AWC コロンブスの卵 3     永山


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#1902/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  92/ 6/28   9:37  (175)
コロンブスの卵 3     永山
★内容
 放課後、クラスで待っているのももどかしく、荒木田と高橋は中西のクラス
に出向いた。
 中西は帰る寸前であった。何とか若生が引き留めている状況。
「来ちまったか」
 舌打ちをして、そんな言葉を吐いた中西は、ふてくされたように椅子に腰を
降ろした。
「帰ろうとしていたのか!」
 高橋が怒鳴った。クラスに残っていた数人が、何事かと言わんばかりの表情
で、四人の方に振り向く。
「……ここじゃ、まずい。どこか外で話したいね」
 中西はそうつぶやくと、勝手に一人で先に行き始めた。急いで三人が追うと、
中西はバイク・自転車置き場に向かっていた。
「確か、近くに空き地があったろ。資材置き場の。あそこで待ってるから、言
いたいことがあれば十分以内に来いよ」
 それだけ言い置くと、中西はまたも勝手に、バイクを転がして行ってしまっ
た。
「何を考えてんだ、中西の奴!」
 荒木田はむしゃくしゃしていた。
「朝から変だったんだけど、こっちが聞いても何も話してくれなくて」
 若生が申し訳なさそうに答えた。
「とにかく行ってやろうじゃないか。納得できる理由を聞くまで、あいつの側
を離れないからな!」
 自転車と足で目的の空き地に着くと、それを待っていたらしい中西は、
「9分と15秒。何とか間に合ったな」
 と、投げやりな口調で言った。
「何分経とうがそんなもん、関係ない! さあ、ちゃんとした理由を聞かせろ」
 荒木田の声に高橋のそれが重なった。
「朝、言わなかったっけか? 一身上の都合だって」
「冗談もいい加減にしろよな! そんな理由で、はいそうですかと納得できる
訳ねえだろっ!」
 荒木田はそう言うと、中西との距離を詰めた。高橋も後に続く。
「俺達のバンドに、ぬけるときは明確な理由を有すこと、なんて規則があった
かねえ。規則は学校だけでたくさん」
「この!」
 荒木田の左ストレートが中西の頬を捕らえていた。まっすぐ後ろに倒れ、手
をつく中西。殴られた箇所に手をやり、血が出ていないか調べる手つきをする。
 荒木田の方は、若生と高橋が止めに入る。
「答えろよー! それとももう一つ、くれてやろうか?」
 拳を構える荒木田。もちろん、これ以上、手を出す気はなかった。さほど腕
力のある方じゃない中西が、すぐに答えてくれると信じて。が。
「……殴られてぬけられるんなら、やってくれ」
「っ! そんな暴力団みたいなこと、できるかよ。したくないんだ。答えろ。
どうして、俺達を見捨てて行くんだ!」
「……見捨てるんじゃないさ。……そうだな、俺の実力じゃ、おまえ達の足を
引っ張るだけだから、身を退こうってんだ。新しいメンバーを探してくれ」
「訳が分かんねーよ! 自信家のおまえが言ったって、何の説得力もないや。
分かってるのか、そこんとこ? 嘘の答えなんか聞きたくないんだ、こっちは」
「どう釈っても結構だよ。もうやめたいんだ」
「何か悪い点でもあったの、僕達に?」
 おろおろしていた若生が、やっとのことでそう言った。
「別にない。悪いのは俺さ」
「戻る気はないのか?」
 高橋はすでに諦めたらしく、先のことを言い始める。
「今はない。全国大会にでないでいいんなら……。いや、よそう」
 それを聞いて、荒木田はしばらく考えた後、声を振り絞った。
「全国大会がどうしたって? おまえがいなきゃ、俺達だって出れないんだ! どんな理由かはもう聞かないから、とにかく今は、残ってくれ、頼む!」
 そして地に両膝を着くと、頭を下げてみせた。
「やめてくれ! そんなことされても、だめなものはだめなんだ。許してくれ
とは言わない。情けない言い方だが、見逃してくれっ!」
 こう叫ぶと、片手を着いていた中西は素早く起き上がり、自分のバイクに走
った。荒木田達が何の反応を示す間もなく、中西はバイクに跨り、走り去って
しまった。
「おい! ……どうしたって言うんだよ、中西」
 頭の中が混乱して、放心状態にある荒木田であった。
 次の日、中西は遅れて学校にやって来た。それも自慢の長髪を切って。そし
て退学届を出し、さっさと帰ってしまった。
 一週間後、中西の自主退学が認められたということだった。公立校に転校す
るらしいのだが、どこなのかははっきりしなかった。


「残念だな、これで最後なんて」
 志知が本当に残念そうな顔をしながら、ぽつりともらす。
「中西君、どうしてぬけたんだろう?」
「知りませんよ」
 荒木田はぶっきらぼうに応じた。何もかも、嫌になっていた。
「あ、引っ越したんですよ。親の仕事の関係で」
 若生が答えたが、その半分は嘘であった。
 噂であるが、前々から中西の父親が、県外に転勤となる話はあったらしい。
だが、中西自身は高校生活やバンド活動もあって反対していたし、それに対し
両親も理解を示し、転勤を断わっていた。
 が、突然、中西が反対しなくなったのだ。最初、不思議に思った両親も、都
合のいい話なので、転校となったらしい。
 中西が、どうして反対しなくなったかの理由は、噂でも伝わってこない。そ
して髪を切った理由も同様に、伝わってこなかった……。
「ミルキィウェイも解散してしまって、ここの地区はどうなることやら」
 高橋が外国人の真似のつもりか、肩をすくめて言った。
「そのミルキィウェイだけど、メンバーの一人が、親に反対されてああなった
って聞いているけど」
 志知がついでといった感じで、持ち出した。
「親に内緒でやっていたのが、ばれたってことですか?」
「そうみたいだな。それで、他のメンバーもやる気なくしちゃったか、てんで
ばらばらになって」
「その程度なんだよ、女の思い入れってのは! さあ、それよりも、今日はコ
ロンブスのラストステージだ。思いっ切りやるぜ!」
 空元気の大声で、荒木田は叫んだ。
 本当は演奏なんてしたくなかった。それでもけじめをつけたくて、荒木田は
他の二人の説得に応じた。場所は、セブンセンシズ。聴衆は志知管理人の一人
だけ。
 今までのオハコが次々に流れる。ビートルズやストーンズのアレンジ。初め
て作った稚拙な曲。自分達ではそれほどでもないと思っていたのに、外からは
支持された曲。逆に一人よがりに終わったかつての自信作。予選を二位でクリ
アーした、あのミルキィウェイに負けた曲。
 そして最後は、”夢のフライング”。この”フライング”は、徒競争なんか
のフライングであり、飛翔という意味ではなかった。全国大会を断念した荒木
田達にとって、何だか皮肉な歌詞だった。それでも、懸命に、全力を出し切っ
てみせるのだ。
 この曲が終わると、ぱちぱちと乾いた音がした。志知が拍手しているのだ。
「いや、よかった。こんな最高の、最後のステージを見れるなんて、幸せもん
だよ、自分は」
 自分が演奏していたかのように汗をかいている志知。そんな彼を見て、荒木
田は自分の汗を拭いながら、
「そうかもしれません」
 と、謙遜もせずに言えた。
「でも、本当にもうやらないの? 誰か他のメンバーを見つけて、続けるとか
……。何だったら、私が見つけてきてやるんだが」
「ありがたいんですが、志知さん。もう俺はやりません。他の二人にその話は
して下さい」
「ひろがやんないなら、俺もやる気はないんですよ」
 高橋が同調する。
「もったいないなあ。若生君、君は?」
「演奏はやめますが、曲作るのは、続けるつもりでいます」
「誰かにやってもらう訳?」
「いえ、もう一回やり直せる時が来ると思っていますから。それまで取ってお
きますよ」
 そんな若生の視線を、荒木田は感じたが、今は敢えて気付かないふりをして
おく。
「ま、再結成するようなことがあれば、いつでも言ってきてくれよ。すぐにで
も時間を作っておくからさ」
 最初に見せたのと同じ様な顔をして、管理人は言った。
 荒木田は曖昧に笑って、最後の礼を述べておいた。


「やあっと見つけた!」
 ぐっと服が突っ張った。荒木田は何が起きたかを考えず、前に進もうとした
が、進めない。やはり、声をかけられたのは自分自身であった。
「何の用だ!」
 疎ましく思いながら、振り返ったら、お下げの女生徒が荒木田の服を引っ張
って立っている。
「誰?」
「荒木田博行君でしょ?」
 荒木田の質問に答えようともせず、相手はかすれているが高い声で聞いて来
る。
「そうだけど、と、とにかく服を放せ! 廊下でみっともないじゃねえか!」
「あ、ゴメンゴメン。ついつい嬉しくて、にぎりしめてしまっていたのダ」
 ぱっと夏服を放したその手は、次に荒木田の手を取った。
「わーっ、指、ごっつくなってるぅ。やだあ、太くなってて、怪我までしてる」
「何なんだよ!」
「もっと自分を大切にしてよね。あたしが欲しかったのは、この指なんだから」
「な、何のこっちゃ……」
 昼休みの退屈していた目が好奇の色を帯びて、荒木田の方に集まる。冷やか
しの声も次々と上がった。
「うるせーぞ、外野!」
 肩をいからせて、野次馬を散らそうとする荒木田だが、もはやそれは無駄な
行為と化していた。
「おい、何のつもりだよ?」
 同じ様な質問を繰り返す荒木田。
 と、その時、チャイムが鳴った。予鈴である。
「あ、もう行かなきゃ。話の続きは放課後、音楽室でね」
 おおーっといった感じの歓声が沸き上がり、ついで、何人かの女生徒の悲鳴
らしき叫びも。女嫌いの荒木田だが、好むと好まざるに関わらず、人気はある。
「デートのお約束ですかぁ?」
 また冷やかしの声。
「違う! おい、説明しろよ、今すぐに!」
 そう言ったときには、相手の女生徒は荒木田に背を向け、廊下を小走りに行
くところだった。
「いやーっ! 荒木田君、あんな一年生とつきあっているの?」
「誰があ! 名前も知らんわ」
 そう言われて、荒木田は初めて、先の女生徒が一年生だったかな、と思った。
学年は、上履きの色で区別されているのだ。
 それに、もう一つ、何かが心に引っかかった。
「どっかで見たような気がする……」


−続く




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