#37/1165 ●連載
★タイトル (AZA ) 02/05/31 23:06 (403)
かわらない想い 20 寺嶋公香
★内容
(秋山君の友達って、みんな面白い感じ。さ、誰に入れようかな。男子はやっ
ぱり、秋山君しかいない。女子……分かんない。自己紹介、聞いていたけれど、
うーん。茶道部に入ってるって言ってたあの人は、ええっと)
ひょいと、少しばかり背筋を伸ばして、顔の確認。
五列目の前から五人目の女子が、公子の記憶と一致した。すぐさま、黒板に
残っている座席表で名前を調べる。
(富士川さん、ね。下の名前は……そう、『みな』だった)
ところが、いざ紙に書こうとして、手が止まる。下の名前の漢字が分からな
い。他に富士川という姓がないことを確かめ、用紙には結局、秋山広毅、富士
川と書いた。
「全員、書いたな? じゃあ、集めるか。二つ折りにして、各列、後ろから前
に送れ。前に来たのを秋山、おまえに頼もうか」
すっかり、雑用係扱いだ。
(秋山君に入れたの、まずかったかしら? 秋山君がクラス委員になったら、
大変だろうな。それに、私達といっしょにいる暇がなくなるかもしれない)
用紙を出してから、ちょっと後悔する公子。
開票。先生が読み上げ、秋山が黒板に書いていくという形式が取られた。
予期していた通りと言うべきか、男子は秋山に票が集まる。他に、馳、長
峰、二宮、野本といった名前が見られたが、秋山との票差は開くばかり。
女子の方は、どういうわけか公子にも三票。成績だけで判断したか、興味本
位で入れられたとしか思えない。
(秋山君が入れてくれたとしたら、別だけど)
女子の上位を争っているのは、あの白木の他、森、工藤、それに公子も選ん
だ富士川の名前があった。他人を見る目、まんざらでもないのかなと、少しい
い気分。
四十二人の票が読み上げられ、最終的に決まったのは――。
「男子は十九票で秋山広毅、女子は十三票で白木麻夜が最も得票した。だから、
一学期の級長は秋山で、副級長が白木だ」
書記役をしていた秋山はそのまま残り、白木が前に進み出た。
「多数の推薦に、肩が重たいです。面倒を押しつけられましたが、一生懸命や
りますので、みんな協力するように!」
秋山はいつもの調子で、沸かせる。
「副委員長になりました、白木です。秋山君と力を合わせて、クラスのために
やっていきたいと思います。よろしくお願いします」
みんなが拍手している中、今度の挨拶にも公子は引っかかりを覚えてしまう。
(『秋山君と力を合わせて』……。私だけが過敏に反応してるんじゃないよね。
絶対、わざと強く言ってる)
休み時間になった。第一日目の行事としては、あとは大掃除があるだけだっ
た。
掃除の関係だろう、秋山は早速、何ごとかの指示を先生から受けている。公
子は手持ちぶさたから、廊下に出た。
「お、ちょうどよかった」
声のした方に悠香がいた。壁にもたれて、退屈そうにしている。悠香は公子
のそばまで来ると、また壁にもたれかかった。
「どんな印象だった?」
「最初は緊張したけどね。だいぶ、慣れてきた感じ」
「そりゃ結構。秋山君は?」
頭の位置をずらし、三組の教室を覗く悠香。
「クラス委員になっちゃったわ。大掃除だから、ワックスか何か、取りに行っ
たのかな?」
「なーるほどね。彼、一年の二学期も委員長だったんだよ」
「そうだったの。でも、忙しくされたら、私が困る」
「ま、辛抱なさいって。待てよ。委員長だったら、かえって堂々と聞けるんじ
ゃないの、分からないこと」
「それはそうかもしれないけど……。そうだ、白木さんて知っている?」
気になっていたことを確かめたくなった。白木も今、教室にはいない。
「知ってるよ。あんまり親しくない……と言うよりも、好きじゃないけど。白
木さんがどうかした?」
「あの人、秋山君のことを……」
「そうみたいだね」
あっさりと答える悠香。
「結構、有名だよ。同じ部に入ったのだって、無理に合わせたんじゃないかっ
て」
「カナちゃんは知っているの、白木さんを?」
「知らないんじゃない?」
こればかりは素っ気ない返事。
「だったら、秋山君がカナちゃんと付き合い始めたっていうのは……?」
要をだしにしたような気がして、公子はちょっと心苦しさを覚えた。
「うん、ほとんど誰も知らないはずだよ。えっと、私と公子の他は、頼井のば
かが知ってるだけのはず。多分、秋山君は誰にも話していないだろうから」
「秋山君自身は、白木さんに、その……想われてるってこと、自覚しているの
かしら?」
「さあ……。秋山君、案外、鈍いところもあるし。どうだろ?」
結局のところ、さほど情報は得られなかった。
もうすぐ休み時間が終わるので、教室に戻ろうとしたら、悠香に呼び止めら
れた。
「公子、どうして気にするの?」
「え……」
すぐに返答できない。
(そっか。ユカにとっては、カナちゃんと秋山君のことなのに、私が気にして
いたら……)
「そ、それは、やっぱりさ、カナちゃんのことが」
「心配だってか?」
悠香が一人、うなずいたと同時に、チャイムが鳴った。
「じゃ。終わったら、いっしょに帰るでしょ」
「もちろん」
心の中で謝りながら、公子は笑顔で答えた。
(ごめん。私、ユカにも嘘をついてるんだ……)
掃除が終わって、そのまま自由に帰ってもいいとなった。
「クラブ、回ってみる?」
公子を気遣う秋山。転校生に対するクラス委員長としての責任から――だけ
ではないように見受けられる。
「ん、その内にね。一人でも回れるわ。いざとなったらユカちゃんに頼むし」
「勝手なことをー」
横にいた悠香が、むくれて見せた。
「僕が付き合うよ」
「でも、秋山君、委員長になっちゃって、忙しくなるんじゃ」
「そんなこと、気にしないの! 遠慮しないでいいって」
強い口調になった秋山。
「……ま、今日はやっているところは少ないだろうから、いいか。地学部も休
みだし」
「そうだ、聞きたいと思ってたの」
公子は声を大きくした。玄関が見えるところまで来ていた。
「地学部なのよね、秋山君? 拳法は?」
「ああ、それは簡単明瞭」
苦笑する秋山。そのまま、靴を履き替えにかかってしまった。
彼に代わって、頼井が答えた。すでに外靴だ。
「この学校、日本拳法部がないんだ」
「あ、何だ」
ほっとする。
(よかった……。手首かどこか、痛めてやめたんじゃないかと思った)
声に出さずに、ふうっと息をつく。
「どこか怪我したんじゃないかって思ってただろ、公子ちゃん」
頼井のその言葉に、公子は顔を上げた。
(ど、どうして分かっちゃうんだろ? 今でも勘が鋭いなあ、頼井君)
「心配してくれてたの? 悪い、早めに言っておけばよかった」
すまなさそうに頭に手をやる秋山。
「い、いえ、そんな」
下を向いていた公子は頭を振って、そのままごまかす意味もあって、靴を履
き替え始めた。
「そう言えばさ、今日の自己紹介でも聞いたけど、前の学校じゃ、料理部に入
ってたんだよね」
秋山が公子に言った。
「こっちでも料理部あるけど、考えてないの?」
「色んなことしたいから、できれば、違うのにしようかなって」
公子の返事に、秋山と頼井は顔を見合わせて、はーとため息。ずいぶんと落
胆した様子。
「え? どうしたの?」
不安になった公子の問いかけに答えるのは、二人の男子ではなく、悠香。
「二人とも、食い意地張ってるからねえ」
悠香はまず、秋山と頼井を見やった。
「食い意地……。せめて食べ盛りと言ってほしいよな、秋山」
「ああ、まあね」
「ユカ?」
公子は悠香を促した。
「公子、高一になったばかりの頃、料理部に入ったって、手紙に書いたでしょ。
入部の理由も、これまでよりおいしい料理を作って、みんなに食べてもらえる
ときが来たらうれしいなってね。それを二人に言ったら、食べたいってさ。で、
こっちに来ても料理部に入ってくれたら、部活の度に試食させてもらえるかも
って、期待してたのよね」
「そうそう」
秋山と頼井は素直に相づち。
「何だあ。そういうことなら、別にクラブに入らなくたって、いつでも……と
言ったら大げさになっちゃうけど、作れるわ」
「どういうのを作るんだろ?」
聞いてから、いたずらっぽく笑った悠香。
「ちょっとはレパートリー、増えたんだから」
公子はいくつか料理の名をリストアップした。そして最後に付け加える。
「でも、味はまだ保証の限りじゃないけどね」
「そっちの方が大事じゃないの」
頼井の一言で、みんな笑った。
それから、ふと思い付いたように、頼井が提案した。
「公子ちゃんの腕前、見てみたいな」
悠香がすぐにうなずいた。無論、秋山が反対するはずもない。
「私だけが作るの? そんなのないよ。やるんだったら、いつかみたいに、み
んなで作ろ? カナちゃんも呼んで」
「いいね」
秋山は簡単に答えた。その反応の速さが、公子には気になる。
(カナちゃんを好きになったのなら、当たり前……よね)
「私も不満はないけど」
風で乱れた髪をかき上げる悠香。
「どうせだったら、前みたいにさあ、みんなで集まって、どこか遊びに行こう
よ。折角、公子が戻って来たんだから」
「それもそうか」
「頼井、おまえはもてるから時間が取れないんじゃないか?」
「何を言いやがる。今じゃ、おまえの方が」
「本当なの?」
またびっくりして、公子は頼井と秋山を、交互に見た。
「そうなんだ。高校になったら、人気面で、あっという間に追いつかれちまっ
て、俺、負けそう」
「いっしょにしてほしくないなあ。頼井は中学のときと同じ、取っ替え引っ替
えに全員と付き合ってんだよ」
「俺、平等主義者だから」
「そいうのを、男の身勝手って言うのよ」
悠香がきつく言い放った。
が、意に介さず、受け流した頼井。
「それはともかく……行くとしたら、どうする?」
「そうだな。まず、全員の都合がいい日を決めるだけで、結構、手間がかかり
そうだ。寺西さんのこともあるし」
(秋山君、カナのこと、まだ名字で呼んでいるんだ)
これをどう受け取ればいいのかまでは、公子には判断できない。
「どこに行くにしても、カナは私が誘うわ」
悠香がきっぱりと言い切った。かたくなな調子が感じられさえする。
(ユカ? どうしてあなたが……。秋山君がカナを集団デートに誘いにくいの
は分かる。それを考慮したんだとしても、私がやってもいいのに。もしかして、
私の気持ち、感づいているとか……まさかね)
浮かんだ疑問を、小さく頭を振って打ち消す公子。
「電話で聞いとく。都合のいい日と、どこに行きたいか、を。みんなはどんな
のを希望?」
「そうだな」
珍しく、頼井が真剣に考えている。女の子と二人きりのデートならいざ知ら
ず、いつものみんなで遊びに行くときは、積極的に意見を言わないのが常だっ
たのだが。
「あのときの再現で始めるのもいいんじゃないか」
「あのときって?」
やや早口で聞き返したのは公子。気が急いているのは、もうすぐ道が分かれ
るから。
「二年前……じゃない、三年前になるのか、年数で言えば。三年前のクリスマ
スイブ、公子ちゃんのお別れ会をやったろ? あれの再現ていうか、続きでも
いいな。公子ちゃんが戻って来たお祝いに。で、料理も作ってもらえたら最高
なんだけどな」
「お祝いって、そんな大げさな」
手を振る公子。
「春休みにやったあれで、充分だと思うし」
「あれは、そこにいるいたずら好きの女の子のおかげで、驚くばっかり。ちっ
とも感激できなかった」
「過ぎたことを、何度も……」
悠香がぶちぶち言う。この点に関しては、頼井に言い返せないのだ。公子が
戻ってくるのを隠していた件についてはいたずらが過ぎたと、さすがに反省し
ているらしかった。
「秋山はどう思う?」
「賛成。だけど、公子ちゃんが迷惑がるなら、こだわらない」
「迷惑と言うよりも、気が引けて。私ばかり、いつまでも特別扱いみたいにさ
れたら……」
正直なところを口にした公子。
「それじゃ、今度の一回を、公子ちゃんのために使おう」
髪をかき上げつつ、頼井が言い切った。
「中学のときも、結構、色々なとこに遊びに行ったけれど、公子ちゃんが希望
する場所には行かなかった気がするぜ」
「言われてみれば……そうね」
悠香も同意する。それは秋山も同じようで、うなずきながら言った。
「そうだね。プラネタリウムにしたって、僕が言い出したんだっけ」
みんなの言葉を聞いている内に、公子に笑みがこぼれた。
「ありがとう。みんなにまた会えて、ほんっとうによかったって思ってる。う
れしいよ」
「公子……泣いてるの? 目、うるんでる」
悠香が、戸惑ったような表情を見せた。
「……うん……うれし涙」
たまった涙で、視界がかすむ。それでもしっかりと、公子は三人の顔をとら
えた。かけがえのない友達。
その朝、公子は一人の登校だった。
例の合流地点で、ちょうど頼井に出くわした。向こうも一人のようである。
「おはよう。公子ちゃん」
「おはよっ」
頼井は公子の左に並んだ。横顔に朝日が当たって、まぶしそうにしている。
「頼井君、一人なの?」
「珍しいだろ。たいてい、ユカのやつがいるからな。あいつ、今日は日直だか
ら早く出たよ。秋山は?」
「秋山君なら、クラス委員の仕事で、早めに行かなきゃならないって」
「そう。それなら、ちょうどいい。二人きりのときに、聞いておこうと思って
いたことがあるんだ」
「何?」
「要ちゃんのことだよ」
頼井はさらっとその名を口にしたが、聞き手の公子には重くのしかかる。自
然と、公子の歩くスピードも遅くなった。時間の余裕はある。
「バレンタインに、要ちゃん、秋山に告白したんだろ。で、どういうわけだか
分からないが、秋山が受けちまって」
歩調を合わせながら、頼井は続けて聞いてきた。
「あは。カナちゃん、かわいいから、秋山君がオーケーしたって、ちっとも変
じゃないわ」
「そうかな……。秋山だって、公子ちゃんのこと気にしているからこそ、小学
校のときから」
「まさか。絶対ないわ」
目を細め、公子は無理矢理に笑い声を立てた。
「それじゃ、公子ちゃんは秋山のこと、吹っ切ったのか?」
「どうして……そんなこと……」
「気になるんだよ。余計なお世話だろうけど――君が苦しんでいるところ、見
たくない」
立ち止まって、きっぱりと言った頼井。
公子も遅くなりがちだった足を、完全に止めた。
「苦しんでなんかない」
「吹っ切れたって言うの? だったら、答えてほしいことがある。部活のこと
だけど……公子ちゃん、まだ決めてなかったよな」
「うん。決めかねちゃって」
笑顔を作った公子。だが、それは簡単に見破られた。
「嘘つかないの。地学部に入りたいんだろ?」
「……それは……」
公子は視線を下げた。首を振ればいいものを、問いかけに対して身体が正直
に反応してしまう。
「秋山がいるもんな」
うんうんとうなずく頼井。
「秋山のことを吹っ切れていたら、地学部に入りたいと思ったり、カナちゃん
に気を遣ったりするものかい? そもそもさ、秋山がいるから、うちの学校に
転校してきたんだろうね」
「……」
無言のまま、公子は再び歩き始めた。すぐについて来る頼井。
「公子ちゃん」
「――頼井君に隠しごと、できないな」
公子は頼井の顔を見上げ、苦笑混じりに微笑む。
「私、秋山君のこと、吹っ切れてない。正直に言うと、こっちに戻って来た途
端、カナちゃんが告白に成功したと聞いて、目の前が真っ暗になりそうだった
の……」
頼井は口を真一文字に結び、続きを促すように肩を揺らした。
「中学生のときのまま、あの日から時間が経たないまま、また始められたらっ
て思ってたから……。それでも私、これでいいんだと思うようにした。初めに、
カナちゃんを応援しようと決めて、こうなることを望んでいたんだから、いい
んだよねって。それなのに……」
「忘れられない、か」
顔だけ、天を仰ぐ頼井。抜けるような青空が広がっている。その中、薄ぼん
やりとした月が残っていた。
「私、表面を取り繕って、友達を裏切っている。カナちゃんに気持ちを隠した
まま、秋山君と親しくするのって、カナちゃんに悪いわ。だから、同じ部に入
るなんて」
「そんなばかな。同じ部に入るぐらい……」
「私にとっては簡単な、何でもないことかもね。けれども、カナちゃんにとっ
たら、凄く憧れていることだと思うの。同じ学校に通って、同じクラスになっ
て、同じクラブに入る……。好きな相手とは、少しでも近くに、少しでも長く
いっしょにいたいって思うものでしょ。学校が違えば、なおさら。だから、私
だけ秋山君と親しくしすぎちゃいけないって」
「また、そんなことまで気を遣う……。ま、今はいいとしよう。それより、い
つまで自分の気持ち、隠しておくの?」
「それは……聞かないで」
うつむく公子。うつむいてしまう。
頼井は、仕方ないなと肩をすくめた。
「分かった。聞かないよ。でも――そうだな、二つ、言わせてほしい」
「え?」
「公子ちゃんもつらいだろうけどさ、君が要ちゃんに気を遣うことで、苦しん
でいる奴もいるかもしれないって、頭の片隅に置いといてよ」
「……うん」
こくりとうなずく。よく分かっている。
(秋山君……私が気持ちを偽って、つれない返事をしたせいで、あなたは傷つ
いた? カナちゃんを好きになった今では、もう終わっているかしら……?)
「もう一つ。とりあえず、地学部に入っちまいなよ」
「だ、だって」
顔を上げ、頼井の方を振り向きながら、たじろぐ公子。
「どうしても気にかかるのなら、ひとまず、こう考えたらどう? 白木さんも
地学部に入って、秋山を狙ってるのは知っているんだよね。だったら、白木さ
んが秋山に接近しないように見張るのが、自分の役目だと」
「……分かった」
公子は鼻をすすった。いつの間にか、涙目になっていたらしい。
(また本心を偽ることになるけれど……そうでもしないと、いつまでもこのま
まだわ)
「ありがとうね、心配してくれて」
「礼を言われるような大したこと、してないさ」
「そんなことないって。あ、そうだ。頼井君は、部活は何をしているの? ユ
カは新聞部に入ったって聞いてたけど」
「それが、帰宅部なんだな。日本拳法以外のスポーツはあまりやる気ない。か
といって、文化系は」
「だったら、いっしょに入ろうよ、地学部。私に入部を薦めといて、頼井君が
どこにも入ってないのは、無責任だわ。ふふふっ」
「えー? 俺、ああいう陰気な世界はちょっと……」
顔をしかめる頼井。本心から遠慮したがっているように見える。
「陰気じゃないってば。広く見れば、化石なんかも関係しているのよ。恐竜っ
ていつでも人気あるじゃない」
「そうかもしれないけど」
「ほら、星のことだって、知識を身につけたら、デートでプラネタリウムに行
ったとき、女の子から尊敬されるかもね」
「……なるほど。いいかもしれないな」
しかめ面が、楽しげなものに変わった。
「じゃ、決まり。早速、今日、部室に行ってみよ。ね」
地学部の活動は、第二理科室を借りて行われる。鉱物の標本や天体模型等を
並べた棚がたくさんあるため、普通の教室より狭い印象。
「うれしいな」
にこにこしている秋山。手元には部員名簿。
「一年生の新入部員、期待してた人数を下回っていたからなあ」
「やっぱり……地味だ」
棚を見渡しながら、頼井はぽつりとこぼした。
「秋山、何人いるんだ?」
「その前に、名簿に名前を」
紙と鉛筆を突き出され、頭をかく頼井。
「俺のこと、知ってるだろうが。書いてくれよ」
「自分で書く決まりになってるんだよ」
「ったく……」
名簿を手にした頼井は、目を忙しく動かした。そこにある名前をざっと数え
たらしい。
「俺と公子ちゃんが入って、やっと十五人か。各運動部と比べたら、人数も少
ない」
頼井の愚痴を無視して、秋山は名簿と鉛筆を公子に回した。
「はい」
公子はそれらを受け取ると、椅子に落ち着いて、頼井の下の欄に自分の名前
を記入した。それから秋山の名を探す。
(三年生の人が四人に一年生が五人。二年生は私と頼井君を含めて、六人にな
ったわけか。秋山君、二年生じゃ一番最初に入部したのね)
その通り、秋山の名は、二年生の中では一番上に記されていた。
四番目に、あの白木麻夜の名前もあった。
「他の人達は……」
「今日は活動日じゃないから、多分、誰も来ないと思うけど」
「いつやっているの?」
秋山が遅くなる日はチェックしている公子だが、それがクラブ活動のためな
のか、クラス委員の仕事のためなのかまでは、把握していない。
「週に二回、火曜日と金曜日だよ。集合時間は特に決めていない。あとは毎日、
百葉箱のデータ収集。それと昼休みに、太陽の観測を屋上でやっているんだ」
「あれ? でも、秋山君、いっつも昼休み、教室にいる……」
「観測は一年生の役目だからね。最初に教えてあげて、あとは当番制。そうだ、
公子ちゃんや頼井にもやってもらわないといけないな」
「何だって?」
突然、振り返った頼井。窓の外を眺めながらも、話は聞いていたらしい。
「俺の聞き間違いか? さっき、観測は一年生の役目だと言ったよな」
「取り消す。新入部員の役目、だ。みんな同じことをやってきてるんだから、
二人もそうしないとね。一年生にできることを二年生が知らないと、格好つか
ないだろ」
「そうよね」
公子は頼井に顔を向けた。
「頼井君、私が無理に引っ張ったから、つまらないかもしれないけれど……。
とりあえず、私が覚える。そして、興味を持ってもらえるように教えるから。
ね? お願い」
頼井の方は、参ったように後頭部に右手をやった。
「な、何も、嫌だとは言ってないよ。秋山の言い間違いを指摘しただけだ。お
い、秋山」
「何だよ」
「おまえが教えてくれるんだろうな。一年生から教えてもらうってのだけは、
絶対にお断り」
「まーったく、変なところでプライド高いんだから、おまえは。いいよ。明日
の昼、晴れてたら僕が教える。公子ちゃんもね」
「ええ」
それから秋山は、一冊の大学ノートを取り出した。
「明日は、と。六田さんが当番だな。言っておかないと」
――つづく