AWC かわらない想い 22   寺嶋公香


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#39/1165 ●連載
★タイトル (AZA     )  02/05/31  23:06  (453)
かわらない想い 22   寺嶋公香
★内容
 その日の夜。
 公子は寝付かれないでいた。
(おかしいな。疲れているはずなのに……。昼間のこと、気にしてるのかな、
無意識の内に)
 補助灯一つの薄闇の中、布団を鼻先までかぶって、天井を見つめながら、公
子は考えていた。
(まさかとは思うけど……秋山君、私のこと、今でもまだ想ってくれてるの? 
二回もふった、ひどい私を。――ありっこないわ。変に期待しなさんな、朝倉
公子っ。一応だけど、カナちゃんと付き合ってるのよ、秋山君は。ぎりぎりま
で転校のこと隠して、さっさと遠くに行って、また突然帰ってくるような子は、
お呼びじゃない。小さい頃から友達だから、これだけ親切にしてくれるんだ)
 自分の中で結論を出したものの、一向に眠くならない。頭を使っていたせい
で、目が冴えてしまったらしい。
(……しんどい)
 上半身を起こした。それから辺りに目を凝らす。窓ガラス越しにわずかに射
し込む外灯の光で、富士川らの様子が確認できた。四人とも、静かに眠ってい
る。
 時計を探したが、どこにあるのか見つからない。
(起きようかな。この三階から出なければいいはずだから、見張っている先生
もいないだろうし、見つかっても、のどが渇いたとかトイレとか言えばいいの
よね)
 決めたら、布団にくるまっているのがばからしく思えてきた。音をさせない
ように立ち上がると、手櫛で髪を直してから、ドアに向かった。スリッパを履
いて、そろそろとドアのノブを回す。
 かちゃっ。ドアが開く瞬間の音が、やけに大きく聞こえた。
 室内を振り返る。誰も気づいていないみたい。公子はほっとして、今度はド
アをゆっくり開けていった。すき間から廊下の様子をうかがう。
(誰も……いませんね?)
 左右を見渡す。しんとしているように感じたのは最初だけで、空調設備から
のものらしき音が聞こえてくる。でも、他に音はなし。ベージュ色の絨毯の上
に人の姿はない。
 廊下に回って、公子はドアを慎重に閉めた。
 スリッパがぱたぱた音を立てないよう、ゆっくり歩く。別に行く当てはない。
何とはなしに、各フロアーにある小ホールに向かった。
 ホールは非常灯の緑がかった光に照らされ、ソファの輪郭がいくつか浮かび
上がっている。あとは、大型テレビ、そのリモコンが置かれたガラス製のテー
ブル、南国風の植木、少し離れてジュースの自動販売機があった。
 確か掛け時計があったと思い、壁をぐるりと見渡す。アイボリー調の四角い
時計が見つかった。読み取りにくかったが、二時三十分ぐらい。
「こんな時間……。全然、寝てなかったかしら?」
 予想外に真夜中の時間帯だったので、公子はつい、つぶやいた。それでも眠
い感じは起こらない。あまりの所在なさに、ソファに座ってみたものの、退屈
さはさして変わらない。
 テーブルに肘を左右ともついて、目を閉じた。何か考えようとすると、浮か
んでくるのは秋山のことだった。
(忘れなさいよ)
 小さく、しかし強く首を振って、自分自身に命じる。
(一人で考えていたって、どうにもならない)
 では、他のことを考えようとしても、空転するばかりだった。
 立ち上がり、壁に掛かる館内案内図を見た。プラスチック版のせいか、光が
当たって反射し、一部読みにくい。目を近づけて、どうにか読める。
(――あ、ここ、ベランダに出られるんだ)
 外に出たい気分だった公子は、順路を確認すると、そちらに向かった。気が
急いているのか、少しばかり足早に。
 鍵は内側から施錠できるもので、当然、閉められている。鍵を開け、ガラス
戸を横に引いて、公子はベランダに出た。スリッパ履きのままはちょっと気が
引けたが、致し方ない。
 空気が風となって、さすがにひんやりと感じられる。
(風――いい気持ち)
 後ろに流れる髪をなで上げる。
 自然と空を見上げる。
「わあ」
 星であふれていた。降ってきそうなぐらい、たくさんの星が光輝いている。
「凄い……急に目がよくなったみたい。向こうじゃ、こんなに見えるなんてこ
と、まずない」
 知らず、息をつき、じっと見入る。どちらを向いても、星、星、星。
(五月だけど、この時間帯なら夏の星座が見える)
 早速、はくちょう座を見つけることに成功。さそり座が続く。
(いつだったかな。秋山君がカナちゃんに教えていたっけ。プラネタリウムで
の矢印があれば簡単だけど、本物の夜空を使って星座を教えるのって、大変だ
ろうな。最初に、赤いアンタレスを見つけてから、弓なりに星をたどって)
 さそり座を見ている内に、この星座にまつわるギリシャ神話を思い起こした
公子。
(神の怒りに触れたオリオンをこらしめるために放たれたさそり。オリオンを
刺し殺したのよね。だから、夏、さそり座が天にある間は、オリオンは隠れて
いる。さそりがいなくなる冬に、ようやくその姿を現す……)
 ふっと、自分の身にオーバーラップした。
(逃げてばっかりなのは、私も同じだね。さそりは……カナちゃんがさそりっ
てわけじゃない。秋山君でもない。自分自身かもしれない)
 そこまで考えて、次に思い付いたことに、自分で笑ってしまった。
「あははっ! 白木さんならさそりのイメージ、ぴったりだわっ」
 声に出して笑った。それに反応するかのように、何かの物音がした。
「? 誰かいるの」
 声を低くし、そっと下を覗く。誰もいない。念のため、上も見てみる。けれ
ど、ただコンクリートが見えるだけで、確かめられない。
「公子ちゃん?」
 急に声がした。上からだった。二、三階は女子、四、五階は男子という風に
分けられている。
「え?」
 再び見上げる。
 秋山の顔が見えた。手すり越しに覗き込む格好。
「ど、どうしたの、秋山君。こんな時間に」
「それは僕も聞きたいな」
 星明かりの下、秋山が微笑むのが想像できた。
「眠れなくてさ。考えごとしてたら、目が冴えちゃったのかな」
「同じよ、私も」
「星を見ようと思ったのは、さすが地学部と言うべきだね」
「お互いね」
 偶然に感謝しながら、公子は笑みを返した。
「そっちに降りていいかな」
 秋山が言い出した。
「危ないわよっ」
「手すりを乗り越えようってわけじゃない。非常用のはしごって、一度使って、
また簡単に戻せるものなのかなって思って」
 よくよく見れば、非常用らしきハッチがあった。秋山のいる階にも当然ある。
これを開けば、縄ばしごが下の階のベランダに垂れ下がる仕組みなのだろう。
「さあ……。やめといた方が」
「元に戻らないときはそのとき。はしごの真下から離れてよ」
「え?」
 公子が何か言う間もなく、金属がきしむ音と共に、ハッチが下向きに開かれ
た。
「……何だ。自動的にはしごが下がるんじゃないんだ」
 と言って、白っぽい縄ばしごを落とす秋山。公子は両手で口を覆い、状況を
見守るしかなかった。
「スリッパ、落とすから、外に飛び出ないように見てて」
「は、はい」
 ぱさっと、塊が落ちてきた。重ねられたスリッパ一足。それに手を伸ばそう
とした公子に、また秋山の声。
「あ、いいから。今から降りる」
 最初にゆらりと、縄ばしごが大きく揺れた。どきっとした公子だったが、秋
山は何ともないように一歩ずつ、足を動かしている。
「よっ、と」
 はしごを半ばまで下りたところで、秋山は飛び降りた。ずん、という鈍い音
が少し響いた。
「っと、やばいかな」
「足、大丈夫?」
「え? ああ、平気だよ、これぐらい」
 スリッパを履いてから、足を軽く動かしてみせた秋山。
「きれいだね」
 出し抜けに言って、秋山は公子から視線を外し、空を見上げる。
(あーっ、びっくりした! 私の方を見ながら、『きれいだね』なんて……星
空のことよね、うん。体操服着た女の子なんて、珍しくも何ともないんだから)
 それでも高鳴っている胸を左手で押さえ、いっしょになって、夜空に意識を
向けた。
 最初のほんの少しの間、何か喋らなくちゃと話題を探していた公子だったが、
星を眺める秋山の楽しげな、満足したような横顔を前にして、気持ちが変わっ
た。
(しばらく、このままでいたい――)
 手すりに腕枕を作り、星を数える。分からなくなったら、そっと隣の秋山を
見て、そしてまた星を、星座を探す。ずっと続いていそうな時間。
「あ」
 静寂を破ったのは、公子の方だった。天を走った光の筋に、思わず、声を上
げてしまった。
「見た、秋山君?」
「見たよ。流れ星」
 横を向いて、秋山は少し不思議そうにしている。
「流れ星なら、もう何度も見てるでしょ、公子ちゃん」
「う、うん。だけど」
 あとは続けなかった。
(だけど、あなたと二人きりでいるときの流れ星は特別。願い事を三度、唱え
たら、本当にかなえてくれそう)
 それからしばらく待ったが、流れ星は見られなかった。
「よく見えるよね、本当に」
 秋山がつぶやいた。
「折角ここまで来たんだから、種子島の宇宙センターにも行ってみたかったな」
「そうよねえ」
 鹿児島県の種子島には、日本唯一のロケット発射場があり、それに付随して
宇宙に関する一種の科学館があるのだ。
「昔ね」
 思い出し笑いしながら、公子は語り始めた。
「私、星がよく見えるから、鹿児島からロケットを打ち上げるのかって思って
たわ。南になればなるほど、打ち上げの燃料が節約できるからだって教えられ
たときだって、何のことかよく分からなかった。今は分かったけれど」
「赤道に近い方が、地球の回転を利用できる。だから、例えばオーストラリア
だと、なるべく北にロケット発射場を作るはずだね」
「そうだわ、ラジコンの飛行機、どうなっているの?」
「一機、最初からできてるのを買った。手作りは、資金の都合で、ほぼ断念」
 お手上げのポーズをする秋山。
「そう、残念ね」
「うん、そうでもない。貯金して、他に使いたいことができたから」
「何?」
「天体望遠鏡がほしいなって思ってさ。高いからなあ」
 大きく伸びをして、秋山は苦笑した。
「まだまだ目標には遠いよ」
「大変ね。地学部にあるのだと、だめなの?」
「もう少し、いい物で見たくなったんだ。そしたら、どうせ買うならなるべく
いいのを手に入れようと思って、どんどん、目標額が上がってしまって。はは
は」
「買ったら、覗かせてもらえないかしら」
「もちろん」
 公子に応えて、振り向いた秋山の目は輝いているように見えた。
「さて、と。そろそろ戻ろうかな」
 秋山は腕時計をかざした。時刻は三時二十分ぐらい。
「こうして会ったこと、秘密だよ」
「もちろん」
 笑みを送る公子。そこへ、何気ない調子で、秋山から質問された。
「あ――好きな奴、できたんだってね」
「えっ」
 耳を疑った。
 秋山は笑顔のまま続けた。
「頼井に引っ付いてた畠山さんと剣持さんが話していたの、聞いたんだ。前の
学校にいるって」
「それは……」
 公子の内に、迷いが生じる。
(正直に言うべきなの? 嘘だって。でも、もう秋山君はカナちゃんと……。
このままそういうことにしておけば、もしも秋山君が私にまだ何かを想ってい
ても、吹っ切ってくれるかもしれない。それがカナちゃんのためよ。……だけ
ど……)
 抑えがたい、自分自身の気持ちがあった。
「話を合わせちゃったの。みんな、しつこいぐらい聞いてくるから、もう面倒
になっちゃって、前の学校に好きな人がいたってことにしてさ。写真を持って
ないのかって言われたときは、焦っちゃったけど、何とか言い逃れできたわ」
「本当に?」
 秋山の声が、心なしか弾んで聞こえる。顔を見れば、ほっとしたような、が
っかりしたような、複雑な表情を浮かべていた。
「本当だってば」
 公子が言い切ると、今度は、秋山は寂しそうに笑った。
(いつか見た表情……。何を意味しているの?)
「楽しかった」
 無理にしめくくるように言うと、秋山は先に公子を促してきた。
「はしごを登って帰るなんて、格好悪いな。公子ちゃん、先に戻りなよ」
「うん。また明日ね」
「最後の日、思い切り楽しみたいな」
 ベランダから戻り、ガラス戸を閉めてからも、公子はしばらく手を振った。

 修学旅行から帰ってからしばらくは、すべてがあわただしく進むような感じ
がある。旅行気分が抜けきれないまま、惰性で流れて行く部分があるからかも
しれない。
「六月は楽でいいな」
 地学部部室の窓から外を眺めつつ、頼井が鼻歌の合間に言った。天気は雨。
「当番がさぼれたぐらいで、そんなに喜ぶなよなあ」
 秋山が言っているのは、もちろん、太陽観測のこと。
 代替わりして、部長になったせいだろう、秋山は部員全員の活動に気配りす
るようになっている。
「秋山君、新しい活動、どうするのかしら? こう雨が続いちゃ、天文関係は
しばらく無理よ」
 白木麻夜が退屈そうに言った。もっとも、彼女が退屈するのは、秋山と話す
機会が減った場合ぐらいか。
「僕自身は、化石をやってみたいな。もちろん、発掘なんかは無理だろうけど、
化石の観察とか地層を調べるとかは、できるはずだよ。そこまで飛躍しなくて
も、鉱物を顕微鏡で覗くだけでも面白いと思うし」
「と言うより、太陽とか星とかの他に地学ってったら、それぐらいしかないじ
ゃないか」
 教室の方に向き直って、頼井。
「そういう説もある」
 うんうんと、冗談っぽくうなずく秋山。こういうところは部長になってから
も、変わっていない。
「本当は、地震の研究なんかも対象に入るんだよ。みんなの意見は?」
 見渡す秋山。部員は一、二年生を合わせて十五名となっており、女子が四名
増えた。頼井が入ったせいである。
「天体観測も続けるんでしょう?」
 公子が気になっていた点を聞くと、すぐに秋山はうなずいた。
「もちろん。それがなくなったら、僕が地学部にいる意味がほとんどなくなる
しね」
「だったら、梅雨の間は、星座について覚えるのって、どうかなって。星座の
名前とか、ギリシャ神話を」
「それじゃあ、地学と言えないわ」
 白木が反発してみせた。
「地学部として、何の役に立つのかしら?」
「――私、転校してきたから分からないけど、文化祭でどんなことするの?」
 白木から、秋山に視線を移した公子。
 秋山は上目遣いになって、思い出しながら話した。
「去年は太陽観測の結果をまとめたものや、星図を張り出したっけ。それから、
鉱物を顕微鏡で覗けるようにしていたよ」
「ギリシャ神話は何もしていないのよね」
「してなかったけど」
「今年、プラネタリウムができないかな」
「プラネタリウム?」
 そこここで、声が上がった。プラネタリウムについて知らないのではなく、
どうやって実現するの?という疑問の声。
 秋山が応じる。
「プラネタリウムか……。確か、黒いパラソルみたいな、簡易式のがあるよね、
そう言えば」
「ええ、そうなの。私達だったら、天体そのものについての解説は簡単にしか
できないでしょうけど、神話はきちん覚えさえすれば、面白く語れるんじゃな
いかなって思って」
「いいと思うな」
 真っ先に頼井が賛同した。他の部員達も、口々に、面白そうとか、いいんじ
ゃないのとか言っており、反対する者はいないよう。だが、
「私、あまり気が進まない」
 と、不平をこぼしたのは白木。クラスでは相変わらず猫をかぶっているが、
部活動では最近、公子に対して遠慮なく攻撃してくる。
「朝倉さん、あなた、自分がギリシャ神話を好きだから言っているんじゃなく
て? 個人的趣味を押しつけられてるみたいで、嫌だわ」
「意見てのは、そういうもんだぜ。個人の好みがなきゃ、意見にならないと思
うけどね」
 すかさず、頼井が言った。
「反対するからには、もっと具体的にやってくれないと」
「……み、みんなが賛成するんだったらいいわ。プラネタリウム自体は、企画
としては、いいと思うしね」
 ややたじろぐ白木。公子の味方をする頼井を、疎ましく感じているかもしれ
ない。白木はそれから、思い出したように付け加えた。
「問題は予算よ。新しい機材を購入するのって、大変なんだから」
「それはカンパにするしかないよな、秋山?」
 頼井の問いかけに、秋山はさも当然のごとく、首肯した。
「具体的な金額はまだ分からないけど、年度始めに下りた補助費では、限界が
あるだろうからね。まあ、調べてみれば分かる。とんでもない値段でない限り、
文化祭でのプラネタリウム実現に向けて動くのがいいというのが、僕の考えだ
けど、みんなはどうかな?」
 もはや白木も反対しなかった。秋山の意見となれば、賛成する。
「それなら決めよう。梅雨の時季だけでなく、雨で天体観測ができないときは、
ギリシャ神話を読んでみるってことでいいね」
「ギリシャ神話や星座の本は、図書館に何冊かあるし、私も持っているから、
それを使えばいいと思う」
 公子が言い添えた。
 そのあと、少し雑談して、この日の部活も終わり。
「すっかり、天文部状態だね」
 かばんの中を整理していると、頼井が話しかけてきた。
 公子は白木が秋山と話し込んでいるのを横目で確かめてから、口を開いた。
「ねえ、頼井君。白木さんにわざときつく当たっていない?」
 公子の問いには答えず、空とぼけたように、口笛を短く鳴らす頼井。
「頼井君たら」
「公子ちゃんには、そう見える?」
「見えるわ。女子には誰にでも優しくしているはずなのに、白木さんにだけ、
対応が違うみたい」
「ああいうタイプはからかっている方が面白いから。美人を持ち上げたってし
ょうがない」
 本気なのかどうか、頼井は白木の方を振り返りながら小さな声で言った。
 公子はそんな頼井の腕を引っ張って、部室の外に連れ出す。
「何だい? なーんか、恐い顔してるけど」
「もしも、私のためとかカナちゃんのためとか、そういう考えでやっているの
なら、やめてほしいの」
「やめるって?」
「白木さんにきつく当たるのを、よ。白木さんが秋山君と話すのも、ときどき
邪魔しているでしょう」
「よく見ているね」
 別段、隠そうともしない頼井。
「秋山君に近づけないようにするためにやっているんだったら、白木さんに悪
いわ。白木さんはカナちゃんのこと知らないんだから、秋山君を好きになった
って、ちっとも悪くないのよ。それはね、あの人、少し勝ち気すぎる感じで、
私も嫌な思いすることあるけれど、頼井君があそこまでしなくていい」
「公子ちゃんが地学部に入った建て前は、要ちゃんのためだったろ」
「意地悪言わないで」
 じっと見つめる。
 根負けしたように、頼井は目を閉じ、首を振った。
「はいはい、なるべく慎むよ。でも、ああいうタイプをからかうのって、本当
に面白いんだな、これが」
「もう」
 公子があきれて二の句を継げないでいたところで、秋山と白木、その他残っ
ていた部員達が教室から出てきた。
「どうかしたの?」
 公子と頼井が何を話していたのか、気になる様子の秋山。
 そんな彼を、白木は強引に自分の方に向かせて、
「また明日ね。私も本屋で調べてみるわ」
 と言って、面白くなさそうに離れて行く。帰る方向が秋山とはまったく違う
ことも、彼女の機嫌を悪くさせる要因かもしれない。
「さて。俺もここらで。デートがあるんだ」
 頼井は笑って言うと、残っていた四人の女子部員の輪の中心に入った。そし
て、まるで秋山から何かと聞かれたら面倒だとでも考えたかのように、さっさ
と行ってしまった。
「やれやれ、相変わらず」
 秋山は見送りながら、息を大きくはいた。
「もてるんだから、しょうがないんじゃない? 軽そうに振る舞ってるけれど、
いい人だもんね、頼井君」
「公子ちゃんもそういう風に感じるの? 分からん」
 多少芝居がかって、肩をすくめた秋山。
「それで、何の話してたの?」
 教室の鍵をかけながら、公子に聞く秋山。
「あ、え……。天文部みたいにしちゃったから、頼井君がどう思ってるかなっ
て。その確認。私が無理に引っ張り込んだようなものだしね」
「ふうん」
「秋山君こそ、何を話していたの?」
 あまり突っ込まれると困る公子は、同じ質問を相手に返した。
「資料集めの話だよ。簡易式のプラネタリウムとか、星座や神話とかの資料の」
「私も持ってくる。第二理科室に置いておける?」
「うん、少しぐらいなら大丈夫。棚に入れて、鍵をかけておけば、勝手に持ち
出されもしないよ」
 第二理科室の鍵を職員室に返してから、二人は新聞部の様子を見に行った。
「……まだ終わってないみたい」
 部室から聞こえる物音から、公子はそう判断した。
「だいぶかかりそうだ」
 秋山も耳を澄ませて、確認。
(ユカも大変そうだな。修学旅行の特集号を出すのに忙しくなるって言ってた
もんね)
「待つ?」
 秋山に聞かれ、少し考える。
「遅くなる日が多いと思うから、帰っていいって言ってたけど……。まだ図書
室が開いているから、ぎりぎりまで資料調べして、待っていてもいいなって」
「……君って、ほんとに」
 感心したような表情で、つぶやいた秋山。でも、公子には聞き取れなかった。
「え?」
「いや、別に。資料調べ、しよう」
 先頭に立って、秋山は図書室に向かった。

 プラネタリウム関係の活動を決めた日の翌日。放課後、公子は家から持って
来た本を部室である第二理科室に置いておこうと、廊下を急いでいた。
(遅くなっちゃった。秋山君、待たせてるのに)
 当番の掃除に時間がかかった上、じゃんけんに負けてごみ捨てまでする羽目
になったため、さらに時間を取ってしまったのだ。
 秋山には、先に第二理科室に行って、鍵を開けててもらうことになっている。
「……?」
 教室のすぐ手前まで来て、公子は足を止めた。
(話し声……。秋山君の他に、誰か来ているのかな?)
 公子は別段、気に留めず、前の扉を開けようと片手をかける。
 しかし、話し声の主に気がついて、あわてて手から力を抜く。
「私のこと、麻夜って呼んでみてよ」
「な、何だよ、それ」
 すりガラスがはめ込んであるので、教室の中は見えないが、声の調子から、
白木が秋山に詰め寄っているところが想像できた。
「できないの? 簡単なことじゃないの」
「強制や命令をされて、喜ぶ奴は少ないと思うけれど」
「何よ。前にも聞いたけど、答えてくれなかったわよね。朝倉さんだけ、下の
名前で呼ぶのはどうしてよ?」
 白木の言葉で、公子は修学旅行のときのことを思い出した。
(秋山君……)
 戸を開ける勇気はとてもない。公子はひたすら、聞き耳を立てた。呼吸する
のさえ、ためらわれる。
「それは……小学四年のときからの幼なじみだからだよ。今さら、呼び方を変
えるのもおかしい」
「だったら、何とも思ってないわけね、朝倉さんに対して」
 白木の詰問に、秋山の返事が遅くなった。
「……友達、だよ」
「そういうんじゃなくてっ! 好きなの?」
「……幼なじみで、今でも親しい友達。ただそれだけだよ」
 瞬間、公子は自分の胸の奥が冷たくなった気がした。
(友達、ただそれだけ……。分かっていたけれど)
「ふうん。本当ね? じゃあ、他に好きな人がいるのかしら?」
 公子へ追い打ちをかけるような質問を、白木は口にした。白木自身は、公子
が聞いているなんて、考えもしていないだろうが。
「この際、言っておくよ。今のところ、付き合っている子がいるんだ」
 秋山の声は、必死に絞り出したもののように、公子の耳に届いた。
「何ですって? 嘘でしょ?」
 さすがに白木も、一段高い声を上げる。
「誰よ。名前を言ってくれなきゃ、信じられないわ」
「寺西さん、寺西要さん……っていうんだ。高校は別になったけど、中学のと
き、いっしょだった」
「いつからよ」
「えっと、一応、今年のバレンタインデーから」
「……写真ぐらい、持っているんでしょうね。見せて」
 まだ疑っているような白木の口調。
「今は持っていないよ」
「そんなんじゃ、とても信じられないっ」
「君にこんなことまで言う義務はないと思うけれどな。そう、疑うんなら、四
組の野沢さんに聞いてくれたら分かるよ」
「あ、そう。早速、聞いてみるわ」
 白木が今にも教室を飛び出して来そうな雰囲気だったので、公子は我に返っ
て、身を隠そうとあせる。とっさに、少し離れたコンクリートの柱の陰に収ま
る。
 が、白木は、すぐには出て来なかった。
「その女の子と、どの程度の付き合いなの?」
「答えたくない……と言ったって、引き下がらないだろうね。休みの日にとき
どき、二人で映画を観に行くぐらいだよ。あとは、公子ちゃんや頼井、野沢さ
んとかもいっしょになって、遊びに出ることもある」
「……仲がよろしいことで」
 何に対してか、白木はいささか冷めた言い方をした。
 そしていきなり、白木は教室から出てきた。先ほどまでの興奮した物腰が嘘
のように、しずしずと廊下に出ると、丁寧に戸を閉めて、公子が隠れているの
とは逆の方向へ歩いて行った。
(よかった……こっちに来なくて)
 どきどきしながら、顔を覗かせ、公子は白木が行ってしまったのを確かめた。
(――さあ、元気出せ、公子! 分かっていたことよ。秋山君とはただの友達。
二回もふった私をいつまでも想い続けてるはずない。だからこそ、カナちゃん
と付き合い出したんだものね)
 それだけ頭の中で繰り返して、とりあえず平静を取り戻した。が、いざ、教
室に入ろうとして、考えてしまう。
(今入ったら、タイミングよすぎるかも。もう少し、時間を空けた方が)
 公子は一旦、洗面所に走った。そこにある鏡で、自分の顔を見て、本当に平
気かどうかを再確認。
(よし。顔に出てないよね)
 お下げの髪を手で一度、後ろに流して、深呼吸。決心がついた。
 第二理科室前に戻ると、公子は戸をゆっくり引いた。

――つづく(第三部・終わり)





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