#2912/5495 長編
★タイトル (AZA ) 94/12/29 9: 2 (153)
刻 −4− 永山
★内容
「おまえ……」
「憶えていてくれて光栄に思うよ、アベル」
にやにやと笑みを絶やさず、ニック−−いや、カインはお辞儀の格好をした。
「どうした。驚いて声も出ないか」
「……理解不能ってやつだ。カイン、君は、異端視された私と違い、学界でも
エリート中のエリートだったはず。その君が魔玉の力を……?」
「『君』とは、優しい呼び方をしてくれるね、アベル。まあ、旧知の仲だから、
それは俺も同じだが」
嘲る表情のカイン。
「簡単さ。あの日、君は人造生命を現実の物とした。それがこのフランクだっ
たとは、失念していたが……。ともかく、あれで俺の世界観は変わった。おま
えが羨ましくなったのだよ。でもねえ、あのとき、君の研究を後ろから追っか
けても、追いつけそうになかったからな。そこで俺は君の前から姿を消し、手
っ取り早い方法を選ぶことにした。魔玉がポイントなのは分かっていた。魔玉
さえ手に入れれば、どうにかできると考えたね。そして……手に入れた」
「どこでだ? あれは易々と入手できる物じゃない。私だって手にしたことは、
フランクに使った一つきりだ」
心から不思議そうなアベル。だが、その疑問は解消されなかった。
「教えると思うか? それは甘過ぎるぞ。これから俺がなそうとしていること
を知っていないのだから、無理ないかもしれんが」
「これから……?」
「ふふん。俺自身がどうして魔玉の者となったか、知りたくないかね? これ
も簡単でねえ。アベル、君は死体の寄せ集めに魔玉を用い、フランクを造った」
「その言い方はよせ!」
アベルはフランクの方を向いた。
無言で奥歯を噛みしめるフランク。
カインは鼻で笑うと、一向にかまわぬ態度で続けた。
「君を超えるにはどうすればいいか。あるいは、君よりも手早く人造人間並み
の優れたモノを生み出すには、どうすればいいか。答は一つ、生きているもの
に魔玉を埋め込むのさ」
「動物実験さえ行わず、いきなり……自分で……実験したのか……」
恐怖を感じ、震え始めたアベル。コナン警部の方は、会話の全部は理解でき
ないので、それが幸いしていた。
「俺は人間を捨てた。見るがいい!」
胸の辺りの衣服を切り裂くカイン。さらけ出されたのは……心臓に密着して
脈動する魔玉だった。
「埋め込んで何年も経つのに、まだ肉体の方が慣れぬらしい。傷口が塞がって
くれんのだ。これも魔玉の持つ力故なのかね、アベル『先生』!」
もはや何も言えぬアベル。
コナン警部が代わりに口を開いた。
「あちらのことは分からねえからな、俺は。死ぬかもしれんから、今の内に聞
いておこう。おまえ、どうして十一人、いや今夜の犠牲者も含めて十二人も殺
した? その訳の分からん力を試すためじゃないだろうな!」
「刑事君。君は実に人間らしい考え方をする。好きじゃないが、微笑ましいよ。
さて、理由ねえ。力を試す意味もあったが、現在は違う。不良な奴ら、欠陥連
中を取り除いてやってるのさ」
「どういうことだ?」
「人間にとって為にならん輩を葬った。それだけだ。こうすることで、優れた
遺伝子を持つ者だけが次世代に残る。それによりより優れた人間が生まれると
いう手順さ」
「ば、馬鹿げている……」
正気を取り戻したアベルのつぶやき。
「人間を捨てたおまえが、人間の心配をするとは、お笑い種だ」
「分かってないね、アベル。私は君臨者となる。全ての人間をひれ伏させる、
いわゆる神にね。君臨者と人間の関係は、人間と家畜との関係に置き換えられ
る。家畜は優秀なほど手がかからないというものじゃないかね」
「……本気らしいな」
「そうだとも」
「フランク、もうかまわん。我々はどうなってもいい。こいつを叩きのめせ!」
アベルの叫びに、フランクは戸惑った。
「おっと、フランク。少なくとも今の時点で、君と闘うつもりはない。魔玉の
者同士の闘いが、どういうことになるのか把握してからやってやろう。それと
もどうだい? 君も仲間にならないか。同じ魔玉の」
「黙れ! おまえとは違う」
「ふふん。人間から魔玉の者になったら、その能力の素晴らしさに、つい人間
を見下してしまうのかねえ。その点、フランク君は死体の寄せ集めだから、自
分の持つ力の素晴らしさが分からんのだろう。かわいそうに」
「貴様!」
怒りに我を忘れたとき、フランクの身体は勝手に動いていた。それがもし、
これまでのフランクの最速の動きであったのなら、フランク自身が迎撃される
か、少なくともアベルとコナンの両名は死んでいただろう。
しかし、そのときのフランクの動きは、これまでになかったものとなってい
た。カインの予想をはるかに上回るスピードで接近したフランクは、渾身の力
を込めて右拳を放った。
「うおっ?」
そんなカインの声。
委細かまわず、打ち抜くフランク。先ほどよりは手応えあり。
フランクが我に返ったとき、カインは再度、吹き飛ばされていた。
「早い、早すぎる!」
だが、カインのダメージは、彼をしに至らしめるにはまだ足りなかったらし
い。カインはややよろめきながらも、すぐに立ち上がった。
「これは真剣に対策を考えねばならん。出直すとしよう。それにしてもアベル。
おまえはとんでもないのを造ったな。研究者として仲間にほしいぐらいだ」
「冗談は好きじゃない」
突き放すように吐き捨て、アベルはフランクへ目をやった。
「あいつを追うんだ、フランク! 今なら勝てるかもしれん」
「了解!」
フランクは短く応じ、カインめがけて突っ込む。
「逃げ切れんぞ、カイン!」
「逃げてるように見えるか?」
自信満々のカインの声。フランクは危険を感じた。
「もしや、フランク。私が全ての能力を披露したと思っていないだろうねえ!
奥の手というのがあるものだよ」
「……はったりだ! そんな奥の手があれば、さっき、俺を殺していたはずだ」
「仕方のないフランク君。では、突っ込んできたまえ。料理してあげるよ」
逃げていたカインの足が止まった。その満ちあふれる自信、いや、それだけ
でなく、圧迫感を覚えさせる強大な気に、フランクは相手の言葉がはったりで
ないと感じた。
フランクが速度を落とした刹那、カインの方で変化が起こった。
「奴の爪が!」
カインの爪が輝き、片手の五つがその指から離れる。それらは意志を持った
新たな生物のように、五つの方向から変則的な動きをしながらフランクに襲い
かかった。
「よけられるかね!」
カインの挑むような声。
が、それどころでないフランクは、必死に身体の移動を試みる。
それでも、爪は自動的に目標を探知するらしく、執拗に追ってきた。
そして……。
「うっ!」
「大丈夫か、フランク?」
目覚めると、あまり寝心地のよくないベッドの上にいた。
「ここは……病院?」
「心配するな。私の知り合いの病院だからな。それにベッドを借りているだけ
だから、おまえの身体のことはばれやしない」
「そうか」
安心すると、痛みを感じてきた。
「つつ……。傷、どうなっているんです?」
「三つだ。一つは右足に刺さり、一つは左腕、もう一つは背中。どれも相当に
深い」
「かわせたのは二つだけだったか……。回復具合もよくない」
「そのようだね。相手が魔玉を用いていると、勝手が違うらしい」
「コナン警部は?」
「無事だ。彼は精神的にも強いらしい。あの夜のいきさつの魔玉等の部分はお
首にも出さず、事件の報告をしたそうだ」
アベルが笑うのを見て、フランクもようやく笑みがこぼせた。
「まだ……終わっていないんですね」
「酷なようだが、始まったばかりと言うべきじゃないか」
アベルの回答に、フランクはため息をついてみせた。
「どうだろう。やっていけるかな」
「やっていけるとは思う。が、フランク、君への負担が大きくなってしまうだ
ろう。私も魔玉について研究を重ね、何とか対策を見つけるつもりだ」
「頼りにしますよ」
「お互い様だ」
フランクとアベルは手を取り合った。
この日、新しいフランクが誕生したと言えよう。
<【刻み屋ニックはどこへ?】
国中を騒がせた殺人鬼・刻み屋ニックの最後の凶行がなされて、すでに一ヶ
月。これほど間隔が開くことは、ニックにとって異例である。いったい、ニッ
クにどんな変化が起こったのだろう?
……(中略)……
未確認情報ながら、十二人目の犠牲者が出た当日、その現場で刻み屋ニック
と警察関係者が乱闘となり、その際にニックは逃走するも重傷を負ったという。
このときの傷が元で、ニックは死亡したのではないかという説も出る始末。
しかし皆さん、安心めされるな。刻み屋ニックは我々の油断を待っているだ
けかもしれない。いつ、ニックが復活してもおかしくないのだ。ニックが逮捕、
あるいはその死が確認されるまで、夜の一人歩きは決してなさらぬよう忠告し
ておこう>
***三流新聞某紙の記事より抜粋***
−−「刻」.終