AWC 海の泡と消ゆ 8      武雷暗緑


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#2920/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/12/29   9:31  (200)
海の泡と消ゆ 8      武雷暗緑
★内容
「ユニコーンが殺人犯だとは考えていないだろう?」
「そりゃそうさ。言うまでもない」
 金沢は箸を置くと、水を飲んだ。
「食べながらじゃだめだね。意見としては特別ないが、心配なことはある。さ
っきもちらりと言ったが、ユニコーンがこのハプニングをどう捉えるか、だ」
「要するに、ユニコーンが殺人事件による混乱に乗じて、『生命の環』を持ち
去るんじゃないかと心配している……」
「ちょっと違うな。混乱に乗じると言うより、殺人犯の行動を見越し、それを
利してお宝をうまく奪取するつもりじゃないかとね」
「ふむ」
 分からないなりに、私はうなずいた。
「まあ、ユニコーンには当初からの計画というのもあるはずだ。殺人事件に関
係なく、その計画通りに行動するかもしれないがね」
「そんな考え方もあるんだね。おや」
 私達のテーブルに近付いてくる者に気付いた。旅行家のブレアだ。
「うまいですかな」
「ええ。割にいけます。ブレアさんも今から食事で?」
「いやいや、とっくに済ませました。私はあなた方を見つけて、入ってきたん
です。ふふっ」
 奇妙な笑い方をするブレア。何故だか知らないが、警戒してしまう。
「私達を見てとは、何かご用でしょうか」
 金沢も言葉を選ぶように、ゆっくりと言った。
「ご用とは挨拶ですな、探偵殿。あんな思わせぶりな手紙をよこして置いて、
それはないでしょう」
 含み笑いの止まらないブレア。それにしても手紙とは、一体何のことだ?
「僕もロックも、手紙を出した覚えはないのですが……」
「それはおかしい」
 金沢の隣の椅子に掛けると、ブレアは内ポケットの辺りを探り始める。その
内、数枚の便箋らしき物が出てきた。
「ほれ、ここに。ちゃんとあんたの名前もサインしてある」
「これは……よくできていますが、これは僕のサインではありません」
 驚きの色を見せながらも、金沢は冷静に否定した。
「そんなはずは。てっきり、私はあなた方からの手紙だと信じておったのだが。
と言うのも、その内容が、いかにもそれらしいのだよ」
「読んでもよろしいですか」
 金沢の言葉に、ブレアは「いいとも」とうなずいた。そして旅行家は、呑気
に飲茶を注文している。
「……こいつは……やられたかもしれないな」
 読み通した金沢は、天を仰ぐような格好になった。ついで、私にその手紙を
手渡してくれた。読んでみて、私は声を上げそうになった。
 そこには、ユニコーンの予告があったこと、我々が「生命の環」を守るため
にこの船に乗り込んだこと、殺人事件が発生したことまで記されていたのであ
る。これが驚かずにおられようか。
「どう考えても、あなたの書いた文章としか思えん」
「確かに、そう思われても無理ありません。でも、僕もロックもこの手紙は出
していません。考えられるのは」
 続けようとする金沢を、ブレアが遮った。
「待った。ここにあることは、全て事実なのかな?」
 どう答えようか迷った表情の金沢。普通は隠し通すべきかもしれない。しか
し、すでにばれているのも同然なのも事実だ。
「仕方ありませんね。本当なら他の者に了承を得るべきなんですが……ブレア
さんの言われる通りです」
「そうだったか……。うむ、実に興味深い。長く旅をしている私だが、今度の
ようなスリルに満ちた旅はなかった」
 興奮しているためか、ブレアは、届いた飲茶に手を着けようともしない。
「さあ、事件のことを教えてもらえんかな」
「残念ながら、無理です。少なくとも、こんな場所ではね」
 両腕を大きく開き、お手上げのポーズをする金沢だった。
「一理あるな。でも、少しだけ。アンドレ・レオドが死んだとあるが、かの富
豪レオド氏のことなのかね」
「もちろんです」
「ははん。彼が死んだとなると、ちょっとしたニュースだ。少なからず、影響
を受ける業界もあるかもしれませんぞ。死んだ場所は客室かね」
「そうです。さあ、このぐらいにして」
「分かった、分かった。では、後ほど私の部屋に来てくれ。約束だ」
 ブレアはまたも含み笑いをしながら、立ち上がった。最後まで、注文には箸
を着けなかった。

「おおよその事情はつかめた」
 ブレアは満足そうにうなずいた。
「して、今の警備はどうなっておる? ユニコーンが現れたらどうするんだね」
「警備員が張り付いてますよ。展示が終わる六時からは、展示室そのものが巨
大金庫と化しますから、これで充分でしょう。もちろん、ユニコーンが行動に
打って出てきたら、僕も動くつもりでいますが、所詮、探偵は後手に回らざる
を得ないんで」
 自嘲する金沢。
「勝手なことをしてくれて」
 不機嫌なのはカーター刑事だ。金沢がブレアにも秘密を明かしてしまったと
聞いて、ずっとこの調子だ。
「もう何度も謝る気はないからな、カーター」
 意外と真剣に、金沢は言い切った。
「気にしている間はない。これからどうするか、だ。そのためにまず、誰がブ
レアさんに手紙を出したのかを突き止めたい」
「分かってるさ」
 刑事はブレアの方を向いた。
「この手紙、どういういきさつで受け取ったんですか?」
「いきさつと言われてもね。いつの間にか放り込まれていのだ、私の部屋に」
「いつです。手紙を見つけたのは?」
「夕食を終えてからだったから、八時前じゃなかったかな」
「食事前にはなかったんですね?」
「ああ。食事に出かけたのは、七時過ぎだ」
 カーター刑事は考える格好になる。一時間足らずの間に、何者かが手紙を置
いて行った。そう考えていた。
「いつ置かれたかは、さしたる問題じゃないよ、カーター」
 金沢が言った。
「肝心なのは、誰が置いたかじゃないか」
「特定できるかね?」
 カーター刑事は疑わしそうな口ぶりだ。
「そうだな、難しいね。論理的に詰めると、事情を知る者に限られるが……」
「そんな風にせずとも、ユニコーンが最有力だろ」
「それは認める。だが、殺人が起きている。その関係で殺人犯が混乱を狙って、
ブレア氏に事情を明かしたという考えも捨てがたい」
「それなんだが、何故、手紙を出す先として、私を選んだんだろう?」
 ブレアは不可解げな表情を浮かべた。
「色々あると思います。まず、ブレアさんは有名な方で、多くの人が知ってい
る。それだけ発言に信用があると言える」
「私にそんなつもりはないが」
「そうでなくても周囲が許さない。あなたの言葉は誰もが素直に受け止める。
突飛なことを言っても、たいていの者は信じるでしょう。混乱を狙う者にとっ
て、あなたほど的確な『報道官』はいません」
「なるほど、ね」
 気に入らないながらも納得した様子のブレア。
 金沢は続けた。
「次に、ブレアさんが僕やロックと知り合ったことを、知っていたのかもしれ
ない。すぐに効果が出る」
「そうだとしたら、知っているのは誰だ?」
 刑事は食いつくように言った。
「僕が知っている範囲では、誰もいない。が、ロックがブレアさんに話しかけ
たとき、近くで見ていたのかもしれない」
「絞り込みの条件にならないってことか」
 残念がる刑事。今の彼は、捜査が混線しているためか、種々の情報に安易に
飛びつこうとする気味がある。
「あーあ。どちらか一つでも片付いてくれんかな。最後まで今の状態が続いち
ゃあ、精神的に悪いぜ」
「ユニコーンも同じだろう。いくら多くの局面を想定していたとしても、殺人
事件までは及ぶまい」
 金沢は刑事を慰めるようなことを言う。
「ユニコーンの方は相手の出方待ちなんだから、殺人事件を検討するのがいい」
「正直なところ、誰を怪しいと思っているね?」
 ブレアは興味を隠そうとしない。これぐらいでなければ、各国を渡り歩いて
おれんのかもしれない。
「関係しているのは、マリー・レオド、ジル・レオド、アントニー・マルシャ
ン、フィリップ・プーパルダン、チモテー・オルレアン。マルシャンのつなが
りを見れば、モデルのクレイル・ブローニュも含まれますね」
「刑事さんは誰を怪しんで?」
「あのね、ブレアさん……」
 さすがに言い淀むカーター刑事。
「そこまでは申せません。部外者、特にあなたのような発現の場をお持ちの方
には、本当はいかなる情報をも漏らしてはいかんのです」
「そりゃあそうだろうがね……絶対に書かんと約束するから、最有力なのは誰
かね? それさえ聞けば退散しよう」
 拝み倒すブレアに、刑事も根負けしてしまった。
「金沢も同意見だと思うが……」
 と、ちらりと金沢を見やって、
「マリー・レオドに会わせたがらない、マルシャンらの態度は怪しむに足ると
思っていますよ」
 と言い切った。見れば、金沢もうなずいている。
 旅行家のブレアは、聞き終わると一つ二つうなずいて、何やらつぶやきなが
ら退散した。

 翌日は、朝の十時から展示が始まった。
 傍観を続けることに気が引けたのかどうか、金沢も展示室に入り、警備の真
似事をやっている。ただ、それはカーター刑事と殺人事件について話し合うた
めという節もある。
「鑑識がいないと事情聴取もしまりがなくなってしまう」
 ぼやくカーター刑事。
「その事情聴取は進んでいるのかい?」
「あまり進展はないな。マルシャンら三人は相変わらずのらりくらり、ジルは
ヒステリックに叫ぶばかり。マリー夫人……婦人と呼ぶべきか。彼女にはまだ
会えないし」
「動機の面は?」
「関係者の詳しい資料をと、陸へ無線で応援を頼んでいるんだが、当てになら
ない。考えられるのは……」
 顎に手をやる刑事。
「遺産目当てとしては、マリーとジルが該当する。下手をすれば家族の絆なん
て吹き飛ぶほどの財産が、被害者にはあるんだからな」
「アンドレ氏は、遺書をしたためてはなかった?」
「そのようだ」
「マリー婦人に入る遺産の管理は、誰がするのだろう? まさか彼女本人では
ないと思うのだが」
「さて、容態が目に見えないからな。本人でないとすれば、ジル……いや、兄
のマルシャンじゃないのか」
「動機になるか……しかし、確か、マルシャンは化粧品会社の偉いさんだろう。
充分に財産を持っているはず」
「微妙だな。そこらの桁になると、庶民には想像もできん」
 刑事は投げ出すような口調だ。それでも、目は警備を忘れていない。
 そのとき! 大きな衝撃が床を揺すぶった。いや、船全体が揺れた。
「うわ!」
 思わず、よろめいてしまう。周りでも歩いていた人は一様に声を上げ、よろ
めき、あるいは腰を落としている。
 人々がざわついているところ、船内放送がかかった。
『海面に転落した者が出ましたため、本船は緊急停止いたしました。ご迷惑を
おかけしましたことをお詫びすると共に、ご協力をお願いします。繰り返しま
す……』
 転落?
「何だ、全く人騒がせな」
 刑事は腹立たしげである。が、金沢は違った。顔色が変わっている。
 私は聞いてみた。
「どうしたんだ、金沢?」
「分からないが……まさか、ユニコーンの……」
「え? どういうことだ?」
 刑事の問いかけには答えず、金沢は『生命の環』のケースへ駆け寄った。
「無事だ」
 その言葉通り、宝石はそこにあった。若干、所定の位置からずれてはいたが。
「脅かすなよ、金沢。今のは事故だ。偶然の事故だよ」
「それならいいんだが」
 懸念の表情を見せる金沢。そして彼の懸念は数十分後、別の形で現実となる。


−−続く




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