AWC 海の泡と消ゆ 3      武雷暗緑


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#2915/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/12/29   9:11  (200)
海の泡と消ゆ 3      武雷暗緑
★内容
「ですが、ユニコーンは変装の名人です。男女の区別なく、その変装ぶりは敵
ながら見事としか言い様がありません。私は目の前で何度もユニコーンの変装
した姿を見たことがありますが、とても彼ら彼女らが同一人物の変装だとは信
じられませんでしたよ」
「……プロの方がおっしゃるんですから、確かなんでしょうね」
 少し、がっかりした様子のアンヌ。自分の目撃証言が重大な情報をもたらす
かもしれないと、興奮していたのだろう。
 そんな彼女を救うかのように、さらにカーター刑事。
「何にしろ、お話は調書の形にさせてもらいます。よろしいですか?」
「はい、喜んで」
「それから、ユニコーンの予告があったことは他言無用にしていただきたいの
です。お客様の平穏無事な航海のためにも」
「分かりましたわ」
「トレサックさんも頼みますよ」
「ああ、もちろんだ。こんな素晴らしい秘密、誰にも話しませんよ。でも、こ
の船旅が終わったら、話してもかまわないんでしょう?」
 こちらも嬉しそうに言うトレサック。
 刑事は仕方がないなという顔をしてから、わずかにアーキンスと目を合わし
た。
 アーキンスがお好きにという表情を作ると、カーター刑事は無言のまま渋々
といった風にうなずいた。
 ブランヴィリエ兄妹が出て行くと、マルシャンが待ちかねたように口を開い
た。
「さすがですねえ、カーターさんも金沢さんも。見事な受け答え、それに見事
な推測ぶりだ」
「さっき非難されたばかりで、今、急に誉められても、素直に喜べませんな」
 カーター刑事は本気なのかどうか、しかめっ面をして言った。
「いやいや、さっきの喫茶ルームでのことについても、何も私は、非難したん
じゃない。あなた方にも、この船旅を楽しんでもらいたかったのだ。折角の旅
も、単にお宝のお守では、退屈だろうし、身体にも悪い。そのことを、アーキ
ンス氏に進言しようと思って出向いたら、既にそうしたとのことだったから、
私からも一言、と思ってね。他意はない」
「そうでしたか」
「ついては、今晩の夕食、一緒にどうかな? そちらの二人も含めて」
 マルシャンは、私や金沢に目を向けた。
「しかし、私はトラブル処理員として……」
 カーター刑事の声は、一層小さくなった。
「構わん。名目上、そうなっているだけで、他の客みんなが知ってる訳ではな
い。アンドレ・レオド氏も望んでいるしねえ」
 マルシャンの言葉に困った様子になった刑事。それを見て、金沢が言った。
「そうですね。こちらとしても、皆さんのお顔をよく見ておくことは、必要か
もしれません。いざという時のためにも」
「そう。その通りだ」
 同調するマルシャン。ようやく、刑事も踏ん切りが着いたようだ。
「そうですか……。分かりました。ご一緒させてもらいます。ただ、確認しと
きたいことがあるんですが、その席に集まる方は、我々のことをどう見ておら
れるんです? ただの友人としてなのか、それとも宝石を守る人間としてなの
か」
「ああ、なるほどね」
 考える風のマルシャンに、金沢は質問を追加した。
「ついでに、どなたまで今回の予告を知っているのか、教えて下さい」
「アンドレ氏とジル君は知っている。マリーは−−妹の病状については、お聞
きかな?」
「ええ、アーキンスさんから」
「それなら、知っての通りだ。フィリップは知っている」
「フィリップとは?」
 知らない名前が出たので、私は聞き返した。
「フィリップ・プーパルダンという男で、私の部下というか秘書というか、と
にかく信頼を置いている若い社員です。他には……ああ、アーキンス氏とポン
パドゥールが知っている」
「ポンパドゥールとは、アーキンスさんのところの、宝石鑑定士ですね?」
 金沢が補足する。
「そう。これぐらいだな」
「ちょっと待ってください。マリー夫人には医師が付き添っているそうですが、
その方は予告を?」
 金沢は、先刻の疑問をここで解消しようという腹積もりだ。
「ああ、オルレアン医師か。彼にはどうだったかな? 改まって話した記憶は
ないが、ほとんど一つ屋根の下にいるようなものだからね。知っているだろう」
「分かりました」
「それで、今晩の食事の席には、レオドさんの一家−−マリーはどうなるか分
からないが−−と、私、フィリップ、私のクレイルが来るのは間違いない」
「クレイル? あなたの奥さんですか、マルシャンさん?」
「いや、違うんだ、カーターさん。私は結婚はしない主義でね。口幅ったいが、
言うなれば、永遠に恋人となる女性かな」
「思い出しましたよ、マルシャンさん」
 私は口を挟んだ。
「クレイルとは、クレイル・ブローニュのことでしょう? モデル、しかも一
流の」
「おお、ご存知でしたか」
「ご存知も何も、二年ぐらい前、マスコミの噂になったでしょう。人気モデル
のクレイルに恋人発覚と。化粧品会社の人だという憶えはあったが、それがあ
なただったとは」
 私は、記憶を手繰りながら、一気に話した。
「それはどうも。ようやく、忘れてもらっていたのに、思い出させてしまった
ようだ。当時は騒がれて、迷惑だった」
 不機嫌になるでもなく、どちらかと言うと、少し照れながら語るマルシャン。
年齢の割に、若い精神を持っているようだ。
「ロック。僕の頭には、そのことぐらい入っていて、マルシャンさんの名前を
聞いたとき、すぐに引き出していたよ」
 逆に、金沢がやや不機嫌な調子で、言った。
「時間の無駄は避けて、他の方はいらっしゃるんですか、マルシャンさん?」
「他にね、私の友人が同席するかもしれない。その名前はともかく、要するに、
予告を知らない人も居合わせることになる」
「そうですか。では、クレイルさんは予告のことをご存知ですか?」
「彼女に話すものか。怪盗と聞いても恐がりはしないだろうが、彼女が余計な
ことを知ったがために面倒に巻き込むようなことは、絶対に避けたいのだ」
「なるほど」
 金沢はうなずいた。続いて、カーター刑事。
「事情を知らぬ方がいるなら、なおさらです。主催社の意向で、一般客を不安
がらせず、船旅を楽しんでもらうためにも、極力、予告のあったことは漏らさ
ないようにとのことです。食事の席では、そんな話題は避けることになるでし
ょうから、我々もマルシャンさん、あなたの友人ということで、お願いします」
「心得た。おっと」
 マルシャンは、腕時計を見たらしかった。
「こんな時間か。では、失礼を。やるべきことがあるんでね」
 品のよい笑顔を見せて、アントニー・マルシャンは離れて行った。

 入るとそこは、光の洪水だった。
 天井からはきらびやかでいてさりげないシャンデリアがいくつか下がり、各
テーブルの中央には色とりどりのキャンドル。広間の上手、その一角は明るさ
のトーンが変えられており、淡いカクテル光線の揺れる中、生演奏がなされて
いる。
「おかしくないかな、金沢」
 カーター刑事は不安そうに、ネクタイをいじった。
「ばっちり決まってますよ」
 微笑しつつ、金沢は答えた。私や刑事と違って、彼はこういう場には慣れて
いるらしい。
「正装しての食事なんて、いつ依頼かな」
「その格好が正装と言うには。ちょっと語弊があるんじゃないか」
 まあ、確かに金沢の言葉通り、靴には傷が目立つし、何と言っても正式なモ
ーニングではない。
「あそこだな」
 金沢の視線を追うと、見知った顔ぶれのかたまった席があった。
 えらの張った顔に、威風堂々とした態度の紳士がいる。事前に写真で見てい
るので、彼がアンドレ・レオドだと分かった。
 その右隣にマルシャン。先ほど着ていた服で間に合うのに、新たに着替えて
いる。それがまたきまっており、グラスを口に運ぶ姿も様になっている。
 マルシャンの右隣は、クレイル・ブローニュだ。テレビや雑誌でなく、目の
前で見る彼女は、一段とあでやかに感じられる。化粧をほとんど施していない
らしかったが、それでも充分、魅力を放っていた。
 さらに右隣には、若者が座っていた。どう見ても大学生ぐらいの青年だ。話
を総合して、彼がアンドレ・レオドの息子である、ジル・レオドだと見当を着
けた。ギリシア系の目鼻立ちのはっきりした顔つきで、かなりの男前だが、ど
ことなく軽薄そうに見えるのは、私の偏見か。楽しそうにクレイルと談笑して
いる。
 一方、アンドレ・レオドの左隣には、髪をきっちりと分けた、いかにも実直
そうな雰囲気をまとった中年男性がいた。少しばかり腹が出ているが、まずは
中肉中背と言ってよい体格で、今の服よりもスーツ姿が似合うのは間違いない。
彼こそは、マルシャンのいっていたフィリップ、腹心のフィリップ・プーパル
ダンであろう。
「あ、やっと来られましたか」
 こちらに気付いたマルシャンが、軽く手を挙げ、若干、声を高くした。
「どうぞ、そちらの席へ」
 彼が言うよりも早く、ボーイが現れ、我々三人のために椅子を引いてくれた。
「お三人をかたまらせてしまって、申し訳ない。ジル君がわがままを言うもの
でしてね」
 マルシャンの言い様に、それまでクレイルと話し込んでいたジルが、口の動
きを止めた。
「いけないのは、彼女の美貌ですよ」
 一拍おいてから、ジルは臆面もなく言い放った。無論、彼女とは、クレイル
・ブローニュをさしている。
「クレイルさんがあまりにも魅力的だから、僕はこうしてこの席に引き寄せら
れた訳でして」
「もうよいであろう、ジル」
 笑っているようないないような、そんな顔で言ったのはアンドレ・レオドだ
った。彼は続いて、我々に対して短く言った。
「よろしく」
「こちらこそ」
 金沢が代表する格好で、やはり短く応じた。彼はアンドレ・レオドと何度か
会っているはずだ。
 それからマルシャンが手早く、我々のことを紹介した。
 すぐ後に、マルシャンが音頭をとって、乾杯となる。
「この航海が素晴らしい旅となることと、マリーの回復を願って」
「乾杯」
 この場の雰囲気にふさわしく、静かな唱和だった。
 が、それもすぐに弾けて、船上のディナーとは思えぬ素晴らしい料理を味わ
いながらの談笑となる。
「アントニーのお友達ということは、やはりファッション関係のお仕事を?」
 クレイルが、我々三人に話しかけてきた。社交辞令でも浮き浮きするものだ。
 それにしてもどう答えるべきか、少し迷ってから、私は素直に答えることに
した。私の場合、ストレートに言っても支障はなかろう。
「いえ……。元は歌手でしたが、さっぱり芽が出ませんでしたので、作家を」
「作家さん! どんな物をお書きになるのかしら?」
「ミステリーを少々」
「ミステリーって、考えるのに特別な思考がいるとどこかで聞いたんですけど、
本当かしら」
 私は、クレイルの微笑みにつられて、つい、口を滑らせた。
「さあ、他の方はどうか分かりませんが、私に限って言えば、小説と言うより
も実話に近いですからね。彼、アルセーヌ金沢が扱った事件を基にして」
「扱った事件と言いますと……?」
「彼は探偵なのですよ、クレイルさん」
 そう口にしてから、私は内心、しまったと思った。これでは下手をすると、
ユニコーンの予告のことへと話が向かってしまいかねない。
 案の定、カーター刑事と金沢が苦い顔をしていた。それでも、金沢は笑顔を
取りなして、
「仕方がないな、我がワトソン君は。探偵なんて言い触らすもんじゃない。さ
もないと、仕事がやりにくくなる」
 と応じた。
「私、探偵と聞くと、他人のプライベートを暴く興信所の調査員のイメージし
かありませんけど、あなたもそんな人種?」
 ほんの少し、警戒と軽蔑の目を浮かべつつ、クレイルは金沢を質した。さす
がに芸能ジャーナリズムで注目されるモデルだけのことはある。
「ご安心を。私は、あなたの思っているような人種ではありません。東洋は日
本の血が混じっていますが、純粋に、刑事事件を追う探偵です」
「あぁ、仏日混血。どうりで……。アントニーとはどういうお知り合い?」
 東洋の血が混じっていることに感心したらしく、クレイルは金沢の言葉をす
ぐに受け入れた様子だ。東洋の持つ神秘的イメージがそうさせたのかもしれな
い。

−−続く




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