#2663/3137 空中分解2
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雪月花荘の殺人 1 永山
★内容
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N大学・推理小説研究会
部長 東海麟太郎(とうみ りんたろう) 経済学部情報科学科3回生
副部長 奥原丈巳 (おくばら たけみ) 経済学部情報科学科3回生
部員 露桐金蔵 (つゆきり きんぞう) 経済学部情報科学科3回生
桜井仁 (さくらい じん) 経済学部経済学科2回生
牧村香代 (まきむら かよ) 法学部法律学科2回生
香田利磨 (こうだ りま) 法学部法律学科2回生
玉置三枝子(たまき みえこ) 薬学部製薬学科2回生
網川静男 (あみかわ しずお) 経済学部情報科学科2回生
剣持絹夫 (けんもち きぬお) 経済学部情報科学科1回生
本山永矢 (もとやま ながや) 法学部法律学科1回生
木原真子 (きはら まこ) 経済学部経済学科1回生
孔雀勝子 (くじゃく かつこ) 経済学部情報科学科1回生
畑田喜与美(はただ きよみ) 経済学部情報科学科1回生
W大学
砂原汐久 (さはら しおひさ) 経済学部経済学科4回生
有間剣四郎(ありま けんしろう) 文学部国文学科3回生
泊出魅理 (とまりで みり) 文学部英米文学科2回生
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「じゃ、俺達は帰るけど」
と言った東海麟太郎は、カラオケでぼわっとした頭をはっきりさせたいのか、
首を幾度か振った。
「三次会、四次会するのは勝手だが、あんまり無茶飲みはしないようにな」
「はーい。先輩、レポート頑張って下さいね」
かすれた声を出したのは、1回生の孔雀勝子。
「全くだぜ。こんな時期になって急にレポートだなんて、いい根性しているね、
あのセンセイ」
東海と同じく二次会で抜ける奥原が、ぼやき加減に漏らした。顔は真っ赤に
なっているが、酔いは回っていないように窺える。
「部長、副部長が抜けるのは感心しないな」
同じ3回生で、一人残る形になる露桐は、言葉とは裏腹にそうとがめる口調
ではない。
「そう言うなって。じゃ、砂原さん。くれぐれもこいつらが『暴走』しないよ
うに頼みますよ」
東海は高校時代の先輩で、今いるメンバーの中ではただ一人の4回生である
砂原汐久に頼んだ。
「分かってるって。心配すんな」
気楽に答える砂原。
十二月七日、寒さもさほど厳しくない夜に、N大学の推理小説研究会は、少
し早めの忘年会を行った。と言っても、部員の集まりは決してよくはなかった。
まず、2回生の牧村香代が、別口で入っているミステリマニアの会合がある
ということで欠席。
次に、2回生の香田利磨に玉置三枝子、1回生の本山永矢と木原真子が高校
時代の推理小説研究会の同窓会があるということで、これも欠席。彼らは同じ
高校の同じ部の出身なのだ。
そんないきさつで、この春の新入部員を含めて十三人という、推理研にふさ
わしい人数に膨れ上がった当部も、八人に目減りしてしまった。しかも、一次
会にしか出席できないのが二人−−2回生の桜井仁と1回生の剣持絹夫−−い
るため、非常に寂しい状況となりかねなかった。クリスマスソングの流れ始め
た街中を、騒いで歩くには、ちょっと物足りない人数か。
そこを助っ人する意味で、推理研とは全く関係ないが、東海や奥原、露桐の
高校での先輩・砂原とその友人あわせて三人が駆り出された。このW大学の三
人にしても、今回が初めてではなく、学園祭のときにお互いに助け合った経緯
があった。それ故、忘年会でもスムーズにとけ込んでいけた、と言えよう。
「じゃ、気を付けてな」
東海と奥原は、最後の挨拶にと、そう言った。
そんな二人に対し、返す言葉もそこそこに、次の店に足を向ける輩がほとん
どといった状況の中、一人だけ挨拶を忘れない部員がいた。
「先輩も気を付けて。さようなら」
少し、語尾が延びた。ストレートロングの髪を揺らし、深く頭を下げた彼女
の名前は、畑田喜与美といった。近頃の1回生にしては、きちんと礼節をわき
まえている……。
「え? 合宿?」
後期試験勉強をしていたら、不意に上から声が降ってきた。見上げた途端に
持ちかけられたのが、春休み合宿の話。まず、相手の−−東海部長の顔を見上
げ、次に向かい合って座っていたミエと顔を見合わせる。
「ああ。砂原さんが持ってきてくれた話でね」
「砂原さんて、部長の高校んのときの先輩というあの……」
「そうそう。リマ達も会ったことあるよな? 学祭のときとか。それで言った
ことあると思うが、あの人の親ってのが、結構な金持ちで、別荘なんて物も持
っている訳だ。北海道にあるんだが、そこを合宿に使ってもいいと言われて。
無論、ただでね」
いつもより浮かれ口調の部長に、あたしとミエはちょっと口ごもる。
「それはいいけど……」
「十二月にあのことがあったばかりだし……」
「畑田のことか」
不意に暗くなる部長の声。しばらく黙っていた東海部長は、やがて声を震わ
せ加減に続けた。
「俺が最後までいればよかったんだ。そうしたら、死なずにすんだはずだ、彼
女。いや、せめて俺が砂原さんに、彼女は少し身体が弱いと告げておけば……」
「……」
あたし達は黙るしかなかった。
去年の十二月八日、朝早くから電話を受けた。先輩の露桐さんからで、前の
夜の忘年会に行けなかったあたしは、何の用かしらと訝しみつつ、会の様子を
聞こうと口を開きかけた。その刹那、信じられない知らせを……。
畑田喜与美が死んだ。
あたしは瞬間、あの子の顔を思い浮かべていた。春、新入生のくせに化粧の
濃い子ばかりの中、そっけないまでに飾り気のない彼女の姿は、そのまま彼女
の性格を映していたのね、今考えると。クラブ見学の時間、一人で推理研の部
室を訪ねてくれた彼女は、一見すると推理小説に縁がありそうではないし、赤
川次郎のような系統が好きなようでもなかった。
でも、入部後の彼女を見ていたら、認識を改めたわ。サスペンス系統と本格
物を愛する精神において、彼女は仲々いないミステリーの読み手だった。考え
たら当然なのかもしれない。だって、彼女は口数少ない、大人しい性格なのに、
クラブ見学のときは一人でやって来たのだから。普通、あんなタイプの子は、
凄く積極的な友達に引っ張られていろんなとこを回るものだって、あたし、決
めつけていた。
それからも、一度にたくさんのことが思い出されつつあったんだけど、それ
を遮って露桐さんの言葉が聞こえてきた。
「四次会で酒、飲ませ過ぎちゃったみたいで、倒れて……。救急車呼んで、す
ぐに病院に連れて行ってもらったんだが、意識が戻らないまま……」
この後、どういう状況で、彼女が飲み過ぎてしまったのかも聞いたが、それ
は繰り返し書きたくはない。
「……少なくとも、部長には直接の責任はないと思います」
沈黙を破って、ミエが言った。
「直接の責任はない、か……。で、畑田が死んでから間もないのに、合宿に行
くのが気が引けるってか? それなら心配いらないぞ。砂原さんは忘年会のこ
とを悪く思って、償いと気晴らしの意味を兼ねて、別荘に招いてくれるそうだ
から」
「……他の人達は、どうなんですか?」
あたしは聞いてみた。
「みんな、参加したいと言っている。取り合えず、三泊四日の予定で……」
「そういうことでしたら、あたし達も参加しようか、ミエ?」
「ええ。構わない」
「じゃ、決まりだな。あ、もちろん、砂原さんの方も例の二人の友達を連れて
来るって言っていたから、全員で十五人になる」
「そんなに部屋、あるんですか?」
「相部屋、なんてのは嘘。ちょうど十五部屋ある」
「その口ぶり、東海部長、砂原さんの別荘に行ったこと、あるんですか?」
さっきから気になっていたことを、あたしは聞いてみた。
「あるとも。高校のとき、遊びに行ったことがある。広い別荘で、まるでミス
テリーに出てくる西洋館みたいなんだな」
「へえ」
「それに、周りは原っぱみたいなもんだから、雪と道具さえあれば簡単なスキ
ーが楽しめる」
「ふうん。いいとこみたいですね」
「ちょっと寒いがな。ま、試験をすっきり乗り切って、気持ちよく行けるよう
にしたいな」
それだけ言うと、部長は慌ただしく退室して行った。
二月二十日、北斗とかいう特急に、推理研の全メンバー十二人で乗り込む。
時刻は午後七時を回ったところ。これからおよそ十五時間かけて、目的地の苫
小牧に向かう。
試験の出来不出来に関係なく、やや落ち込み加減の気分で列車に乗り込んだ
あたしだったけど、夜の闇の中、徐々に雪化粧していく景色を見たり、眠くて
ボーっとしている頭に青函トンネルを通過していることを知らされたりすると、
現金なものでわくわくして来ちゃった。こうなったら、『彼女』には悪い気が
するけど、思い切り楽しませてもらうことにしよう、と思う。
「駅弁、買って来たぞ」
東海部長と奥原副部長が、寝台に腰掛けていたあたしやミエ、真子や孔雀勝
子にそう声をかけてきた。かにめしかざるそばという選択を迫られ、めいめい、
選んでいく。朝食に食べるようなもんじゃないと思うけど。
「食堂車で食べてみたいな」
真子が麺をすすりながら、軽い調子で言った。
「高いんだぜ。少なくとも千円は取られる。夕食だって予約制だしな」
奥原さんは昨夜のことを思い出すかのように言った。昨日の夕食は、各自の
持ち込みだったのだ。
「ま、まだ時間あるから、ゆっくり食べて。降りる頃になったら、また声をか
けるからな」
朝からダッシュを強いられて参っているらしい東海部長は、元気のない声で
そう言うと、副部長と一緒に離れて行った。
「露桐の奴、禁煙したんだってよ。一応、一箱は持っているらしいんだが」
「本当か、奥原?」
そんな会話が、遠くに聞こえた。
午前十時過ぎ、苫小牧で降りると、駅前にはすでに出迎えが来ていた。
「時間通りだな」
陽の光を浴びた雪がまぶしい中、ちょっとしたマイクロバスのような車から
顔を覗かせたのは、砂原さんだ。
「お世話になります」
部長が頭を下げるのに、みんながならう。
「何をかしこまってんだ。世話ったって、宿を貸すだけで、飯なんかは共同作
業なんだ。気にすることないさ」
口ではそう言いながらも、まんざらでもなさそうな砂原さん。初めて会った
頃は、やけに傲慢な印象の人だなと思ったけど、少しは人当たりがよくなった
かしら。でも、単に忘年会のことがあったからだけって気もするし……。
「さ、乗った乗った」
白い息の声に促され、あたし達は車に乗り込んだ。がちゃんとスライド式の
ドアを閉じられると、急激に発進。運転はかなり荒っぽいみたい。
「有馬さんや泊出さんは?」
「あいつらなら、雪月花荘の方で待ってるさ」
運転する砂原さんと助手席の部長の、こんな会話が耳に届く。あたし、思わ
ず質問。
「雪月花荘って何ですか?」
「あ? ああ、俺の別荘の名前だよ」
「きれいな名前ですね」
ミエの、明かにお世辞と分かる台詞に、砂原さんは意に介さずってとこ。
「そうだろ。名付けたのはお袋でね。新築祝いをやったとき、周りは一面の雪、
空には満月、家の中は花で一杯だったから……ってのは後からのこじつけか」
それから一人、大声で笑う砂原さん。
「花って言やあ、氷柱花を用意したんだ。雪の中の一軒屋、暖かい部屋でのパ
ーティーに氷柱花。金がかかってるぜ、こいつは」
パーティーね。何て思ってんのかしら。ちょっとは償いの意味ってのを考え
たのかしらね。そりゃあ、あたし達だって、余興を考えたけど。
どれくらい走っていただろう、やがて市街地を抜け、寂しい風景が開けた。
雪のせいで、それが一層協調されているのかもしれない。
そんな景色にも飽き始めた頃、
「ほら、見えた」
と、砂原さんが言った。ハンドルから離れた右手の先は、フロントガラス越
しに見える一軒屋を指し示していた。箱型でダークグレーの別荘は、どうやら
二階建てらしい。周囲の雪から浮き上がっている。
「きれい」
自然の中の造形美に魅せられたのかしら、孔雀や真子が歓声を上げた。あた
しも感じ入らない訳ではなかったけど、何となく気分が乗らなかったので黙っ
ていた。
考えたら、それはこれから起こる惨劇を暗示していたのかもしれない……。
−続く