AWC 海の泡と消ゆ 2      武雷暗緑


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#2914/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/12/29   9: 8  (200)
海の泡と消ゆ 2      武雷暗緑
★内容
 それから私達は、アーキンスの案内で、「生命の環」をはじめとする宝石類
を保管する部屋へと向かった。その部屋は、一般客室からは離れた場所にあり、
その境目であるドアは警備員二人が見張っている。アーキンスの許可した者以
外、絶対に通しはしない触れ込みだ。
「金沢、何をしていたんだ?」
 保管部屋の前を通る廊下まで来ると、そんな非難めいた声がした。
「そちらこそ、部屋の外で見張りかい?」
 金沢は、廊下に椅子を持ち出して座っているカーター刑事を見ながら、そう
話しかけた。
「いや、この部屋は窓一つなく、頑丈そのものだからな。唯一の出入口のドア
を見ていれば、いいと思って。だいたい、中にいたら、息が詰まりそうになる
んだよ」
「僕なら、この廊下ででも、息が詰まるな。どうだろう、少し、外の空気を吸
ったら?」
「そうしたいところだが、ここを離れる訳にはいかん。頼まれたからにはな」
 と、刑事は、アーキンスを見たようだった。アーキンスの方は、それが当然
とばかり、大きくうなずいた。
「しかし、ここに来るまで、警備員が二人、見張っていた。とりあえず、彼ら
に任せておけばいいじゃないか」
「ユニコーンなら、あの二人を打ち倒すぐらい、楽なものだろう」
「例えそうだとしても、保管室の鍵はアーキンス氏が持っている。そうでした
よね」
「はい」
 アーキンスは、胸の内ポケットを触った。鍵を確認しているのだろう。
「だから、ユニコーンと言えども、すぐには盗みを働ける状況じゃない。さら
に……」
 金沢は、デッキで私に聞かせた、盗むとすれば旅の終盤だろうという推理を、
刑事にも話した。
「何と言われても、動かん」
「そうか。では、決定的な一打を放とうか」
「決定的な一打?」
 金沢の笑いに、カーター刑事は不安そうな顔になった。
「動かないと言っても、眠るとかトイレとか、生理現象ってものがある。その
ときは、離れるんだろう?」
「そりゃそうだが、わずかな間だ。寝るのは、ここで横になるつもりだ」
「無茶だなあ。いくら豪華客船だって、揺れがある。身体中が痛くなる、きっ
と。まあそれはいいとして、トイレで離れた場合、その隙を見て、ユニコーン
が入って来る可能性を、考えているかい? 相手は変装の名人なのだ」
「……」
 今まで、何度もその変装にやられている刑事は、黙りこくった。
「あるいは、食事だな。食事を運ばせるつもりなのかもしれないが、運んで来
たボーイがユニコーンの変装で、その運ばれた料理には眠り薬が入っていると
いうのは、よくあるユニコーンの手段じゃないか」
「……そうだったな。前も、これでやられたんだ」
「だから、そう気張らなくてもいいと思う。決戦は、展示後だ」
 金沢の説得に負けたか、カーター刑事はようやく、腰を上げた。
「アーキンスさん、警備員は、信用できるんでしょうね?」
「それはもう。身元もはっきりしています。泥棒の変装だんなてことは、あり
ません」
「それじゃあ、悪いですが、私もここを離れさせてもらいます」
「そうですか。いや、刑事さんがそうおっしゃられるなら、結構です」
 アーキンスは、納得した顔をした。要するに、この人物は、警察は信用する
が、探偵などという職業は信用していないのだろう。

「探していたんだ、カーターさん」
 三人で喫茶ルームに落ち着いているところへ、アントニー・マルシャンが現
れた。男にしては髪が長い彼は、席に着かずに続けた。
「見張りはやめたそうだね」
「やめた訳じゃありません」
 声を落とし加減に、刑事は受けた。
「張り付いていると、かえって、ユニコーンに機会を与えてしまうと思ったか
ら、常に見張るのはよしただけです」
「そんなことでいいのかね? 所有者でない私が横合から言うのも何だが、相
手は相当な強敵だ。フランスでもアメリカでも名を轟かせている」
 マルシャンは、他の客に聞きとがめられるのを恐れてか、「ユニコーン」と
いう名詞は言葉にしなかった。
「責任は、我々で持ちます」
 急に断言してみせたのは、金沢だった。そして、余裕の態度でコーヒーを口
に運んでいる。
 刑事は、慌てた顔になっていた。私だって、びっくりした。いくらなんでも、
そこまで言い切って大丈夫なのか。
「自信があるようだね」
「マルシャンさん。僕はアンドレ・レオド氏にも約束した。最悪でも、冠が盗
まれることはないと。ねえ、カーター」
「あ、ああ」
 戸惑いながらも、刑事は続けた。
「……ここは海の上です。いくら、相手が悪名高い義賊まがいでも、逃げ出す
ことは容易じゃない」
「演説は遠慮願おう。まあ、お手並拝見だ」
 そう言って、マルシャンが立ち去ろうと身体の向きを転じたとき、我々のテ
ーブルにボーイが来て、何かのカクテルを一つ、目の前に置いた。
「これは何だね?」
 金沢が、ボーイを呼び止める。
「あちらのお客様が……あれ?」
 ボーイは、片手を奥の席に向けたが、誰もおらず、困惑している様子だ。
「誰もいないじゃないか」
 立ったままのマルシャンが、訝しそうに言った。
「確かに、あちらにおられた女性のお客様が、このテーブルへと……」
「どんな女性だったんだ?」
 今度は、カーター刑事が聞く。
「鍔の広い黒い帽子をされてましたから、よくは見えませんでしたが、お若い、
南欧系の方とお見受けしました。背は、すらりとした感じでしたが、座ってい
らしたので、はっきりとは。
 あ、申し訳ありませんでした。メッセージを預かっていましたのを、忘れる
ところでした」
 矢継ぎ早の質問で、ボーイは消えた女性からの伝言を、すっかり失念してい
たらしい。
「ほう。誰に宛てた物なのかな?」
 金沢は、興味深げに言った。ボーイは、特に慌てた様子もなく、ゆっくりと
トレイを持ちかえると、二つ折のカードを取り出してみせた。
「特に、名前はおっしゃりませんでした。こちらのテーブルの方へということ
でした」
 代表して、カーター刑事がカードを手に取る。
「……ユニコーンだ」
 軽く舌打ちをし、刑事は皆にも見えるよう、カードを押し広げながら、テー
ブルに置いた。
「ああ、君はもういい」
 マルシャンは、テーブルが見えないように身体を移動させながら、ボーイを
追っ払った。ボーイにしてみれば、とんだ災難だったことだろう。
 二つ折のカードには、例のユニコーンカードが挟まれており、文句の方は、
いつもより簡単だった。
『そのようなことをしている余裕があるのかな? 勝負はすでに開始さる。手
始めに軽く指の訓練をしたので、持ち主に返しておいてもらいたい。 黒衣の
ユニコーン』
「指の訓練とは、何のことだ?」
 マルシャンが言った。金沢は、刑事をちらりと見てから、自分が答えようと
いう態度になる。
「恐らく、スリのことでしょう。技を試したのかな」
「しかし、君。どこにすり取った品物があると言うのだ? 返してくれと言う
からには、物もあるはずだろう」
「それがどこにあるかも、クイズなんでしょうねえ。まあ、多分」
 金沢はスプーンを手にすると、おもむろにカクテルの中に入れて、何度かか
き回した。
「手ごたえ、あった」
 そう言って、金沢が引き上げたスプーンの先には、赤い石の付いたイヤリン
グが一つ、ぶら下がっていた。

「こちらが、イヤリングを」
 アーキンスの部屋で、私達は、イヤリングの落し主(正確には被害者と言う
べきか)と会った。船内放送をしたところ、しばらくして名乗り出て来たのだ
った。
「本当に、ありがとうございました。いつ落としたのか、まるで分からないん
ですけれど……助かりました」
 アンヌ・ブランヴィリエという名の彼女は、兄のトレサックと一緒に現れた。
二人とも相当若く、この客船に乗れたのは親の力ではないかと、余計な背景ま
で考えてしまう。
 アンヌは三つ編みヘアのブロンドが美しく、小柄な身体をロングスカートの
ドレスで包んでいた。瞳は兄妹ともに同じ青。
「イヤリングのことにはいつ、気付かれました?」
 カーター刑事は、トラブル処理員のように振舞っている。接客用語が、どこ
かぎこちない。
「私自身は、全く気付かなくて、兄が私を見て、言ってくれたんです」
 アンヌが見やると、トレサックが受けた。
「妹の言った通りです。別々に船の中を散策した後、部屋に戻ってから、妹の
部屋を覗いてみたんです。そのとき、イヤリングがなくなっていることに気付
いたんですよ」
 トレサックは、男にしては小柄だが、自信が内から溢れている雰囲気で、ど
こか見下しているようなところさえあるかもしれない。正装しているのに、前
髪を固めて立ててあるのが一種異様だ。
「差し出がましいようですが」
 金沢が口を開いた。金沢と私は、イヤリングを拾い、届けた人物ということ
になっている。
「アンヌさん。あなたがお一人で船内を歩いていたとき、何かありませんでし
たか?」
「何か……。特別なことですか?」
 首を傾げるアンヌ。年齢はいくつか知らないが、どことなく幼さを残してい
る。
「特別と言うか、イヤリングに関して」
「……そう言われれば、ありました。黒い帽子の女性が、こう話しかけてきた
んです。『失礼ですけれど、右のイヤリングが傾いて外れそうよ』」
「どう答えました、あなたは?」
 刑事の方が、気負った口調で質問する。多分、帽子の女がユニコーンだと考
えたからだろう。
「『え? 本当ですか?』と答えました。それで手を右の耳にやろうとしたん
ですけど、そうしたら、相手の方が『直して上げるわ。ちょっと、動かないで
ね』とおっしゃってくれて」
「そのとき、抜き取られたなんてことは」
「いいえ。耳に感触がありました。ちゃんと直してもらったんだなって」
 毅然とした風に、アンヌは言った。
「……アーキンスさん。この方達に、話してもいいですか?」
 金沢は、アーキンスの方を見た。アーキンスの方はアーキンスで、迷うよう
な視線をカーター刑事に送る。
「いいでしょう」
 刑事は、ゆっくりとうなずいた。金沢もうなずくと、話し始めた。
「それでは……。アンヌさんにトレサックさん。実は僕達は、イヤリングを拾
ったのではないのです」
「え?」
 不思議そうな顔になる兄妹に、金沢はことの次第を説明した。ユニコーンの
名を出したところで、二人は驚きの色をいっそう、濃くしたようだ。
「……そうして、ユニコーンは我々にカードをよこしてきたのですが、最初、
スリのことだと思ったんですが、どうやら違っていたみたいですねえ。イヤリ
ングを盗んだんだ」
「では、あの女性が?」
「恐らく。イヤリングを直すふりをして、素早く抜き取り、耳たぶをシャープ
ペンシルのような先の細い物で軽くつついたんだと思う。古典的な手ですが、
効果てき面なんです。あなたが騙されてしまったようにね」
「ユニコーンは女なのですの?」
 目を輝かせるアンヌ。世の多くの女性と変わらず、彼女もこの手の話には関
心が高いらしい。
「捜査上の秘密となっております」
 カーター刑事が即座に返答した。本当は、以前の事件において、ユニコーン
の性別は分かっている(少なくとも我々はそう思っている)。しかし、ユニコ
ーンの名をかたった犯罪がなされた場合を見極めるため、あるいは真にユニコ
ーンを捕まえるときが訪れた際、決め手の一つとするために、この事実は伏せ
られている。
「でも、あれはどう見ても女性でした」
「貴重なご意見だとは思います」
 必死に主張するアンヌに、刑事は優しく応じる。

−−続く




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