AWC 誰が為の夜 4     永山


    次の版 
#2775/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/ 9/30   8:43  (174)
誰が為の夜 4     永山
★内容

 夜、長辺の元へ電話を入れる。こちらが名乗ると、いきなりの剣幕。
「相原さん、どうしてたんです! もうだめかもしれないのに、こっちは」
 長辺だった。俺は一旦、受話器を耳から遠ざけ、向こうが静まってから、相
手に訳を聞いた。
「大変なんです! たった今、達也が命を狙われたんです」
「何だって?」
「今日は営業だったんで、控え室は粗末なプレハブ小屋みたいな物でした。そ
この窓が開いていたんです。突然、窓から変な男が入ってきて、カッターナイ
フのような物で襲われたんです」
「彼の怪我の具合は?」
 まず、それを聞いてみたかった。
「顎の下、やや左寄りに五センチほど切りました。幸い、傷は浅かった−−」
「傷はそれだけで?」
「それだけですよ」
 むっとしたような声の長辺。かまわず続ける。
「長辺さん、あなたはその場にいたのですか?」
「いいえ、席を外していました。達也一人のときに襲われたんです」
「カッターナイフか何か知りませんが、凶器は見つかった?」
「いえ。警察が調べたんじゃないんで絶対確実とは言いませんが、犯人が持ち
去ったんでしょう。どうしてくれるんですか、相原さん。今度ばかりは警察に
届けるべきかどうか、迷っているんです」
「ほう」
 俺はわずかだが感心した。が、それはすぐに打ち砕かれる。
「被害届を出さないと、保険が出ないんです。スターの顔は保険の対象になる
んです。顎と言えども傷は傷……」
 俺は彼の保険の話が終わるのを、受話器を遠ざけて待った。
「凶器が未発見なら問題があるな。現場に行きます。どこです?」
 俺はメモを取った。都心から割に近い街なので助かった。

 近くの病院へ出向き、俺は長辺と会った。杠葉達也は傷は浅いものの、殺さ
れそうになったショックのため、休んでいるということだ。俺は杠葉のいる部
屋へと案内してもらった。
「現場を見てきましたよ」
 二人を前に、話し始める。証拠はない。
「カッターナイフは落ちていなかった。だが、こんな物が落ちていた」
 俺は現場で拾った物を取り出した。細かいのでビニールの袋に入れてある。
「これは……?」
 訝しげな目つきの長辺。杠葉は無表情だ。
「カッターナイフの刃。バラバラになってるが、元の状態につながっていたら、
充分、凶器となる」
「そいつで達也は襲われたんですか……? おい、達也、こんな凶器だったの
か? おまえは確か、凶器は青い柄のカッターナイフだと言ってたが」
「さあ……忘れたな。記憶、曖昧で」
 首を振る杠葉達也。俺は再び喋り始めた。
「今日、島原さんに会ってきたよ。島原明奈さんに」
「……それが? 前から聞いてたけど」
 杠葉に変化は見られない。内にあるものを隠そうとしている風に取れなくも
ない。
「彼女から聞いたんだが、君、この世界の仕事を辞めたがっているんだってね」
「……」
「ええ? 本当か、達也?」
 無反応な杠葉と騒ぎ立てる長辺。
「本当ですか、相原さん!」
「俺はそう聞いたとだけ言っておきますか。もう一つ、長辺さんには静かに聞
いてもらいたいことがある。杠葉達也は自殺未遂を起こしている」
 素早く言い切ると、聞き手二人の言葉が重なった。
「何ですって? 自殺未遂って」
「あいつ、そんなことも言ったのか……」
 俺は長辺を黙らせるべく、簡単に島原の話を伝えた。
「杠葉君。君はここから逃げ出したがっている。今も昔も。一度は死を考える
ほどまで。さすがにそれは、彼女が許さなかった。君は悩んだ。周囲のしがら
みで自分の自由にならない。そこで思い付いたのが、今度の狂言だったんじゃ
ないのか」
「……よく、分かりましたね……」
 実にあっさりと、杠葉達也は認めた。隣で長辺がパニックを起こしている。
「何? 何だって? 狂言とはどういうことなんです!」
「脅迫の一件は全て、彼が仕組んだことだった。それだけだ。彼は今の仕事を
辞めるために、自分で自分に脅迫状を書いたんだ」
「そんな……だったら、私に一言、相談をしてくれても」
 長辺の言葉を、杠葉のきつい言葉が打ち消す。
「よく言えるな! あんたは契約書だの、売り出しにこれだけの金がかかって
るからその金を回収するまでは働けだの、色々と言って俺を手の中に置きたが
ってたじゃないか!」
「それは……この業界の常識だ」
「言い訳だよ、それは。俺は自由にやりたかったんだよ。せめてしばらくの間、
休みたかった」
「……」
 長辺が静かになったところで、俺は説明を試みる。
「君は最初、脅迫状だけでこと足りると考えていた。が、マネージャーもプロ
ダクションの他の連中も本気にしない。警察に知らせず、気休めに俺みたいな
探偵を雇っただけだ。君は次の段階に移る。そう、本当に自分が狙われている
ように見せかけるのだ。どこで手に入れたのか知らないが、農薬を自分の弁当
にこっそりと振りかけ、それを口にするなんて大した度胸だ。まあ、助けてく
れるという計算があったんだろうがね」
 俺は杠葉を見た。あどけない顔が消えている。
「続けてください」
「……まだ脅迫状の要求を受け入れないばかりか、警察へさえも届けないマネ
ージャー。君は次に何をすべきか考えていた。そんなとき、あのライト落下事
故だ。あれ、偶然だろう?」
「そうです。あのときばかりはひやっとしましたよ」
 ようやく笑った杠葉。だが、それもすぐに元へと戻る。
「危ない目に遭ったものの、これ幸いとばかり、君は第二の襲撃を受けた風に
振る舞った。しかし、それでも要求を飲む気配はないし、警察にも届けない。
仕方なく、君はもう一度、襲われるふりをすることに決めた。警備が手薄な地
方の営業が、その舞台に選ばれた訳だ。一人、控え室にいるとき、いきなり窓
が開いて、男に襲われるという設定。凶器もうまく始末できたし、万全だと思
ったんじゃないかな」
「そんなことは思わなかった。ただ、今度のが最後になればいい。これで辞め
られたらいいと願ってはいましたけどね」
 うつろな笑みを浮かべる杠葉。演技ではなく、本当に顔色が悪くなっている
ようだ。
「……長辺さん」
 俺は茫然自失の観があるマネージャー氏に声をかけた。
「これでいいでしょう。俺の仕事はここまでだ。あとはあなた達で決めてくだ
さい」
 そして俺は一人、病室を出た。

 あれ以来、何週間経過したことだろう。俺は充分な報酬を得て、一時的では
あるが満足していた。
 しかし、気分はすっきりしていない。杠葉達也が芸能活動を続けていること
が気になってしょうがないのだ。
 そんなことぐらいしか頭を悩ませる問題を抱えていなかったある日、俺は街
で偶然を経験した。
「島原明奈……」
 その小娘を見かけたとき、俺は名前を呼び捨てにしてつぶやいていた。彼女
も俺に気付いたらしく、目で驚きを表している。
 そしてどうした訳か、小娘は逃げたのだ。
 俺は追った。だてに探偵をやってるんじゃない。こんな子供の追跡ぐらい、
片目でもできる。実際、ほんの数分で俺は島原に追い付いた。
「何故、逃げる?」
 息も乱さず、俺は相手に詰問する。
「……なーんだ。ばれたのかと思ってたら、そうじゃないんだ」
 作ったような台詞を口にする島原。
「どういう意味だ?」
「達也のこと」
「あいつのことなら妙だとは思ってるさ。あれだけの大騒ぎがあって、どうし
てまだやってるんだってな」
「……いい人だから教えてあげるよ、相原さん。パフェをおごってくれたらね」
 俺は相手の要求を飲んだ。これで疑念が晴れるなら、実に安い買い物だ。そ
れにしても、再びこんな小娘と喫茶店で相席しようとは想像もしなかった。
「さて、話してもらおうかな」
 舞台は整っていた。以前と同じ、パフェにコーヒー。俳優も同じだ。違って
いるのは配役だけかもしれない。
「もう、長辺んとことは切れてるんでしょ?」
「ああ」
「だったら、いいかな。絶対に漏らさないでね。……あのね、相原さんも達也
の計画に乗っちゃってたんだよ」
「達也の……計画……?」
 相手の言葉を俺は繰り返した。さっぱり分からない。
「達也が仕事のことで悩んでいたのは本当。でも、それは辞める辞めないじゃ
ない。ギャラが少ないってこと、それだけだったの」
「……」
 黙っていた。もう、おおよその察しはついたが、解説を聞くことにする。
「すごく稼いでいるはずなんだけど、渡される額はその十何分かの一だって、
達也は言ってたわ。抗議してもまともに取り上げてもらえない。それで考えた
のが、自分が仕事を辞めたがっているという設定。辞めたがっているのをプロ
ダクション側に引き留めさせるため、あんな手の込んだことをやったんだ。う
まい具合に達也はそれなりに売れてたから使える手よね。おかげで今、達也の
ギャラは大幅にアップしているよ」
「自殺未遂も作り話か」
「うん」
 あどけないまでの笑顔で認めた島原。
「だいたいさ、初めて相原さんと会ったとき、私が喋ったことのほとんどは、
達也から指示が出ていたんだよ。これこれこーゆーことを向こうに教えてやれ
って。達也、感心していたわ。あれだけのヒントでこうもうまく推理してくれ
るとは思ってもいなかった。あの探偵にも感謝しなきゃなって」
「そうだろうとも。俺でなきゃ、おまえらの気持ちは全く分からなかったはず
さ。事件の顛末も、こううまく転がりはしない」
「そうよね。でも、私、悪いことをしたなんて思ってない。みんなが喜んでい
るんだもの。達也はお金が手に入った、私は達也の役に立てた、相原さんは報
酬を受け取った」
「マネージャー氏は?」
 パフェを頬張る彼女に、俺は聞いてみた。
「長辺? そうねえ」
 いたずらっぽく笑う少女。
「達也みたいな将来のスターを手元に置いとけたんだから、喜んで当然よ」
「ふ、違いない。杠葉達也は役者でも成功しそうだからな」
 俺は自嘲気味に笑った。その笑いはやがて本物の笑いとなった。

−−終わり


相原克シリーズ  美しき依頼人 Tの殺人




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE