#2937/5495 長編
★タイトル (AZA ) 95/ 1/28 8:11 (181)
ヒーローピエロ(2) 永山
★内容
「え、出て行ってくれ?」
山田は、徳森からの突然の通告に、驚かざるを得なかった。
「そう。米村さんとこの奥さんをはじめとする、このマンションの子持ちの奥
さんが、子供に危ない遊びを教えるような人には出て行ってもらいたい、とい
う主旨をわしに伝えてきよった」
「そうか、それで、この頃」
山田は、一緒に遊んであげている子供の数が減っていくことや、奥さん連中
と廊下ですれ違っても、無視するような態度をとられることを思い出していた。
「屋上の出入りも禁止にした。わしの許可なしでは、出入りできないように、
鍵を付けたから、そのつもりで」
「じゃあ、子供達はどこで遊べばいいんです?」
「ちょっと遠くへ行けば、公園でも何でもある。山田さん、子供のことより、
我が身の心配をしなさい」
「失礼ですが、その出て行けってのは、ここの奥さん全員の意見じゃないでし
ょう? 元気に遊ぶ方がいいという奥さんもいたはずですが」
こう言われると、管理人の徳森は、ばつの悪そうな顔をした。
「そりゃそうだがね。こういう場合は、やっぱり、反対する側の言うことを聞
いとかないと、こちらとしてもまずいんだ。そういうことだから……」
「いやですよ。いくら何でも、そんなことに従う訳にはいきませんよ」
山田は、強い調子で言った。そんな山田に、徳森は何度か拝み倒すように言
ったが、若者は退かなかった。
「そうかい。これほど言ってもだめなのか」
「そうです」
「ふん、それなら構わないがね!」
徳森が怒鳴るように言ったので、山田はびくっとした。
「な、何ですか。こちらには居住権というものがあって……」
「何の話だね。そんなこと、誰も言ってないがね。じゃ、わしはこれで」
徳森は、すっと退いてみせ、さっさと歩いて行った。
「何だか、気味悪いな」
山田は感じた気持ちを、率直に口にした。
「一つ、宣戦布告と行くかな」
そのとき、榎木は軽い気持ちで、あらゆる意味でライバルとなった山田を訪
ねる気になった。思い立つと、彼はすぐに電話を入れた。
「俺達の新たなる勝負のスタートの開始を記念して、ちょっと飲まないか」
そんな意味のことを言った。彼は思い立ったことを、次々と実行に移すから、
余り記憶にとどめられないのだ。
それに対し、山田は、
「ああ、いいよ。今夜か? それなら、十時頃来てくれないか」
とか言った。
「何してるんだ、あいつ」
榎木は徳森マンションの前に車でやって来ていた。さっき、下から大声で山
田に呼びかけると、山田が顔を出し、「ちょっとだけ待っていてくれ」と言っ
たのだ。それから三十分以上経ったのに、彼は降りてこない。
「遅い。もう、我慢できるか」
榎木は車を降りると、マンションの階段をかけ上がった。先ほどの大声とい
い、今の階段をかけ上がる音といい、他の人にはいい迷惑だろう。
榎木は山田の部屋の前に来ると、乱れた息を整えるのももどかしく、室内に
向かって怒鳴りつけた。
「おい、何してんだ! いつまで待たせる?」
榎木は山田が出て来るのを待ち受けていた。
だが、期待に反して、山田は出て来なかった。
「おい、まさか寝ちまったんじゃないだろうな?」
榎木は呼びかけながら、ドアを押した。すると、簡単に開いたのだ。山田の
姿はない。
どこだ? 榎木は室内を注意深く見回したが、確かに、山田はいなかった。
「おかしいな」
榎木は不思議だった。このマンション内に、他に行くような所はない。生活
必需品は、室内に揃っている。また、外に出ようと思えば、ただ一つの階段を
使うしかない。その階段は、今、榎木が使って登って来た……。
「山田がいるとしたら、ここしか考えられないのにな」
榎木はますます不思議に思いながら、管理人室を訪ねるため、一階に降りた。
あと、山田が行くとしたら、ここぐらいだろう。
「すみません、山田っていうの、来てませんか」
榎木がそう言いながら管理人室の戸を開けると、管理人らしき人物ともう一
人の中年男が、びっくりした顔で出迎えてくれた。どうやら二人とも、酒が少
し入っているらしい。
「何だね、君は。見かけない顔だが」
「あ、俺、山田のトモダチの榎木と言います。あの、あんたが管理人さん?」
「管理人、そしてこのマンションのオーナーの徳森だ」
威厳を示すかのように、徳森は言った。
「それで来きたいんだけど、山田、どこに行ったか知りませんか? さっき訪
ねたんだけど……」
榎木は徳森に状況を説明した。
「そんなことを言われても、わしは知らないなあ。住人達のことを、そこまで
把握はしとらんから」
徳森はそっけなかった。中年の男の方は、事情がわからないといった様子だ。
「このマンションに、山田の友達というか、親しい人はいますか」
榎木が聞いた。その人の部屋に行っているかもしれない、と思ったからであ
る。徳森が、心当たりの人の名前と部屋番号をメモにしてくれたので、榎木は
それを受け取り、一部屋ずつあたってみた。
何をムキになっているんだ、俺は。榎木は、ライバルの行方を心配している
みたいな自分がおかしかった。約束をすっぽかされたようだが、だからといっ
て、ここまで必死に捜すことはないとも思う。それでも捜さずにはいられなか
った。くされ縁というやつか。
が、それも徒労に終わった。山田の姿は、徳森マンション内にはないようだ
った。
「そうして、その夜は帰ったのです。彼の死を知ったのは、二日後でしたか。
警察から連絡があったんです」
私と地天馬の目の前に座っている榎木という男が、興奮しながら言った。警
察から知らせを受け、友人の遺体と対面したときのことを思い出したのだろう
か。
「それから後は、こちらも知っています。新聞に出ていましたからね。何でも、
随分と離れた場所で、その山田さんは発見されたそうですが」
地天馬は、相手の話すペースを乱さぬようにとの気遣いからか、スムースに
話しかけた。
「はい、彼のマンションから二十キロも離れた所で見つかったんです」
そうなのである。今度の事件の被害者・山田恵五は、彼の住んでいるマンシ
ョンから二十キロも離れた鉄道高架下で、墜落死しているのが見つかった。被
害者自身はマンションから一歩も出ていないのに、である。鉄道というのは、
被害者の入居しているマンションの側を通るJRのことで、その沿線がちょう
どカーブになっている地点の真下に倒れていたのだが、高い高架を登るか、ま
たはどこかの駅から歩いてきて、わざわざ飛び降りたとは考えられないし、そ
んな目撃証言もない。それに再度言うが、被害者はマンションを出ていないの
だ。現場まで行ける訳がない。
死亡推定時刻は、依頼人の榎木が、被害者のマンションを訪れた頃と、ほぼ
重なっていた。つまり。
「それで、誰にも山田を殺せないという状況なので、警察の疑いが僕の方に向
いたみたいなんです。嘘をついてるんだろうって……」
「相変わらず、警察のやることといったら! あ、いや、こちらの話です。つ
まり、あなたの身にかけられた嫌疑を晴らして差し上げればいいのですね。つ
いでに真犯人も見つけると」
「そうです。ぜひ、お願いします。今は証拠不十分ということで、釈放ですか、
自由に歩き回っていますけど、このまま事件が進展しないようなら、きっとま
た、私の所にやって来ます」
「わかりました。数日中に解決できると思いますので、ご安心を」
聞きたいことを聞き終えた地天馬は、早く思索に移りたいのか、そっけなく
言った。依頼人には必要事項だけ記してもらって、とりあえず、帰ってもらっ
た。
「今度の事件のような状況で、依頼人が犯人だとしたら、僕は彼の勇気を誉め
称えずにはいられないね」
地天馬はどうしたのか、思索に入る気配もなく、別のことをしゃべり始めた。
「もし榎木が犯人なら、どうして、彼自身が、彼以外の人物は犯人になり得な
いような状況を作り出す必要があるんだ? それでも彼が犯人だとしたら、僕
は敬意を表さずにはいられない」
言葉とは裏腹に、敬意のかけらもない言い方の地天馬。
「で、君は誰か目星をつけたのかね」
推理の方向に行かせようと、私は地天馬を誘導した。このままでは、また警
察批判が始まってしまうだろうから。
「うん、まだだ。情報が少なすぎるな。では、いざ行かん、宝箱を開ける鍵を
見つける旅へ!」
要するに事件の関係者に会いに行くことを例えて言ったのだろうが、その言
葉が終わらぬ内に、ドアがノックされた。
「今、忙しいので、後にしてもらってくれ」
地天馬はこんな言葉を私に投げかけ、さっさと出ていこうとした。しかし、
私が依頼人に対し断わりの言葉を伝える前に、ノックの主は入ってきた。
「そんなこと、言わずにお願いしますよ。あなた好みの不可解な事件ですぜ」
と、慣れ慣れしく話しかけてきたのは、花畑刑事だった。
「これはまた、わざわざ何ごとですかね」
相変わらず芝居がかった調子の地天馬に対し、刑事はまじめに答えた。
「無論、事件解決の依頼ですよ。今度の事件は、今までにない不可解さを持っ
ていまして……。いや、犯人の目星は付けていたんですが、どうやらその人は
シロだったようでして。となると、一挙に不可解さが出てくるという……」
刑事は、こちらが引き受けるかどうかの答えを出さない内に、どんどんしゃ
べっていく。それが気に食わない地天馬は、遮るために大声で言った。
「うーん、名探偵にとって、実にいい世の中になったもんだなあ! こんなに
たくさん、不可解な事件が起こるなんて! して、花畑刑事。我々は今、一つ
の不可解な事件を抱えていて、忙しくなると思いますので、そちらのご希望に
は添えられないと思う」
「いったい、どんな事件だと言うのです? こちらは、マンションから一歩も
出ていない被害者が、二十キロも離れた地点で墜落死していたという、少し前
に新聞をにぎわせた事件ですが」
「へえ!」
私と地天馬は、思わず顔を見合わせた。そして、不意に笑い出してしまった。
「ど、どうしたんで?」
怪訝な表情をした刑事が、質問を向けてきた。
「いやあ、やっぱり、名探偵には住みにくい世の中だ。不可解な事件が、あっ
という間に、半分に減ってしまった」
「は?」
「実は、こちらの調査というのも、そのマンションの事件なんですよ。これは
いい。宝箱の鍵の一つが、あちらから歩いて来てくれた。さあ、事件の話をし
てください。できるだけ詳しく」
そうして我々は、被害者はスタントマン志望の青年で、依頼に来た榎木とは
親友でありライバルでもあったということ、その榎木と山田は共に、福坂なる
女性を好いていたこと、マンションでスタントの真似事をした子供が怪我をし、
マンションの主婦達や管理人と被害者はもめていたこと等を聞いた。
「……ということで、動機がありそうなのは、スタント仲間の榎木孝秀、福坂
英子、マンションのオーナー兼管理人の徳森強蔵、怪我をした子供の両親の米
村満宏・厚子といったところでしょうか。この内、福坂は、ただ被害者と関係
があるだけで、さほど強い動機はないようです。山田と榎木の二人から迫られ
ていたのは確かですが、まだどちらにも傾いていなかったようですから。また、
米村夫妻ですが、夫の方は、子供の件に関して、余り腹を立てていなくて、動
機は希薄です。どちらかというと、妻の厚子ですね、被害者にうるさく言って
いたのは」
花畑刑事が喋り終わると、地天馬はさっそく、質問し始めた。
−−以下(3)