#2774/5495 長編
★タイトル (AZA ) 94/ 9/30 8:39 (190)
誰が為の夜 3 永山
★内容
「これがリストです」
と、長辺から事件のあったテレビ局に当日出入りしていた人物の一覧を渡さ
れたのは、一日経った朝だった。またもテレビの仕事らしく、俺と長辺は控え
室にいる。杠葉本人は仕事中だ。
「早いな」
「それはもう、達也を護るためですから」
長辺の言葉は、昨日の彼の言動と矛盾しているように感じる。
「あれもいい根性をしている」
リストに目を通しながら、俺は話をつないだ。昨日、立ち直ったあいつは、
何事もなかったように仕事をこなしていったのだ。
「じゃ、私は達也を見てないといけないんで」
マネージャー氏はスタジオへ向かうため、出て行った。
一般の客を入れる公開番組でなければ、収録中は杠葉の側を離れてもいいと
許可を得ているので、俺はリストを眺めることに専念する。弁当が局に届けら
れ、さらに各控え室に配布されるまでの行動も、分かる範囲で調べてもらって
いる。単純に、アリバイが成立する連中は除外してもいいと考えている。
その線で進めていったところ、細かい雑用をやる下っ端の人間ばかりが残っ
た。当然、アルバイトもこれに含まれる。
俺はまず、一人の名を記憶した。赤堀克毅−−当日、弁当を受け取り、配布
したバイト学生だ。犯人であろうとなかろうと、彼には話を聞かねばなるまい。
それにしても、失敗だったと後悔する。この赤堀ぐらいはすぐにでも掴まえ
て、昨日の内に話を聞けばすむことだった。それを、長辺が騒ぎにならぬよう
穏便にと言うので、必要以上に大人しくしてしまっていた。俺らしくもない。
そんな折、飛び込んできた男がいた。見たことのない若者で、俺は身構えた。
「あの、あなたが相原さん?」
若い男は息を切らせながら言った。警戒を解く。
「そうだが」
「長辺さんが呼んでます」
「杠葉達也に何かあったのか?」
「詳しくは向こうで……急ぐように言われてますんで」
彼の案内で広い局内の廊下を走る。どうやって道を憶えているのだろう、や
がて目的のスタジオに到着した。騒然とした空気が伝わってくる。
「ああ、相原さん!」
手を振る長辺の周辺は人だかりができている。駆け寄り、輪を割って入る。
中心で、杠葉達也が左足のすねの辺りを両手で押さえ、うずくまっていた。
「ライトが落ちたのですか?」
周囲の状況を見て、俺は聞いた。言葉は一応、丁寧にしておこう。俺が杠葉
に雇われた探偵ということは秘密なのだから。確か、長辺のところの芸能プロ
の新入社員で、見習い兼ボディガード役でついて回っているという設定だった。
「そう。まっ逆さまに」
答えたのは長辺でなく、中年の髭の男。彼が指を立てているので天井を見や
ると、等間隔に列んだライトの一箇所が、ぽんと抜けている。
「照明は誰が関わっているんで?」
小声で俺は長辺に聞いた。
「操作はサブコン−−副調整室にいるスタッフが。あの位置に照明を固定した
のはバイトだと聞いています」
「ふん……ネジをゆるませておけばライトが落ちることはあるんですね?」
今度は全員に聞いてみる。さっきの髭の男が口を開いた。
「それはそうだよ。試したことはないがね」
「誰かが下に来たとき、タイミングよく落とせるもんですか?」
「……無理だろうな。そりゃ、紐でも付けて引っ張ればできるだろうけど、そ
んな目立つ物は見えなかったしな」
「なるほど。どうも」
俺は頭の中で結論を出す。あとでライトが固定されていたとこを見なければ
ならないが、リモコンだの何だのの複雑な細工がしてあるとは思えない。リア
リストとしての結論、ライトの落下は偶然であり、杠葉が脅迫されている件と
は無関係なのだ。
「立てるか」
長辺だけでなく、テレビ局の人間や他の出演者が杠葉に言葉をかけ、手を貸
そうとしている。
「何とか……つぅ」
顔をしかめると、杠葉は伸ばしかけた足を再びかくんと曲げた。結局、杠葉
は休むことになった。さしもの長辺も観念したか、このあとの仕事もキャンセ
ルの模様だ。
とにかく病院へ行き、傷の程度を診てもらう。幸い、骨は無事だったがかな
りひどい痣が数日、消えないで残るだろうということだ。
「どうなっているんです?」
病院から帰りの車中、長辺が言った。まるで俺が悪いかのようだ。ま、ぼさ
っとしていたから杠葉に怪我をさせたと言えなくもないが。
「……いや、まだ何も分からない」
ライトについてのさっきの結論は伏せておくことにした。なお、あれからす
ぐにライトの固定されていた場所が調べられ、何の細工の痕跡もなかったこと
が判明している。
「風雲、急って感じだね」
何故か愉快そうにしている杠葉。俺は彼の言葉は無視した。
「テレビ局の人間かと思っていたが、分からなくなった。昨日はあっち、今日
はこっちという風に局を変われるもんじゃない。例えバイトだとしても、そん
な都合よくできるはずがない」
「言われてみればそうですね。おかしい……」
俺の意見に長辺はうなずくが、杠葉は我関せずの体だ。
「どこから手を着けていいのか、分からなくなったな。ちょっと違う角度から
攻めてみたいんだが、いいかな、長辺さん?」
俺の申し出を、マネージャー氏は心底驚いて受け止めたらしい。彼は目を大
きく見開いた。
「で、ですが、あなたがいないと、私一人じゃ護りきれませんよ」
「自分がいたって、ライトが落ちてきた。大丈夫、何人いようがやられるとき
はやられる、無事なときは無事なんだ」
我ながらいささか無責任な言葉を吐いたものだ。
「ででも、は犯人の手口はエスカレートしています。これ以上過激な方法にな
ったら、とても私一人じゃ」
どもりがはっきりとしてくる長辺。落ち着かせるために、希望的観測を断定
的に述べる。
「何とかする。心配しなさんな、この調査で手がかりが掴めるはずなんだ。だ
から、俺に別行動を取らせてほしい」
「そうですか……」
長辺は杠葉へ目を向けた。
「達也はそれでいいか」
「別に……」
ふてくされたような杠葉。また生意気な態度に戻っている。
「自信がない人には下りてもらえばいい」
「言ってくれるね」
俺は軽くにらんでやった。別にガキ相手に本気になるつもりはないが、節度
がある。
びくっとして全身を引く杠葉。ここらでいいだろう。
「じゃ、その角で降ろしてもらいますか」
俺は手をひょいと挙げ、さっさと車から降りてやった。
別角度から調べると言ったのは、目算があってのことだ。
杠葉の彼女−−名を島原明奈と言った−−に会ってみるつもりなのだ。その
娘に会えば、杠葉の普段の顔が分かるかもしれない。そして、杠葉が自覚して
いない周囲の人間関係から、何かが見えることを期待しているのだ。
「あなたが探偵さん?」
島原は物珍しそうにしている。彼女の前には色々ごちゃごちゃつまったパフ
ェがあり、俺の前にはブラックコーヒーがある。窓の外を眺めると、夕闇の迫
る気配が少しだけ見えた。
「杠葉から連絡があったんだね?」
おじんくさい台詞しか出なかった。まあいい、必要なことだけ聞き出せばい
いのだ。
「そう。達也、適当にあしらっとけって言ってたけど、私、探偵にも興味ある
から」
脈絡に乏しい文章だった。だが、杠葉がこの娘を気に入ってるのも分かる気
がした。
「それで何を」
「聞きたいの?」という言葉は、スプーンにのせたクリームとともに飲み込
んでしまったらしい。
「杠葉達也の普段が知りたくてね」
「−−あなた、本当に探偵? まるで芸能週刊誌かなんかの記者みたいだ」
アイスの冷たさに片目をつぶりながら、島原はずけずけと言う。
「って、君は芸能週刊誌の記者に取材を受けたことがあるの?」
「は」
ころころ笑い始める島原。
「そりゃそうよね。そんな経験ないのに言ったらだめだな。でも、ほんと、相
原さんって記者っぽいんだから」
俺もつられた。こんな小娘相手に笑っているのは、端から見れば変だろう。
だが、話に弾みが着くのならよしとする。
「達也はね、ふつーだよ」
「普通?」
「そう。テレビで見せてるのは嘘、この世を忍ぶ仮の姿」
冗談のように続ける。とにかく聞こう。
「本心では辞めたがっているんだよ、達也。一緒にいて話すことったらその話
題が一番多いの」
「それならどうして彼は芸能人を続けているんだ?」
「契約書でしょ、母親の期待でしょ、その上、周囲が達也をスターの卵として
扱っているから逃げ出せないのよ」
島原の話によれば、達也の母親は息子が大変な自慢らしい。小さな頃からモ
デルのような仕事を達也にさせ、ここまでこぎ着けた……。
「誰も知らないこと−−私と達也の他は誰も知らないこと、教えて上げようか」
「……どうして?」
「え?」
「今まで誰にも打ち明けていない話だろう。それを今、どうして俺、いや、私
なんかに話す気になったんだ?」
「あ、相原さんて、自分のこと、『俺』って言うのね」
「はぐらかさない」
厳しく言う。ひょっとしたら教師と生徒に見えるのではないかと思えてきた。
変な気分だ。
島原は長いスプーンでパフェをいつまでもかき回していた。白と茶色が混じ
り合い、あまり口にしたくない色合いとなる。
「……信用できそうだから。相原さんなら達也のことを思って、よい方向に持
ってってくれそう」
「それで?」
小娘のお世辞を受け流し、先を促す。
「達也はね、自殺をしたことがあるんだよ」
あっけらかんとした言い様に、俺は驚きと笑いをこらえるのに苦労した。
「……自殺したら死んじまう。自殺未遂の間違いだろう?」
「あ、そうそう。でも、本気だったはずだよ。まだ売り出し始めの頃で、一部
にしか人気は出てなかったけど。真冬の寒ーい日、私とデーとしてたんだよ、
デート。で、そろそろ帰ろうかっていう夕方にさ、達也、もう仕事は辞めたい
って口走ってから、いきなり川に飛び込んだの」
「……それから」
「それから、私、助けようと思って、辺りを見たけど、誰もいない。しょうが
ないから私が自力で助けた」
「飛び込んで?」
「まさか。運良く、河原に古タイヤとかロープとか放置してあって、それを適
当に結んで、放り投げたの。それがばっちり、ストライクって感じで達也に届
いた。あとは無我夢中。くたくたに疲れたけど、達也を助けることができたわ」
喋り終えると、島原はまたパフェに挑み始めた。
「ちょっと待った。そのまま帰ったんじゃないだろ? ずぶ濡れの服は?」
「あ、私の家が近かったから、連れていって、適当に兄貴の服を取ってきたの。
もちろん、親や兄貴には気付かれないようにね。達也の服は後日、洗濯して渡
して上げたのでありマス」
「……」
考えるためにコーヒーを口にした。まだ温かいのが唯一の救いの、まずいコ
ーヒーだった。
「……今でも達也−−杠葉達也は死にたがっているのかな?」
「分かんない。少なくとも、仕事を辞めたいって言ってるのは今でも聞くよ」
「そうか」
俺はうなずいた。分かったような気がした。
−−続く