AWC 週明けの殺人者 4   永山


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#384/1159 ●連載
★タイトル (AZA     )  05/02/10  23:18  (379)
週明けの殺人者 4   永山
★内容

 夜。僕は夢を見た。
 音無が殺人の容疑で捕まり、強持ての刑事数人に取り囲まれ、追い詰められ
ている。そこへ、論理の剣を携え、颯爽と現れる百田充。警察も見落とした些
細な手がかりから、名推理を構築し、真相を暴くと同時に、音無を窮地から救
い出す。そしてミステリ調から一転、ハッピーエンドの恋愛漫画のラストシー
ンの如く、花びらの舞う原っぱを背景に、二人は抱き合うのだ。
 さすがに莫迦々々しくって、ここで目が覚めた。
 しばらく余韻に浸ったあと、寝床の上で身体を起こし、夢の中で語った名推
理とやらを思い出そうとしたが、無理だった。勿体ないことをした気になるの
は、何故だろう。
 布団を抜け出し、何の気なしにカレンダーで日付を確認した。
 木曜日。
「……そうだ」
 我ながら唐突に呟いたのは、カレンダーを眺める内に、疑問が浮かんだため
だ。疑問ではなく、興味と言い換えてもいい。
 来週の月曜、辻斬り殺人が起きるのだろうか? 起きたとしたら、その凶器
は何か?
 これまでは殺傷痕が同一であったから、模倣犯が出現しても容易く判定でき
た。だが、今や犯人は凶器を手放したのだ。週明けにまた犯行を重ねるとした
ら、別の凶器を用いよう。模倣犯が出現しても、分からない。
 駆け足で部屋を出て、食卓に向かう。母が明らかに怪訝がりつつ、朝食の用
意をしてくれる中、僕は新聞を開いた。同時にテレビのニュースにも注目する。
 昨日の夕刊やテレビ報道で、辻斬り殺人との関連性を匂わせる記事は一切な
かった。そしてそれは、今朝になっても変わっていなかった。警察はもうしば
らく伏せ続けるつもりのようだ。
 伏せるのは結構だけど、「辻斬り殺人の凶器は未発見だが、その種類は特定
されている」とでも発表するのが賢明じゃないかな。嘘の発表になる訳だけれ
ども、模倣犯抑制のためには、許されると思う。
 それとも、そんな発表をすれば、辻斬り犯の新たな凶器による新たな犯行を
誘発するようなものと見なしたか。だけど、最初の凶器が犯人の手を離れた今
となっては、かまわないんじゃないか。
 五代先輩に頼んで、この意見を捜査本部に伝えてもらおうか。犯人探しの探
偵ごっこじゃなく、事件を未然に防ぐための提言だから、先輩も聞いてくれる
と期待して、僕は家を出た。

 朝夕は練習で忙しいとのことで、五代先輩に会いに、昼休み、教室まで一人
で出向いた。そこで、十文字先輩は今日退院して、明日から出て来ることが正
式に決まったと聞き、まずは一安心。
「それで、君の方は何の話? 事件についてなら、お断り」
「事件の話なんです」
 先輩はため息をつき、にこりともせず、廊下の端へ右人差し指を向けた。
「じゃあ、行こうか」
「は?」
 つい、身構える。誰もいない隅っこに連れて行かれ、投げ飛ばされるんじゃ
ないかと、妙な想像をしてしまった。
「人に聞かれちゃまずいでしょうが」
 廊下の片隅に移動し、一層声を潜めて、朝の思い付きを伝える。
「なるほどね」
 先輩がやっと笑った。その笑顔が、小学校の教師が児童をあやすときのそれ
に似ているのが、気に入らないけれど。
「犠牲者をこれ以上出さないために、ぜひ、先輩のお父さんに」
「私から進言しなくても、警察はその可能性に、とうに気付いていると思うわ」
「そうでしょうか。朝刊でも、全く触れられていなかったし」
「……君は、口は堅い方?」
「だと思いますけど」
「どうしようかな。当事者と呼べなくもない立場なんだし、云ってもいい気は
するんだ。父ったら、娘の通う学校で起きた事件だからかしら、珍しくもちょ
っぴり情報を漏らしてくれたのよ。ほんと、稀なことなんだけど」
 ということは、その重大な秘密を、僕にも明かしてくれるようだ。催促せず、
待つとしよう。慌てる何とやらは貰いが少ないと云うからね。
 先輩は周囲に目を配り、誰も近くにいないことを再確認する仕種のあと、口
を開いた。
「竹刀から出て来た刀ね、万丈目先生を刺した凶器じゃないのよ」
「……はあ?」
「辻斬りの凶器ではあるけれど、先生を殺した得物は別。分かった?」
 意外だった。意外さのあまり、僕の絶句はまだ続いていた。先輩に、顔の前
で手を振られ、ようようのことで我に返る始末だ。
「に、俄には信じられませんよ」
「うん。捜査本部全体も、軌道修正をせざるを得なくて、結構大変みたいだわ。
万丈目先生を殺した凶器が未発見という事実は、犯人がそれを使って再び殺人
をしでかす可能性が残ってるって訳ね」
「あの……血痕はどうだったんですか? 竹刀から見つかった血痕は、先生の
ものじゃなかったのかどうか」
「……これくらいまでなら話してもいっか。辻斬り殺人被害者の血ばかりだっ
たそうよ。先生の血痕は、ロッカーの内側にあっただけ」
「そうでしたか。――もう一つだけ。捜査本部の見解では、万丈目先生を殺し
た犯人は、辻斬り殺人犯と同一なんでしょうか?」
 五代先輩は軽く目を瞑り、首を水平方向に振る。また目を開けると、云った。
「教えてもらえなかった。でも、辻斬り殺人の凶器が現場に転がっていたから
には、そう考えるのが妥当じゃなくて?」
「ですよね」
「そういう訳で、百田君。第一発見者が狙われる危険は、まだ去っていないみ
たいだから、注意を怠らないこと。いいわね?」
 急にお姉さん口調で云われて、戸惑ってしまう。このときの僕は、目を白黒
させていたかもしれない。
「探偵の真似事なんて、そろそろ本当にやめた方がいいわよ。十文字君の二の
舞どころか、命を落としたって知らないからね」
 僕は、病院での十文字先輩の返答を思い起こした。「泣いてくれれば充分だ」
と告げる相手が、僕にはいない。
「分かってます。いくら何でも、自重しますよ」
 この場凌ぎに、そう答えておく。
 本心を明かせば、新たな情報を得て、推理を組み立て直さなければいけない
という意識でいっぱいだった。

 翌金曜の放課後、僕は一ノ瀬とともに、コンピュータ室にいた。他にも大勢
の生徒がいるが、大半はヘッドホンを被り、映像資料(勉強用のもあれば、娯
楽用のもある)を熱心に観ている。
「色々考えてみてるんだけど、面白くも不可思議な話だねっ」
 一ノ瀬が唱うように云った。
 僕は五代先輩から教わった新事実を、昨日の内に一ノ瀬に伝えた。すると彼
女はちょっと調べ物があるとか云って、一人、コンピュータ室に篭もったので
ある。そして何らかの成果が上がったのだろう、今日になって、十文字先輩を
交えて話をしてみたいと云い出したのだ。都合のよい時間帯として放課後が選
ばれ、場所は一ノ瀬の希望でコンピュータ室になった。
 十文字先輩はホームルームが長引いているのか、それとも五代先輩につかま
ったのか、まだ姿を現さない。登校しているのは人伝に耳に入っている。
 先輩が来るまでの間、僕らは事件のことをディスカッションする。周りには
他の利用者がそこそこいるので、声をなるべく出さずに済むよう、筆談ならぬ
パソコンのキーボード談によって。画面を第三者に見られそうになったら、す
ぐに隠せるように準備できている。
『先生殺害犯イコール辻斬り犯と仮定。何故、刀を置いていったのか』
『刀の他に刃物を持っていたのも不思議。やけに準備がいい』
『何故、刀を使わなかったのか』
『新たな凶器の行方』
 お互い、疑問点は数多く浮かぶが、それを打ち込むだけで、解決に向かって
いるような手応えは感じない。ただし、一ノ瀬が手の内を隠している様子は、
ありありと窺えた。十文字先輩が来てから、ということなのだろう。
「もーふだあ」
 座ったまま伸びをしながら、一ノ瀬が呟く。だから、不毛だろっての。僕は
集中力を保とうと、次なる疑問を打ち込んだ。
『万丈目先生が辻斬り犯に気付いたきっかけは何か』
『前の日に見たとか?』
 一ノ瀬の即答に、思わず唸らされた。万丈目先生が殺されたのは火曜日。そ
の前日の月曜は、辻斬り犯第四の犠牲者が出た。たまたま目撃した結果、万丈
目先生は命を落とすことになったのかもしれない。
『月曜に見て火曜に行動を起こす? 急すぎない?』
『逆かも。辻斬り犯が先生を呼び出した』
『目撃されたのを知って、先手打った?』
『にゃあ』
 入力文字で猫真似するなよ。それぐらい声に出せ。
「だとしたら」
 僕は呟いた。続きは画面で。
『昨日の今日で先生を殺したのも、刀とは別の凶器を用意したのも理解できる。
辻斬りを続けるためだ』
 なのに、刀を現場に残して行った。謎だ。慣れぬ凶器での殺人に平静を失い、
忘れたのか。
 いや、違う。万丈目先生を名乗る電話が、音無の携帯電話に掛かってきてる。
刀が戻った、と。あれは犯人からのメッセージのはず。犯人の冷静さを感じさ
せる行動ではないか。
「分かんないな」
 またもや呟いてしまった。分からないことだらけなんだから、仕方がない。
 と、そのとき、机の上に影が差すと同時に、頭のてっぺんに声が降ってきた。
「探偵たる者、分からないことがあるからと云って、それを莫迦正直に声に出
してはならない。周囲の人間を徒に不安にさせるデメリットが大きいからだ」
 警句めいた気取った台詞。振り返るまでもなく、十文字先輩と知れた。
 現れたのは彼一人のみで、五代先輩の姿はない。
「あ、具合はもう?」
 立ち上がりながら反射的に聞き返す。
「十全とは云い難いが、事件を目の前にして、名探偵がそんなことで弱音を吐
いていては話にならないからね」
 実際、快活に答える。安心して、次に五代先輩のことを訊ねると、「五代君
は柔道に精を出している」との返事。
「お初にお目に掛かります。ミーが一ノ瀬和葉です」
 一ノ瀬が座ったまま、身体を折り曲げるようにしてお辞儀した。礼儀正しい
かどうか微妙である。先輩は微かに笑い声を立て、「僕は十文字龍太郎。噂は
聞いてるよ」と応じる。するとよせばいいのに、一ノ瀬のやつ、「どんにゃ?」
と聞き返した。
「パソコンと数学に長け、天才的な柔軟思考の持ち主だと耳にしたが、違って
るかい?」
 先輩には、気を悪くした様子は微塵もない。自分に絶対の自信を持っている
人は、こういうものなのかもしれない。
「うーん。当たらずも唐辛子」
「はっははははっ。さて、その噂の一ノ瀬君が、何を聞かせてくれるのかな? 
事件に関する話だというから、やって来たんだよ」
「では、早速」
 話を始めようとする一ノ瀬。僕は慌てて十文字先輩に座ってもらった。位置
は、僕と一ノ瀬の間だ。
 せっかちな一ノ瀬を制し、先に、これまでに僕らが掴んだ手がかりを十文字
先輩に伝えた。特に、伏せておいた凶器に関する情報が、先輩の興味を誘った
ようだ。「五代君も第三者にばらすぐらいなら、僕を信用してくれてもいいの
に。意地が悪い」などと憤慨する様は、年上なのにどことなく微笑ましいなん
て感じてしまった。
 いや、それよりも気にかかったのは。
「辻斬り殺人とつながりがあると分かっても、先輩は驚いてないみたいですね」
 折角伏せていたんだし、驚いてくれることを半ば期待していたのだが。
「意外ではある。が、予想の範囲内だから、驚きはしないさ。刀が盗まれて程
なくして、世に云う辻斬り殺人が起き始めた。結び付けるのにさほど飛躍はい
るまい。可能性の一つとして、リストアップしておくべき推理だと思うね」
 名探偵志願の先輩の頭脳には、どうやら、主だった犯罪のデータがインプッ
トされているらしい。
 ともあれ、次は一ノ瀬の番だ。
「ミーは辻斬り犯の方に興味があって、調べてみたんだ」
 いきなり声高に始める。一瞬、ひやっとしたが、よくよく考えてみれば、今
の発言に、他人に聞かれてまずいところはない。完全なセーフだ。
「被害者は男女二人ずつ。共通点なしってことになってるけど、ミーは面白い
発見をしたのです」
 マウスを操作し、地図ソフトを起ち上げる。僕と十文字先輩は身を乗り出し
た。やがて現れたのは、この辺りでは最も大きな市街地の地図。鉄道路線を中
央の縦に配して、何箇所かにマークが入っていた。予め一ノ瀬が準備していた
のだと分かる。昨日やっていたのはこの作業だったに違いない。点在するマー
クを数えてみると八個あり、色は赤、青、黄、緑がそれぞれ二つずつが使われ
ている。目を凝らすと、そのマークには黒字で、アルファベットが振られてい
た。赤がAとaで、以下、青にはB、黄はC、緑はDの大文字及び小文字が与
えてある。
「これは?」
 質問役は当然、僕。先輩は気取った仕種で頬杖をつき、興味があるのかない
のか、底の知れない目つきで画面を見つめている。一ノ瀬は僕らのどちらも振
り返らず、にこにこしながら答えた。
「被害者の自宅と勤め先、若しくは通学先だよん。大文字が住んでるところ、
小文字が向かうところ。で、それぞれ同じアルファベットを結ぶ……といって
も、直線じゃなく、通勤・通学路を辿って結んでみると」
 画面に四本の線が現れた。赤いマークは赤い線、青いマークは青い線という
風に対応を取って結ばれる。
「ある地点を、必ず通過してるんだな、これが」
 本当だ。四本の線がまとめて交差し、しばらく捻れるように一本となり、ま
たばらけていた。地図上のそれは、駅から駅への路線と重なっている。電車で
三十分ほどの距離を、四人が同じように利用していた。凄い偶然のような、至
極当たり前のような。
「中仙本駅と鬼塚駅か。犠牲者はみんな、このどちらかが自宅からの最寄り駅
なんだな」
「みつるっちったら、短絡的ぃ」
 こいつぅ〜、みたいなニュアンスで貶されてしまった。当然、僕もむきにな
って反発。
「どう短絡的なんだよ」
「それには僕が答えよう」
 十文字先輩が云った。既にこの瞬間、僕は自らの敗北を悟った。
「百田君がどれほど楽に通学しているか知らないが、他人も自分と同じと決め
付けるのはよくない。乗り継ぎというものがある」
「ああ……なるほど……分かりました」
 単純な思い込みを犯していた。だいたい、地図をよく見れば、犠牲者の中に
乗り継ぎをしていた者もいることぐらい、すぐに分かる。恥ずかしさをごまか
そうと、「なるほろ、ほろほろ鳥」なんて莫迦なフレーズが浮かんだが、さす
がに自制。一ノ瀬と同じレベルの駄洒落を口にするのは堪えられない。代わり
に、論を進めよう。
「犯人は、この路線を頻繁に利用していると見ていいんでしょうね?」
 先輩に向けて発したつもりだったのに、一ノ瀬が反応した。
「うん、どーかん。みつるっちのさっきの見方は、犠牲者じゃなくて、犯人に
当てはまる。四人全員がこの二つの駅で乗り降りしてるってことは、偶然じゃ
なく必然の匂いがくんくんする」
 ぷんぷんする、だと思うのだが、今日はやめておく。先輩が同席しているこ
とだし、話の腰を折っても仕方がない。鼻をひくつかせた一ノ瀬は、得意そう
に続けた。
「犠牲者を選ぶ基準は、犯人が普段乗り降りしてる駅で、同じように乗り降り
してる客。多分、あとをつけたんじゃないかにゃーって思う訳ですよ、ミーは」
 これに対して、先輩が口を開く。
「話が飛び飛びで分かりにくいが、要するに、犯人は自らと同じ駅で乗り降り
する客の中から、犠牲者を選び、あとをつけては殺していった、と?」
「そうですねー。そういう想定もできるって程度かなぁ」
 途端に頼りない物言いになる一ノ瀬。ここに来ていやに慎重だな。
「ミーは詳しくないけど、この二つの駅で乗り降りする人、結構多いよね?」
「そうだな。うちの学園にも、中仙本駅の方角から来てる生徒は結構いる。鬼
塚駅だって、街の規模はかなり大きい」
「だったら、ただの偶然てことも消しきれない。警察だって、これくらいは気
が付いてるはずなんだけど、ニュースで流れないのは、警察がこの点を重視し
てない証拠って風にも思えるんだー」
「捜査のために、情報を隠す場合もあるがね」
 思慮深い調子で十文字先輩が云った。尤も、隠しているのか否かの見極めが、
僕ら高校生にできようはずもなく。
「だが、ここで立ち止まっていては、努力が水の泡。とにもかくにも、犯人が
この路線を常用していたと仮定し、理屈を積み重ねてみようじゃないか」
 先輩の提案に僕ら一年生は頷いた。
「ここからは再びオフレコなり」
 黙してコンピュータの操作に専心する一ノ瀬。真剣味溢れる表情ではなく、
楽しんでいる節が見え隠れする。所詮は机上の論理に過ぎないと自覚している
ためだろうか。僕自身はかなり真剣なんだが。先輩だって大真面目だろう。
 と、そんなとき、画面に人名リストが表示された。昨日の今日でこれだけ調
べ上げたとなると、一ノ瀬もまた熱心で真剣なんだなと、僕は考えを改めた。
 いや、そんなことよりも、驚くべきはリストの内容。
「おいおい、これって」
 画面を指差しながら声を出す僕に、一ノ瀬は「ビタミンしーっ」と、唇の前
に人差し指を立てた。そして最前のように、文字での会話を再開させる。
『七日市学園関係者 & 中仙本−鬼塚利用者』
 ここでの&は論理積を表すらしい。七日市学園の生徒や教職員の中で、中仙
本−鬼塚間を利用している者は十四名いた。中仙本から来ている者は割といる
はずだが、鬼塚駅経由となるとこの程度らしい。
 僕が驚いたのは、リストの先頭に、万丈目先生の名があったことだ。急いで
キーボードを引き寄せ、文字を入力する。
『万丈目 除外』
 すると一ノ瀬は心外そうに眉を寄せ(たくせに)、「ホワイ?……ト」と云
った。英語でまで駄洒落を云うか、こいつは。
『被害者だから』
『論理は厳密に』
 そんなことを口でも云った一ノ瀬は、「それにね」と付け加えた。
『同じコースを通っていたからこそ、辻斬り犯の正体に気付いたのかもー』
 ああ、そうか。そう考えたら、万丈目先生の名がリストにあるのは当然だ。
 ここで、十文字先輩が文字を打ち始めた。一ノ瀬も手を引っ込める。
『万丈目先生殺害の動機は、辻斬り犯を目撃したからと考えているのか?』
 僕と一ノ瀬は揃って首を縦に振った。先輩も喜色を浮かべて首肯する。知ら
ない人が僕ら三人を見たら、出来の悪い無言劇だろうな、きっと。
『僕もそう思っていたところだ』
 名探偵を自負するだけあって、一ノ瀬が思い付くぐらいの思考過程は、とっ
くに歩き終えていたようだ。
 一ノ瀬は再び手を伸ばし、マウスを操作するやらキーボードを叩くやらのあ
と、大げさな動作で最後のクリックをした。
「本番はこれからさ。仕上げを五郎二郎!」
 それは「御覧じろ」だと注意するより先に、画面上のリストに関心が向く。
ここで十文字“名探偵”に追い付けるか?
『七日市学園関係者 & 中仙本−鬼塚利用者 & 竹刀所持』
 新たに付加された「竹刀所持」とは、万丈目先生殺害事件で小太刀を持ち込
み得た人物、という意味と思われる。
 リストの名前は三人にまで減った。万丈目先生が残っているのは、剣道部顧
問だったからか。僕が確認の質問をすると、一ノ瀬は口頭で答えた。
「そうだよん。指導してなくたって、剣道部顧問なら、竹刀持ってておかしく
ないっていう理屈」
「他の二人は?」
「剣道部の二年生と“週明けの鬼”」
「え?」
 週明けの鬼はおまえのことだろうと云いそうになったが、リストに目を凝ら
して納得。ここでは本来の週明けの鬼、つまりは鬼面先生を差す。というか、
あの小テストで楽々満点を取る人間が、鬼なんて形容するなよ。
「待てよ。鬼面先生、車で通ってるぞ」
「今はね。ミーの朧気な記憶によると、鬼面っちは、二週間ほどだったかな、
電車通勤してた時期があったよ」
「してたけど、あれは車の故障で、やむなくだろ。しかも、辻斬り事件が始ま
るひと月も前じゃないか。関係ないね」
「そお? 二週間、電車通勤をしてる間に、電車の中で嫌な目に遭ったかもし
か。怒りを鎮めるべく、復讐を計画してさ、特に気に食わない人間をピックア
ップしておくの。自動車の修理が終わってほとぼりが冷めた頃、実行に移す」
「……ほとぼりの使い方がちょっとおかしいと思う」
 指摘だけして、一ノ瀬の考えを胸の内で検討する。
 鬼面先生犯人説を、僕はこの間、否定したばかり。なのに、こうやって条件
だけで絞っていくと、残ってしまった。イメージにない、動機が浮かばない等
という理由で否定したことが間違いなのか、条件のみで詰める手法に問題があ
るのか……。前者に比べて、後者の方が堅牢に感じられる。被害者の万丈目先
生が残ったことにも、ちゃんと理由がある。やはり尊重すべきは論理。
「僕は一ノ瀬君に賛成だ。入院して後れを取っていたが、もしそうでなかった
ら、僕も同じ理論展開をしていただろうからね」
 賛同を得た一ノ瀬は、ほら見ろといわんばかりに、僕に対していたずらげな
笑みを向けた。
「でね、この剣道部部員はイリミネートできるんだよねっ。イルミネーション
じゃないよ。イリミネート。除外」
 この唐突な発言に、僕は目を何度もしばたたいた。怪訝な顔つきをしたのは、
先輩も同様。一ノ瀬を見る。
「アリバイがあるばい」
 脱力しそうな駄洒落に耐え、僕は重ねて聞いた。
「いつの間にそこまで調べたんだ? 昨日の今日でそんな……」
「だって、この人、ミーの知り合いの知り合いだからさっ。メールでちょちょ
いのちょいと問い合わせたら、ほどなく返信、スーパーヒーロー」
「変身違いだ」
「それでね――あ、オフレコにしないと」
 猫を思わせる手つきで、文字を打ち込んでいく一ノ瀬。
『辻斬り殺人の起きた四日間の内、二日分にアリバイ。自主トレを兼ね、他校
の友人と手合わせ。記念写真あり』
 先輩が呼応して、『万丈目事件でのアリバイはなし?』と打ち込む。
『火曜 夕方 塾。アリバイ成立』
「それなら端から除外して、最終リストを見せてくれりゃいいのに」
 文字を目で追っていた僕は、途中で莫迦らしくなって声を上げた。十文字先
輩も、「そういえばそうだな」と呟く。すると一ノ瀬は、両手を猫握りの格好
のまま、頭に持っていった。
「残り二人のアリバイ確認ができてないから、まだ条件式を付け足す訳に行か
ないんだよー」
 先生二人のアリバイが未確認か。だが、万丈目先生は被害者なんだから、実
質的に最後に残った鬼面先生が犯人……?
「どうやってアリバイ確認しようかなー」
 さすがに、直接訊ねることはしたくないらしい。腕組みをして首を傾げる一
ノ瀬。見た目にも分かり易い悩み方だ。
「アリバイ確認は、僕がよいアイディアを出せると思う。その前に聞いておき
たいんだが、もしも唯一の容疑者にアリバイが成立したら、このやり方は失敗
ってことでいいのかね」
 十文字先輩は画面を睨んだまま、質す。
「そうなったときは、きっと、前提が間違ってたと。たとえば」
 台詞の残りは、キーボードで入力する一ノ瀬。
『辻斬りと万丈目事件 犯人は別人とか』
「そんなのありか? 凶器はどうなる?」
 これまでとがらりと違う意外な説に、僕は腰を浮かせた。竹刀の中から見つ
かった小太刀には、辻斬り事件の被害者の血が付着していたのだ。辻斬り犯の
関与は動かし難い事実だ。
「それについては、ミーは大胆な仮説を持ってる。みつるっちに分かる?」
「分からないから教えてくれ」
「世にも恐ろしい結論だよ。夜、眠れなくなるかも〜」
「いいから」
「十文字さんは〜?」
 一ノ瀬が意見を求めて振り返ると、先輩は慌てた様子もなく、ふむ、と軽く
息をつく。
「見解が浮かんだことは浮かんだ。どうだろう、一緒に文字入力してみるとい
うのは?」
「異議なし」
 彼女は笑みを浮かべて、パソコンに向かった。十文字先輩も隣のパソコンの
真ん前に座る。二人は同時にキーを叩き始めた。
 それぞれの画面には瞬く間に、“結論”が示された。全く同じ主張のそれは、
僕にとって俄には信じられないものだった。
『万丈目先生が辻斬り犯 正体を知った何者かに殺された』
『辻斬り犯=万丈目 真実を知った誰かが処刑』

 巡ってきた月曜日。
 辻斬り殺人は起きなかった。

――『週明けの殺人者』終わり。『気まぐれ月光(仮題)』に続く





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