AWC そりゃないぜ!の恋   寺嶋公香


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#206/1165 ●連載
★タイトル (AZA     )  04/02/18  23:54  (209)
そりゃないぜ!の恋   寺嶋公香
★内容
「岡本大地、尼崎から来ました」
 転校生が新しい学校で、一番楽しみにしていることは何か?
「家族は両親に、小さい妹が一人。元々はこっちの出身で、小学校入る前にあ
っちに移って、今やほぼ関西人と思ってもらって間違いありません」
 人によって色々あるだろうが、僕の場合、ただ一つ。
「でも、好きな野球チームは特にないし、喋りかて、しよう思たら関西弁にな
る程度やから、仲間外れにせんといてください」
 ところで正直言って、兵庫・大阪よりも東京の方が、美人が多いと思う。
「どぞ、よろしくお願いします」
 頭をひょいと下げ、戻しながらクラス全体を見渡した。教室に入った瞬間か
ら注目していた女の子が、にっこりと笑っている。僕の自己紹介、受けたかな?
 中庭寄りの一番端の列、その一番後ろの席にも関わらず、華やいだ雰囲気の
せいでとても目立つ子だ。特に目がぱっちりしててかわいらしく、セミロング
が似合っていた。
「君の席はあそこだ」
 担任の先生が教室の片隅を指差す。予想が当たって、嬉しくなる。そう、僕
が気にしてる女子の右隣が、空席なのだ。しかも、僕の席の右側に席はない。
クラスの中で、僕と彼女の席だけが突出してるのだ。
「隣の三井はクラス委員だからな、分からないことがあれば聞くといい」
 三井さんて言うのか。にしても、クラス委員長とは。うむ、多分、頭がよく
て人望が厚いに違いあるまい。ま、自分も成績には自信がある。転校前に受け
た編入試験、ほとんど満点だった。クラス委員長を務めたことも何回かあるか
ら、ちょうど釣り合いがとれるんじゃない? なーんてね。
「三井も岡本に教えてやってくれ」
「はい」
 元気があって、心地のよい声。ますます気に入るー!
 そう言えば、先生が教室に入った瞬間、かかった号令も三井さんの声だった
んだな。うーん、椅子が床をこする音でよく聞こえなかったのが残念。
 とまあ、僕が転校して一番楽しみにしていたのは、改めて説明するまでもな
いけれど、きれいな女の子がいるかな?ってことだった。
「ども」
 僕は教壇を降りて、席に収まり、その刹那に三井さんに軽くお辞儀した。
「どもども」
 彼女が小声で、同じ調子で返してきた。
 僕は少々驚いて、まじまじと三井さんの顔を見やる。と、その表情がまたに
こにこしていて、かわいい。間近で見ると、肌がきれいで、ニキビの痕一つな
い。容姿ももろ好み、ピンポイント。だいたい、転向してきたばかりの僕に、
「どもども」と返してくれるところなんか、すっごく感じいいじゃないか。完
全に惚れてしまった。
 畜生、これで教科書をまだもらってなかったのなら、最高なんだけどな……
と思いつつ、授業に集中してみることにした。

 転校後、初めての授業のあとは、初めての休み時間。十五分なり。
 授業内容は、充分に理解できた。一学期までいた前の学校と比べて、進行具
合は全く同じと言っていい。無論、まだ一科目しか経験していないから、安心
はできないが、この分なら大丈夫だ。
 という訳で、当面は三井さんと親睦を深めること一本に目標を絞れる。大げ
さな言い方してみたが、最初は会話しようって意味。
 台詞を考えてから振り向くと、三井さんは転校生を気遣ってか、席を離れず
にいた。目が合ったような気がする。
「三井さん」
 初めて名を呼んだ。ちょっとだけ緊張してる僕がいる。
「うん、何? 何でも聞いて」
 机の下にあった足をこちらに向け、身を乗り出す彼女。
 何でも聞いてなんて言われたら、考えておいた台詞を破棄したくなるじゃな
いか。図書室の場所や部活動の様子といったつまんないことよりも、「彼氏は
いるの?」と尋ねたい。まあ、会ったばかりで、さすがにできないけれどさ。
 ――こんな風に、短い瞬間、迷ったのがいけなかった。
「おーい、岡本。何か面白い話ないか?」
 がおーっ。男どもが寄って来やがった。転校生がそんなに珍しいんかい? 
寄ってくるなら、せめて女子にしてくれよ。
 とは言え、あからさまに嫌な顔をするのは無粋であろう。友達を作らないと
つまらんし、やっていけない。
「面白い話ねえ……。あるけど、お笑いの土壌が違うから、受けへんかもしれ
ん。自信喪失したあないから、黙っとくわ。関西と関東の間にある、悲しきふ
かーい溝や」
 振り向き、砕けた調子で応じた。こんなときこその関西弁。
 見れば、集団の先頭にいる奴はさっきの授業でも目立っていた。背の高さも
あろうが、ユーモア溢れる喋り口調が大きな理由だろう。確か、剣持と呼ばれ
ていた。
「そういう意味の面白いじゃなくって、前の学校であったこと、聞きたいなと。
おまえ自身のことでもいいぞ。興味津々、全身耳にして聞いてやろう」
「そうだな、スリーサイズでも言おか」
 背後で三井さんの笑う声が、かすかながら聞こえた。フィーリングが合うの
かしらん。と、調子に乗ってしまいそうだが、セーブする。
 剣持はと言うと、指を鳴らした。
「惜しい。我々は、君が関西に残してきた恋人について、聞きたいんだが」
 大まじめに言ったあと、破顔一笑する剣持。やるな、お主。
「いたらよかったんだけどねえ、おらん。これでもかなり理想が高くて、いい
ヒトが見つからんかった。ま、幸い、こっちでなら好みのタイプがたくさんい
そうで、安心安心」
 剣持への答と同時に、三井さんへさりげなくアピールしたつもり。どういう
反応をしたのか、すぐにでも振り返り、彼女の表情を見たい。だが、ここで振
り返っては不自然だという意識が働いて、機会を逸してしまった。ああ、情け
なや。
「ほんとか? もてそうに見えるよな」
 剣持は同意を求めるべく、肩越しに振り返った。その女子は小柄で、剣持の
身体に隠れてしまっていたのだ。
「うん。おっとこまえーって感じ。剣持君に比べたら、わずかながらひ弱そう
だけど、その分、頭よさそうだから帳消しね」
 小柄で細身、色白の肌に縮れ加減の黒髪、目には穏やかな丸みの眼鏡という、
はかなげな要素を取り揃えた割に、この女生徒は口うるさく喋る。僕が苦笑い
した間にも、彼女は剣持と掛け合い漫才のようなやり取りを続けた。人は見か
けにはよらないものと、今さらながら改めて思い知らされる。
 それはともかく、彼女のお世辞に反応しておこう。
「男前と言ってもらえるとは、勇気百倍。未来は明るい。あんた、名は――」
「蓮沼幸美よ。蓮っ葉の蓮に、泥沼の沼。不幸の幸に、虞美人草の美」
「――よりによって、縁起の悪い単語を並べて説明したな。そこまで言わんで
も、名前聞いたら、だいたい分かるってーの」
「この方がインパクトあるでしょ」
 蓮沼さんも楽しい性格みたいだ。見た目だって、三井さんには及ばないもの
の、いい線行っている。
「岡本君」
 三井さんの呼ぶ声に、慌てて向きを換える。
「用事はいいの? 何か聞きたそうだったけれど。剣持君達に遠慮しないで」
「は、はは」
 すっかり失念していた。
「はははは、忘れた。時間ないし、もうええわ。ありがと、三井さん。またあ
とで頼みます」
「……『おおきに』とは言わないんだ?」
「えっ?」
「お礼のとき、関西の人はみんな、『おおきに』って言うんだと思ってた」
「そないなこと、あるかいな」
 かわいい〜。「好き」の階段を、また一歩、上がってしまった。

 昼休み、僕と三井さんは二人並んで歩いていた。
「ここがコンピュータ室よ」
「へー。近代的。SFみたいや」
 と言っても、校舎内を案内してもらっているだけだけど。弁当をさっさと片
付けた僕を、三井さんが誘ってくれた。僕からではなく、彼女から。
「生徒手帳の番号が、そのままIDなの。岡本君は明日の授業の最初に、パス
ワードを設定することになると思うわ。今は鍵かかっていて、入れないからね」
「なるほど」
 適当にうなずいてから、パスワードをMITUIにしようかなと思い付いた。
そう言えば、下の名前をまだ聞いていない。教えてもらいたいのだが、なるべ
く自然に聞き出したいな。
「隣がプリンター室。コンピュータ授業の結果の印刷だけじゃなく、家庭科室
や美術室ともつながっているのよ。服や絵のデザインをプリントできるように」
「三井さんも、誰かのために、服なんか作ったことある?」
 家庭科室と聞いて、すかさず尋ねる。チャンスを逃すべからず。三井さんは
訝しむ様子もなく、答を返してきた。
「服って、セーターとか? ないなあ。あんまり得意じゃないもん、編み物っ
て。でも、マフラーならある」
 これは聞き捨てならない。誰にあげたんだ?
 と、僕が聞き返すよりも先に、三井さんが笑いながら答える。
「昔、お父さんに誕生日プレゼントでね。喜んでくれたけれど、あれ、お世辞
だったんだろうなあ」
 思い出す風に、天井を見やる三井さん。小さくえくぼを作って苦笑を浮かべ
た横顔が、僕をどきどきさせる……なんちゃって。
「そのマフラーには、やっぱりハートマークとか入れたん? ローマ字で、m
ituiハートpapa、なんて」
 冗談めかして聞いたら、三井さんは目を丸くして、大真面目に答えてくれた。
「すごーい。どうして分かるの?」
「え」
 意外な返事に絶句。僕の目も、きっとまん丸になっただろう。
「いや、何となく言ってみただけ」
「ふうん。読心術みたいに思えちゃった。あ、でも、ローマ字でmituiっ
ていうのは、完全な間違い。だって、私もお父さんも同じ三井なのに。当然、
mariにしたわよ」
「まり、っていうんだ?」
「あれ? あ、そうか。岡本君、知らないんだよね。私の下の名前は、万里」
 そう言ってから、思案げに小首を傾げ、そしてはたと思い付いたみたいに、
生徒手帳を取り出した。その一挙手一投足、何もかもがかわいらしくて、胸が
どきどきしてきた。
「こういう字を書くの。見て、覚えてね」
 生徒手帳を開いた第一ページ目にある欄を示す。そこにある顔写真も、いい
写りだった。ちょっぴり今より若い三井さんが、澄まし顔でいる。撮影はほん
の数ヶ月前程度に違いないのに、幼く見える気がするのは、何故だろう。
「なるほど。ばんり、と書くんだ?」
「あー、ひどい。それ、中学校のときのあだ名だったんだよ。ばんりちゃん、
ばんりちゃんて。万里の長城に、バンビを掛けたものなんですって。ストレー
トすぎてつまんないわよねえ」
 彼女の声の質が、若干変化した。甘えた感じになって、僕に同意を求めてく
る。僕は当然、何度もうなずき返した。
 あまりにも調子よく進むので、ついつい、きざな台詞も出るというもの。
「確かに、ひどい。バンビよりもかわいい人に、そのあだ名は似合わないね」
「えー? 岡本君て、そういうお世辞も言うんだ?」
「お世辞だなんて、とんでもない」
 東京弁も関西弁も似合う男は、そうざらにはおらへん。今の自分は、格好よ
く映っているだろうか。
 ……ま、焦ってもしゃあないわ。
「僕は嘘をつかない――って言うたら、信用してくれる? くれへん?」
 僕は話ぶりを転調させ、相好を崩した。三井さんは呆気に取られた表情から、
不意に吹き出す。こんなときでも上品な笑い方をする。ああ、前の学校の大勢
の女どもとは全然違う。
「あはは、それってさあ」
 ころころ、鈴の音のような笑い声を立てながら、三井さんが言う。
「いきなり目の前に立って、『私は人間です』って言う人と似てない?」
「あん? ああ、そうやな。『私は人間です』って急に言われたら、そりゃ人
間やないもんな。恐いわ」
 関西弁を続けたことに、たいした意味はない。ただ、三井さんには、僕のあ
らゆる面を見てほしいと思ったけれども。
 それから僕らは、学校内のあちこちを回って、昼休みを終えた。
 僕は教室に戻る間際に、クラスメートから冷やかされるんじゃないかな、と
変な期待を伴う予想をしていたのだが、それは見事に外れた。だーれも、なー
んにも言ってこなかった。唯一、三井さんに駆け寄ってきた女子が、「宿題の
ノート、借りてたよー」と言った。

 放課後になっても、僕はすぐには教室に出ず、剣持や蓮沼さんと喋りながら
ぐずぐずしていた。こうして三井さんが帰るのを待っているのだ。一緒に帰れ
たら言うことないが、いくら何でもそれは無理だろう。せめて、家がどちらの
方角にあるのかだけ、確かめたいと思っていた。ストーカーの趣味はもちろん
ない、故にあとを尾ける気は毛頭ない。
 それにしても、三井さんはなかなか席を立たない。一人でいて、特に用事を
残している風でもないのに。
 隣同士だから、僕が目に入るに違いない。不審に思ってるんじゃないかな。
「あのさ、岡本」
 真ん前に立つ剣持がしゃがみ込み、声を潜めた。僕の机に左前腕を載せ、右
腕は垂直にして、人差し指を立てている。
「いいか。三井さんを狙っているのなら、悪いことは言わない、あきらめろ」
「はあ? 何を言ってんの?」
 こういうことをずばり言われても、自分の本心を隠すだけの機転と度胸はあ
るつもりだ。実際、ごくごく普通に受け答えできていたはずだ。
 ところが剣持は、蓮沼さんと目を合わせ、互いにうなずくと、改めて僕の方
を向き、そして言った。囁き声で、僕を最高に驚かせる話を。
「三井さん、今度結婚するんだ」


――続く





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