#2670/3137 空中分解2
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雪月花荘の殺人 8 永山
★内容
「外に放っておく訳にもいかず、孔雀をそこに運びました」
東海先輩は、部屋の隅の、毛布をかけられた場所を指し示した。あの下に…
…。
「孔雀の身体は冷えきってました。かなり長時間、外に出されていたんでしょ
う」
「じゃあ、死因は凍死?」
桜井君が口を挟むと、部長も副部長も、強く否定した。
「違う。まず、俺達は彼女の身体が奇妙に曲がった格好だったことから、転落
したんじゃないかと考えた。しかし、中庭のどまん中に転落するのは不可能だ
から、それは死因とは無関係と判断した。次に、彼女は寝巻姿だったんだが、
背中側の襟と裾の一部に何かで擦った痕跡があった。それを確かめるために、
背中を見たんだが、背骨に沿う形で擦傷があった。だが、これも死に直結する
ような深いもんじゃない。それから首にある痕に気付いた。これでやっと分か
ったんだが、死因は扼殺。手で締め殺されたんだ」
静かになった室内。生々しい想像をしてしまった人が多いだろう。
「あの、扼殺なら、眼球が浮いていたり、舌が弛緩していたりするんじゃない
んですか? すぐに分かりそうなものだと思うんですが」
おずおずと、本山が質問をした。
「それが、犯人の手によってだろうが、無理に戻された形跡があったんだ。で、
気付くのが遅れた」
「手形が首になかったのか?」
今度は有間が言った。東海先輩達に対しても、段々と荒っぽい言葉遣いにな
っているみたい。
「うっすらとはあったが、誰の手形だなんて言えるもんじゃなかった。警察が
調べれば、左右どちらが利き手かぐらいは分かるんだろうが」
「そうだ。警察への通報はどうなんだ? この天気なら、何とか行けるんじゃ
ないか?」
露桐先輩が言ったが、砂原さんの方は首を振るだけ。
「駄目なんですか?」
「ああ。この積もり具合いじゃ、歩くなんて無謀すぎる。空だって見ろ、また
いつ降り出して来るか分からんぜ」
確かに、空は大部分が曇っている。
「とりあえず、遺体を食堂の方に運びたいんですが、砂原さん」
「うん? ああ、そうか。鍵だったな。ほら」
投げ出すようにして、砂原さんは食堂の鍵を部長に渡した。
ここで断っておくと、食堂とか客間とかいった共同の場所の鍵は、砂原さん
が所有し、各自の部屋の鍵は自分達が持っているの。各自の部屋の鍵にしたっ
て、渡されている鍵だけであって、他にはスペアがないのよ。
先に鍵を開けに行った部長が戻って来ると、毛布をかけられた孔雀は、そろ
そろと運び出され、あたし達の視界から消えた。
「さて、また昨夜の行動を聞いてまわるのかい?」
戻って来た東海先輩達に対し、有間が声を浴びせた。部長は鍵を砂原さんに
返しながら、応じる。
「……死亡推定時刻が分からないからな。全員に聞くのはやめて、何かを見る
なり聞くなりしたという人にだけ、発言してもらおうか」
「その前に、現場の状況の方をすっきりさせないといけないわ」
ミエが口を挟んだ。
「そうだな。状況は今まで言った通りでほとんどなんだが、敢えて付け加える
とすれば、孔雀の身体の上に雪はほとんど積もっていなかったってことだ」
そうなると、犯人なり孔雀なりの足跡が雪に残ったんだけど、その後の降雪
で分からなくなった、ということはなくなる。
「もう一つ、あります。彼女は履物を履いてましたか?」
「履物? いや、履いてなかった。裸足だったよ。つっかけみたいな靴なら、
脱げたとも考えられるが、冬にそんな物を履くこともないだろうし」
そうだ。寒さに弱いって言っていた彼女が、裸足で外にいるのはおかしい。
ということは……。あたしが考えていたことは、ミエが言ってくれた。
「では、状況として考えられるのは、どこか−−恐らくこの家の中のどこかで
殺された孔雀は、犯人の手によって中庭の中央に置かれたとなるんですか?」
「不自然だが、そうなるな」
腕組をしながら、東海部長が答える。
「さあ、犯人を見つけるためだ。何かなかったか、積極的に発言してもらいた
い」
部長はそう言った後、全員を見渡すようにしたが、誰も何も言わなかった。
「……しょうがないな。では、昨日、一番最後に孔雀を見たっていう人、手を
挙げてほしい」
今度はしばらくすると反応があった。手を挙げたのは、真子。木原真子だっ
た。
「あたしだと思います」
「そうか。そのときの様子を頼む」
「あの、昨日の夜、十時三十分ぐらいだったかな。孔雀ったら何も喋らなくな
って、心配していたんです。そりゃあ、あんな事件があったんだからそれも不
思議じゃないかもしんないけど、少なくともあたしにだけは口をきいてくれて
たんです。でも、それもなくなって、どうしたのかなと心配で、それで彼女の
部屋に行きました。孔雀はあたしを中には入れてくれず、ドアのところで言葉
を交わしただけでした」
「その会話の内容は?」
「えっと、何か思い詰めた表情で、『あたし、すごく嫌な想像をしているわ。
でも、万が一、それが本当だったら……。確かめるのが恐いけど』。そんな言
い方でした」
「ふうん。仲々、意味深だな。その様子だと当然、網川の事件に関連しての『
想像』なんだろうな」
「だと思います」
「分かった。午後十時半だな。これより後に孔雀を見たの、いないか?」
反応なし。それもそうかもしれないわ。昨日はみんな、だいたいが十一時に
は寝たでしょうから、真子の証言より後に会っていたら、それは犯人と思われ
ても仕方がない。
「いないみたいだな。では、逆に、昨夜の十時半から今朝の、そうだな、七時
半までのアリバイを証明できるのは?」
「いる訳ないじゃないか」
有間がぼそっと答えた切り、客間は静かなまま。
「そうか、いないか。また、枠を絞れないなんて」
頭を抱える部長。
「紙の上で遊んでただけなのに、調子に乗って、できもしない捜査の指揮を取
ってるつもりなんだな。ご苦労なことだ」
「そこまで言われる筋合いはない」
有間の言葉に対して、即座に剣持が反応した。
「ほう、えらく強く否定したな。ま、それだけ自信があるんだろうが、こっち
としちゃ、もうゴタゴタはごめんだね。そうでしょ、砂原さん?」
「あ、ああ」
「事件は推理研の間で起きているのに、その火種がこちらにまで来たら、たま
らない。積極的に協力するつもりはないから、そのつもりでいてくれよ。まあ、
犯人が分かって、そいつが俺達の横を通り抜けて逃げようとしたら、捕まえて
やらんこともないがね」
「東海、俺も気持ちは有間と同じだ」
憎ったらしい有間の後に、砂原さんが続いた。
「こっちとしちゃ、好意のつもりでおまえ達を招いて上げたんだ。それがこん
なことになるなんてな。下手したら、俺は、就職先から変な目で見られかねん。
いいか、追い出すなんてことは言わん。自分達の部ぐらい、しっかりまとめと
け」
言われっ放しの東海先輩。仕方の内面もあるけど、ここまで言わなくても。
「あたし、部屋、変えてもらいたいわ。今の部屋、N大の連中のまっただ中な
んだもん。いつ、間違って殺されちゃうか分かったもんじゃないわ」
泊出も、甘えた声と刺々しい声が入り交じっている。とうとう、地が出たっ
て感じよ。
「それなら、俺が変わるしかないんだな」
露桐先輩が、低い声で言った。先輩の部屋は、一階の、砂原さん、有間に続
く3号室。N大とW大を分けるには、ここを入れ換えるしかない。
「女子がかたまっているとこに入るのも何だからな、網川が使っていた部屋に
移らせてもらう」
「そう? それはありがたいわ。早速、出て行ってよ。あたしだって早く下に
移りたいんだから」
ああ、もう。キレそうになる! 有間とこの泊出の口、何とかして! そも
そもおかしいわよ。こんな状況のときに、わざわざ対立するようなことをしで
かすなんて。
結局、まるで喧嘩別れするみたいに、第二の事件報告は幕を閉じた。
「死んだ人の部屋なんて、大丈夫ですか?」
真子が不安そうに、露桐先輩に聞いている。荷物を手にした先輩は全く表情
を変えずに、
「何ともないさ。ここで事件があった訳じゃなし、網川だって、同じ部員に悪
さはしないさ」
と答えた。
もはや、二つのグループにきっちりと割れた。食事も風呂も勝手にやってる。
この事態は最悪の結果を生みかねないと思うんだけど、仕方ないのかしら。
「桜井、遺体の写真、念のために撮っておいてくれ。それがすんだら、中庭の
写真も頼む。だいぶ時間が経ったから、意味がないかもしれんがな。それもす
んだら、孔雀の部屋に来てくれ」
そんな部長の声が聞こえたかなと思ったら、今度はこちらに声がかかった。
「孔雀の部屋を見ようと思うから、手の空いてるのは全員来てくれ」
手の空いてるったって、特にすることがないんだから、全員があてはまる。
もちろん、桜井君はいないけど。
「全員が部屋に入ることはできないから、何人かずつ組で、順に見てもらいた
い。気付いたことがあったら、何でも言ってくれ」
そうして、東海部長はノブに手をかけた。またも鍵はかかっていなかった。
三人一組で三組になって順次、入ってみたけれど、特に事件に関係ありそうな
物事は見つからない。鍵もちゃんとあったし、窓は閉まっていた。
「一つ、気になった点があった。寒がりだったよな、孔雀は?」
全員が部屋の中を見た後で、東海部長が言い出した。数人が、うんうんとう
なずく。
「それなのに、上っ張りはこの通り、部屋に置かれたままだったぞ。いくら寝
る直前まで、暖房が効いていたにしてもだ。これはどういうことを意味してる
んだろう?」
「……彼女がこの部屋から出ていないってことじゃないですか?」
マキがつぶやくように言った。
「俺もそうだと思う。自分から進んで、この部屋から出てはいないってことに
なると思えるんだ。だから、実際の犯行があったのは、ここかもしれない」
そう指摘されると、孔雀の部屋はどことなく散らかっていたような。女の子
にしては、ちょっとだらしないくらいに。あれって、犯人ともみ合いになった
ためになったのかしら?
「写真、終わりましたが」
桜井君が上がって来た。手にはもちろん、カメラ。
「そうか。今度は孔雀の部屋の中、撮ってくれ。俺が指示するから」
部長に促され、桜井君は部屋に入って行った。
それからは、二組に分かれて犯人像の検討。もはや、犯人を見つけることが、
N大とW大との間にある溝を埋める唯一の道だと思っている。誰が犯人であろ
うと……。
細かい経緯は二組になったために重複するので省略し、最終的に決まった事
項を記すと、次のようになる訳。
内部の者、網川君を呼び出せる者、孔雀の部屋に入れる者、孔雀の身体を担
いで、中庭まで運べる者。なんて書くと、当り前じゃないかと言われそうだけ
ど、これが結構、矛盾してるのよね。
まず、孔雀の部屋に入れるったって、真子の証言があったように、死ぬ前の
彼女は、人を部屋に入れようとしてない。ましてや、犯行があったのは真夜中
に間違いないから、男は入れない気がする。ところが、犯人はその後、孔雀を
中庭のまん中に運んでいる(足跡の問題は別として)。これは男の体力じゃな
いと、ちょっと苦しいんじゃないかしら? 孔雀の部屋は二階だし。
そうそう、孔雀の部屋の前の廊下から、窓を開けて中庭に投げ落としたんじ
ゃないかという意見が出たけど、とても中庭の中央に落とすことは不可能だと
結論付けられたわ。
それから、孔雀をあんな目に遭わせるような動機を持つ者についても検討さ
れたんだけど、全くなし。推理小説については、軽めのが好きで、あたしやミ
エなんかとは一線を画してたんだけど、そんなことが動機になるはずもないし
ね。
他には、自己防衛の話。夜、誰が来ても絶対に部屋に入れない、ドアを開け
ないこと。夜の電話でなんらかの呼び出しを受けても、絶対に従わないこと。
そういうことが、あたし達推理研の中で取り決められた。
気だるい昼間が過ぎ、やがて夜が訪れる。また嫌な時間が来た。殺人者が暗
躍するかもしれない、闇の時間。再び荒れ始めた天気が雰囲気を煽る。
食事は毎度のことながら、静かなまま進む。時々、有間が悪態をつくんだけ
ど、そんなの相手にしてられない。それより、砂原さんがしこたま酔っぱらっ
ちゃって、とうとう持って来たお酒の一本を空けちゃったわ。それでも、もう
一本あるらしく、それも飲もうとして部屋に行きかけたんだけど、さすがに周
りが止めた。そして、そのままベッドに寝かしつけた。
予定から言えば、今日で夜は最後なんだ。今夜さえ乗り切れば、何とかなる。
そう思いたかった。でも、空はそれを許してくれそうになかった。
−続く