AWC 夏、十三(4)     永山


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#2779/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/ 9/30   8:55  (191)
夏、十三(4)     永山
★内容

 さっきから続く栗山の妙な声。それに加えて、おなかの辺りにふりかかる生
暖かな液体で、寺坂はようやく様子がおかしいと思った。
「どうしたの、上向いちゃって」
 目を開けて、寺坂は栗山へ笑いかけた。返事はない。何かしら、液体を顎か
らあふれ出している。
「あら、あなた、そんなに離れていて、どうして」
 こんな感触があるの、と続けようとしたところで、彼女は今感じている痛み
が普通でないと分かった。
「痛い! やめてよ」
 叫んでから男の身体を突き飛ばそうとしたが、手が届かない。必死に起きあ
がり、どんと胸を突いた。
 栗山の身体は、そのまま後ろにどすんと倒れた。
「え?」
 その反動で、寺坂の体が軽く浮き上がる。
 彼女は自分と栗山とをつなぐ、奇妙な物体に気付いた。
「痛い! 痛い!」
 何だか知らないが、とにかくこれを抜かなくては、抜けばこの痛みは消える。
寺坂はそう考え、両手でその棒をつかんだ。
 力を込めて引っ張るものの、どうしても抜けない。痛みは増すばかりだ。と
うとう力を入れすぎて、身体ごとひっくり返ってしまった。寺坂は栗山の隣り
に寝ころぶ格好になる。
「痛いよぅ!」
 訴えるように言って、栗山の顔をにらみつけてやろうと思った。が、そこに
栗山の顔はない−−。
「ひぃゃあああ!」
 叫ぶ寺坂。だが、声は誰にも届かなかった。すぐ側にいるあの影以外には。
「誰か……助けて」
 腰が抜けてしまったかのような動きで、寺坂はまた仰向けになる。そのとき、
目の前に人の影が現れた。寺坂は右手を伸ばした。
「た、助けて」
 このときの彼女は、その影が栗山を殺したなどという考えには、及びもつか
なかった。とにかく助けてもらいたい一心であった。
 その期待に応えるかのように、影は寺坂の手を取った。だが、それは彼女の
予想以上に力強い。
「あ」
 そんな声を上げた次の瞬間、彼女の右手首は消えていた。
「あああっ! あっ、あっ」
 叫んだ直後に猛烈な痛みが、かつて手首があったところから伝わってきた。
「あっ……な、何をするのよ!」
 影を見れば、そいつは右手に斧、左手に切り取ったばかりの手首を持ってい
た。手首の方をしきりにぶらんぶらんとさせている。
「わ、私の手! 私のよ!」
 寺坂は混乱しながらも、自分の手首を取り返そうとした。今なら間に合う、
今手首をこの傷口にあてがえば引っ付くんだ。そう信じている。
 が、身体を起こすことができない。何故なら、影の奴が棒の端を握り、強く
押し込んできたのだ。痛みと共に、寺坂の身体は地面に固定されてしまった。
「い、嫌……」
 髪を振り乱して寺坂は言った。
 そんな彼女の様子を見て、楽しんでいるかのように影はのろのろと近付いて
きた。そして寺坂の真上に立つと、斧を両手で持ち、構えた。
「嫌っ、嫌!」
 必死で逃れようともがく寺坂。だが、棒はその細い外見とは裏腹に、しっか
りと彼女を捕まえている。
「嫌−−」
 声が途切れた。斧は寺坂の首に真横からくい込み、すぐに突き抜けた。
 ごろごろと転がった寺坂の首は、栗山の股の間で止まった。

「この辺でいいでしょ」
 左横顔を向けながら、安川は言った。彼女自身、こちらから見られるのが、
一番効果的だと自覚しているに違いない。
 その通り、相手の錦野安彦はことの成り行きのスムーズさに最初は呆気にと
られていたが、すぐに理解を示した。
「葉っぱで切れるかもしれないぜ」
 草の葉を手に取り、安彦はそんなことを言った。
「大丈夫よ。それより、お互い、擦り切れないようにしなくちゃ」
「違いないね」
 二人は低い笑い声を立てながら、自然に半身の体勢となった。
「いいか」
「いつでも」
 知り合ったばかりということもあってか、そんな短い会話からことは始めら
れた。すぐにいささか獣じみた二種類の声が、夜の暗がりに聞こえてきた。
 二人は周囲のことなど目に入っていなかったに違いない。二種類の声が三種
類に増えても、まるで気付かず行為を続けていたのだから。
 いよいよという段になり、錦野安彦は状態を起こし、両膝をつく格好になる。
そしてズボンを下ろそうとするが、うまく下りない。軽く舌打ちして、彼は完
全に立ち上がった。
 がくん。
 そんな衝撃が、彼の右膝を襲った。よく小学校の頃に流行ったいたずら−−
膝の後ろを押されてかくんとなるあれを、極端に強くした感じだ。
 己の右膝を見ようとした途端、引き裂かれるような痛みが右の太股に走った。
と同時に、安彦の身体は右に傾いていく。
「あ、あ、地震?」
 そんな言葉を発しながら、安彦は地面に突っ伏した。
 安川のどうしたのという声を聞き流しながら、彼は右膝を見た。そして悲鳴
を上げた。
「ぎゃっ」
 右足の膝から下が、ない。見えないのではなく、ないのだ。痛みは「引き裂
かれるような」ではなく、本当に引き裂かれた痛みであった。
 右足の膝からした−−すねは、安川の足下に、まるでおもちゃのように突っ
立っていた。
 自分の足を発見した錦野安彦は、狂いそうになった。
「あぎゃぎゃ……」
 仰向けになったところに、第二の衝撃が襲ってきた。今度は左膝に、さっき
と似たような鈍痛が。
「ぎゃあああ」
 今度の叫びは間延びしたものであった。それもそのはず、左足の方はすぱっ
と切断されずに中途半端なところで残っている。
「や、やめてくれえ」
 安彦は懇願の叫びを続けた。
 彼を襲った影は、斧を片手に一つ、満足そうにうなずいた。

 これでこいつは逃げられない。
 影はそう判断した。そして、もう片方の獲物に視線をやる。異常事態に気付
いた女が、腰を抜かしたようになりながらも這って後ずさりしている。
 こいつから先に片付けよう。
 影は錦野安彦の左すねから斧を引き抜くと、じわじわと安川に近付いていっ
た。

「ひ、ひ」
 半裸のまま腰を落としたまま後ずさる安川。あの影に気付かれぬよう、声を
出さないようにしたいのだが、恐怖で勝手に声が出てしまう。
 影がこちらを見た。手には斧。
「やめて。来ないでよ!」
 安川は叫んだ。
「あんたが用があるのはそっちでしょ!」
 動けなくなってうめいている錦野安彦を震える指で差しながら、安川は言っ
た。何の根拠もない、そして身勝手な言葉であるが、無理もない。
「わ、私は関係ないんだから……」
 そのとき、彼女の背中に固い物が触れた。木だ。木の肌にぶつかったのだ。
 そうしている間にも、影はゆっくりと近付いてくる。
「来ないでったら!」
 失禁して動けなくなった安川は、土くれを手に掴み、影めがけて投げつけた。
それは相手の顔面めがけて飛んでいく。
 が、影はあっさりとかわした。それまでのゆっくりとした動作からは想像も
できない素早さだ。
「ひいい」
 悲鳴を上げ続けながら、安川は同じ攻撃を繰り返した。しかし、それはせい
ぜい影の胴の辺りに当たるだけで、何の効果にもならない。
「やめてったら!」
 最後とばかりに声を振り絞ったとき、影の斧が斜め上に構えられた。安川は
反射的に、両手を顔の前にかざした。
 びゅん。
 空気が裂かれるような音と共に、彼女の視界が開けた。親指を除く八本の指
が吹き飛ばされたためだ。
「い、痛い! 痛い!」
 自分の手から吹き出る血を大量に浴びながら、安川はわめいた。目に血が入
り、また視界は悪くなっていく。
 影は、少し距離が届かなかったかという風に首を傾げ、さらに一歩、安川へ
と接近した。
 そのとき、影の動きが止まった。その足下に、大きな石が一つ、ごろんと転
がる。
「おい、こっちだ!」
 錦野安彦だった。何とか恐怖から脱した彼は、痛みをこらえながら反撃の機
会を狙っていたらしい。
「安川! まだ動けるだろ? 早く知らせに行け! 助けを呼んでくれ!」
 ものすごい早口で、それだけのことを安彦は喋っていた。
 が、安川はぼーっとしか聞いていなかった。指を失った痛みと恐怖とで、と
ても動けそうにない。
 影はほんのしばらくの間、考える様子を見せた。どちらを先に始末すべきか
を考えているのだろう。
 結論はすぐに出たようだ。女は動けず、声も小さくしか出さない。それに対
して男は逃げ出せないものの、大声でわめく。そこから判断したのであろう、
影は再び安彦へと身体の向きを転じた。
「おい! 早くしてくれ!」
 必死の形相で叫ぶ安彦。それでも安川は反応できない。
「がー、立て、馬鹿野郎ぅ!」
 狂ったように泣き叫ぶ安彦に、影は覆い被さるように迫る。
「殺されるぅ!」
 喜劇めいた叫びを上げたところで、彼の顔面は潰された。影が、さっき後頭
部に当てられた石を拾い、それをお返ししたのである。
 安彦の顔にめり込む石。
「……しゅしゅ、ぷ……」
 意味不明の音を出しながら、彼の顔面は血にまみれていった。
 影は充分にめり込ませたところで、どうしたことか、石を引き抜いた。何を
するのか。影は石を持ち変え、再び安彦の顔面をめがけた。
「ぐぼっ!」
 嘔吐するようなうめきに加え、歯の折れる音がした。そう、影は石を安彦の
口に突っ込んだのだ。これで完全に黙らせることができるとでも言いたげに。
 動きの止まった安彦の首筋に、影は手を当てた。狙いを定めている。そして
斧を両手で横に振りかぶった。
 狙いすまされた一撃によって、錦野安彦の首から上は、水平に飛んでいく。
すぐにそれはそばの岩肌にぶつかり、ぐちゃりと音を立てた。
 影は安川の方を向いた。
 それまで停止状態にあった回路がつながった。安川は盛大に悲鳴を上げ始め
た。
「ひゃああああああ!」
 女の方は喋るまいと安心しきっていたらしい影は、少しだけ慌てたような素
振りを示す。が、それはほんのわずかな間であった。
 影は斧の刃の部分を両手で持つと、それは水平に構えた。そして猛スピード
でダッシュ。
 安川は見た。血のカーテンの向こうに、斧を構えた巨大な影が突っ込んでく
るのを。
 次の瞬間、彼女は絶命していた。斧の刃が、悲鳴を上げて大きく開いていた
彼女の口にくい込んだのだ。そしてそれは簡単に皮膚を破り、彼女の延髄を切
断、さらには背後にあった木にまで深くくい込んでいた。
 もう死んでしまったのか。
 影はさも、つまらなさそうに木から斧を引き抜いた。そうして、刃に張り付
くようにしてついてきた安川の顔の上部を、ゴミのように手で払い落とした。

−−続く




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