AWC コロンブスの卵 2     永山


    次の版 
#1901/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  92/ 6/28   9:33  (186)
コロンブスの卵 2     永山
★内容
 自分の楽器は、どうせ他に練習する場所もないことだし、という訳で、マン
ションに置かせてもらっている。だから移動は楽だ。
 ただ、いくら移動が楽でも、雨が降り出すと、気分が今一つ、乗ってこない。
若生だけはマイペースにやれるのだが、荒木田を含むあとの三人は、雨が嫌い
である。
「こんにちは、志知さん。使わせてもらいに来ました!」
 高橋が管理人室のドアをノックしながら、声を張り上げた。雷まで鳴り始め
たので、大声を出したらしい。
「ああ、よく来た。レッドハーツの人らが来れなくなったと言ってきたんで、
誰かに連絡しようと思っていたんだ。濡れなかったか?」
 荒っぽい口調だが、顔は優しげな志知舘拡は、紫のシャツにジャンバーを引
っかけるといういつもの出で立ちで姿を見せた。マンションのオーナー兼管理
人とは思えない、長髪を後ろで束ねる髪型をしている。芸術家気どりなのかも
しれない。
「ええ。傘、持ってましたし」
「それならいいけど、念のため、他の人の楽器を濡らさないよう、気を付けて
な。じゃ、優勝を狙って頑張れや!」
 そう言うと、志知は練習場と物置の鍵を投げてよこした。
「ありがとう。もし時間がきても降りてこなかったら」
「ああ、分かってるって。呼びに行くから、集中してやればいいさ。幸い、雷
雨ときたから、いつも以上に出せるしな!」
 最後は笑いながら部屋に戻った志知。なかなか奇特な人である。
「いっつも思うけど、変わってるな、あの人」
 中西が管理人室の方を振り向きつつ、階段に足をかける。
「年齢も何だかよく分わかんないし、嫁さん、いるのかね?」
 荒木田も不思議がって高橋に聞く。
「俺もよく知らないんだ。まあ、ちゃめっけはある人だよ。前に話したっけ、
マンションの名前の」
「ああ、聞いた聞いた。名前のしちたつひろの『しち』がセブンで、『舘拡』
を『感覚』と読ませてセンシズだろ?」
 中西は面白くもなさそうに言う。
「漫画みたいな名前だね」
 そう若生がぽつりと口にした頃、ようやく六階の物置と言うか楽器置きの部
屋に到着。すぐに準備に取り掛かる。
「さあ!」
 荒木田のかけ声、そして練習が始まる。
 出だしはフィーリングを掴むため、手慣れた曲で始める。ついで、この日の
本題、決勝のための曲を選びにかかるのだ。
 二つの候補曲は、共にロック調であるが、一つはオーソドックスな作りで、
基本に忠実で乗り易い。もう片方はやや外した感じで、乗りは少し悪いかもし
れないが、インパクトはある。
 三時間は、窓から差し込む雷光のように、瞬く間であった。
「ご熱心だねー。そうじゃないとだめだもんな」
 いつの間にかやって来ていた志知が、のんびりとのっそりと口を動かした。
「え? もう時間すか?」
「そうだよ、荒木田君。なかなかいい声しているな、君は」
「は? はあ」
 戸惑う荒木田に、笑い顔を見せる志知。
「でもだ、ギターの方がもっといいさね。ギターに専念して、誰か他にボーカ
ルやらしたほうがいいんじゃないか」
「そりゃ、そう思ってます、僕だって。だけど、他にボーカルできるのがいな
いんですよ、このメンバーには」
 言ってから、荒木田は仲間の三人を見渡す。
「そうか。言っちゃあ何だが、絶対、ボーカルをいれた方がいいって。それも
女性ボーカリストがいいんじゃない?」
 荒木田のことを深くは知らないのか、志知は言わなくてもいいことを口にし
た。案の定、荒木田は顔色が変わり、一気に巻くしたてた。
「冗談じゃない! 女なんか、絶対にいれないからな、俺は!」
「おい、博行……」
 なだめに入る若生。
「すいません、荒木田は女嫌いで」
 高橋が頭を下げた。すると志知は大笑い。
「はは! そいつはいいや! 女嫌いとは今の世の中、頼もしい」
「……すみませんでした、興奮しちゃって」
 荒木田自身も、素直にわびた。しかし、心の隅に、ミルキィウェイのボーカ
ルのことがあった。
「別に構わんよ、うん。いや、自分も悪いことを言ってしまったよ。とにかく、
今は、今のメンバーで全力を尽くすしかないもんなあ。ホント、あやまるよ」
「そんな、気にしてないですから。貸して頂けるだけで嬉しいのに、そういう
アドバイスと言うか、聞く側の意見のを聞かせてもらえると、助かります」
 その時、次のバンドの人達が姿を見せ始めたので、荒木田達は帰り仕度を急
がないといけなかった。


「まだ判断できる段階じゃないね」
 帰り際、中西がもらした。
「そうだな。確かに、もっとこなしていかないと、決められないや」
「だけどさ、高橋。ここはやっぱ、インパクトのあるので勝負した方がいいと
思うな」
 荒木田は力説する。
「ということは、ひろは”夢のフライング”を採る訳か」
「そっ。”ブルーなスプリング”は陳腐だと思う。タイトルからして、何かさ」
「俺だって”夢フラ”にひかれるけどなあ。のりの問題があるぜ」
 中西がこう言うと、若生が口を挟んだ。
「何だったら、書き直してみようか。もっとのれるように」
「って、大丈夫か、時間的に? そりゃ、できるものならありがたいけど……」
「大丈夫だと思うよ、博行。今、いいフレーズが浮かんでいるし」
 若生の言葉を聞いて、他の三人は顔を見合わせる。
「俺は異存ないよ」
 と高橋。
「俺としては、正次の作ってくる曲次第だな」
 中西は慎重なところを口にする。
「よし、じゃあ、一応、決まりだな。”夢フラ”のヴァージョンアップ、頼む」
 荒木田が言うと、若生はこくりとうなずいた。


 一週間経って、再びセブンセンシズに集まる。
 顔見知りのバンドが練習を終えて帰るところだった。
「よっ!」
「おう!」
 いつもならこの程度の挨拶ですれ違うのだが、今日は違った。
「全国大会、頑張ってくれよな。どうも、ミルキィウェイは不出場になったみ
たいだから、俺らの地区での期待の星はコロンブスだけ」
「何て?」
 相手が言い終わらぬ内に、荒木田は聞き返していた。信じられないことを聞
かされた感じ。
「ミルキィウェイ、出ないのか?」
「あ、知らなかった? うん、出ないらしいよ」
「そりゃまたどうして?」
 高橋が目を丸くして聞く。
「いや、俺らも詳しいことは知らないんだけどさ、解散しちゃったらしいよ、
あそこ」
「解散て、何で?」
「さあ。その理由はちょっと……」
 これ以上聞いても無駄のようだったので、荒木田達は形だけの挨拶をして、
練習場に向かった。
「しかし、解散? 分かんねー!」
 準備をしつつ、荒木田は吐き捨ててみせた。
「この大事な時期に、何かあったのかなあ」
 若生が、自分の事のように心配そうで不安そうな声を出した。
「で、ひろ。出場は取りやめかい?」
「何だよ、中西。俺達までがどうして不出場になるんだ?」
「いや、女に負けたのが悔しくて決勝に出る気になったんじゃなかったっけな
と思ってさ」
「そんなこと、忘れたよ。だいたい、見ろ。女なんて、こんなもんさ。所詮、
お遊び程度にしかバンドを考えてないんだ」
「結局、女嫌いに拍車がかかっただけか」
 そう言った後、豪快に笑ったのは高橋だ。
「何がおかしいんだよ」
「別に別に。さあ、練習しようぜ」
 随分と時間を無駄にして、やっと練習が始まった。
 若生が書き直した曲は、一週間しか余裕がなかったとは思えないほど、ヴァ
ージョンアップしていた。前の鋭い切込みのようなインパクトを残したまま、
のりが格段に上がっている。歌詞も若干書き換えられており、ありがちな甘っ
たるさが少しは抜けたと思えた。
「OK! いいんじゃない、これ」
「うん、これはいける」
「一週間でこうも直せるんだから、正次の才能、大したもんだぜ」
 みんなが口々に誉めると、若生は少し照れたように笑い、
「気に入ってもらえてよかった。あとは、僕らだけの一人よがりならぬ四人よ
がりになってなきゃいいんだけどね」
 と言ったが、その口ぶりには結構、自信が溢れていた。
 それから一時間ほど練習を続けていたら、志知管理人が呼びに来た。本日の
練習、これにて終了。


「お、珍しいな。おまえがウチのクラスに来るなんて」
 中西の姿を見て、荒木田は椅子に座り直した。
 今、一時間目の授業が終わり、休み時間になったばかりである。
「さては交通事故の噂を聞きつけて、見物に来たか」
 巨体に似合わず、素早く荒木田の席に寄ってきた高橋が、ふざけた調子で中
西に声をかける。
 交通事故というのは、昨夜、荒木田と同じクラスの女生徒が、ひき逃げされ
たことを指す。命に別状はなかったが、手の甲を複雑骨折しているということ
だ。
「何でも頼山先生の子らしいぜ、事故にあった女子。いや、歳月とは恐ろしい
ね。あんなかわいい顔を先生のようなのに変えちゃうんだからさ」
 黙っている中西に、高橋は続けて冗談を繰り出した。
「で、中西、何の用でぃ?」
 少し不審になった荒木田は、高橋を黙らせてから聞いた。
「……俺、出るのやめるわ」
「……? 何をやめるって?」
「決勝」
「結晶? 何の結晶?」
「全国大会だよ」
「!」
 そこまで言われ、やっと気が付いた荒木田に高橋は、身を乗り出して、中西
に問いただした。
「それって、俺達をぬけるってことか? 何で! どうしてだよ!」
「別に……。理由なんてないさ」
「ちょっと待てよ! 理由もなくやめるのか、おまえ?」
「大声を出すの、やめろよ」
「答えろよ!」
「いいじゃないか。一身上の都合とでもしてくれ」
「この! ふざけるな!」
 高橋が中西の胸倉を掴む。体格に物を言わせ、相手の身体を持ち上げんとば
かりに。
 その時、チャイムがなった。
「おっと、放してくれよ。授業に遅れる。みっともないしね」
 先生の足音らしい音も聞こえたか、高橋は手を放した。
「……」
 黙って出て行こうとする中西に、荒木田が叫んだ。
「おい! 放課後、もう一度、来いよな! 正次も連れて!」


−続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「空中分解2」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE