AWC 海の泡と消ゆ 5      武雷暗緑


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#2917/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/12/29   9:17  (196)
海の泡と消ゆ 5      武雷暗緑
★内容
 挨拶を交わしてから、相手方は同席を申し出てきた。断る理由もない。
「朝食、まだでしたか」
 私は、自分のことは棚に上げ、二人に聞いた。
「ええ」
 答えるのはトレサック。
「実は、僕は早くありつきたかったのですが、アンヌが」
 彼はちらりと妹の方を見やり、続ける。
「少し、船酔いしたらしくて、気分が元に戻るのを待っていたんです」
「ほう、それは大変でしたね。今は大丈夫ですか?」
 勝手に金沢が話を継いだ。
「はい、もう大丈夫です」
 と答えつつも、どこかしら元気のない声のアンヌ。
「何よりです。それに比べて彼は朝寝坊をしたため、こんな時間に朝食なんで
す」
 そう来たか。私は喉にパンを詰まらせそうになった。急いでそれを飲み込み、
言い訳しておく。
「船酔いみたいなものです。船のエンジン音と揺れが気になって、眠れなかっ
たんですから」
「この豪華客船にエンジン音も揺れもほとんどないぜ」
 にやにや笑いながら、金沢は追い打ちをかけてくる。
「いや、それはしょうがないですよ」
 意外にも、トレサックが助け船を出してくれた。
「それよりも、ブライアン・ロックさん。お話を聞かせていただけませんか?」
「は? 何でしょう?」
「実は僕、作家の卵なんです。昨日、ユニコーンの話を伺った時点で思い出す
べきでした。あなたが作家のブライアン・ロックさんだと」
 この青年、そんな理由があって、私のフォローをしてくれたのか。何とも言
えぬ複雑な心境である。
「こちら、アルセーヌ金沢剛さんでしょう?」
「そうですよ。ですが、くれぐれも内密に」
 唇に人差し指をあてる金沢。ブランヴィリエ兄妹は、黙って二度、うなずい
た。
「お話もいいですが、今は今の事件を追うのがいいでしょう」
 金沢はコーヒーを一口飲んでから、そう始めた。
「と言いますと?」
「我々は、なるべく情報を欲しています。ユニコーンに関する正確な情報をね。
アンヌさん」
「何か?」
 口元を手で覆い、びっくりしたような瞳を向けるアンヌ。
「この船の乗客の内、あなただけがユニコーンと接触しています。つまり、事
後であれ、あるとき接触してきた女性がユニコーンだったと知った」
「ええ」
「もし、乗客一人一人を見ていけば、そのときの女性を指摘する自信はおあり
ですか、アンヌさん?」
「それは……昨日、もう一人の方にも言われたんですが」
 アンヌは難しそうな顔になった。もう一人の方とは、カーター刑事を言って
るのだろう。
「私、記憶力に自信はあります」
「それなら」
「でも……こんなこと、ユニコーンにお詳しい金沢さんに言うと、怒られるか
もしれませんが……」
「何も気にしませんよ」
「……新しく変装をしているんじゃないでしょうか?」
「ああ、ユニコーンはあなたの前に現れたときとは別の姿形になっているんじ
ゃないかと、そういう意味ですね」
「はい。そうでしたら、とても指摘なんてできません」
「それは僕も考えていましたよ。僕が先ほど言ったのは、例えば香り−−その
女性が着けていた香水か何かの香りで、人物を特定できないかなという意味を
含んでいるのです」
「香水、ですか」
 思い起こす風のアンヌ。トレサックは心配げだ。やがてアンヌが口を開いた。
「曖昧で申し訳ないんですけど、できるかもしれませんけど、できないかもし
れません。私の印象なんですが、あのときの女性、わざと特徴的な香水をして
いたみたいな気もしますし」
「ははあ。それは貴重なご意見だ」
 興味深そうにうなずき、金沢は両肘をテーブルについた。
「そうだ、トレサックさんにも念のために聞いておきます。あなたは問題の女
性とは会っていないんですか」
「はあ、ちょうど、僕がアンヌの側を離れたときでしたから」
 すまなさそうに、頭に手をやるトレサック。
 すぐに、慌てた態度で金沢。
「いやいや、そんな恐縮しなくてもいいんだ。イヤリングをかすめ取った手口
から言って、ユニコーンは妹さんが一人になるのを待っていたはずだからね。
君には何の落ち度もない」
 ようやく、トレサックは安心できた表情に戻った。
 それからしばらく、これまでの事件のことを語ったり、トレサックの文学観
・エンターテイメント観を聞いたり、あるいは彼ら兄妹の旅行のいきさつを聞
いてみたりと、とりとめのない話をした後、我々は別れた。

 船内を散策している途中、とある人物に出会った。
 気難しげな顔立ちで、両腕を手すりに預け、海を眺めている。その両目辺り
のしわが、年齢と威厳を感じさせる。
「失礼ですが、トミー・ブレアさんではないですか?」
 私はつい、声をかけた。金沢は呆れたようにしながらも、立ち止まってくれ
た。
 相手はくるりとこちら側に向き直ると、鼻髭を右手でひとなでした。
「いかにも、ブレアだが」
「私は作家のブライアン・ロックと申します。彼はアルセーヌ金沢剛」
「カナザワ・タケシ?」
 不思議そうな顔で、奇妙な発音をしてみせたブレア。
「こちら、西洋と東洋の……」
「その通りです。フランスと日本との」
 金沢は笑みを浮かべて答えた。
 対してブレアは、にやりとしてから、
「ふむ、どちらも大英帝国とはライバルみたいなもんだ」
 と言った。無論、冗談なのだろう。
「君はイギリスだね?」
 親しげな表情を作ってから、ブレアは私の方を見た。
「そうですが、今はフランスで暮らしています」
「そうか、嘆かわしいねえ。私は世界中を旅しておるが、イギリスほど素晴ら
しいところはないと感じておる」
「今回も、取材の一環ですか?」
「その通り。と言っても、自分から希望してこの船に乗ったんじゃあないよ。
今度のイベントを仕掛けた何とかいう会社から、招待されたんだ。人から押し
つけの旅なぞ面白くない場合がほとんどだからな、たいていは断っておるのだ
が、たまにはよいかと思ってね。一週間も宝石だけで客の興味がつなぎ止めら
れるのか、見物だという野次馬根性もあるがな。ま、今日昼からの展示開始を、
まずはお手並み拝見だな」
「手厳しいですね。主催社側は色々とイベントも用意しているようですよ」
「そんなことより」
 また髭をなで、ブレアは話題を転じた。
「不勉強で、そなたの作品を知らん。どんな物を書いておられるのかな?」
「ミステリーを中心に。知らなくてお気になさる必要はありません。先ほども
言いましたように、フランスの方でちょこちょこと出してもらっているだけで
すから」
「ふむ、ミステリー。と言うと、無差別殺人をする犯罪者が出てきて、警察が
それを追っかける……」
 意外とブレアは今風のミステリーを読んでいるようだ。
「私のは、そのようなタイプではありません。古めかしいとお感じかもしれま
せんが、怪盗と名探偵が出てくる物語です」
「名探偵! そりゃあいい。我らがシャーロック・ホームズと、フランスのア
ルセーヌ・ルパンの対決をほうふつさせる」
 楽しそうに声を立てて笑うブレア。
「ん、楽しい旅になりそうだ。道中、何か洒落たこぼれ話でもありましたら、
お願いしますかな」
「こちらこそ」
 私は差し出された手を握り返した。
 ブレアと別れてから、不意に金沢が言った。
「ちょっと気になることがある」
「何だい?」
「さっき、ブレア氏は『主催社に招待された』と言ったね」
「ああ」
「昨日のことを思い出してほしい。アーキンスはそんなこと、一言も言ってい
なかった。『この船旅が手記となり、雑誌に載るかもしれない』という意味の
ことは言っていたがね」
「それがどうしたのだ?」
「僕が心配性なだけかもしれないが、ブレア氏は主催社に招待されたのではな
く、何者か−−ひょっとしたらユニコーン−−に招かれたんじゃないのかなっ
てね。無論、ブレア氏自身は主催者に招かれたものだと信じ込んでいるだろう
が」
「そんな……。もし仮にそうだとしても、ユニコーンは何をしようとしている
んだ?」
 思わず、声が大きくなる。金沢はわずかに顔をしかめ、答える。
「分からない。とにかく、今は確認が先決だ」
 すぐさま、アーキンスの部屋に向かう。が、彼はそこにはいなかった。午後
からの展示開始の準備で忙しいのだろう。私と金沢は展示の会場へとって返す。
 その部屋に入るなり、カーター刑事が近付いてきて、何事かと目で尋ねてく
る。彼には後でと答えておいて、アーキンスの姿を求める。−−見つけた。
「何ですか。ご覧の通り、忙しいんですよ、今」
 口ではそう言ったアーキンスだが、彼自身はさほど忙しいようには見受けら
れなかった。目まぐるしく動き回っているのは宝石店の従業員らしき男達数人。
それに鑑定士のゲルシイ・ポンパドゥールが、展示物の確認をするためらしく、
各展示ケースの前に立ち止まってはじっくりと中を覗いている。
「ちょっと、確かめておきたいことができましてね」
 早口の金沢。
「しょうがないな。何です?」
 腰の脇に両手をやったアーキンスに、金沢は手早く質問事項とその意図を説
明した。
 話が終わったとき、アーキンスは妙な顔つきになっていた。
「そ、そのような手続き、当方、しておりませんよ! どうなってるんです!」
「その前に、ブレア氏が乗船することを知った時点で、どう感じましたか」
「それは……とにかく名誉なことだなと」
 己の置かれている立場を先回りして察知したか、アーキンスの顔はやや赤い。
「あなたの会社とブレア氏との間で、何の意志確認もされていないんですね」
「はあ」
「今、この船にいるブレア氏が本当にブレア氏かどうか、分かっているので?」
 金沢の矢継ぎ早の質問に、アーキンスはしばし言葉を詰まらせた。
「確か本人だと……ええ、確かです」
 急に自信を取り戻したらしいアーキンスは、パスポートだのサインだのと、
その傍証を列挙してみせた。
「精巧な偽造パスポートってのを見たことがありますからねえ。まあ、いいで
しょう。いざとなればいつでも問い合わせができるのだから」
 口をつぐむと、金沢はいくらか間を取った。何やら思考している。
 カーター刑事がたまらなくなったように口を挟んできた。
「ブレア氏が偽だったら、どうなるんだ?」
「本人かどうかは問題にしていないさ、カーター」
 微笑して続ける金沢。
「ブレア氏がユニコーンの変装だとしたら、と考えているんだろ?」
「そうだ」
「ちょっと考えてみれば、分かるはずだ。ユニコーンが旅行家のブレア氏に変
装しても、メリットが見当たらない。我々の側の情報が得やすくなるか−−ノ
ン。宝石に接近しやすくなるか−−ノン。人知れず行動しやすいか−−ノン、
ブレア氏は著名人だ。強いて利点を探せば、出会う人が皆、簡単に信用してく
れるということぐらいだ」
 金沢の最後の言葉には、暗にアーキンスを非難する響きが感じられた。もし
かしたら、私への非難かもしれないが……。
「では、ブレア氏は」
「主催社に取って替わり、ユニコーンが招いた可能性はある」
「目的は何なんだ?」
 カーター刑事は口調を荒げる。何ごとかと、展示場の設定の詰めを行う者達
がこちらを振り返ったほどだ。
「それは分からない。単に、ユニコーンは、僕や警察に勝利するところを著名
な旅行家に見せ、宣伝してもらいたいだけかもしれない。それとも宝石奪取に
深い関わりがあるのかもしれない……」

−−続く




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