ないことに目がいった。
「騒音の問題は、大丈夫なのかな」
「さあて、どうだかね。それもゆゆしき問題ではあるが、今は犯罪捜査の方が
大事さ。では、聞込みと行くかな」
すっかり刑事気どりの地天馬(本人としては、名探偵気どりなのだろう)は、
足早に管理人室に向かった。
山田さんの件で、お話を伺いたいんですがね」
「ああ、またその話。何度も、警察に話したよ」
徳森強蔵なる、このマンションのオーナー兼管理人は、怠惰そうに答えた。
ふと見ると、右手に包帯を巻いている。怪我でもしているらしい。
「警察でない我々にも、ちょっと、聞かせてくれるとうれしいんだけどなあ」
あいかわらずの言葉遣いで言う地天馬は、名刺を相手に渡した。
「こいつは、今どき、珍しい。探偵さん?」
徳森は、名刺と我々の顔を交互に見つめるようにしながら、呟いた。
「名探偵です」
地天馬が言い放った。自信満満とは、こういう態度を言うのであろう。
「ちあま・ばえい、と読むんで?」
管理人の質問が続いた。
「ちてんま・えい! ・・・です」
怒鳴り声を出して、すぐにまた元に戻った地天馬。こんな様子の彼を見るの
は、私にとって、楽しいひとときである。
「もういいでしょう、徳森さん。事件について、聞きたいんです」
「ええ、どうぞ」
「亡くなった山田恵五さんは、このマンションの奥さ……」
地天馬は、メモ一つ見ないで、次々と質問を始めた。その主な内容は、先ほ
ど、花畑刑事から聞いたことの確認だったので、省かせてもらおう。
代わりに、今現在の、私の気持ちを書くとしよう。私は、地天馬が聞込みを
している間、よく思うのである。「自分は何をしに、ここに来たのだろう」と。
読者諸君よ、考えてもご覧なさい。私はここに来る必要なぞ、全くないのだ。
犯罪を解決するのが目的であれば、地天馬一人で充分だ。私がいると、かえっ
て相手に警戒されるだけであろう。
私がワトソン役を務めないと、地天馬の活躍がわからない? 期待してくれ
るのはうれしいが、地天馬の記憶力と執筆能力を持ってすれば、事件簿を書く
ことも、彼一人で充分こなせるはずだ。考えてみれば、私がワトソン役をやっ
ているのは、彼に頼まれたせいもある。何故、彼は私に頼んだのか。謎である。
ひょっとしたら、私をからかうためではないか……?
と、一人で考えている内に、一つ、真新しい質問のやり取りがあった。真新
しいとは、刑事から聞いたことの確認ではない、という意味である。
「その右手の包帯は、いかがされたので? 差し支えなければ、聞かせてもら
いたいものです」
地天馬は、極力丁寧に、質問をした。
「あ、これですか。もう、ほとんど治っているんですがね。いや、管理人の仕
事として、入居している人達の小包の取扱をやってるんですがね。この間、へ
まをしちまって、縄を使っている内に、擦傷をつくっちまってね。いやあ、お
恥ずかしい」
徳森は、わざとらしく頭をかいた。無論、左手で。
「それは大変だ。それでは、質問はこれまでなんですが、屋上を見せてくれま
せんか」
「それはまた、どうしてですか? 事件とは関係ないでしょうに」
不思議そうに、管理人が聞く。
「いやなに、その、被害者の山田さんが、問題を起こしたのは、屋上でしたで
しょう。それで、何だか見ておきたいなと」
珍しくも歯切れの悪い地天馬。
「そんなもんですか。でも、今考えてみますと、問題を起こしたのは、山田さ
ん自身じゃないんだから、あんなことをしなくてもよかったなあ、とは思いま
すが」
「あんなことと言いますと」
「屋上への出入り、禁止したんですよ。子供に怪我させちゃ、まずいからとい
うことで」
「一般的には、もっともですねえ。で、見せてもらえるんですか」
「……まあいいでしょう」
そう踏ん切りを着けるのに、管理人の徳森は随分と時間をとった。
「これはまた、変わった物がありますね」
地天馬と私は、率直に感想を言った。確かに、そいつはちょっと珍しい物で
あった。その物とは、旗竿である
いや、アンテナがおかしいのではなく、それを支える台がおかしいのだ。
「やっぱり、変わってますか」
管理人は自覚しているらしく、こう言った。
「たいした意味はないんですが、最初は祝日に国旗を掲げるつもりでした。実
際はほとんど使っていません」
旗竿は一本、長い太い金属製の棒である。マンションの壁に対して垂直に設
置されており、宙に飛び出している部分の方が多い。
「何だか、不釣合いだなあ。長すぎるんじゃないですか」
私が言うと、徳森はまた頭をかいた。
「どうしても切れなくって、しょうがなかったんです。……それで、話はかわ
りますが、この台が、例の子供が怪我をした原因ですよ。この台の上から、何
とかキックとか言って、飛び降りたらしいんですな」
管理人の言う台とは、旗竿の根元をしっかと固定している、コンクリートの
直方体だった。もちろん、この台はフェンスの内側にある。
「ははあ」
私は曖昧に受ける。
それよりも気になることがあった。どうしたことか、屋上を見たがっていた
地天馬は、一向に徳森の話を聞こうとせず、辺りを調べて回っているだけなの
だ。
「……あの跡は、何でしょうかね」
地天馬は、先刻の鉄棒の先を指さして聞いた。宙にはみ出した部分の末端近
くに、何やら擦った跡がある。
「あん? 何だか傷みたいな感じですね。いや、憶えがないなあ。恐らく、こ
の棒を縛っていた紐の跡でしょう」
徳森は、首を傾げて答えた。
「なるほどね。それでは、ここいらで退散します。わざわざ、どうも……っと、
その前に聞いておくべきことがあったんだ。事件当夜、あなたと一緒に酒を飲
んでいたという友人のお名前と住所、教えてくれますか。ついでに、米村さん
の部屋番号も」
地天馬が聞くと、徳森管理人は、気安く教えてくれた。米村家の部屋は、ち
ょうど、この旗竿の突き出ている真下だと言う。
米村一家の部屋を訪ねると、あいにく、主は不在であったが、妻の厚子や子
供はいた。
「なーに、探偵さん? 何だかうさんくさいわね。免許証か何か、持っている
の?」
不審な目で、我々を見る米村厚子。
「いえ、持ってません。日本では、探偵を開業するのに免許は必要とはされて
いませんからねえ。代わりに、名刺を」
地天馬は、幾分からかう口調で言った。
名刺を受け取った相手は、その上にある文字を読もうとしているらしかった
が、読めないようだ。ここでまた、(私にとって)面白いやり取りがあったの
だが、さっきの管理人のときと似たようなものなので、省くとしよう。
「さて、こちらの名前を知っていただいたところで、伺いたいんですが、山田
さんの……」
「またその話! もうたくさんよ」
口ではこう言った米村夫人だが、この後、かなりの間、死んでしまった山田
に対し、いろいろとまくしたてた。
「……ねえ、そうでしょう。だから、私達がいくらあの人を好ましく思ってい
なくても、殺したりしないわよ」
「そうですね」
長い話の後、同意を強要させられた地天馬は、気のない返事をした。
「どうも、貴重な話をありがとう。えっと、伸円君でしたっけ、お子さんの話
を聞きたいのですが」
「とんでもありませんわ! 今、伸君は怪我が治りかけている大事な時期です
のよ。そっとしといてください」
どうもうまく行かない。前の地天馬なら、怒り出してしまうところであろう
が、事件解決を優先するようになった彼は、ぐっと耐えたようだ。
「いいかげんにしてくれないかしら。私、そろそろ買物に行かなくてはいけま
せんので」
奥の時計をのぞき込むそぶりをしながら、相手は言った。仕方なく、こちら
は引き下がった。
徳森管理人の友人とかに会いに行こうと、私達がゆっくりと階段を降りてい
ると、凄い勢いでエレベーターが下がっていく。一階に着いたその電動の箱か
ら出てきたのは、米村夫人であった。
「嫌な感じの女だ」
自分のことは棚に上げて、地天馬はもらした。
と、そのとき、天から声が降ってきた。
「探偵さん達! 上がってきてよ!」
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