AWC 海の泡と消ゆ 4      武雷暗緑


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#2916/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/12/29   9:14  (200)
海の泡と消ゆ 4      武雷暗緑
★内容
「マルシャンさんとは、企業スパイ事件の解決を依頼されましてね」
 金沢はマルシャンに目配せした。心得たもので、マルシャンもすぐに乗って
きた。
「そうなんだ、クレイル。彼と会ったのは四年、いや五年前だったかな。我が
社の新製品開発に関して、その情報が漏れ出ている容疑が高まった。その調査
を彼に依頼したんだ。見事、期待に応えて、金沢は真相を明らかにしてくれた
よ。それ以来、つき合いが続いている」
「そうでしたの。あなたのその素晴らしい色の瞳なら、何でも見通せるんでし
ょう」
 うっとりするような視線のクレイル。
 金沢は冗談めかして、肩を落とした。
「残念ながら、そこまでは……。何でも見通せるのでしたら、私は世界中を飛
び回らなくてはなりません。あらゆる事件を未然に防ぐためにね」
「まぁ」
 口に手をやるクレイル。
 と、同時にマルシャンが咳払い。さすがに、クレイルが金沢へと移り気する
のではないかと心配になったのだろう。
 金沢は苦笑をかみ殺し、驚きの表情で、
「おや、クレイルさん。あちらの港に彼氏が待っていますよ」
 と、マルシャンへと会話の権利を投げ渡した。
「三人目はお役御免か」
 カーター刑事がぼやいた。忘れていたが、彼は結局、クレイルとほとんど話
していない。
「いや、すまなかった。きっかけ、作ろうか?」
 金沢は今度こそ苦笑しながら、刑事に詫びた。
 が、刑事は決然と断った。
「いらんよ。職業を何にするか、考える手間も省けるしな」
 食事もあらかた済み、デザートが出る頃に、ようやく話がマリー・レオドの
ことになった。と言うよりも、金沢が無理にそう持っていったのだが。
「マリーさんの様子はどうなんですか?」
 一瞬、沈黙。そして夫のアンドレが口を開いた。
「……現在は安定しておるよ。オルレアン先生も付いているから心配なかろう」
「一度、ご挨拶せねばと考えていたんですが……」
「そりゃあ、よした方がいいな」
 今度はマルシャンだ。
「何故です?」
「はっきり言うと、マリーはまだ他人と会話できる状態ではない」
 声を落としてマルシャンは続ける。
「正常になるのは、一日の内、ほんのわずかな間なんだ。それもたいていは、
宝石のデザインをしている」
 マリー・レオドは元々、宝石のデザイナーである。
「お目にかかるだけでも、だめですか」
「だめと言うより、意味がない。兄としても、マリーのあんな姿、人目にさら
したくないのが正直な気持ちでね。アンドレさんも同じでしょう?」
「ああ。オルレアン先生の進言がなければ、今度の旅にも出なかった」
 難しい顔のアンドレ。それまで豪胆な話ぶりだった彼とは、全く違う。
 その場の雰囲気が重たくなりかけたところで、ジルが陽気に言った。
「もう、探偵さん、困るなあ。今夜ばかりは母さんのことをちょっとだけ忘れ
させてもらって、楽しもうと思って臨んだんだから。最後まで、ぱあっとやら
なくちゃ」
「それは悪いことをした。じゃあ、違う話に」
 さすがに戸惑ったような形で言葉を引っ込めた金沢。
「『生命の環』のことをお聞きしたいわ」
 ふっと、クレイルがつぶやいた。
 彼女以外の全員が、ユニコーンの予告があったことを知っているため、ター
ゲットである「生命の環」についての会話も避けていたのだ。それが不自然だ
ったらしく、最後になって、クレイルがその話題を持ち出したのも当然だ。
 そのとき、うまいタイミングでアーキンスがやって来た。
「ご満足いただけているでしょうか?」
 接客用スマイルを浮かべた彼は、テーブルの全員に視線を合わせてきた。
「とても素晴らしい」
 お茶を濁すような回答をよこしてから、アントニー・マルシャンが続けた。
「クレイルが、『生命の環』について聞きたがっているんだ。僕やアンドレさ
んが話しても手前味噌みたいなものだからね。アーキンスさん、あなたから彼
女に話してくれないかな」
「さようですか」
 ある程度、事態を察したか、アーキンスはこほんと咳をしてから、ゆっくり
始めた。
「アンドレ・レオド様からご提供いただいた『生命の環』は……」

 ディナーの席では、あまり有益な話は聞けなかった。と、私は思う。
「ある程度、予想はできたがね。ユニコーンの話が、周囲のテーブルはもちろ
ん、クレイル嬢にも聞こえてはならない状況だったのだから」
 金沢は別に落胆した様子もなく、さらりと言ってのけた。
「しかし、あんなのんびりしていてよかったのかなあ。もしもユニコーンがあ
の様子を観察していたとしたら、さぞかし、ほくそ笑んでいるんじゃないかな」
「君は余計なことに気を回しすぎだよ。こうは考えられないか? 歓談してい
る我々を見て、ユニコーンは『金沢は油断していると見せかけて、私が動くの
をてぐすねひいて待っているんだ』と深読みした、とね」
「相手がどう思おうが、関係ないだろ。我々が実際に掴んでいることが問題だ」
「なるほどね。でも、収穫はあったつもりだ」
 自信満々の金沢。
「これまでのユニコーンのやり方を考えてみよう。最もポピュラーなのが、お
宝に関わる者の中で、なるべく目立たない人物に変装、警備陣の隙をついてま
んまとお宝を手に入れるパターンだ。さて、今回、ユニコーンがこの手を使っ
てくるとしたら、誰に変装するだろう?」
「そうか、そんな見方もあったんだな。……マルシャンは、まず無理だね。腹
心のフィリップがいるし、マリーのこともある。会社の方でのつき合いがある
人物もこの船に乗っているようだ。それだけ知り合いのいる人物に化けるのは
得策じゃない」
「ご名答だ」
「逆にフィリップに変装するのは、ありそうだ。彼は食事のときもほとんど喋
らなかった、没個性的な存在だ。彼に化けるのはたやすい。ただ、フィリップ
についてもどれだけ会社関係の人間が乗船しているのか不明だから、その意味
では避けた方がいいかもしれない。
 アンドレ・レオド氏も難しいだろうね。マリーのことを心配している彼にな
りすまし、盗みを働くってのは、いくらなんでも行動に不自然さがでるっても
のだよ」
「息子のジルはどうかな?」
「あの学生か……。どうも女に手が早そうだからな、彼は。乗客の女性にも何
人か声を掛けているかもしれない。そんな女性につかまって、計画がぶち壊し
になるような愚を、ユニコーンは犯さないだろう」
「いい考え方だ」
 うなずく金沢。私は意を強くした。
「クレイルになりすますのは、意外といいかもしれないな。予告のことを知ら
ない彼女に変装すれば、何も知らないふりをして警備状況を聞き出せるかも…
…。それに、容易にマルシャンをたぶらかせる」
「マルシャンをたぶらかしても、さほどメリットはないぜ。最終的にカーター
刑事あるいはこの僕という壁を突破しなければならないんだ、ユニコーンは」
 金沢は笑いながら言った。
「すると、もう候補がなくなる……」
 私が困惑していると、金沢が言い添えた。
「何も食事に同席していた人物に限る必要はない」
「そうか。しかし、残る関係者となると……医師のチモテー・オルレアンか。
マリー夫人の付き添いという仕事があるからなあ。やっぱり難しい。
 そうだ……まさか、アーキンス?」
「なかなか、いい線だと思っているよ。アーキンスに変装できれば、警備の様
子は全て把握できるし、展示の変更も思いのままだ。ただ、アーキンスも主催
責任者としての雑務が山ほどあるはずだよ。それをクリアーできれば、彼ほど
変装してメリットのある人間はいないね」
「一応、あり得ると?」
「そういうことにしておこう。ただし、現時点でのアーキンスは本物だよ」
 口元に笑みを浮かべた金沢。
「他に誰か考えられるかい?」
「他? 誰がいるんだい? ひょっとして、この僕やカーター刑事のことを言
っているのか? 冗談じゃない。僕は正真正銘、ブライアン・ロックだ。刑事
もそうやすやすとユニコーンに入れ替わりを許さないだろう」
「違うよ。僕が言っているのは、マリー・レオドだ」
 何っ? その言葉が声にならなかった。完全に意表を突かれた思いだ。私は
ようやく、声を振り絞った。
「……マリー夫人、だって? 彼女は病人なんだろう?」
「それがどうした? 好都合じゃないか」
「オルレアン医師、アンドレ・レオド、マルシャンらが付き添っていることが
多いんじゃないのか?」
 私は疑問を呈した。
「追い払えばいい。簡単だよ、正気に戻ったふりをし、『今は一人になりたい』
とでも言えばいい。妻あるいは妹を思う気持ちが強いほど、彼女の言うことを
聞くだろうさ。考えてもみたまえ、それどころか、言葉一つで『生命の環』奪
取も可能かもね」
 指摘されてみれば、もっともであった。が、感心していた私に対して、金沢
はさらに発想をひっくり返してみせた。
「ただし、これにも大きな問題がある。マリー夫人と入れ替わるのはできるだ
ろうが、夫人自身をどこに監禁しておくかという難問がね。マリー夫人のいる
部屋から連れ出すのは難しいだろうから、室内のどこかに押し込めるという乱
暴な手段ぐらいしかないんじゃないか。それに、計画終了までマリー夫人を静
かにさせておく方法が見当たらないんだよ」
「なるほど」
 金沢が自説を否定してみせたにも関わらず、まだ私は感心しきりであった。
「いずれにしても分からないのは、ユニコーンが身代わりの人間をどう監禁し
ておくか、だよ。もちろん、ユニコーンが他の方法を使ってくる場合もあるが、
それにしたって、もう一つ問題がある。舞台は船の上、逃げ場所がない。ユニ
コーンが例え首尾よく盗めたとしても、どこに身を隠すのかが問題だよ。
 どうあがいても、こちらは受け身。相手の出方を色々と想定して、最善を尽
くすしかない」
 金沢は、昼間と同じようなことを言って、締めくくった。

 目覚めたのは九時近かった。いくら設備の整った客船と言えども、やはり環
境が変わると眠れぬものだ。
 のろのろと起き出して、身仕度し終わったところに、金沢が入ってきた。
「やっとお目覚めかい。まさか、見張りのために夜中、起きていたんじゃない
だろうね?」
 皮肉っぽい調子の金沢。
「冗談。まあ、眠れなかったのは事実だが」
「君が心配しているようなことは起きていない。ユニコーンはやはり、展示後
から狙うつもりだろう」
「『生命の環』は、無事なんだね?」
「もちろんだ。さっき、僕は宝石を保管室から展示場へと移す作業に立ち会っ
ていたのだがね。全くもって、平穏無事に終わったよ。ユニコーンの急襲なん
てなかった。今朝はそれよりも、マリー夫人の容態がよくないらしいんだ」
「と言うと?」
 私は上着に腕を通しながら尋ねた。
「全くの想像なんだが、今朝からアンドレ氏ともマルシャンとも、顔を合わせ
ていないんだ。オルレアン医師はもちろん、あの生真面目そうなフィリップも
見ていない」
「部屋に行ってみたのかね?」
「いや、そこまではしていないさ。だいたい、マリー夫人の部屋は教えられて
いないし、プライバシーに干渉するのは好きじゃないからね。ただ、僕が気に
しているのは、ユニコーンの誘導でこういう事態になっているのではってこと
だよ」
「そんなことがあり得るのかい?」
「絶対にないとは言い切れない。が、そんなことをしてどうなるのかっていう
のも疑問だね。昨夜、僕が言ったように、ユニコーンがマリー夫人に変装した
としたら、周囲からマルシャンらを追い払わねばならない。それなのに、現実
は逆だ。そんな訳で、ユニコーンとは無関係という見方を取りたいね」
 金沢はいくらか楽観的に、それでもどこか吹っ切るように言った。そして、
「朝飯を食べに行くだろう? 付き合うよ」
 と誘ってきた。
 朝食もレストランで、というのはどうも肌に合わない。確かに、出てくる物
は朝食向きなのだが、周りの雰囲気が朝食に似つかわしくないのが気に入らな
い。
「あら、探偵さん」
 背中から、不意に声をかけられた。幸い、その女性の声は小さく、他に客が
少なかったこともあって、誰にも聞きとがめられなかったようだ。
「やあ、昨日は」
 金沢が笑っていた。
 振り向くと、昨日、ユニコーンらしき女にイヤリングを盗まれた女性−−ア
ンヌ・ブランヴィリエ嬢がいた。横にはまるで恋人のように、兄のトレサック
が寄り添っている。

−−続く




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