AWC 雪月花荘の殺人 7     永山


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#2669/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  93/ 1/10   9:44  (200)
雪月花荘の殺人 7     永山
★内容
「そう言われても、こっちにも見あたらないな、動機は。網川は本の虫で、少
しは人付き合いの悪いところもあったかもしれないが、そんなことが原因で殺
人が起きるようなら、今回の合宿にも来るはずないさ」
 それはあたしも思う。網川君を殺したくなるような動機なんか、まるで浮か
んでこない。この二年間、同じクラブにいて、彼がまだ見せてない面があると
したら別だけど、どうもそうは思えないのよね。
「悪く言うのを許してほしい。これは仮の話だが」
 砂原さんが話し始めた。皆の目が向く。
「例えば、網川が誰かの弱味を握っていて、ゆすっているとか」
「考えられないわ。そういうことが少しでもあったら、必ずクラブ活動に影響
を与えるはずよ。どことなくぎくしゃくするとか。そんなことはなかったわ」
 これ、あたし。続いて、部長のフォロー。
「香田の言う通りなんだ、砂原さん。だから、砂原さんの言ったことがあった
にしても、それは推理研内部じゃないと断言したい」
「ふん。薮蛇だったかな。しかし、他にどんな動機があるって? そちらが言
うような人間なら、網川は殺されるような奴じゃないぜ」
 そうなのよ。網川君が殺されるなんて、不自然の極みだわ。
「もしかしたら、巻添えを食ってしまったのかも……」
 ミエが漏らした。
「どういうことだ?」
「何らかの犯罪を計画していた犯人が、それを実行に移す直前になって、網川
君に秘密を知られてしまったような場合です」
「なるほど……。考えたくないが、あるかもなあ」
 露桐先輩が、渇いた声で言った。
「そこまで範囲を広げるなら、間違い殺人の可能性もあるんじゃないですか?」
 孔雀が意見を述べる。そうか、そういうのもあるわね。
「ちょっと。網川先輩の身体は、動かされた形跡はなかったんでしたよね?」
 剣持の質問に、東海部長は黙ってうなずく。
「ならば、凶行が行われたのは食堂であり、犯人は網川先輩をどうにかして呼
び出したと考えられますね。夜中にたまたま行くような場所じゃないですから」
 そうよね。
「じゃ、巻添えも間違いも有り得ないんじゃないですか? 夜中に呼び出すと
したら、直接部屋に出向くか電話しかありません。どちらにしても、人違いが
起こる可能性はない。だから犯人は、網川先輩を網川先輩だと知った上で、殺
しているはずですよ」
「そうなるな……。いや、人違いはなくなったが、巻添えはまだ、分からんぞ。
犯人は、ここに来てから網川に秘密を知られたとは限らんのだからな」
 部長は、よく吟味するようにして、そう答えた。
「あーあ、そういうことが動機になるんだったら、これ以上の議論も無意味じ
ゃないの? 誰にでも当てはまるじゃないか」
 と、有間。大きく伸びをしながら言うもんだから、憎らしい。
「いや。これは全員に喚起を促す意味もあるんだ。殺されるような覚えがある
奴は、せいぜい気を付けろってね。本当なら、そういう覚えについて、洗いざ
らいここで話してもらいたいんだが、そうもいかないだろうしな」
 部長も嫌みで返す。そうして、東海部長は時計に目をやると、
「おっと、もう昼だ。ふぶいてるから時間の感覚がないな。昼飯の入る奴、い
るか? いないんなら、今ここにある物で済ませられるってもんだ」
 と言った。目の前のテーブルには、手付かずのトーストがたくさんあった。
 結局、食事はめいめいが勝手にするように、みたいな雰囲気になっちゃって、
その場は解散。ほとんどみんな、自分の部屋に戻るみたい。
「リマ、部屋に行っていい?」
 ミエが聞いてきた。もちろん、異存はない。
「息が詰まりそうよ、もう。一人でなんかいられないわ」
 そう言いつつ、二人でベッドに腰を下ろす。
「参ったわ。せっかくの合宿が、こんなことになるなんて」
「まあ、外は吹雪だから、事件の有無は関係なかったかもね、リマ」
「これなら、細山君やきよちゃんと春休みライフすればよかったかなあ」
「コラ。今度の合宿、何だと思ってんの」
 ? そうだ、そうだ。畑田さんへの追悼の意味があったんだ。でも、昨日の
夜に馬鹿騒ぎしたもんだから、きっと怒ってるのよ、畑田さんが。それで……。
「あー、下らないこと考えちゃった」
「何よ?」
「別に、何にも」
「気になるじゃない。教えて」
 それでもあたしはお茶を濁す。隠すほどのことじゃないんだろうけど。
「……ねえ、電話線、切られてたって言ってたけど、内線は使えるのかなあ?」
「あ、ごまかしたな。ま、いいか」
「いいって、いいって。で、どうだと思う?」
「考えるより実行するが早し。私が自分の部屋からここにかけてみる」
 そう言うと、ミエはさっと立ち上がり、隣の部屋に移った。間もなく、ベル
が鳴る。電話は古いタイプのプッシュホンだから、どこからかかってきたなん
て分からないけど。
「はい、香田ですけど」
「こちら玉置と言いますけど、そちらに利磨さんは?」
 二人で冗談めかして言ってみたが、どうも空しい。
「……やめよ。つながってるみたいね、リマ」
「そうかあ。じゃあ、やっぱり、網川君をあんな風にした犯人と、電話切断犯
は同一人物なのね」
「そんなこと、考えてたの?」
「一応はね。だって、電話切断がいたずらなら、内線も切られていて当然じゃ
ない? これはもう、完全に計画的犯行よ」
「あ、今、思い付いたんだけど、網川君の部屋を調べてみても、よかったんじ
ゃない?」
「そうよね。何か分かるかもしれないし」
「ところでさ……」
「ん?」
「いつまで、こうやって話するつもり?」
 そっか。無意味だわ。
 電話を切ってから、あたし達は部長の部屋に行った。
「何だ?」
 ドアを開けた部長は、疲れた声で言った。少し気にかかったけど、あたしは
説明をする。
「……ふむ。網川の部屋か。それは盲点だった。なんとなく、死んでしまった
者はそっとしておこうなんて考えていたが」
 同意してくれた東海部長と三人で、網川君の部屋だった11号室に向かう。
「鍵はかかってないようだ」
 ノブに手をかけた部長が、ゆっくりとそれを回す。かすかに音を立て、ドア
は開いた。自分達と同じ部屋が広がる。
「荷物をほとんど開けてないな。出ているのは本ばっかだ」
 確かに。机やらベッドの枕元やらに、文庫本か新書版の推理小説がいっぱい
積んである。
「……全部……読みたかったんだ」
 急に涙が出そうになってきた。今までだって、悲しかったのに、なるだけ冷
静でいようとしたからかな。網川君の「日常」に触れたみたいで、一気にこみ
上げてきちゃった。
「生きていても、出版される全部のミステリーは読めないけどね」
 ミエが憎まれ口をきいた。でも、声の調子は涙声。
「……さあ、何かないか、捜そうか」
 抑揚を押さえた部長の声だ。
 結論から言えば、網川君の部屋からは何も出なかった。でも、これで誰かの
唱えていた「脅迫説」は完全に粉砕された訳ね。
 勝手に見て、ごめんなさい。

「ここが、内線の記録が残るホテルみたいだったらね」
 東海先輩と分かれ、二人で部屋に戻ってから、あたしは切り出した。
「それだったら、犯人は電話を使わなかったわ、きっと」
「そっか」
「それにしても、夜中にかかった電話で呼び出されて、応じるものかしら? 
私だったら、警戒する」
「そうね。よほど親しい人からでも、考えちゃう」
「電話でなく、直接部屋に来られても、やっぱり無理があるわ。ドアは開ける
にしたって、食堂までついて行くはずがないもの」
「ええ。でも、犯人は網川君の呼び出しに成功した……。どんな場合だったら、
真夜中でも応じるかしら」
 あたしの問いに、ミエはかなり考えてから答えた。
「恋人からの電話、ね。これなら行くかもしれない」
「で、でも。こう言ったら悪いんだけど、網川君にいたと思う?」
「思えないわねえ。少なくとも、今ここにいる人達からは、思い浮かばないわ」
「だったら、意味ないじゃない」
「待ってよ。さっきのは一つの案。他に考えたのは、脅迫説」
「え? だって、さっき部屋を調べたとき、何も見つからなかったじゃない。
網川君が脅迫に関係してるはずないって」
「そうじゃなくて、網川君が脅迫される側だった場合よ。これなら、誰にも見
られないようにって名目があるから、深夜の呼び出しに応じるかもしれない」
「……もし、それがあるとしたら、脅迫してるのはW大の誰かよ。同じクラブ
にいて、平気でいられる訳ないもの」
「そう信じたいわね。いいえ、脅迫だってない方がいいに決まってる。今度の
事件だって、何かの間違いだったら」
 そうだわ。何かの間違いだったら、夢だったら、どんなにいいことかしら…
…。でも、どう思い込もうとしても、現実だった。
 その現実が、また夜を運んで来た。外は当り前のようにふぶき。
 さすがに空腹がこたえるのか、午後八時頃には全員が無言の内に客間に集ま
っていた。あたし達女子だって、することがないから食事を作る。
 そんな合間に聞こえた会話がこれ。
「遺体、動かさないでくれたろうな、東海?」
「はあ、砂原さん。食堂においたままです。毛布、かけましたが」
「それでいいよ。下手に動かしても汚れる部屋が増えるだけだからな。食堂は
鍵かけとくから」
 そういうつもりだったの。網川君は、あのまま……。
 食事は静かなまま終わり、食べ終わった人から次々と席を立っていった。ほ
んの二十四時間前のことが信じられないわ。
 お風呂は沸かさず、シャワーだけですます。それから眠る。眠れそうになか
ったけど、だいぶ気が滅入ってるから、それでもよかったの。鍵だけはちゃん
とかけて。午後十一時か。こんなに早く眠るの、久しぶり……。

 早く寝たからって早く目が覚めるとは限らない。恐い夢を見ていた訳でもな
いのに、ものすごく疲れた眠りから覚めた感覚。深いクレバスをはい上がって
来たみたいな……。
 午前八時十五分、いえ、十六分かな。今度こそ誰かが起きているだろうなと
思って、ベッドの上で身体を起こす。しばらくぼーっとして、急に決心を固め、
着替えを始める。
 と、こちらも急に、階段をかけ上がる足音が騒がしく響いた。
「おい、大丈夫か!」
 そんな声がする。誰だか分かんないけど、男の声。どうも、階段に近い部屋
から順に、同じことを聞いて起こして回ってるみたい。
「おい、大丈夫か!」
 あたしの部屋にも来た。声は東海先輩だった。
「はい! どうしたんですか?」
 思わず、大きな声になる。すぐにドアに飛びつき、そろそろと開けた。
「ああ、本当に無事だな」
「何かあったんですか?」
「さっき、孔雀が死んでるのが見つかったんだ」
 一瞬、あたしは鳥の孔雀がうずくまっている場面を想像していた。が、それ
はすぐに振り払われた。
「孔雀って、うちの部員の?」
「そうだ。詳しいことは後で話す。とにかく、下に集まってくれ」
 黙ってうなずいて、あたしは客間に向かった。

 十三人全員が客間に集まったのは、午前八時二十分過ぎ。部屋の窓から見え
る外の景色は、天気はようやく収まったが、積雪が並み大抵じゃないことを示
していた。窓の半分ぐらいまで、雪があるんだもの。
「また誰かが死んだって聞いたが?」
 砂原さんが言った。このところ、お酒の量が増えているみたいで、そのせい
か顔が赤い。
「遺憾ながら、その通りです。死んだのは孔雀勝子、うちの部員です。発見者
は俺と奥原ですんで、俺がこれから詳しく話します」
 それから語られた事件の状況は、ちょっとした怪談めいていたの。
 最初に起きたのは東海部長で、事件のこととか色々あって、それを相談する
つもりで奥原先輩に声をかけたんだって。それが午前七時五十五分。下に降り
てみたが、まだ誰も起き出していない。朝食を作る元気もなかったので、コー
ヒーだけ飲もうということになった。奥原さんがコーヒーを入れる間、東海部
長は客間でぼんやりしていた。ふと気が付くと、雪がやんでいる。これで警察
に連絡できるかと思い、外の様子を見ようと中庭側の窓を開けた。相当の積雪
で開けにくかったが、何とか開けると、中庭の丁度中央、雪に埋もれて誰かが
倒れているのを発見。すぐに窓を乗り越え近付こうとしたが、その前に、雪に
足跡がないことを知った。そのため、一度戻り、奥原先輩を連れて、雪の状況
を頭にたたき込んだ後、うつ伏せの人影に近付いた。そうして、孔雀勝子が死
んでいるのを確認した、という訳らしい。

−続く




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