AWC 悪魔の誘い−−2      永山


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#2105/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  92/ 8/27   8: 7  (189)
悪魔の誘い−−2      永山
★内容
「だいたいの報告をしますと」
 口火を切ったのは、若い検視官だ。
「死後五日から二週間経過。つまり、三月四日から同じく十三日の間に死亡し
たものと思われます。死因は、ビニールロープをカーテンレールに通しての、
非定型的縊死と見られます。しかし、頚部の索状痕に不自然な点も見受けられ
ますので、自殺と断定しにくい状況です。他に損傷はなし。ただし、内臓の方
はまだ調べ終わってていませんので、薬等が出るかもしれません。暴行を受け
た様子もありませんでした。正式な報告は、一週間以内に出せると思います」
「よし、ご苦労」
 平成が言うと、検視官は大まかな報告を記した書類を配り、退室して行った。
「じゃあ、次。小出、説明して見ろ」
 平成は、近頃組むことの多くなった若い刑事を名指しした。
「はい」
 刑事にしては優しい顔をした小出は、すっと立ち上がるとホワイトボードの
前に進み出た。水色系統のスーツに包んだ身体は、背は割とあるが、線が細い。
「死んでいた女性の名前は菊地櫻。このような字を書きます」
 小出はホワイトボードに黒で、「菊地櫻」と記した。続いて、「経済学部情
報科学科一回生」と書く。
「事件のあったN大学の学生です。身元判定は、同大学の小佐田頼彦国文学助
教授によってなされ、ついで学生課で調べてもらい、顔写真で確認されました。奈良のご両親に連絡したところ、明日の朝一番の列車で来るとのことでした。
話を戻しまして、死んだ菊地櫻さんはストレートで去年の春入学して以来、こ
ちらに出て来てマンションで一人暮し。奨学金を受けるほど成績優秀で、優は
……」
「こらこら。細かすぎるぞ。もっとスピードアップ、スピードアップ」
 平成は軌道修正を施してやる。小出優仁はせきばらいを一つして、再び喋り
始めた。
「えー、クラブには入ってなく、推理小説研究会とも関係があったかどうか、
はっきりしません。しかしながら、推理研の顧問である小佐田助教授、今日身
元確認をしてくれた教師ですが、彼とはかなり親しくつきあっていたみたいで
す。つきあうと言いましても、今日話を聞いた限りでは、文学論を中心とした
文通程度のようですが」
 小出が言うのを聞いて、平成は遺体と対面したときの小佐田の反応を、改め
て脳裏に浮かべた。
 他の人間が知らないという風に首を振る中で、一人、小佐田頼彦の反応は違
っていた。
「櫻君!」
 いきなり名前を叫んだかと思うと、紫色に変色した遺体の顔を抱くような仕
草をした。
「あっと、先生。落ち着いて。ご存知なんですか?」
 慌てて止めに入る平成。そして、もう一度聞く。
「ご存知なんですね?」
「……はい。取り乱して申し訳ありません。菊地櫻君というここの学生です」
「どういうことで、知ってらしたんですかね?」
「……最初は一般教育科目として国文学の講義をやっている折に、彼女が質問
してきたのです。そのときはちょっと印象に残った程度だったんですが、それ
から私の教官室にまで来るようになりまして、去年の夏頃でしたか。彼女の方
からフロッピーディスクを持って来ましてね。休みの間もこれでやり取りでき
るようにと……」
「どういうことですかな?」
「まあ、フロッピーディスクによる交換日記めいた物ですか。そういう訳で、
菊地君とは……」
 語っている間中、小佐田は学生の手前、気恥ずかしそうにしていた。こう、
平成は思った。
 平成が思い起こしている間に、小出はホワイトボードに「小佐田頼彦 国文
学助教授 推理小説研究会顧問」と書き記していた。
「……で、彼が推理小説研究会の顧問を引き受けたのは、名前だけという条件
下でして、部活動には全く関与していません。
 今日、調べられたのは、以上でだいたいつきると思います。
 それでは、現場の状況に移りたいと思います。ほぼ、ご承知のことと思いま
すが」
 小出は話し疲れたのか、やたらと「思う」を連発し出した。
「現場はN大学の一クラブ、推理小説研究会の部室。部屋は部室棟と呼ばれる
鉄筋建物の二階にあり、ドアと窓が一つずつあります。ドアには電子式の鍵が
着いており、窓には三日月錠がありました。発見時、共に施錠されており、窓
の方は内側からしかかけられず、電子ロックの方は暗証番号を知る者でないと
かけられません。菊地櫻さんは部室の奥まった位置に、窓際の壁に上半身をも
たせかけるような体勢で、首を吊っていました。両膝を折り畳むようにした格
好で、爪先が床に着いていました。先ほど、検視官の説明にあったように、自
重が完全にかかってはいない縊死、非定型的縊死の状態でした。あと、重要な
点として、菊地櫻さんの衣服から発見されたフロッピーディスクがありますが、
まだその内容は調べ終わっていません」
「よし、ご苦労だった」
 そう言って、平成は立ち上がり、小出に取って代わった。
「今ので状況は頭にたたき込めたと思う。そうであれば、今度の事件は簡単に
自殺であるとは断定できないのは明らかだろう。ひょっとしたら、フロッピー
ディスクに遺書らしき内容の文章が見つかるかもしれん。だが、それとて自筆
でないのは明白だから、自殺の決め手にはならん。殺しであった場合を考える
と、このまま指をくわえていれば、大事な証拠を失うやもしれんからな。飽く
までも殺人事件として取り組むぞ。
 さて、捜査の方針だが、大ざっぱに分けると、被害者と学校というか教師、
被害者と友人、被害者とマンションの三つの関係がある。マンションの方は、
明日、被害者の両親が到着してから誰かが一緒にいけばいい。被害者の部屋を
見てもらっている間、聞き込みすればいい訳だ。教師の方は、現場並びにその
周辺の再調査を含めて、何日でも足を運んでくれ。友人関係は、今はやりにく
いと思うが、マンションからアドレス帳か何かが出るやもしれん。それに、推
理小説研究会の連中を調べるんだ。そうだな、暗証番号についても、どのあた
りまで知られているのかも、聞いておくんだ」
 そこまで言ってから、平成は各々の分担を口にした。
「……そして小出。おまえは俺とだ。マンションに行ってもらうからな」
 警部の命に若い刑事は素直にうなずいた。

 事件が表面化してから一週間。ようやく捜査が終わった部室への立ち入りを
許可され、お互いに連絡を取り合った推理小説研究会のメンバーは、事件後、
初めて全員が一堂に会した。その数八人、うち男五人に女三人。
「ほんと、驚いたわ」
 玉置三枝子、薬学部薬学科の一回生が言った。
「あのカタそうな小佐田センセイが、交換日記だなんて」
「そうだなあ。俺だって驚いたよ」
 東海部長の言葉は、なるべく気楽に言おうとしたのが丸分かりの口調だった。
本心は、警察沙汰に巻き込まれたことで動揺しているらしい。
「今でも刑事達、質問に来る?」
 尋ねたのは香田。せっかく手に入れた本もおちおち読めず、あらぬ所で警察
を恨んでいる感じだ。
「ううん。三日ほど前でぱたりと」
 その問いかけに、牧村香代が応じた。
「そうでしょ? あたしもそうだし、きっと他のみんなもそうだよね?」
 香田がみんなに向かって言うと、他の部員達はお互い顔を見合わして、黙っ
てうなずいた。
「と言うことは、多分」
 もったいぶったような口ぶりなのは、二回生の露桐金蔵である。名前にコン
プレックスを持っている彼は、下の名前では絶対に呼ばせない。
「他に有力な容疑者でも出たんじゃないかな」
「あんまり、推理小説的に考えるのはよせよ、露桐。自殺でケリが着いたんだ
とは考えられないのか?」
 そう非難したのは、部の中で一番の常識家で、副部長でもある奥原丈巳。彼
も二回生なのは言うまでもない。彼は続けた。
「確かに、菊地っていう一回生が、暗証番号を知らない俺達の部室に入ったの
は不自然だ。だが、小佐田先生が教えたのかもしれないじゃないか」
 それに対して、露桐が口を開く前に、おずおずと、しかししっかりとした調
子で口を開いたのは、一回生の桜井仁。
「でも、先輩。僕達の存続にも関わってくることですから、ここはすっきりさ
せておいた方がいいと思いますが」
「存続ってのは、顧問の例の言葉か、仁?」
「そうです、部長」
 この場にはいないが、発見時に集められた関係者の一人に、推理小説研究会
顧問の小佐田頼彦がいた。元々純文学や古典に興味はあっても、推理小説には
さほどでもない彼は、東海ら三人に拝み倒され、顧問として名前を貸すことを
承諾したのだ。
「こんなことになるんだったら、僕は名前を貸さなかったよ。まあ、なってし
まったものはしょうがない。だけど、いいかい? 今後、またこんなことが起
こるようだと、きっぱりと縁を切らせてもらうよ」
 まだ若い小佐田助教授は、迷惑そうな表情をし、ちょっと舌足らずな言い方
で巻くし立てたのだった。そこには、学生の前で思わぬことを白状せざるを得
なかった負目が、少なからず感じられなくもなかった。
「だいたい、あんなこと言われて黙って引っ込んでいたら、推理小説研究会の
名折れですよ」
「そうそう。それに、犯人からの挑戦とも受け取れるわよ、この展開は」
 玉置がまた口を差し挟んだ。
「推理研の部室に遺体を置くなんてね」
「……どうしても犯人当てしたいらしいな」
 奥原が匙を投げた感じで言った。
「俺はもうどうでもいいよ。麟太郎に任せる」
「俺としては、犯人扱いされるんなら、真犯人の追求も辞さないつもりだった
が……」
 東海部長はここで、一回生全員の顔を見た。
「どうも、状況が許さんようだな、こいつは。念のため、網川、おまえの意見
も聞いとくかな」
 東海は顎をしゃくって、寡黙な一回生を指名した。
 今まで何も発言していなかった彼、網川静男こそが、例の本の件でもめた学
生なのである。実際、彼は推理小説よりも価値ある古本集めに熱心なところが
あるようだ。
「構いませんよ、自分は」
 黒縁眼鏡をかけ直して、彼は答えた。
「では、ほぼ意見の一致を見たところで、次のステップだ。本来なら新入部員
勧誘のためのビラなりポスターなりを作らなきゃいけないんだが、それを潰し
てでも犯人当てするんなら、相当の覚悟がいるぜ」
「大丈夫だわ。事件解決に協力ってだけでも、物好きな連中が入って来るから」
 気楽な言い様の香田。
「そりゃいいな。さて、まず基本的意志統一として、我々のいずれもが犯人で
はない、あるいは真相を知っていてかばっているようなことはないと誓う。い
いな」
「誓います」
 一斉にそう言ったとき、訪問者があった。
「おやおや、ここは宗教関係のクラブに衣替えしたのかい」
 そんなおどけた口ぶりで、若い造りの男が入って来た。口と同じように態度
もおどけた様子で、やたらとニコニコしている。まじめな態度をとれば好きの
ない二枚目で通りそうだが、どうもそうはいかないらしい。
「あ、鈴木先生。何の御用でしょうか?」
 東海部長が言った。入って来たのは、薬学教授の鈴木太郎という平凡な名前
の男で、しかし学生に人気のある教授だった。三年ほど前、ちょうどN大学が
今の敷地に移転した頃、若くして教授になったことで、人気も確固たるものと
なっていった。
 大学で人気のある教師というと、採点の甘い、単位をくれる者と、教え方の
優れた、あるいは楽しい者との二通りが少なくともあるが、鈴木はそのどちら
の要素もある程度持っていた。薬学の専門を主に講義するにも関わらず、割と
楽に単位を取らせてくれるし、講義内容も、時々つまらないジョークを飛ばす
ことを除けば、聞いていて疲れないものであるとの評判。
 ちなみに、推理研で鈴木教授の世話になったのは、二回生の三人(経済学部
情報科学科にも関わらず!)と、薬学部の玉置である。
「いやさ、小佐田君が警察の訪問を受けるからとかで、顔を出せそうにないと
言ってくれって、伝言してきたからそれをね」
「それはわざわざすみません。別にいつものことですから、あの顧問は名前を
借りたものですからね。合宿にも来られなかったし」
「まあ、大変だね。自殺だか殺人事件だかに巻き込まれたと聞いたけどさ、ど
うなってるの?」
 牧村が用意した椅子に腰掛けながら、鈴木が聞いてきた。

続く




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