#2777/5495 長編
★タイトル (AZA ) 94/ 9/30 8:49 (183)
夏、十三(2) 永山
★内容
「鮫島さん、厚かましいお願いなんですが、今夜はご一緒させていただけない
でしょうか?」
それを聞いて、鮫島は相手の用件に合点が行った。
「そうですねえ……。確かに、こんなところに泊まる気はしませんな。いやい
や、泊まれるもんじゃない」
「でも、あなた」
夫人が横から口を挟む。
「人数の問題がありますよ。私達の方は五人、こちらの皆さんは七人いらっし
ゃるから、足すと十二人になって、定員より二人、多くなってしまう」
細かい言い方の鮫島夫人。その口調には、よく知らない人と同じ屋根の下で
寝泊まりしたくないという気持ちがあるのかもしれない。
「いえ、私やこと錦野博樹君は床でもどこでも、眠れます」
宮田は言い被せるように、横にいた青年の袖を引っ張った。青年は二十歳ぐ
らい、ひょろっとやせているがごつごつした手をしている。
「お願いします、奥さん。屋根さえ貸していただければ、充分です。それにこ
うでもしないと、みんなを連れてきた私の立つ瀬がなくなるもんで……」
宮田は腰を折り、頭を深々と下げた。
「ああ、いや、そんな、顔を上げてくださいよ。分かりました」
「でも」
鮫島が申し出を快諾したのに対して、不満そうに言ったのはまた夫人だ。
「何を言ってるんだ。考えてもみなさい。予約を申し込んだ順番で、たまたま
私達はあっちの小屋が割り当てられたが、ひょっとしたらこちらの小屋だった
かもしれないんだ。そうだったらどうしたね? 私達だってお願いするより他
にないだろう」
夫に言われて、夫人はようやく納得できたらしく、黙ってうなずいた。
「宮田さん、喜んでお貸しします。楽しくやりましょう」
「では、よろしいんですか?」
喜色満面とはこの表情のことか、宮田は顔を上げながら叫ぶように言った。
その背後にいる六人もさっきまでの暗く沈んだ不安げな顔色は消え、ほっとし
た表情になっている。
相手の喜ぶ顔を見て、鮫島も嬉しくなった。
「もちろんですとも。困ったときはお互い様です」
そんな型通りの台詞を口にした鮫島だった。
「お世話になります」
宮田が始めた。一人ずつ、挨拶をしようということになったのだ。すでに鮫
島らは自己紹介を終えている。
「宮田優一、空手教室をやっています。年齢が上ということで、みんなのリー
ダー格にされていますが、要は雑用係でして」
「空手教室というと、道場を持ってらっしゃる?」
鮫島は、宮田の体格に納得しながら、そう尋ねた。
「ええ。あまりメジャーな流派じゃありませんが」
照れ笑いのようなものを浮かべる宮田。
ついで、先ほど宮田のすぐ近くにいたひょろっとした錦野青年が名乗る。
「錦野博樹です、**大学の経済学部三回生です。そこの空手部に入っていて、
宮田さんは先輩なんです」
「じゃあ、将来は同じように?」
人懐っこく、大沢倫が言葉を差し挟む。錦野博樹はやや戸惑ったような表情
を見せたものの、すぐに笑いながら答えた。
「いや、そんな気は毛頭ありません。経済の道に進みたいと」
宮田が渋い顔を作っていた。
次に自己紹介を始めたのは、錦野博樹とそっくりの顔の持ち主。体格はこち
らの方ががっしりしているか。
「博樹の双子の弟で、錦野安彦と言います」
似ている、そんな声が鮫島のグループから上がる。
「兄とは違って、もう勤め人で、某商社の平をやってます。あ、空手は全然や
ってません」
面白おかしい口調で、彼は自己紹介を終えた。
「寺坂友恵、安彦君と同じ会社でOLやってます」
次の小柄な女性はそう言うと、ぴょこんと頭を下げた。年齢は錦野安彦より
上のようだ。きれいな造作だが、どことなくアンバランスなところがあり、そ
れがまた魅力になっている、そんな感じだ。
女性が続くのかと思いきや、次は四人目の男が立ち上がった。
「コンピュータ関係の仕事やってます、栗山って言います」
薄い眼鏡をかけ、いかにも高そうな時計をしている。何本か前髪を垂らして
いるのはわざとなのだろう。まあ、ハンサムと言える。
「栗山君、フルネームで頼むよ」
宮田が言った。少し面倒そうな目つきをしてから、栗山は口をゆっくりと開
く。
「栗山陽介、です」
「コンピュータ関係の仕事って、ひょっとしてプログラマーですか?」
ルミは興味津々といった態度。ご多分に漏れず、ファミコンなんかのテレビ
ゲームが大好きな彼女だ。
「当たり」
面白くもないといった調子で、栗山。対照的にルミは、手を叩いて喜びを表
現する。
「やっぱり! 見た目で、そうじゃないかなあって思ってたんです。栗山さん
のイメージ、いかにもその手の顔だから」
「実際のプログラマーってのは、もっとむさいのが多いさ」
そう言うと、栗山はもう疲れたとでも言いたげに、腰を下ろした。
「あ、どういうご関係ですか、宮田さん達とは」
慌てた様子で聞いたのはアキ。栗山はこれに答えず、代わって寺坂。
「私が関係しているの。栗山さんとは深ーいお友達」
うふふというような雰囲気で笑う寺坂。
「最後に、このお二人さんは」
と、宮田が残る女性二人を示した。
「登山道の入り口のところで知り合っただけなんです。で、意気投合したとい
うか、そのまま一緒に泊まろうかということになって」
「藤本利香、++大学二回生、ワンダーフォーゲル部です」
「同じく二回生、ワンゲルの安川佐知代です」
相次いで二人が言った。
藤本は背が高く、ショートカット。日焼けしているが、肌はきれいに見える。
声量も大きいようで、ボーイッシュなところがあった。すらりとした足に青の
ジーンズがよくマッチしている。
安川の方は背格好も外見も平均・平凡というのが第一印象。ただ、左からの
横顔が、ぐっと魅力的に思えた。化粧のおかげかもしれないが、そこだけは大
人の色香がたっぷりと漂っている。
「いきなり、一緒に泊まることに?」
信じられないといった声を上げたのは、鮫島夫人。
「元々、私達、寝泊まりするつもりだったんです」
何ともないように、藤本が答える。
「寝袋を持って来ましたけど、それより小屋で寝られる方がいいかなと思って」
慌ただしく挨拶は終わった。慌ただしいのも道理、これからすぐに夕飯の仕
度にかからなければならない。
幸い、天気は崩れることはなかった。雲が少し浮いているのと、自然のまっ
ただ中にある山という訳でもないのとで、満点の星空とはいかなかったが、そ
れでも街にいるときよりはずっと星の数が多い。その星空の下、お定まりのキ
ャンプファイヤーと相成った。
場は、それまで縁のなかった二組(正確には三組)が一緒になったにしては、
盛り上がったと言えよう。鮫島夫人はまだ取っつきにくそうにしているが、他
は会話もかなり弾む。
「へえ、部長さん。そうなんですか、銀行の」
鮫島の話を聞いていた宮田は、赤ら顔で何度かうなずく。
「お堅い商売だから、性格の方もそうだと思われがちなんですか、やっぱり?」
「ええ、まあ」
曖昧に笑う鮫島。こちらの方も顔が赤くなっている。それは無論、キャンプ
ファイヤーの炎のせいばかりでなく、アルコールが入ったためだ。
「実際、時間の自由がきかんのです。こうして休みが人並みに八月にとれただ
けでも儲けものでした。こうして家族サービスの真似事ができる……」
鮫島の視線は、少し離れたところにいる妻や娘らに向いた。
「ここでこんな話もなんですが、私、再婚でして」
「ほう、バツイチって奴ですか」
紙コップにビールを移しながら宮田。
「いえ、離婚したんじゃあないんです。前の妻とは死別しまして」
「ははあ……」
笑みを保っていた宮田だったが、これにはさすがに何と反応していいやら困
った様子だ。
「私、落ち込みましてねえ……。小さな娘と二人で、どうしようかと思いまし
た。で、そのとき現れて、力になってくれたのが今の妻って訳です」
ということは、あのアキちゃんって子は連れ子なんだなと理解する宮田。
「だから、せめて年に一度はこうして楽しませてやりたいんです。……あ、申
し訳ない。何だかつまらん話をしてしまって」
「いえいえ。初めて会った私に、そういう話をしてもらえて、こちらとしても
気分がいいもんです」
「どうも」
鮫島は軽くうなずき、再度、妻や娘の方へ目をやった。
その鮫島の妻は、娘のことが心配だというように、アキの側につきっきりで
あった。アキはルミや倫、そして寺坂と共に、栗山の話に聞き入っている。
栗山陽介は、自己紹介のときこそ不愛想にしていたが、酒が入ると陽気にな
る達らしい。自分の仕事ぶりを面白おかしく話して聞かせていた。
「それでさ、また新しいアイディアをひねり出さなきゃならないんだけど、簡
単には出てこない。人から聞いたアイディア捻出法を試してみることにした。
広辞苑でも何でもいいから分厚い辞書を用意して、でたらめに二箇所、単語を
選ぶ。それを無理矢理結びつけることで、新たな発想が生まれるというんだ。
サイコロを振ってやってみたら、ザウァークラウトとちょろけんときた、何の
ことだか分かる?」
みんな首を横に振る。
「素直な反応でよろしい。ザウァークラウトは確か、キャベツの塩漬けを発酵
させたドイツの漬け物。ちょろけんは説明が難しいんだけど、ちんどん屋みた
いなもので、大きな篭状の物に顔を書き、それを人が被って往来を歩いたらし
い。『ちょろが参じました』と叫びながらね」
「それで、どんなアイディアになったんです?」
興味深そうに倫。炎の熱を避けるために、両手を頬にあてている。
「とても無理! 漬け物とちんどん屋じゃね。でも、そこから出発して、ちん
どん屋を主人公に世界各国を回るゲームを考えて、会社の方に提出した」
「結果は?」
「結果? 当然、あっさりと却下されたよ。これはまあ、僕が作った中で最低
の部類に入るんだけどね。とにかくまあ、こんな風に苦労してるんだよ。君ら
みたいな世代はどんなゲームを望んでるのか、教えてくれたらありがたいねえ」
いささか空虚な笑い方をする栗山。話の内容は興味深くても、その酔い方に
ついていけなくなる頃合のようだ。
結局、鮫島夫人が子供はそろそろ寝ましょうと言い出したことで、ルミ、ア
キ、倫の三人は小屋に戻ることになった。当然のごとく、鮫島夫人も一緒。
「火の始末には注意してね」
「ああ、山火事になってはたまらん」
戻りかけの夫人の言葉に、鮫島はさしたる考えもなしにそう答えた。が、夫
人はいい顔をしなかった。
「冗談じゃありませんからね。酔っていても、本当にきちんと火を消してくだ
さい。あの、宮田さんにもお願いしておきますわ」
やや口調を変えて宮田にも忠告してから、鮫島夫人は子供達に続いて小屋に
入っていった。
「いやあ、しっかりした奥さんですね」
「とんでもない、口うるさいばかりで」
宮田と鮫島の話は、まだ終わりを迎えそうもなかった。
子供のお守りを終えた栗山と寺坂は、その表情を一変させていた。どうやら、
栗山は酔いが回ってきたふりをしていただけらしい。
二人は身体を寄せ合うように立ち上がると、鮫島らからさらに離れていった。
「もう。ずっと、中坊や高校生の相手してるのかと思った」
「馬鹿だな、そんなもったいないことできるか」
そんな会話を交わしながら。
−−続く