AWC 長野・善光寺 (フリー日記より)    竹木貝石


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#153/1165 ●連載
★タイトル (GSC     )  03/06/17  03:00  (206)
長野・善光寺 (フリー日記より)    竹木貝石
★内容

   5月17日(土)

 昨日は長野の善光寺へ行ってきた。今年は7年に1回の『御開帳』で、かね
てより妻が是非一度行きたいと言っていた。
 天候の具合を見ながら二日前に指定特急券を買ったので、朝早い列車に乗っ
て、夕方遅い列車で帰ることになったが、幸い天気は良く、長野で過ごす時間
がたっぷりあった。

 朝6時半、散歩の時と同じく、腰に付けた歩数計のカウントを0にして置い
て、わが家のどぶ板(コンクリート製の蓋)から路上へ1歩踏み出す。途中い
つでも音声と文字の両方で歩数を確認出来るから便利だ。散歩や旅行から帰宅
した時は、家の前の道路からわが家のどぶ板に足を踏み入れる前に、合計の歩
数を読むのである。

 新守山駅からいったん普通列車で千種駅まで乗り、向かい側のプラットホー
ムで暫く待って、特急『しなの1号』の3号車に乗った。禁煙車両の中程、
11番のC・D席だ。
 車窓から見慣れた景色を妻が説明してくれる。
「大曽根駅、矢田川の橋、新守山駅、幸心住宅、庄内川……」

 釜戸駅を過ぎる頃から妻の気分が悪くなり、数年前に松本へ行ったときと同
様、気持が悪くて嘔気を訴えた。原因は『振り子電車』の揺れ方が大きい上に、
寝不足、緊張、食事の影響などが重なるのだろう。
 妻は下車しなければならないほどひどくはないと言い、座席の背もたれを倒
して、暫くうとうとと眠った。
 私は車内販売のアイスクリームを食べ、少しまどろんだりしながら、各停車
駅にまつわる出来事を思い起こしていた。中津川→南木曾→上松→塩尻→松本
→篠ノ井→長野。

 長野駅に新幹線が開通しているのは奇異な感じで、私の長野県に対する印象
は、島崎藤村の影響からか、「山奥の田舎」というイメージだったが、名古屋
からだと特急列車で3時間かかるのに、東京からは『あさま』に乗ればわずか
1時間の距離なのだ。冬期オリンピックも開かれたし、駅舎も新しくなり、町
の雰囲気は、古風というよりむしろよそよそしい感じさえする。

 駅前の広場に『しなの木』が数本植えてあり、説明文によると、国名の『信
濃』はこの木に由来するとか…、長野市の木に指定されており、山地の谷沿い
に生育し、高さ20メートルにもなるという。柵越しに触ってみると、樹皮は
粗いが案外綺麗に縦の筋が入っている。葉の形は普通の楕円形で、蕾らしき物
が付いていて、やがて花も咲くそうだ。

「善光寺へおいでの方は、このバスに乗って大門で降りてください!」
 とスピーカーで呼びかけているので、そのバスに乗った。
 発車してまもなく右へ曲がり、ほぼまっすぐ善光寺へ向かう。停留所の間隔
が短く、数回停まって、10分ほどで大門前に到着した。

 道路を横断し、階段(車椅子用のスロープも平行して作ってある)をわずか
に上って、大門(仁王門)の下に来た。
 私は数年前まで、山門とか大門などの形(立体的な構造)を全然知らなかっ
た。奈良の町に複現された朱雀門や、東大寺の山門を観察して、その壮大な建
築に驚嘆したものだが、ここ善光寺の大門も素晴らしい。
 妻の説明によると、6本の柱(間口2本・奥行き3本)で支えられた建物の
中に仁王様が安置されていて、その建物が門の両側にあり、左右の建物の間を
人が通るのである。但し、この大門は二階建てになっていないから、芥川龍之
介の『羅生門』のように、門の上に人が住むことは出来ない。

 私は2歳のときに視力を奪われ、いつのまにかそのことをほとんど気にしな
くなっている。と言うよりも、視覚障害を完全に克服しハンディ差を感じなく
なることこそが、私の生涯の目標であり人生観なのだ。だから、盲人が色々な
不満や苦情を言ったり、権利や要求を過剰に主張したりするのを、常々聞き苦
しく思っている。例えば次のような愚痴や負け惜しみを、私は聞きたくない。
「あの人はいいわ。目が見えるから何でも出来るさ。」
「わたしだって目が見えたら、そんなことぐらいいくらでもやるよ。」
「あいつは将棋が強いというけど、番面が見えるからなあ。俺だって目が見え
たらあいつなんかに負けやしないさ。なにしろ番面が見えるのと見えないのと
では少なくとも二段の差はあるからなあ。」
 私に言わせればこうである。
「そんなことは百も承知の筈、今更言ってどうなるものでもない。目が見えな
くても晴眼者に勝る実力を身につけるべきだ。そうなれたらこれに勝る喜びは
あるまい。」
 だがそんな私にも、想像しがたい視覚の世界、一度でいいから見てみたいも
のが幾つかある。人の顔かたち(美人と不美人・瓜実顔と丸顔などの比較)、
夜空の星々の輝き、虹の美しさ、満開の桜の花…。これらは確かに百聞は一見
に敷かずだろうが、その他およその物事は想像が付く。もしかすると、私が心
の中で描いている光景の方が、実際に目で見るよりも美しいかも知れない。
 しかしながら、最近私は、日本の木造建築の壮大な姿を実際にこの目で見た
い欲望が増してきた。

 善光寺の大門をくぐると、そこは境内の筈なのに、車の通る生活道路が2本
も横切っていたりする。
 石畳の広い参道を進むと、ほどなく山門に来る。
 この門は、両側の建物の間にさらに4本の柱が立っているから、通路が三つ
に分かれている形だ。二階建てになっていて、これが典型的な『山門』なのだ
ろう。私は門の二階に是非一度上がってみたいと思う。

 境内の敷石は、なんとか平兵衛という豪商が寄進した物で、7777枚ある
と伝えられ、40センチ×70センチくらいの長方形の石が、整然とはめ込ん
であるのは見事だ。
 今日はウイークデイなのに人出が多く、『回向柱』のそばまで来ても、なか
なか柱に触ることが出来ない。この柱からロープが延びて、本堂奥の『御本尊
様』につながっているという。
 ようやく手を伸ばしてその太い角柱に触れた。

 石の円台のような所から流れ落ちている水で手を洗う。
 右の方の列に並んで、一人500円で『参拝券』を買った。
 スピーカーの案内放送で、
「御本尊参拝と戒壇巡り、合わせて1時間20分ほどかかります。」
 と説明しており、確かに列の進み方は遅い。
 階段を上り、靴を脱いでビニール袋に入れ、本堂の畳に上がった。太い竹で
虎柵のように区画した所をゆっくりゆっくり進み、やっと仏像(御本尊ではな
く、本尊の前立て?)の前に立って、焼香をして引き下がった。

 靴を履いて階段を下り、別の列に並んで再び階段を上る。
 そこは回廊で、床板の分厚さが20センチもあるらしい。柱の直径は60セ
ンチ、大門や山門の柱に勝るとも劣らず重厚で、張りの角材も大層太い。これ
らの木材を観察出来ただけでも、私は十分満足だった。
 靴を脱いで畳に上がると、そこは先ほどと同じ本堂で、竹の虎柵の外側を一
列につながって進むのである。こんなことなら、いちいち靴を脱いだり履いた
りしなくてよさそうな気がするが、それも交通整理の都合や、威厳を示すため
の方式なのだろう。
 階段を下るとすぐに真っ暗な通路に入る。私が先になり妻が後に付いて、足
探りでゆっくり進む。
 廊下の幅は両腕を広げたくらいで、左右とも板壁になっており、天井の高さ
は私でも手を伸ばせば届く。床はプラスティック加工が施してあるのか、すべ
すべで継ぎ目が全く無い。
 通路は若干カーブしているのかどうか、右へ直角に曲ってまもなく、右側の
壁のやや低い高さに、柱の一部かと思われるような細工が手に触れた。これが
錠前であるとは一瞬気づかないほど長大な物で、30〜40センチもある立派
な長方形の南京錠だ。妻にも触らせながら、私ももう少しよく観察したかった
が、すぐ後ろから老夫婦が追て来ているので、諦めて先へ進んだ。
 ほどなく周囲が明るくなって、結局廊下の全長は30メートルくらいかと思
われた。
 15年前に善光寺へ来たときには、確か錠前に触れることが出来なかったと
記憶しており、今回もうっかり通り過ぎるところだったが、お互いに錠前の在
処を教えない約束になっているのか(教えると幸せになれない言い伝えがある
のか)、とにかく前後の人たちは無言で通り過ぎて行った。

 境内の脇に鐘楼があり、手で触ることは出来なかったが、高さ1.8メート
ル・底面の直径1.6メートルの梵鐘は、『日本音風景百選』に選ばれている
とのこと。毎日定刻に打ち鳴らすそうだから、早朝に来て是非聴いてみたい。

 昼をかなり過ぎたので、宝物殿の見物はやめて、昼食を食べるべく門の外に
出た。
 色々な珍しい食べ物を売っているが、そば屋は何処も満員だ。
 バス停を二つほど歩いて、「十割そば」という看板の店に入った。
 注文取りの順番を後回しにされて、妻はいささか気分を害したようだが、
『十割そば(ざるそば)』は美味しかった。手打ちそばに歯ごたえがあり、つ
ゆもわさびが効いて良い味だ。

 善光寺へ引き返す途中、抹茶を飲ませる店があったので、大喜びで中に入る。
 入り口の二人席は、焼き杉の壁に面して、大理石をはめ込んだ綺麗なテーブ
ルと、頑丈な木の椅子が置いてある。ゆったりした気分でここに座り、『茶店
セット』と『お勧めセット』を注文した。
 茶店セットは、くず切りと抹茶と茶菓子、お勧めセットは、甘酒と漬け物と
ところてん、いずれも和風そのものだ。甘酒のほんのりした甘みは懐かしく、
ところてんは出汁が強すぎたが、くず切りの舌触りと黒砂糖の甘さは抜群で、
抹茶は全然苦くなく、お茶請けの菓子はゴマ豆腐のようだった。

 再び善光寺に戻り、大門から山門まで歩いた。
 朝の早い時間は、お年寄りの参詣者が大部分だったのに、1〜2時間後にな
ると、年齢層が随分若くなる。やはり若い人は朝が苦手なのだろう。

 参道脇の店々では色々な珍しい食べ物を売っている。
『杏のソフトクリーム』は、ちょっと濃厚な味だ。
『おやき』は以前に食べたことがあるらしいが記憶にない。茄子のおやきが思
いの外美味しくて気に入った。
 漬け物の専門店では、野沢菜を一袋買って、長持ちするように百円のポリ袋
に入れてもらった。
 試食の甘酒が滅法甘くて、「熱湯を注ぐだけ」というので、6袋入りを買っ
た。
 お隣のKさんへのみやげにと、黒糖饅頭を買ったが、おじさんは糖尿病だか
ら食べられないかも知れない。
 食べ物の他には、子供達へのみやげを兼ねて、牛のお守りを5枚買った。

 駅までのんびり歩いて帰る道すがら、バス停や店の前の道路端に木のベンチ
(長椅子)が置いてあり、それらにいちいち腰掛けては感触を楽しんだ。
 ベンチには、例えば次のように記してある。
「私たち人類は、森や木から多大の恩恵を受けてきました。ところが近年は、
プラスティックなどの影響により、木のありがたさを忘れかけていませんか。
樹木は枯れ、森は荒廃しています。このベンチは間伐材で作りました。座板は
赤松、脚は桧です。このベンチに座って、森や木とふれあい、対話してみてく
ださい。 [Forest Work 振興会]」
 私も大いに同感だ。
 ベンチはそれぞれ形が違っていて、座り心地も大変良い。
 長野の町に、この長椅子が在るだけでも心がなごむ。

 交差点脇のコンクリート柱に、一茶の俳句が書いてある。
   春風や 牛に引かれて 善光寺
 この程度の句なら私にも作れそうだが、なかなかそうもいかないのだろうか。

 駅に着いたのは3時半。帰りの列車『しなの30号』は5時52分発車だか
ら、時間が在りすぎる。
 駅前の『しなの木』の周りに木の椅子が作りつけてあるので、それに座って
休憩する。
 長野の夕風は肌寒く、妻はビニールコートを羽織った。

 4時半を過ぎたので、夕食のそばを食べることにし、駅の地下の店に入った
が、ここのそばがとてつもなく不味くて、塩辛いだけでなく、苦汁が入ってい
るかと思うほどに喉を通りにくかった。
 こんなに不味いことも珍しく、とても全部は食べられず、店を出た。

 おやきは、荷物になるから先ほど買わなかったが、焼き立ての店があったの
で、各種取り混ぜて10個買った。茄子・かぼちゃ・切り干し大根・蕗味噌・
小豆・野沢菜で、家に帰って食べたら、やはり茄子が一番美味しかった。

 6番ホームには、既に列車が入っていたので、6号車 15番のC・D席に
座った。
 帰りの車内では妻も嘔気を起こさず、静かに眠ることが出来た。

 わが家のどぶ板の手前で歩数計のボタンを押したら、ぴったり「13400
歩です」と発声し、門扉を開けて中に入った途端に、柱時計が9時を打つのが
聴こえた。


      [2003年(平成15年)5月17日   竹木 貝石]





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