AWC 悪魔の誘い−−5      永山


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#2108/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  92/ 8/27   8:17  (200)
悪魔の誘い−−5      永山
★内容
 その日から始まったディスカッションは、三日目を向かえてもうまい結論に
たどり着かないでいた。どうしても暗号として見たくなる性質の人間が多いせ
いか、六つの数字を文字に変換しようとする試みに時間が費やされる。
 香田と玉置、それに牧村が額を寄せて考える。
「駄目だわ。五十音とかローマ字でもないし、イロハも無理みたい」
「やっぱ、根本的に間違っている気がするなあ。これって、死ぬ直前の人が遺
したんだろう? そんなややこしい変換、思い付くはずがない。何か見たのを
直接、書いたんだぜ」
 そう言ったのは、例によって常識家の奥原。常識家だけに現実味ある考え方
を示すが、出てくるアイディアがほとんどない。
「どひゃー。戦場だな、まるで」
 騒がしく入って来た男は、鈴木太郎。薬学の教授だ。
「どうされたんです、鈴木先生? 小佐田先生ならここにはいませんが」
「いや、違うよ、部長。息抜きにね、ちょっと様子を見に来たんだよ。その後、
どうだい?」
「よくありませんね。今、警察と一緒になって、暗号解読している最中です」
「暗号? どれどれ……」
 ニコニコしながらコピーを見た鈴木の顔が、一気に変化した。
「これ、どこで?」
「ど、どこでって……」
 肩を強く掴まれた東海部長は、声が出ないでいる。代わって、玉置が答えた。
「ですから、警察から持ち込まれたんです。三年前の事件に関係して、菊地さ
んのご両親から送られて来たそうです」
「三年前……?」
 ようやく力を抜いた鈴木は、低くうめくように言った。
「私は一回生でよく知らないんですが、近くの山で行方不明になっていたN大
学受験生が、遺体で見つかった事件て」
「ああ、あったあった。うん。かなり、話題になったな。そうか、どこかで見
たと思ったら、そのときのか。いや、興奮しちゃって悪かった。当時もね、警
察がこんな文字を書かれた紙を持って、大学に来ていたんだ。忌まわしい事件
だったなあ」
 そう言う鈴木の目は、どこか落ち着きがなかった。
「ま、邪魔しない内に退散するか。頑張ってくれよ」
「はあ」
 慌ただしく出て行った鈴木を、部員達はただ見送るしかなかった。

「決定的な物を思い付いたって、本当かね?」
 電話を代わるとき、平成は自分の声が興奮しているのが分かった。八方塞が
りの状態だったから、これも仕方がない。
「はい。ウチの桜井が思い付いたんですが、間違いありません。これで犯人も
特定できるんですが、その人にはアリバイがあるんです」
「ん? どういうことだ、東海君」
「ですから、死亡推定時刻はどうやって判断されたのか、教えてもらえません
か? ひょっとしたら、何かが分かるかもしれません」
「まあ、ここまで来たんだ。構わないが」
 平成は小出に資料を持って来させ、それを読み上げた。
「やっぱり……」
 電話の向こうでは、違う声がした。女学生の、これは多分、玉置という学生
だろう。
「至急、会いたいんです。こちらに来てもらえませんか?」
「あ? ううむ。何とか時間を作ろう」
 訳が分からぬまま、平成はこう答えておいた。

 夜の闇。その中に紛れて、うごめく影があった。
 鈴木太郎−−大学教授の彼が、こんな夜に、何をしているのだろうか?
<これさえ張っておけば、しばらくはごまかせるな>
 笑みをこぼしながら、彼は数字をきれいに書いた紙を張り付けた。
「何をしてるんですか、鈴木教授?」
 不意に呼びかけられ、鈴木は手を止め、声の方を向いた。と、すぐに顔に光
が浴びせられる。
「誰だ?」
 両手を顔にかざしながら、鈴木は立ち上がり、光へと近付いた。光は、懐中
電灯によるものであった。
「東海です。推理研の」
 確かに、東海麟太郎が立っていた。他にも人影がある。
「他の人はみんな、部員かい? 難の用があってこんな遅く……」
「部員だけじゃあ、ないんです。刑事さんも」
「何だって?」
 狼狽する鈴木の前に、二人の男が姿を見せた。
「初めまして、鈴木さん。警察の平成という者です。こっちは部下の小出」
「これは一体。確か、あなた方は菊地櫻という学生の事件を調べられていたと
思うが」
「今も調べています。それももう、終わりますがね。こんなタイミングよく到
着できるとは、思いもしませんでしたが」
「何のことかな?」
 虚勢を張って、いつものおどけた喋りをしようとする鈴木。しかし、声が震
えてしまう。
「何をなさっていたんですかな?」
「……ちょっとナンバープレートが歪みましたから、修理しようと思いまして
ね。東海君達にも話しただろう? 帰省のときにやってしまったって」
「ええ」
 学生達の返答は、冷たく響いた。
「こんな夜中に修理ですか? それに見たところ、ペンチ等は持っていないよ
うですし、代わりに接着剤か何かを持ってらっしゃる」
 平成と名乗った刑事が、鈴木を押し退けるようにして、ナンバープレートを
のぞき込んだ。
「4925か。半分、隠した訳ですな」
「な、何のことだ?」
「とぼけるな! あんた、今、紙でナンバープレートを変造していただろう?」
 若い刑事の方が怒鳴った。顔に似合わず、大きな声だ。
「そ、それは認めますが、それだけでこんな大騒ぎするものなんですか?」
「だから、あんたを今度の菊地櫻さん殺し、それと三年前の受験生殺しの犯人
として、逮捕しようとして来たんだ」
「これはおかしい。ナンバープレートにちょっと細工しただけで、殺人犯とは。
はは、全く凄い冗談だ」
「冗談ではありませんよ、教授」
 奥原が言った。
「説明しますから、聞いてくれます? 見破った本人に言ってもらおう。桜井」
 そう言われて前に出た学生が、すぐあとをついだ。
「先生の授業はとったことがないのですが、凄く楽しみにしてました。でも、
今は僕の話を聞いて下さい。三年前の事件で、被害者が握りしめていた紙片に
は、『N 5625 70 ス』とありました。また、被害者は全身打撲の重
傷を負った上、首を絞められて殺され、山中に埋められました。全身打撲を受
けるような状況は、何が考えられるだろう? 僕の頭に浮かんだのは、交通事
故でした。車の方には目立った損傷はなくても、人間の方に酷い怪我を負わせ
ることがありますよね、交通事故は。三年前の被害者は、下見の帰り、人気の
ない道で自動車事故に遭ったんだと思います。当時、人気のない道はN大学の
周りにたくさんあったと聞きました。今でこそ、結構にぎやかになってますけ
ど、移転したばかりのときは、まだまだだったんでしょう。そして自動車を運
転していたのは、鈴木教授、あなたです」
「妄想だ。どこからそんな考えが出て来るんだい?」
「さて、どこからでしょうか。とにかく、最後まで聞いて下さい。教授は人を
跳ねてしまって慌てた。まだ意識はあるようだが、彼女が死ぬにしろ生きるに
しろ、自分の地位を危うくする。そうならば、死んでもらおうと考えたあなた
は、被害者を車に乗せ、山奥へと進路を取った。被害者の方は薄れる意識の中
で、殺意を感じ取ったのでしょうか、車の特徴をメモしようと試みた。NはN
大学。5625はナンバープレート、70は分かりにくかったんですが、これ
は車の色を表していたんです。つまり、これは数字ではなく、カタカナでクロ
と書いたものです。スは言うまでもありません。スカイラインと書こうとして、
意識がなくなったのか手に力が入らなくなったんです。
 そうとも知らず、教授は人気のない場所を定めると、車を止め、被害者を降
ろしました。そしてまだ息のあった彼女を、締め殺した−−。それからの作業
は、重労働です。開発されつつあった地域ですからスコップはそこらにあった
んでしょう。それを奮って穴を掘り始めた。後はいいでしょう。僕達は、教授
が三年前から今の黒のスカイラインだということを確認しています」
「もういい。たくさんだ! 刑事さん、何の証拠もなく、学生の言うことを信
用するんですか?」
「証拠なら、いくつかありますよ。ナンバープレートを変造しようとしていた
ことも一つの状況証拠ですな。交通事故のつもりで調べなかったから見つから
なかったが、そのつもりで調べれば塗料片だって、遺品から出るかもしれない」
「そ、そういう証拠があれば、見せてもらいたいですな。ふん。で、その上、
どうして私が、菊地櫻君を殺さなきゃならんのです? だいたい、私にはアリ
バイがあるんですよ」
「聞いてますよ。三月九日から二四日まで、田舎に帰っておられたそうで」
「では、少なくとも、菊地櫻君の事件には、私は無関係だと分かるはずだ」
「そうじゃないわ、先生。アリバイは私が崩しましたから」
 率直に断言したのは、玉置三枝子。
「何を……」
「まあ、黙って聞いて。さっきと同じように。
 警察は、菊地さんの鼻孔から見つかった花粉と花粉前線の到着日を元に、死
亡推定日時を三月十一・十二の両日と割り出したそうなんだけど、それが失敗
だったんだわ。言い換えれば、鈴木先生のトリックでもあった。鈴木先生は薬
学の研究をなさっている。当然なのかどうか、薬学科一回生の私には分かりま
せんが、花粉症の薬の研究もなさっているんじゃあ? そう考えて、大学院の
先輩に聞いてみました。それとなくね。そうしたら、鈴木先生がそういう研究
をやっているかどうかは知らないけど、うちの大学に花粉症の薬のサンプルが
あると言うじゃありませんか。ご存知の通り、花粉症の薬の成分には、花粉そ
のものも含まれます。花粉前線が到着する前に花粉を手に入れることは簡単で
すわね」
「何の証明にもなっておらん。そんな解答では零点だな」
「そうも言えないんですな、これが」
 平成警部が口を出した。
「そのサンプルがある部屋を調べさせてもらったところ、今年になってから出
入りしていない鈴木教授、あなたのものとおぼしき指紋が検出されたんですな。
正しく、花粉症の薬の箱に」
「でたらめだ! 万が一、あったとしても、それだけで殺人の証明にはならな
い。私はあの部屋に入ることができなかったんだ。現場の部室に。仮に入れた
にしても、出るときに施錠することは不可能なんだよ」
「それもできます」
 話し手は、また玉置に代わった。
「薬の粉、いいえ、別に薬じゃなくてもいいから、何か顆粒状の物を朝一番に
部室の電子ロックのボタンに数粒、付着さえておけばいいんです。一日の終わ
りに見に行けば、押されたボタンだけは粒が落ちている。四桁だから、それな
りに試行錯誤はいるでしょうけど、わずか二十四通り。すぐに調べられるわ。
これで、暗証番号を知ることができる」
「……可能性としてはあるだろう。しかし、それが何になるんだ。動機もなく、
人を殺すような奴はいない」
「ですから、動機は三年前の交通事故です。三年前の被害者は、菊地さんの従
姉妹だったんです。そして去年、菊地さんは真相追求のためにこの大学に入っ
た。調べていく内に、彼女は真相を見破った。そして、あなたが教授選考会の
ことを気にして、人を殺したことも察しが着いたんだと思います」
「ぐっ……」
 桜井に図星を指摘され、鈴木はがくりと膝をついた。
「そこまで分かっているのか……」
 その後の彼の声は、声になっていなかった。
 教授の座を目の前にして、私は浮かれていたんだろう。若くして教授の座を
掴みかけていた私を、周りが冷やかしで、「天才、天才」等と言うせいもあっ
たが、言い訳はよそう。あの日、私は鼻歌混じりにハンドルを握っていた。全
く注意がいってなかった。気が付いたときは、もう遅かったのだ。最初、苦し
げな学生を見て、すぐに病院へと思ったが、教授の座が目の前をちらついてい
た。まるで、悪魔に見入られたような心境だった。私は手早くスコップを見つ
けるとトランクに投げ込み、ついで学生を後部座席にいかにも病院へ向かうそ
ぶりを見せながら、乗せたのだ。それからは説明された通りだ。一つ付け加え
るなら、私の心に悪魔が住み着いていた点だな。鈴木の名前を消して悪魔とし
てもらいたいくらいだ。
 幸いにと言うべきか、遺体は発見されたものの、事件は迷宮入りし、私は教
授になった。そして事件の記憶がようやく薄れてきた今年初め、彼女が現れた
のだ! 菊地櫻。どこでどう調べ上げたのか、全く、疫病神のようだ。とにか
く話は試験の後ということで押し通した私は、計画を練った。自殺に見せかけ、
もしそれが偽装だと見破られても、自分にはアリバイがあるという二段構えだ。
これも説明の通り。敢えて言えば、フロッピーディスクだ。あの遺書は無論、
私の偽装だが、折角保存日時まで調整したにも関わらず、そんな言葉遣いで見
破られるとはね。小佐田助教授から聞いて、愕然としたもんだよ。
 この三年間、私は教授の肩書と共に、悪魔に付きまとわれ通しだった。よう
やく解放された気分だね。自殺用の薬は用意してあるのだが、飲もうかどうか
迷っている。人間として最後の尊厳を保つべきか。それに、いい加減酸化して
効き目がなくなっているかもしれない。薬学教授が薬の有効期間を誤ったとあ
っては、恥だからなあ。

幕




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