AWC 誰が為の夜 2     永山


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#2773/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/ 9/30   8:36  (197)
誰が為の夜 2     永山
★内容

 野郎のボディガードなんてするもんじゃない。俺は最初の一日を終えて、そ
う痛感した。
 今朝、引き合わされた杠葉達也は、いけ好かない奴だった。
「はぁ、あなたが探偵?」
 寝ぼけ眼をこすりながら発した、これが挨拶だ。どのぐらい忙しいのか知ら
んが、こちらはきちんと挨拶した。どういうしつけをされてきたんだ。
「で、僕のこと、護ってくれるの? まあ、しっかり頼みます」
 変になよなよした手つきをしながら、杠葉は笑った。朝っぱらから、「あは
ははは」ときた。
 急速にやる気が失せた。こいつなら、別に死んでもいいと思ったぐらいだ。
だが、それはプライドが許さん。引き受けたからには意地持でもうまくやって
やる。いや、そもそもだ、こいつの命を狙っている輩が本当にいるとは信じて
いない。いつまで護ればいいのか具体的には決めてないが、比較的楽な仕事だ
ろうな。精神的には分からんが、肉体的には楽だ。
 とにかく、俺は今朝から杠葉について回った。スーツに薄茶色のサングラス
という出で立ちだが、似たような連中が山と出入りしており、さほど目立たな
い。
 車に乗り込むと、いきなり長辺が始めた。
「まず、**ラジオに生で。次に**放送のクイズ番組『ゴールデンボンバー』の録画
。レコード会社の人と昼食を兼ねた打ち合わせをしてから、**テレビのバラエティ−
−」
 この後もマネージャー氏の演説は続いた。俺は聞き流すことに決めた。目を
つぶって適当にふんふんとうなずいておけば、頭にたたき込んでいるように見
えよう。
 やがてぱたんと手帳の閉じられる音。やっとスケジュール発表の終わりだ。
「**テレビ関係は、まず大丈夫だと思うんです。ここはさる事件があったお
かげで、局への出入りチェックを厳しくしたのでね。まず、不審な人物は入れ
ません」
「テレビ局ってのは、一般に人の出入りには厳しい監視の目があると思ってた
んだが……」
 口を差し挟む。これは、俺の正直な感想だ。
「いや、もちろん、厳しいですよ。その中で、**テレビは特に厳しいんです」
「だったら、テレビ局で襲われることはないと見ていいんじゃないかな」
「そう信じたいんですがね。物理的な手段でうったえてくるかどうか、分から
んでしょう」
「……毒、ということで?」
「有り得ると思うんです。局の食堂職員あるいは清掃婦にでもなりすまして入
られたら、お手上げです」
「ふむ。ラジオ局の方は?」
「これも実はテレビ局と似たり寄ったりで厳しいですね」
「つまるところ、危険性は同じってことだ」
 俺は冷やかすように言ってやった。
 杠葉の奴は少しでも眠りたいらしく、車がスタートしてからずっと、目を閉
じたままだ。
 結局、今日一日は何事もなく過ぎた。そして一つの発見があった。
 テレビ局でもどこでもいいが、車から降りるとき、寄ってくる連中がいる。
もちろん、杠葉達也目当ての、いわゆる追っかけなのだろうが、これが俺の神
経を過敏にさせる。ファンを装って杠葉の命を狙いに来られたんでは、とても
じゃないが、面倒見切れない。
 何とかできないかと長辺に言ってみたが、だめだった。
「ファンを邪険に扱ったら、いっぺんに人気が落ちてしまいますよ。あいつは
ちょっと人気が出たと思ってお高くとまりやがって、とね」
 こう言って、長辺は愉快そうに含み笑いをしたものだった。全く、おかしな
もんだ。人気落とさずに命を落としてもいいってか。
 それから一週間が経過。何事もないのはいいのだが、頭が痛くなるような仕
事だということが、よく分かった。例の追っかけには手を焼かされる。遠くか
らにらみを利かせるしかできないとは、冴えない。
 そして杠葉の仕事のパターンというのも、だいたい掴めたと思う。要はテレ
ビ・ラジオの放送局巡りだ。ときに踊りの練習だとか、レコード会社の関係者
とかが顔を出すが、これらは重きを占めていない。
 当然ながら、よく通るルートのチェックもした。万が一、銃撃される可能性
も考え、ビルも調べておいたのだ。これが役に立たないことを望む。
 しかし、杠葉がああいう性格になるのも分かる気がする。周囲が持ち上げす
ぎだ。長辺にしろ放送局の人間にしろ、滑稽なほどだ。どれだけ人気があるか
知らんが所詮はただの高校生だぜ。何てことを口にしたら、きっと「杠葉達也
はただの高校生じゃない。夢(金?)を産む高校生だ」とでも言い返されるだ
ろうな。
 この七日間で、一つ、不思議に思ったことがある。脅迫状の類が一通も届か
なかったことだ。
「どの程度の間隔で届いていたんです?」
 俺は長辺に聞いた。
「初期の頃は大したことなかったんですが、ここ数日、つまり相原さんに依頼
する直前には、三日ほどの間隔だったんじゃないかな」
 長辺の答を聞いて、ますます不思議に感じた。たまたまなのかもしれないが、
杠葉に護衛が着いたことを相手が知ったとも考えられなくもない。それで手を
引いてくれたら最高なんだが、そこまでの僥倖は期待しないでおこう。
 八日目、俺は今日もまた杠葉・長辺と一緒に車に乗り込んだ。
「一週間経ったんだ、少しは個人的なことも聞いておこうか」
 俺は人の好いオジサンのように始めた。的は杠葉だ。今日からは俺流に近付
けてやってやる。
「どうして?」
 相も変わらず眠そうな声だ。
「ひょっとしたら、君のプライベートに理由があるんじゃないかと思ったから
さ。これまで見てきたところ、ライバルの芸能人あるいはプロダクションにし
ても、狂的なファンにしても、手を出して来そうな気配がない」
「あんたがぴたりと着いてるから、警戒してるのかもしれませんよ。その内、
出てくるかもね」
 ぞんざいな口ぶりの杠葉。こいつのこの様子を収録し、どこか週刊誌にでも
売りつけたい気分になってくる。
「あの、相原さん。達也は疲れていますから、そんな質問は」
「朝一で聞いているんだ、こっちは。疲れているなんて言い訳が通用すると思
うな。どうせ、今日の仕事が終わってから聞いても、同じく『疲れた』ってい
う答をよこすんじゃないのかい」
「ですけどね……」
 ぐずぐずしている長辺を制して、杠葉が言った。
「いいよ。少ししか時間ないけど、話す」
 彼は唇をなめてから喋り出した。
「個人的なことって、つまり僕にどんな友達がいるかってことでしょ。親しい
のなんか、ほとんどいない。一週間引っ付いてて分かったと思うけど、学校な
んてまともに行けやしないからね。でもまあ、人並みに彼女の一人はいる」
「おい、達也」
 慌てた様子の長辺。せかせかと眼鏡を掛け直して、きつい口調になる。
「そんなことを言うもんじゃない」
「安心しろ」
 俺はきっぱりと言ってやった。
「そんなネタ、どこにも出しやしない。信用できんなら俺は下りる」
「あ、分かりましたよ、相原さん。すみません」
 長辺はしつこく頭を下げてきた。もういい、おまえのそんな態度より、杠葉
の言葉の続きが聞きたい。
「同い年か?」
「え、ああ、そうそう。生意気だけどかわいいんだ。他の女とは違って、僕の
ことを普通に見てくれる」
「君がその子とつき合っていることで、何かトラブルはないのか」
「さあ……自分では何ともないと思ってるけど」
「ありがちなところ、同じ学校の女が嫉妬してるってのは」
「ああ? そんなのないよ。だって、僕に彼女がいること、学校の誰も知らな
いんだから」
「……そうか。君の彼女ってのは、学校が違うんだな」
 杠葉が黙ってうなずいたところで、車が止まった。最初の仕事場にご到着だ。

 事態が動いたのは、その日の昼だった。
 俺は杠葉達につき合って一時半頃、遅い昼食を取っていた。俺達三人の他は
誰もいない、局の控え室。
「げえ!」
 突然、らしくもない呻きが杠葉の口から漏れた。身体を椅子から滑らせ、床
に横たわっている。
「ど、どうしたんだ達也」
 震える声のマネージャー氏を押しのけ、俺は杠葉の上半身を抱き起こすと、
指を喉に突っ込む。
「何か弁当に入ってたんだ! 救急車!」
 長辺がワンテンポ遅れて控え室を出て行く。俺は水の入ったコップを相手の
口にあてがいながら、呼びかける。
「大丈夫かあ! おい! 全部吐き出せ、残すんじゃないぞ」
 杠葉は小さく反応を示し、水を口に含んだ。空になった弁当の容器でゆすい
だ水を受けてやる。どうにか落ち着いたらしく、杠葉の呼吸が整いつつあった。

 長辺の奴はマスコミに騒がれるのを嫌ってか、救急車を呼ばなかった。代わ
りにテレビ局内に常勤している医者を連れて来やがった。この辺の感覚が理解
できない。
「専門じゃないから断言はできんが、農薬みたいだな」
 医者は診断を下した。
「心配いらん、命は大丈夫だ。胃には入っておらん。ほとんどゼロだろう。念
のため、安静にしておくのがいいが」
「休んだら騒がれてしまいますよ。何のために119番しなかったと思ってい
るんですか」
 相変わらず、長辺は騒ぎを大きくしたくないスタンスのようだ。
「そりゃあ、勝手に動く分はかまわん。わしには関係ない」
 そして医者は親指と人差し指とで円を作った。顔が笑っている。
「しょうがないな、今はこれだけ。足りない分は他で埋め合わせするから」
 長辺は財布から何枚かの万札を出し、素早く医者に握らせる。医者は黙って
うなずくと、白衣のポケットに両手を突っ込み、ぶらぶらと出て行った。
「あんた」
「相原さんも黙っててくださいよ」
「そんなこと言ってるんじゃないさ。殺人未遂だぜ。警察はおろか、救急車も
呼ばないとは、あんまりじゃないか」
 俺は横になって休んでいる杠葉を指差した。
「達也の希望ですからね。何があってもぎりぎりまで騒ぎ立てないでくれって」
「ぎりぎりってのは、今じゃないのか?」
「さっきあったことは、単に達也が飯を喉につまらせただけです」
 長辺の目はまじだった。俺はあきらめた。見えない犯人を追うとしよう。
「……弁当は誰が運んできたんだ?」
「いつものように、この局の若いのが運んだんでしょう」
 長辺は時間を気にしながら、気のない返事をよこす。
「不確かなんだな。この局の人の出入りは?」
「チェックされてますよ。一番厳しいところです」
 俺は思い出した。
「弁当屋が自分とこの商品に農薬を入れるとは思えんしな。だいたい、被害に
遭ったのは杠葉だけだ。他の多数の弁当には、農薬は入っていなかったはずだ。
たった一つの農薬入り弁当がたまたま回ってきたとは、考えにくい。どうやっ
て杠葉達也だけに農薬入り弁当を食わせたのか、それが分かれば犯人も絞りや
すい」
 考えをそこまで口に出してから、新たに思い付いた点があった。俺は少し修
正をする。
「待った。何も杠葉本人に食わせなくても、長辺さん、あんたかもしくは俺が
農薬入りを食ってもいいんだ。それだけで充分、警告になる」
「じゃ、じゃあ、狙われるのは達也に限らないんですか……」
 口をぱくぱくさせる長辺マネージャー。古くさい表現がお好みなら、酸欠の
金魚と描写してもいい。彼も最終的には自分が大事ということだろう。
「いずれにしても、考えられるのは局内の人間しかいない。バイトで入ってい
る連中も含め、徹底的に調べたい。長辺さん、手回しを頼みますよ」
「それぐらいなら、何とかできるでしょう」
 長辺が言い終わったところで、杠葉が目を覚ました。
「大丈夫か、達也?」
「……うん。何とかね。すっげー苦かった。変な臭いもしてたんだけど、自分
が疲れてるせいだと思って気にしなかったんだ」
「これからは気を付けてくれよ、スターさん」
 俺は見下ろすように言った。
「ああ、あなたが助けてくれたんだっけ。それぐらい憶えている。何だったの
さ、俺が飲み込みかけたのは?」
「それだけ元気がありゃ、大丈夫そうだな」
「質問に答えてくれよ」
「俺が確かめた訳じゃない。医者は農薬だと言っていた」
「農薬か、格好悪いな。難しげな毒薬なら、様になるのに」
 杠葉は照れたように笑いながら言った。勝手にしてくれ。

−−続く




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