AWC 悪魔教授 (前)      永山


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#1023/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  91/ 7/14   9: 5  (157)
悪魔教授 (前)      永山
★内容
 どこをどう通ればその屋敷に出るのか、一般の人にはほとんど知られていな
い。もし一般の人がここに来るようになれば、その人はすでに一般の域から外
れつつあるのだ。
「……あの、ごめんください。こちら、悪魔教授の……」
 能瀬秀子も、そんな人間の一人であった。
「そうです。私、教授の助手をしております、榊沢と申します。どうぞ、中へ」
 白衣を着た二十歳そこそこの青年が、秀子を見おろすようにして言った。そ
して背中を向ける。
 秀子は遅れまいとその背を追って、足を踏み出した。靴の脱ぐ必要のない洋
館。いやに薄暗いと思ったら、蝋燭の光しかない。どこからかすきま風が弱く
もぐり込んでいるのか、時々炎が揺らめき、その都度、壁の秀子の影が変化す
る。
「こちらです。教授の聞かれることには、正直にお答え下さい」
 助手の声と共に、不意に明るい部屋に出た。部屋の中央の安楽椅子に、一人
の人物が深く腰掛けている。が、逆光のために、詳細は分からない。
 バタンと音がしたので振り向くと、大きな観音開きの扉が閉じられていた。
助手が閉めたのだろう。
「こちらへ来なさい」
 しゃがれていた。しかし、不思議にはっきりと聞き取れるのだった。秀子は
言われるままに、部屋の中央に歩み出た。
 腰掛けていたのが老人だと分かり、その見事な白髪に見とれていると、老人
が手付きで、座るように命じてきた。テーブルを挟み、向い合わせに座る。
 少し、沈黙があった。すぐに耐えきれなくなった秀子は、自分から口を開く。
「あの、あなたが悪魔教授でしょうか?」
「私が悪魔教授である。無論、本当の名ではないが、皆が呼ぶのでしようがな
い」
 威厳を持たせたような低さで、相手の声が届く。
「あの、あの、毒を造ってもらえると聞いたんですが、本当でしょうか」
「本当である。だが、僅かばかり訂正させてもらうのであれば、毒だけでなく、
薬も作っておる。ま、毒作りの方ばかり知れたようで、こんな悪魔などという
名を頂戴した訳だが」
 面白くなさそうに笑う教授。少し気味悪く思った秀子は、早めに話を着けた
いと思った。
「ある人を殺したいんです。あの人、いっつも自慢するの。御主人が東大出だ
とか、バッグがブランド物だとか……」
「そういう話はせんでもらいたい。あなたが誰をどんな理由で殺そうと、わし
はいっさい、感知しない。わしの身に火の粉が降りかからなければな。こちら
が聞きたいのは、あなたがどのような毒を所望しているかということが、主だ
からねえ」
「それでしたら、条件があります。あの人、花粉症で、イギリスだかフランス
だかの薬をありがたがって飲んでいるわ。カプセル薬」
 そう言いながら、秀子は問題の薬をテーブルに置いた。赤と白のカプセルで
ある。
「これ、私にくれた物なんですが、これに毒を詰めてやって、彼女の薬瓶の中
に戻してやるつもりなんです。外国からの薬だから、毒が入っていても、不思
議じゃないでしょう? あっちの製薬会社のミスということで片付くんじゃな
いかしら」
「要するに、カプセル薬とそっくりの毒を用意すれば、いいんですな。効き目
は早い方、遅い方のどちらがよい?」
「うんと苦しんで死ねばいいわ。じわじわと効いてくるの、お願いします」
「ふん。では、しばし、座っていてもらいましょう」
 教授はテーブルのカプセルを手にすると、背後の扉を押し開け、奥の部屋に
引っ込んだ。
 何もしないで待っているのも手持ち無沙汰だったので、秀子はお金の勘定を
始めた。噂に聞いた相場は……。
 と、教授が戻ってきた。
「これでいいですかな」
 その手から、さっきのカプセルとどこが違うのだろうと疑いたくなるような、
同形の物が転がり出た。
「これで確実に殺せるんですね?」
「無論」
「あの……お礼はどのくらいすればよろしいのでしょう……か?」
「別に。あなたの気持ちで結構。これを商売にしている自覚はないんでね」
「じゃ、じゃあ」
 おずおずと、秀子は封筒を差し出した。
 すると教授は、中身を確かめもせずに、
「さあ、これで終わりだ。早く帰られた方がいいと思うが、どうかな? 悪魔
教授なんて人物は、早く忘れること。そして再び、ここに足を運ぶことのない
ようにしてもらいたいね」
 と、一気に巻くし立てた。
 あっけに取られてしまった秀子だったが、それでも言われた通り、挨拶もそ
こそこにその場から退散した。

 今夜一人目の客をさばいた教授は、少しばかり暗い目付きになっていた。気
分は沈みがちであったが、すでに二人目の客が来てしまったようだ。
「こちらへ来なさい」
 ドアのところで、惚けたようにつっ立っている客に、教授は声をかけた。
「ど、どうも。お邪魔します」
 ぼそぼそと言いながら、客はこちらに歩み寄り、椅子に掛けた。
 客は男だった。肌は若そうなのだが、頭は禿げ上がっていて、背が低い。眼
鏡の奥にある目玉は、きょろきょろと世話しなく、落ち着きなく動いていた。
襟元のマークは、某一流企業のものだ。
「ど、どんな毒でも造って頂けると伺い、やって来たのですが……」
「どんな毒でもは、ちょっと大げさだろうが、大概の毒は造れよう」
「厳密な意味の毒じゃないんですが、お願いできましょうか?」
 こちらをのぞき込むような仕草で、相手の男は聞いてきた。教授は、ちょっ
と冷やかに思いつつ、
「何を所望ですかな?」
 と言った。毒を指定してくる人間の方が、話は早い。
「硫酸です。硫酸で、おしゃべりで偉そうな相手の口を焼いてやろうと思いま
して。殺せるでしょう、硫酸でも」
「硫酸なら、何もここに来なくても、手に入るんじゃないですかね?」
「いや、どうしても硫酸を使いたいんでして。そうなると、どこから足が付く
とも限らんですから」
「なるほどね。では、当然、濃硫酸として……。粉末状でよろしいかな?」
「もう、何でも構いません。人間一人を殺せるだけの硫酸を頂ければ、いいん
です」
「一人。ふむ。量が難しいな。本来なら、このようなことはないのだから……。
仕方ありませんな。では、余裕を見ておきましょう。しばし、座っておるよう
に」
 そして、不安げな客を残し、奥の部屋に引っ込んだ教授は、たくさんある薬
の瓶から、あっという間に硫酸を見つけ出すと、素早く質量を計った。そして
適当な容器を探す。粉末だから、結局は病院でもらうような紙に包むことにな
る。
「これでよいかな」
 部屋に戻った教授は、腰掛けながら、テーブルに包を置いた。
「これですかぁ……。ふーん。本当に殺せるんでしょうね?」
「疑うのなら、試してみせましょうかな?」
 依頼人がうなずいたので、教授は奥の部屋から、金魚を一匹、ボールに入れ
て持ってきた。毒の効果を見たがる客のために、常備している。
「この金魚に、そいつの中身を、ちょっと食わせてみるがいい」
「ははあ。これに使った分は、後で足してくれますか?」
「足しても構わんから、早くなさい」
 じれったく思いつつ、教授は男を促した。
 男は、泳いでいる金魚を、やっとのことで捕まえ、口を無理矢理開けさせ、
硫酸を入れた。水に戻して、待つまでもなく、硫酸が効いてきたようだった。
「あ、死んだ!」
 男は、白い腹を上に向けて浮き上がった金魚を、気味悪そうに見つめている
ようだ。
「分かってもらえましたかな?」
「分かりました。ああの、毒の継ぎ足し、お願いします」
 改めて恐ろしく思ったのか、男はどもりながら言った。
 包み直した硫酸と引き換えに、男は金を置いて、逃げるようにして帰って行
った。

 榊沢は三人目の客を案内しながら、何故だか急に、七年前の出来事を思い出
していた。その客が、七年前の事件に関わりのある人物に似ていたから、思い
出したのかもしれない。
 実際、新居ひろみ−−名乗らなくてよいものを、客の方が勝手に名乗ったの
だ−−は、榊沢の中学一年の時の担任に似ていた。
「こちらです。教授の聞かれることには、正直にお答え下さい」
 そう言って、新居を教授が待つ部屋に送り出した後、榊沢は、あまり思い出
したくない出来事を思い出してしまっていた。
 破怪博士か……。あの時は、あの中学をほとんど潰してやったんだっけ。サ
ブリミナルコントロールができるように細工したビデオテープを配って、馬鹿
どもを洗脳して、校舎に立て篭って。
 あいつらを殺すために火を放ち、それを天カスによる失火に見せかけて、俺
は逃げるつもりだったんだけど、まさか学校の周囲を、あんなに大勢の大人が
取り囲むなんて、予想できなかったからな。ヘリコプターで教授に助けてもら
ったのは、仕方ないか。
 あんな大騒ぎになったのも、担任のアレが、大げさにふれて回ったからなん
だろうな。まったく、女は変なところで敏感だから、嫌だね。おかげで、あれ
から数年は、活動できなくなったし。まあ、逆恨みはこのくらいにしておくか。
 そうだ、あの時、ビデオを持っていないとかで、洗脳し損ねたのがいたな。
なんて名前だっけ? ええっと。ええい、くそっ! こんなに物覚えが悪くな
っちまっているのか。年は取りたくない。あ、そうか。剣持だ。剣持絹夫だっ
た、確かに。あれだけは気がかりだな。どうも、あいつが一番、俺に近いもの
があったんだがなあ。俺に最初に声をかけてきたのも、あいつだったし。だが、
ああいう中途半端なのを生かしておくと、一番まずいとも思ったんだ。今はど
うしていることやら、何の音沙汰もないようだからいいようなもの……
 そこまで回想していたら、客、新居ひろみが出てきた。両手で小瓶を隠すよ
うに持っている。どうにもおかしなもので、瓶は何か調味料のそれらしい。多
分、主婦として持っていても怪しまれない容器ということで、あんな物に入れ
たのだろう。
「お帰りですか。では、案内いたしましょう。蝋燭も小さくなっています」

−(後)に続く




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