AWC 悪魔の誘い−−3      永山


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#2106/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  92/ 8/27   8:10  (188)
悪魔の誘い−−3      永山
★内容
「僕らの方は、どうもなっていませんが、小佐田先生がマークされてるみたい
ですね」
「うーん、よく分からないんだが、そうらしい。しっかし、ねえ。若い小佐田
君に女学生が寄って行くもんだから、羨ましいと思っていたんだけど、こんな
ことになるなんてね。一瞬、あんなカタブツの方が最近は受けがいいのかと、
考えを改めるとこだったんだよ」
 相変わらず冗談めかしている鈴木。その言い方がどことなくおかしくて、思
わず誰もが笑いを誘われる。
「でさ、ちょっと聞きたいんだけど、死んだ菊地さんって、僕も知ってるんだ
けど、ここのクラブじゃなかったの?」
「はい。僕らも全然知らなくて……。小佐田先生がその人と交換日記みたいな
ことをしていたのも」
「そうかい……」
 ここで初めて真面目な顔になった鈴木教授。が、すぐに元のようにおどけて、
「ま、何か不都合があったり、小佐田先生のとこへ連絡したかったりしたら、
僕のとこへ言って来てくれないか。残りの休みの間も、ずっと大学にいるから」
「もう、予定はなかったんですか」
 玉置が聞いた。
「うん。三月九日から帰省していて、三月二十四日、ほんの昨日に戻って来た
んだ。愛車のスカイライン転がして。長距離は久しぶりだから、ちょっとドジ
ったよ。バックをぶつけちゃって、ナンバープレートがひん曲ってしまった。
いや、本当は三十日までの予定だったんだけどね、親しくしていた小佐田君が
どうにかなっちゃってるみたいだったから、慌てて駆けつけたのさ。ま、そう
いう訳だから、予定はなし。心配無用ってこと」
 年齢にあわず軽い鈴木は、それだけ言うと、
「じゃ、ちょっと研究室にでもこもるかな」
 とか何とかつぶやいて、部室を出て行った。
「あれが噂の鈴木教授ですか。確かに変わってますねえ」
 教授を始めて見た桜井が、驚きを隠さずに言った。他の初対面者も同様だ。
「そうだろう。ま、他学科の人間でも、一つはお世話になる、ありがたい先生
さ」
 本当に拝みかねない口調で、露桐が漏らした。実際、彼は鈴木教授に大変感
謝している。
「あの先生の方が、顧問にいいんじゃないですか?」
 香田が言い切った。それを聞いて、苦笑しながら東海が答える。
「そりゃ、誰しもが思うな。だから人気があってね。結局、どこのクラブも断
わられる。偏りたくないんだってさ、鈴木教授が言うには」
「で、結局、犯人当てはどうなったんだい?」
 しびれを切らしたのか、いらいらした声が飛んだ。奥原だ。
「ああ。まさか、犯人当てしてウチの顧問が犯人だったりしたら、洒落になん
なんいしな」
「それだったらなおさら、真犯人を見つけなきゃな」
「どうやって?」
 他の二人の二回生の無責任な言い方に、奥原は声を尖らせている様子。
「とりあえず、暗証番号を知る者を考えませんか?」
 桜井が提案した。
「自殺じゃないなら、犯人は暗証番号を知ってなければならないでしょう?」
「それもそうよね。あたし達以外に知っているのは……」
 そう言いながら、香田は頭を上に向けた。
「まず、小佐田先生でしょ」
「利磨、あんた、細山君とかきよちゃんにもばらしてるでしょ?」
 玉置がきつい調子で指摘する。
「そうだけど、それは関係ないわよ。関係あるはずないじゃない」
「だめよ。知っている人全員のリストアップなんだから。いくら高校からの友
達だからってね」
「他に、部員以外に漏らしてる奴、いないか?」
 しゅんとした香田をよそに、部長が聞いた。誰も何も言わない。
「あと、知っているとしたら、特別顧問だな」
 奥原が言った。特別顧問とは、ある推理作家で、中学生の頃の東海ら三人と
つながりがある。
「でも、確か、あの人は取材旅行とかで、日本にいないはずだぜ。合宿の話を
したとき、俺、聞いたもの。今頃、中国で中華料理を食べているよ」
 とは、露桐の証言。
「東海先輩。先輩の彼女には、言ってないんですか、ここの暗証番号」
「バカ、たまに発言したかと思えば、そんなことか、網川」
 東海はそう言うが、顔は赤くなっている。
「あれとは、そんなんじゃないの。余計な心配しなくてもいい。どっちにして
も、番号は言ってないさ」
「そうなると、きよちゃんとか細山君から、どこかに伝わったという線を考え
なくちゃね」
 玉置が、また香田の方を見ながら言った。
「その点は、あたしが責任もって聞いとくわ」
 香田も負けずに言い返す。
「それじゃあ、そこいらの確認をしておくということで、今日は解散となるか
な」
 部長の締めで、その日は終わった。

「やはり驚きものですよね。あの助教授と被害者が文通していたのは」
 小出は、この一週間の成果を振り返って、特にその点に驚嘆したらしい。実
際、平成警部も驚いていた。
「ああ、そうだな。親御さんと一緒にマンションを訪ねてみて、アドレス帳の
トップにあいつの名前を見つけたときは、色めきたったもんだ。こいつは普通
の関係じゃないぞってな」
 マンションでの聞き込みは、菊地の人柄のよさが垣間見られる程度で、あま
り成果がなかったが、彼女の部屋での捜索は、仲々のものであった。
「しかも、あのワープロですね」
 小出の言葉に、平成はうなずいた。
 マンションには、菊地の両親が知らない電化製品もあった。ワープロもその
一つで、菊地が自分で購入した物と思われた。まだ設備が整ってなくて、人員
不足もあったため、フロッピーの解読は遅々として進んでいなかった。それが、
この死者の遺したワープロで簡単に解読できたのである。
「内容は、三つのデータだけだったが、仲々興味深いもんだった」
 一つは菊地自身が小佐田助教授に宛てた文章。同じファイルに日付で区切っ
て書き込まれてあった。二つ目は小佐田が返答するためのファイルで、一つ目
と同じ形式で書かれてあった。内容は、文学論も見受けられたが、注意を引い
たのは所々に散見される恋愛めいた言葉であった。が、それらにしても、恋愛
小説の感想から、ふっと筆が流れた程度で、最初に警察側が考えたようなもの
ではなかった。
 問題は三番目のファイルで、短いながらも遺書の体裁を整えていた。
<私の内なる私が自身の生き方を拒んでいます。理想と現実の相違。私の信条
に反してまで生きてゆくには、私は弱すぎるようです。さようなら>
「分かりにくいな」
 平成はコピーした遺書の内容を読み返しつつ、そう漏らした。
「どう思う、おまえは?」
「そうですね。確かに、小佐田助教授とのやり取りの中で、『人間は常に理性
的に生きねばならない。常に道徳を持って生きていかねばならない』なんて箇
所がありましたけど、彼女自身、それにどういう風に反していたか分からない
んです。それに耳にする限り、菊地櫻さんは付き合いのいい学生ってイメージ
ですから、何か違和感があるんですよ。それとです、もっと個人的なことが書
いてあっていいと思うし、両親や友達、それから小佐田助教授の名前が出てこ
ないのもおかしいような」
「そうだろう。やっぱり不自然なんだよ、これは」
 平成が言い切った頃合に、検視官が捜査本部にやって来た。正式な報告をす
るためである。
「よろしいですか?」
 目と口で確かめた検視官は、話を始めた。
「まず、確認しておきたいのですが、平成警部」
「何か?」
「死んだ女性の足取りを簡単でいいですから、述べてもらいたいのです」
「ああ。一人暮しなもので、判然としない部分もあるが、三月七日の朝十時頃、
出かけるところをマンションの住人が目撃している。それが最後だが」
「いえ、被害者が−−殺人事件の疑いが濃くなったのでこう言いますが、被害
者が生前、南方に旅行したような事実はありませんか?」
「うん? そんな話はないなあ。二月末まで試験を受け、試験が終わった日か
ら三月六日までバイトをしていたと分かっているから、旅行なんて無理だな」
「どうも。これで確実に死亡推定時刻の幅が狭まりました。三月十一日から翌
十二日の二日間に絞り込めました。これは、花粉前線と関係があります。被害
者の鼻孔から桜の花粉が発見されました。また、N大学がある場所や被害者の
マンションといった、いわゆる被害者の生活圏に花粉前線がやって来ましたの
は、気象台によりますと三月十一日とのことです。これに被害者が南方へは旅
行していないという事実を考慮しますと、死亡したのは花粉前線到着後となり
ます」
「なるほど」
「次に解剖の結果ですが、妊娠、薬物といった痕跡はありませんでした。胃の
中の消化物から見て、死亡したのは昼食後と思われます。ただし、これは常識
的な昼食を想定したもので、ダイエット最中の女性等では、何をいつ食べたか
を判断するのは難しいと付け加えたく思います」
「菊地櫻がダイエット中とは聞いてないな」
 平成は、ぼそりとつぶやいた。
「最後は、殺人の可能性が強くなった理由ですが、索状痕と関係があります。
確かに、被害者の首には縦にビニールロープの痕がありましたが、それとは別
に、比較的弱い力でですが、横にも紐状の物で圧迫された形跡が見つかりまし
た。さらに、紐状の物が交差したような痕が、うなじに見られました。はから
ずもこれは、被害者が何者かによって背後から首を絞められたことを示します。
生活反応も出ましたから、犯人は被害者の首を絞めて意識を失わせた後、現場
のような細工をして被害者を吊るし、死に至らしめたと思われます」
「酷いな。いや、どうもご苦労さん」
「いえ。こちらが所見です」
 検視官は解剖所見をまとめた書類を置いて、下がった。
「これで殺人事件と確定できた訳だ。これまで以上に力を入れてかかるよう、
頼むぞ!」
 平成が気合いを入れる。
「これまでで分かったのは、被害者はマンションや大学での対人関係もよく、
バイト先でトラブルを起こしたこともないという点だ。加えて、恋人はおろか、
深い付き合いの人間が多くいた訳でもない。そうなるとクローズアップされる
のが、交換日記をしていたあの助教授、小佐田頼彦だ。動機は不明だが、仮に
小佐田が犯人だとしてみると、説明のつくことが多い。休み中に菊地の来室を
受けた小佐田は、何等かのきっかけで彼女と口論となり、背中を見せた彼女の
首を絞める。慌てた小佐田は、夜を待って彼女を部室棟に運んだ」
「警部、それは無理ですよ。夜でも結構騒がしいですよ、あの部室棟は。人に
見られたら一貫の終わりです」
 小出が口出しした。平成は少し気を悪くしたが、それもそうだったなと思い
直して、また喋り始めた。
「じゃあ、これでどうだ。来室を受けた小佐田は、何か自分の身が危なくなる
ようなことを菊地から言われた。他の教授らに聞かれてはまずいと考え、彼は
場所を移そうと持ちかける。思い付いたのが推理小説研究会の部室だ。暗証番
号も知っている。明るい内に、二人して入れば見とがめられることもなかろう
?」
「そうでしょうね」
「こうして部室に入った二人は、さらに口論をし、小佐田は発作的に相手の首
を絞めた。いや、紐状の物で絞めたんだから、すでに部室に行こうと決めた段
階で、殺意があったのかもしれんな。その後、例の自殺に見せかける細工をし、
部屋を出た。無論、自分の指紋は消し去って、だ」
「フロッピーディスクはどうなります?」
「それがあったな。あれは、小佐田が菊地の持ち物を調べたときに見つけたん
だろう。それを持って小佐田は一端、ワープロのある自分の部屋に戻る。簡単
な遺書をでっち上げ、また部室に戻った奴は、菊地の懐にディスクを入れた」
「なるほど。辻褄があいますね。これは一つ、あいつを引っ張ることになりま
すか」
「が、証拠は何もないからな。せめて、心証の一つでも欲しいんだが」
 考え込む平成。
「そうだ、警部。まだフロッピーの件は、どこにも話してませんよね?」
「ああ、そうだが」
「それを利用するんです。遺書を見せれば、何かボロを出すかもしれません。
それに暗証番号もあります」
 小出の考えに、平成は感心した。

続く




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