#533/1159 ●連載
★タイトル (AZA ) 07/05/14 22:53 (200)
気まぐれ月光 6 永山
★内容
「新風祭のことですね。ちゃんと椅子に座ってました。一ノ瀬はどうだった?」
「うにゅ。観てたよ。ミーも芸術の才能を買われてここに入っていたら、あっ
ちのステージに立ったんだなぁ、と思いつつ」
一ノ瀬に芸術系の才能があるとは、ちょっと考えられないが、キャラクター
的にはありかもしれない、とか一瞬、思ったり。
「そのデモだのストだので、四谷成美って人は何をしたの? ミーの記憶力で
覚えているかなあ」
「印象に残っているね、きっと。一曲だけのはずが、もう一曲、勝手にアカペ
ラで唱ったのだから」
「おー、それなら覚えてますです」
一ノ瀬が何故だか胸を張る。僕も覚えていた。
明らかに予定をぶち壊していた。にも拘わらず、彼女は最後まで唱い切った。
歌唱力の賜物だろう。それ以上に、迫力が周りを圧倒した。
彼女の外見が、かなりボーイッシュであったことも思い出した。小柄で、そ
の俯きがちな様子から、陰鬱な第一印象を受けた。名前の紹介は、舞台に出て
最初にあったはずなんだが、ちっとも記憶にない。歌のあとに名前を紹介して
くれていたら、刻み込まれただろう。
「あれ以来、僕の気に留めておく人物リストに加わった」
と、十文字先輩。
「機会があればそれとなく、情報収集をしてね。おかげで、四谷君好みのファ
ッションというものも、鮮烈にイメージできていた訳さ」
「似た感じのファッションセンスの人なら、この学園に何人かいてもおかしく
ないと思いますが」
「体格に関する証言を合わせれば、自ずと一人に絞れる」
ふむ。まずまず、論理的だ。
「それなら、先輩は既に会いに行ったんですね、四谷さんに?」
「まだだ。ワトソンを連れずに、行けるはずがあるまい」
「な、んでです……?」
崖の先っちょに立ち、山に向かって、「何でやぁ〜」と叫びたいところをぐ
っと堪え、静かに聞き返した僕、百田。
「名探偵の捜査にワトソンが着いてくるのは、常識じゃないか」
つまらなそうに答える自称名探偵。僕は上司に諂いつつも意見しようとする
平社員みたいになった。両手はいつの間にやら、揉み手の格好になっている。
「いえ、あの、そういう意味ではなくて。一刻も早く、調べを進めた方が、解
決も早いのではないかと」
「相手にも都合があるさ。実は、神出鬼没と云っては大げさだが、四谷君を掴
まえるのはなかなか大変なようでね。登校中、居場所がはっきりしているのは
授業中を除けば、皆無に近いらしい。だが、落胆するなかれ」
先輩は人差し指を振った。
「ちょうど今、専門的な特別レッスンを受けるそうだから、それが終わった直
後を狙って、掴まえよう」
「……何時頃になるんでしょう?」
「困ったことに、分からない。先生と生徒の気分次第らしい」
「じゃあ、こんなところにいないで、そのレッスンをやってる教室の前まで行
かないと」
戸口に向かったのは、僕一人だった。ドアの取手に触れた状態で、肩越しに
振り返る。
「何してるんですか」
「必要ないんだよ。ここの窓から、その教室の様子が見えるんでね」
先輩が答え、一ノ瀬が「おー、さすがですにゃ」などと云って、拍手する。
勿論、その手は猫みたいに半端に握っている。
「なあんだ。それならそうと……」
「ミーは予測してたよ」
得意げに一ノ瀬。
「いくら事件絡みのお喋りをするったって、学校の中で適切な場所は他にいく
つかあるのに、わざわざこんな遠くの空き教室に来るってことは、何か目的が
あるはずだもん。話を聞いてる内に、分かった。そこの窓からなら、総合ゲー
ジュツの校舎が見える」
彼女の自慢は敢えて無視し、僕は引き返すと、そのまま窓辺に寄った。でも、
四谷成美がレッスンを受けている部屋がどこなのか、見当も付かない。第一、
総合芸術科の校舎は、ちょっとした林を挟んだ向こうに建っている。しかも、
こちらの校舎と並行ではなく、斜めになっているため、光の具合等で中を見通
しづらい教室もあるのだ。
「まだ終わりそうにないんですか」
場所を知っているはずの十文字先輩に尋ねてみた。
「さあ? 終われば、そこの渡り廊下に姿を現すに違いないから、それを待っ
ているだけだよ」
十文字先輩は顎を振り、外の一点を示した。なるほど、先輩の立つ位置から
なら、枝葉の隙間を縫って、渡り廊下がちょうど見通せそうだ。
「お、噂をすれば、だ」
タイミングのいいことに、お目当ての人物が姿を見せたらしい。僕も窓ガラ
スに顔を近付けた。――ふむ。新風祭で目立っていた子だ。記憶が鮮明になり、
合致する。
「呑気に見物してないで、行くよー、みつるっち〜」
声にはっとして振り返ると、十文字先輩の姿は既に教室内になく、一ノ瀬も
ドアのレールを跨いでいた。
四谷成美という生徒は、間近で見ると、人を寄せ付けない空気を感じさせた。
初対面の僕らに警戒の眼差しを送ってくるのは当然として、その目つきがやけ
に鋭い。私服姿だし、その外見と相俟って、喧嘩っ早いのかなと思ってしまう。
こんな証人を相手に、自称名探偵はいかなる切り出し方をするのか? 期待
していた僕だけれど……。
「僕は十文字龍太郎。探偵をしているところなんだ」
ストレートすぎるっ。警戒されては困るんじゃないの? 四谷って子、一旦
つむじを曲げると、頑なそうな感じを発散しているぞ。
と、懸念のあまり、口元に手を持って行く僕。緊迫した場に不安定感を覚え、
固唾を飲んで様子を見守った。
ところがそのとき、相手の表情に張り付く険しさが、若干緩んだ。
「……ああ、あんた」
指差すポーズを一瞬した後、言葉遣いを改めるためか、唇を嘗めた四谷。
「十文字さんと一ノ瀬さん、それにそこの君――」
僕を見やってくる。どうやら僕の名前だけ知らないようだ。
「――三人で、内緒話をしているのを、前に見たよ。コンピュータ室で。やっ
ぱり、探偵をしていたんだ?」
「ふむ。見知っていてくれたのは有り難いけれども、その件は内密にね」
「別に云い触らす気なんて、更々ない。で? オレに用?」
急いでいる訳ではないらしく、四谷は足を若干広げ、話に応じる姿勢を見せ
た。こうしていると、背は低いが、格好いい男子そのものだ。
「うーん、それについても内密に話した方がいいと思うんだけれど……心当た
りはないのかな?」
「……何のこっちゃ、だね」
肩を竦める四谷。
十文字先輩は周囲を見渡し、人の気配がないことを確認してから、遊園地建
設予定地での怪事件と、その近くで目撃された人物に関して、具に話した。
話の途中で、四谷は片手を挙げた。
「あ、それ、オレだわ」
あっさりと認めた。矢張り、現場近くに現れたのは彼女だった。
「四谷君の反応からして、関与は疎か、事件が起きたことすら知らないようだ」
十文字先輩は、頷きながら云った。
四谷は四谷で、何を当たり前のことをとばかりに、口を尖らせる。
「わざわざ待っていたあんた達には悪いけれど、ご期待に添えそうにないな。
オレが咎められるとしたら、せいぜい、不法侵入ってとこ」
「というと、君は建設予定地に、足を踏み入れたことがあるんだね?」
「何度もね。警察に突き出す?」
「まさか。それよりも協力して貰いたい。事件発生前に、複数回に渡って現場
に入ったのなら、何かに気付いている可能性を期待できる」
「……オーケー。でも、今すぐ聞きたいってのなら、場所を学食にでも移して、
何かおごってほしいな。こっちは、さっきまで全力で唱って、腹ぺこなんで」
「いいよ。必要経費だ」
簡単に請け合う名探偵。必要経費っていうのは、依頼者がいて初めて請求で
きるものではないのでしょうか。不安だ。ワトソンはホームズのためにおごっ
ていただろうか。まあ、学生食堂なら安上がりで済むが……いや、この時刻、
学生食堂は閉まっている。
「オレの話にどれだけの価値があるか分かんないのに、気前がいいね、十文字
先輩って。気に入っちゃったな」
急に顔全体をほころばせると、四谷は歩き出した。
「別におごってくれなくたっていいよ。学食、閉まってるしね。その代わり、
話は明日にしてほしい」
「というと?」
「先輩は当然、そのときオレと一緒にいた人についても知りたいっしょ? 最
近、親しくなったばかりの友達だし、念のために」
当日の行動に関して、第三者に喋ることの可否を、その友達に確認したいら
しい。誠実である反面、まだ親友になりきれていない不安もあるのかもしれな
い。
これに対し、十文字先輩はほんの少し、思慮する風だったが、じきに答えた。
「分かったよ。我々は明日、どうすれば話を聞けるのかな」
「うーん……電話番号かメールアドレスでも教えてくれたら、なるべく早めに
連絡を入れるけれど」
「ふむ。校舎が離れていることもある。了解した」
十文字先輩は気取った手つきでメモ書きをし、相手に渡した。
「僕専用の携帯電話の番号だ」
「サンクス。こっちも――」
四谷が携帯電話を取り出し、メモの番号にすぐさま掛けようとするのを、先
輩は止めた。
「いや、今は必要ない。学科を異にするとは云え、同じ学園にいるのだし、会
う気になればいつでも会えるだろう」
「それもそうか。じゃ、決まったら連絡します。決まらなくたって、明日の午
前中には」
電話番号を知らされたためか、四谷の口からは、最後に来て丁寧語が飛び出
した。自ら群れたがることはなくても、仲間になれば裏切らないタイプなのか
な、と感じた。
「お別れの前に、一つ聞きたいことがあるなり。念のための確認なり」
一ノ瀬が口を挟んだ。その口ぶりとは対照的に、真剣な態度であったから珍
しい。
「警察の人が話を聞きに来た、なんてことはなかった?」
「勿論。事件が起きていたこと自体、今が初耳だったんだ」
「うーん、矢張りそうですかー。ありがと」
礼を云う一ノ瀬に、四谷は一瞬、きょとんとした。だが、深く考えまいとす
るかのようにかぶりを振ると、「じゃ、これで失礼」とだけ残して、足早に立
ち去った。
彼女に手を振って見送った一ノ瀬は、その後ろ姿が夕闇に消えると、十文字
先輩を仰ぎ見た。
「ねえねえ、十文字さん。さっきの、どう思います? 捜査員の人達って、目
撃されてたのが四谷さんだって、まだ掴めていないのかなあ」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。どちらにせよ、我々は独自の道を
行き、正解を見つけるだけさ」
名探偵らしく、云い切った先輩。警察の出した結論に疑問があるならまだし
も、初期段階の時点で、この大言壮語……。しかも、情報の大部分を警察から
貰っといて。
などと、名探偵のやることをいちいち批判していては、記述者は務まらない。
「今日はこれで終わりとしよう。君達、気を付けて帰るように」
「お心遣い、痛みイリジウム。十文字さんも、また襲われないように、充分に
注意してくださいにゃ」
「無論、そうするよ。不覚を取るのは懲り懲りだ」
一ノ瀬の奇妙な物腰を気にする様子は微塵もなく、先輩は笑顔で頷いた。
「辻斬り殺人の方は結局、まだ解決していないとはいうものの――」
一ノ瀬と二人で下校する道すがら、僕はこの話題を振った。彼女の住むマン
ションまで、ボディガードを仰せつかってしまったのは荷が重いが、話をする
にはちょうどいい。
「犯行そのものはぴたりと止まったし、矢張り、一ノ瀬や先輩が推理した通り
だったのかなあ?」
「ミーは、可能性の一つに過ぎない思ってる。ただし、有力ではあるかにゃ。
確かめようがないのが、現状だね」
その通りだ。十文字先輩も辻斬り殺人の事件については、あれ以上の調査を
していないようだ。死人に口なし。憶測だけで警察に捜査を進言できるはずも
なく、また、辻斬り殺人犯に襲われて落命しなかった被害者がいない(警察が
把握する限り)ため、顔の確認もままならない。
が、僕がこの話題を持ち出したのは、別の点に狙いがある。
「君や先輩の推理が当たっていたと仮定しよう。じゃあ、学園内で万丈目先生
を殺害したり、十文字先輩を襲ったりした犯人は何者なんだろうか」
「うーん」
どことなく、上の空の返事。気乗りしないというよりも、関心が薄い感じだ。
僕は興味を引くべく、意見を披露する。
「動機としちゃあ、万丈目先生のやっていることに気付き、私的制裁。十文字
先輩は真相に辿り着きそうなんで、殴って脅したってところか。でも、先輩が
その程度で引っ込むとは思えない」
「……剣豪の刀が使われた意味が、抜けてるよ」
――続く