#35/1165 ●連載
★タイトル (AZA ) 02/05/31 23:05 (415)
かわらない想い 18 寺嶋公香
★内容
* * *
玄関のドアを開け、エレベーターに向かう。でも、三歩も行かない内に、晴
天のおかげで景色がよく見通せることに気がついた。エレベーターの扉の前を
過ぎて、その先のらせん階段を降りながら、街並みを眺める。
手すりを重ねて見える、しま模様のかかった景色は、公子の記憶にあるもの
と変わっていない気がする。無論、このマンションは前に住んでいた家とは違
うから、初めての景色のはずなのだが。階段を降りていくにしたがい、記憶に
ある目の高さに近づいていく。
管理人の部屋の横を通り、マンションを出ると、春の日差しが急にまぶしく
感じられた。そして歩き始めると、景色が変わっていないというのも思い込み
だったと気づかされた。
確実に減っていたのは、やはり緑。以前は、少しだけれども田畑が残ってい
た。それがきれいに消えている。点在していた空地は、もう、ほんの数えるほ
どしかない。
建物の高さが、平均して高い。家並みは、三角が減って、平らばかりが目立
つ印象は、公子の気のせい?
道沿いに連なる店々も、目新しいものばかり。よく利用した文具店がなくな
り、大きな書店に変わっていたのは、少しショックだった。
(違いばかりに目を向けるの、やめた)
見方を切りかえた公子。心なしか、歩調にゆとりが出てくる。
街のまとう雰囲気が、いちどきに懐かしい色彩を帯びた。
「――帰ってきたよ」
知らず、つぶやいていた公子。
足は自然と、中学校へ続く道を選んでいく。記憶にしっかり刻み込まれた通
学路は、周りの風景と共にタイムカプセルに入れてあったかのよう。
(引っ越す日の前の夜、歩いたっけ)
思い出す公子。
(あのとき、寒かった。季節もそうだけど、寂しくて。今と正反対ね。昼間だ
し、これからどんどん暖かくなるだろうし、それに)
中学校の校舎が見えた。ゆったりしていた歩みが、一転して早足になる。
塀越しに、公子は校舎を見上げた。
静かだった。
(……春休みだもんね。クラブ活動だって、ほとんどないだろうし)
中学二年のとき担任だった先生は、すでに学校をかわったと聞く。他に知っ
ている先生は何人もいるけれど、思い出話するほどではないと自覚している。
(入っても……いいよね?)
校門の前で一度、立ち止まる。門は開いており、そこから頭だけ覗かせ、き
ょろきょろと見回した。見とがめられるような気配はない。
どこに行こうかと考え、真っ先に浮かんだのは、校舎の西手の壁。門からは
グランドを横切るのが最短距離。
(この格好だと目立って仕方がないわ)
私服の公子は、校舎の中庭を通る、やや遠回りのルートを選んだ。足を踏み
入れた途端、肌寒い感じがする。日当たりがよくないからだが、植物や木々は
何故かしら元気に育っている。ここも変わっていない。
校舎の西端に到着した。壁に触れてみる。
(秋山君が前に立っていて、私はこっちに背を)
今はまだ、太陽は左手をごくゆっくりと動いている。季節の違いはあるはず
だが、あと数時間すれば、ここも夕焼け色に染まる。
(一番の思い出かな。とびきりいい思い出とは言えないけれど、一番印象に残
っている)
そう回想していた矢先、別の場面がまざまざと再生された。
(いい思い出……あった。二年のときの運動会。最後のフォークダンスで、秋
山君と初めて踊れた。練習のとき、一度も回らなかったのに、頼井君達が騒い
で。そう、あのとき、頼井君に私の気持ち、見破られたんだっけ。ふふふっ、
今でも黙ってくれてるかしら)
転校してからも、悠香を窓口に手紙のやり取りはしていたので、秋山を始め、
悠香や要、頼井達の様子もおおよそはつかめていた。
(秋山君、頼井君、ユカは同じ高校で、カナちゃんだけ女子校に入ったと聞い
たときは――)
公子は思考を途中でやめた。これを考えると、いつも自分が嫌いになる。要
と秋山が別々の高校に入ったと知って、ほっとした自分が。
もちろん、要と他の三人とのつながりは切れていない。休みの日には、よく
いっしょに遊んでいるという。
(結局、カナちゃん、秋山君に気持ちを伝えたのかしら?)
秋山を、そして要のことを思うとき、よくこの疑問が浮かぶ。
(私も相当、おっちょこちょいだ。転校する前、二人いっしょに歩いていると
こ、見たけれど、あれって違っていたんだもんね)
引っ越す直前に、要とも電話で話をしたのだが、その際、公子が「秋山君と
うまくいってるみたいで、よかったね」と言ったら、要に即座に否定されてし
まった。不思議に感じて、二人きりでデートしているのを見たと告げると、あ
れは親類への用事の帰り、たまたま出会っただけという答をもらったのである。
要が告白したかどうかについて、悠香もさすがにつまびらかでないようで、
手紙の中で触れていたことはなかった。ただ一度、中学卒業の日、要が秋山か
ら制服の第二ボタンをもらって喜んでいたとあったきり。
(第二ボタンかあ。どう考えたらいいんだろ。告白して、受けてもらえたんな
ら、第二ボタンをもらう必要ない気がするし。二人がもう付き合ってるんなら、
私もすっきりして……。嘘。私、秋山君とカナちゃんの仲が進展してないよう
にって、どこかで期待している。みんな、変わらないで、昔のままでいてほし
いって)
また自分のことが嫌になってきた。
公子は頭を振った。それから走って校舎の正面に回り、大時計で時刻を確か
めた。
(前の家があったところにも行ってみたかったけど、そろそろ時間)
心の中でつぶやいて、入ってきた門の方へ足を向ける。悠香の家を訪ねる約
束をしているのだ。およそ二年ぶりにこちらに戻ってから、初めて会う。
(他のみんなとも会いたかったけれど、今日は都合が悪いのよね。ま、再会の
感動は少しずつの方がいいか)
そう自分を納得させて、公子は悠香の家に向かった。
悠香の家も変わっていなかった。気になって、その隣の家の表札を覗いたと
ころ、以前と同じように「頼井」となっていたので、何だか知らないけれど楽
しくなる。
相変わらず、口喧嘩しながら仲いいんだろうなと思いつつ、呼び鈴を押そう
とした。
「公子!」
ボタンに触れる前に、玄関のドアが勢いよく開いた。同時に、名前を大声で
呼びながら、飛び出してきた悠香の姿が目に入る。
「わ、ユカ? ど、どうしたの、まだ押してないよ、ボタン……」
久しぶりに悠香の顔を見ることができ、勝手に顔がほころぶのを意識しなが
ら、公子は聞き返した。
それにかまう素振りもなく、悠香は飛び出した勢いのまま、抱きついてきた。
「公子、ひっさしぶりぃー」
顔だけ離して、まじまじと見つめてくる。
「ゆ、ユカちゃん?」
「――うん、変わんないな」
よしよしといった風に、公子の肩の辺りを叩く悠香。彼女も笑みがこぼれて
仕方がない様子。
「もちろんよ」
公子も、改めて悠香を見た。
「ユカも変わらないなあ。高二にもなるってのに、ジーパン。髪もまとめちゃ
って、折角の美人が男っぽい格好、もったいない」
「お世辞、うまくなったんじゃない?」
「いえいえ」
往来であるのも気にせず、元気よく笑う。
「それで、私が来たって、どうして分かったの?」
家に上がらせてもらいながら、最初の質問を繰り返す。
「気になって、窓から見ていたのよ。公子の姿が目に入ったから、急いで飛び
出してきた」
「そっか。よくあったもんね、みんなで集まるときに」
「それにしても急だったね」
悠香の口調が、少し落ち着いたものになった。
「二月にもらった手紙には何にもなかったのに、下旬になって戻ってこれるっ
て電話で聞いたとき、うれしかったけれど、びっくりもしたわよ。中学、転校
するときも、話を聞いたのは急だったけど、本当はもっと前から決まってたん
でしょ? 今度もそうだったんじゃないの?」
「ううん、本当に急だったの。こんないいこと、わざと遅らせるなんてしない
わ。とにかく、忙しかったんだから。ユカと同じ高校に入りたいから、急いで
手続きしてさ」
「そう言えば、あわただしかったから、聞いてなかったっけ。編入試験、どう
だったの?」
「おかげさまで」
小さくVサイン。
「ほんと? ま、公子なら当たり前か。とにかく、やったね! これでまたい
っしょ」
「うん!」
「そうとなったら、乾杯しよ!」
悠香は叫んで、台所の方に立つと、ジュースとお菓子を持って来た。
「改めて、おめでとうござい」
「ん、ありがとう。あ、でも……カナちゃんだけ別になっちゃってるのよね」
「そう。ずっと前、手紙に書いたけど、あの子、秋山君に熱を上げっぱなしで、
受験勉強に身が入らなかったみたいねえ」
秋山の名が出て、一瞬、どきりとする。
「そ、それだったらさ、今さら言っても遅いけど、勉強、秋山君に教えてもら
ったらよかったのにね」
「当然、そうしたのよ。だけど、例によって、かえって秋山君のことが頭を離
れなくなっちゃたのかねえ」
苦笑しながら、首をひねる悠香。
「ま、どうでもいいのよ。カナったら、全然、気にしていないんだから。ずっ
と会ってるんだし。そりゃま、卒業式では大変だったけどね。それが今や、幸
福の絶頂って感じ」
「え?」
背筋が冷たくなった。公子はそんな気がした。
「あ、これも言ってなかったっけ? そっか、手紙は二月の初めだったし、そ
のあとは忙しかったから……」
「何か、あったのね?」
声が震えないよう、ゆっくりと聞き返した公子。
「カナ、ついに告白したのよ!」
ねえ、聞いて。公子はそんな風に肩を叩かれた。叩かれた強さ以上に、自分
の身体が揺れているような気がする。
「いつかしら」
「ほんのこの間。二月十四日、バレンタインデーにかこつけてさ。実は私、事
前にカナから実行するって打ち明けられててね、その場を覗いてたのよ。はら
はらしちゃった。場所、学校から少し離れた喫茶店だったんだけど、普段、あ
れだけ話せるくせに、あのときのカナったら全然。小さな声、そう、あれに比
べたら、蚊の鳴き声の方がよっぽど大きいよ。で、何て言って告白したのかは、
はっきり聞き取れなかっった。それでもって、秋山君の方、少し間を置いて、
うなずいて、優しく笑って――格好よかったわね。カナからのプレゼントを受
け取って、一言、『いいよ』って」
「……」
「? 公子?」
悠香が目をぱちぱちさせる。
あ――と、声にならない息をこぼし、公子はようやく反応できた。
「どうしたのよ、もう。よかったじゃない。橋渡しした公子としても、うれし
いでしょ?」
「え、ええ」
笑顔がひきつらないようにするのに一苦労。
(ユカは、私の気持ち、知らないものね。ユカに腹を立てちゃいけない。うう
ん、誰にも腹を立てるなんてできない。自分のせいなんだから)
公子は深呼吸してから、乾いた唇を湿らせた。
「じゃ、じゃあさ、もう付き合ってるんだ?」
「そうみたい。休みに入っちゃったからはっきりしないけど、二人きりで出か
けてるの、一度見たし。けれど、あれはまだ、あつあつの恋人ってわけじゃな
いよ。なーんか、ぎこちないのよね。やっと始まったって感じかな」
「――ふうん。そっか」
(そうなのか)
公子はジュースを一口、喉を鳴らして飲み込んだ。なにがしかの感情も、奥
に飲み込むように。
「春休みの間に、みんながそろう機会、あるよ。そのとき、いくらでも冷やか
してあげればいいよ」
「そうね」
無理にうなずいた。
「そうだわ。みんな、私が戻るって、知ってるの? 買いかぶりかもしれない
けど、電話ぐらいあってもいいのになあって、思ったんだけど……」
「あ、それね」
秋山と要のことをせめて今は吹っ切るために公子が持ち出した話題に、悠香
はいたずらっぽく笑いながら反応した。
「言ってないの」
「えっ。どうしてよ」
「みんな、驚かせたいじゃない。さっき言ったみたいに、全員が集まる日がき
っとあるから、その場に急に公子が現れたら――ふふっ!」
「何だぁー」
少し、ほっとした。
「もう、人が悪いんだから、ユカは」
「熟慮の結果よ、これ。考えてもみて、公子が戻ってくると知っていたら、み
んな、無理してでも今日は空けておいたと思うの」
「そうかしら」
「そうよ、決まってるって! でも、あなたって子は、こういうことにも必要
以上に気を遣うんだから。無理してまで集まってほしくないでしょ?」
「それはまあ」
公子は素直に認めた。
「けど、私って、そんなはた目からでも分かるほど気遣い?」
「あらら、自覚ないんだなあ。そもそも、中二のときの転校だって、みんなが
試験に集中できなくなったら悪いから、黙ってたんでしょうが」
「それは……そうだけど」
思い返してみると、あれは、単に打ち明けたくなかったが故に考え出した言
い訳だったのかもしれない。公子の脳裏を、そういう意識がよぎった。
「それで、向こうの様子はどうだった? 手紙でも聞かされたけど、直に聞い
てみたい」
「印象が強いのは、星空の鮮やかさ。こっちとは比べ物にならないくらい」
「そういうことじゃなくて、だ」
人差し指を振る悠香。目がにんまり、笑っていた。
「気に入った相手でもできたんではないかと」
「な、何よ、それ」
「こっちに戻って来たってことはつまり、向こうの高校を一年行っただけで転
校したわけよね。別れが寂しくてたまらないわっ、てな感慨はない?」
「ないわよ。ほんとに、もう……」
「全然? まさか、人見知り病に逆戻りしたんじゃない?」
「そんなことないって!」
思い切り否定する公子。その両手は握りこぶし。
「それなら一人や二人、別れたくない友達がいるでしょ。何も男ばかり言って
んじゃないから」
「それは……もちろん、いたけど。こっちに帰りたい気持ちの方が、何倍も強
かったわ」
「本当に? 不思議だなあ。元々の生まれ、ここじゃないでしょう?」
「そうだけど、ここが一番好き。ユカ達がいるもん」
「ふふん。かわいいやつ」
笑顔になった悠香は手を伸ばし、公子の頭をなでる真似をした。
(本当よ。特に……秋山君と会えたのは、ここなんだから)
悠香の家に全員がそろってから、五分。部屋からは、すでに楽しげなお喋り
が漏れ聞こえていた。
(アメリカかイギリスのドラマの影響を受けすぎよね、ユカったら)
公子は皆がいる部屋の隣部屋に、一人でいた。昼間だから室内は明るいのだ
が、声だけは出さないように悠香から言われていたので、息が詰まりそう。
(こういうのもサプライズパーティって言うのかな? 私の靴まで隠して、よ
くやる……。合図、まだ? 早く、みんなと会いたい)
電話をじっと見つめる。
部屋から聞こえる声から、予定通り、みんな集まっているのが分かる。悠香
はもちろん、要、秋山、頼井の四人だ。新聞部だった石塚は、私立の高校に入
って遠方に行ったとかで、今日の参加は無理だったらしい。
「思い出したんだけどさ」
悠香の声。
(やっと始まった)
息をつきそうになり、あわてて口を押さえる公子。
「中二の夏だったかな? みんなで集まってさ、秋山君、料理作ったよね」
「記憶違いだよ、それ」
(秋山君の声。さっき、二年ぶりに聞いて、感激しちゃったな)
公子が隣室にいるのも知らず、秋山は続けた。
「僕は手伝っただけで、公子ちゃんがほとんど全部やったんだから」
自分の名前が、しごく自然に、秋山の口から出た。公子はそう感じた。
(覚えてくれてる!)
「そうそう。それが言いたかったの。ここに公子がいれば、あのときと同じだ
なって」
合図だ。悠香が初めて公子の名を口にしたとき、行動開始。
公子は受話器を取り上げた。
「二年、経つんだよな」
今度は頼井の声。
何を話しているのか気にかかったけれど、ボタンを押す。番号は、隣の部屋
に通じるもの。
「あ、電話」
悠香の声は、事情を知っている公子にとっては、空々しく聞こえてしまう。
「もしもし」
とりあえず、これから始めよう。あとは、何も話さなくていい。悠香が一人
芝居する手筈になっているから。
「え、その声――公子? 公子だよね!」
つばきが飛んで来そうな調子の声。
(大げさなんだから。月に一度は電話してたのは、みんなが知ってるんだから、
そんなに驚かなくてもいいのに)
公子の心配をよそに、悠香の芝居は続く。
「すっごい、偶然。今、公子の話、していたとこなのよっ。うん、うん、みん
な集まっててさ」
悠香の台詞の中に、公子の名前を聞きつけたのだろう。他の三人が、何とな
くざわついている様子まで伝わってくる。
「キミちゃんなの? 代わって、私、出る!」
要の声が聞こえた。
ここからが悠香の腕の見せどころ。
「ちょっと待って、カナ。あ、ううん、こっちのこと。聞こえた? カナちゃ
んも秋山君も、頼井のあほも来てるから」
「誰があほだ」
頼井の抗議には、あきれた響きが入っている。
(ほんとに変わってないね)
くすっと笑った公子。
「え? 戻ってくる? 本当に?」
ざわめきが一段と大きくなる。
「早く代わってよー」
要の甘えた調子の声が、再び聞こえたのを最後に、公子は受話器を戻した。
これで悠香の脚本通り。
今度は二つの部屋を仕切るドアに、耳を寄せる公子。
「何で、切っちゃうのよー!」
「ごめん、カナ。公子、忙しそうだったから」
「それにしても、ひどいぜ。少しぐらいいいだろうに、信じられんことするな」
要に続いて、頼井が文句を言った。先ほどから、秋山だけは黙っている。
「いいじゃないの。すぐにこっちに来るって言ってたのよ、公子」
「すぐったって、四月からだろ? 高校、どこなんだ? 聞いてなかっただろ、
おまえ。まったく、抜けてるんだから」
「ふっふーん。言うだけ言え」
勝ち誇ったように悠香。公子には、その様が簡単に想像できた。
(充分でしょ、ユカ? 早く会いたいったら! 合図の言葉よ!)
「もうすぐ、五人そろって遊べるようになるんだからね」
ようやく言ってくれたと、公子は耳をドアから離し、立ち上がった。
いざ、そのドアを開けようとして、ちょっと怖じ気づいてしまう。
(あれ? どんな顔したらいいんだろ?)
ノブに手をかけたまま、考えてしまった。でも、ぐずぐずしているわけにも
いかない。
瞬間、言葉を思い付いた。気持ちが固まり、ノブを回した。
かちゃ。
「ただいま、みんな!」
はっきりした声で言った。
表現しようのない不可思議な空間が、一瞬だけ形成され、すぐに解ける。
「キミちゃん!」
「公子ちゃん、か?」
「……公子ちゃん」
要、頼井、そして秋山の声が重なる。三人とも、状況を把握できずに混乱し
た表情だ。
「黙っててごめんなさい。ほんとはもっと前から帰ってたんだけど、ユカに頼
まれて、今日まで隠してたの」
順に三人の顔を見つめながら、公子は説明した。そして頭を下げる。
「い、いつ、帰ってきたの?」
最初に反応したのは、要だった。
「ユカのやりそうなこった」
天を仰いだのは頼井。
そして秋山は、右手を出してきた。
「お帰りなさい、ってところだね」
何故かしら少し寂しげな笑みを浮かべながら、それでもうれしそうな秋山。
彼の手を、公子は両手で握り返した。
「ありがとう」
「あんまり驚いちまって、感激し損なったぜ」
頼井は悠香を横目でじろっと見た。
「そうそう」
要も頼井の真似をしたかのように、悠香を見ている。
当の悠香は素知らぬ態度で、菓子を口に運ぶ。
頼井は悠香から目線を外し、公子へ向けた。
「折角の、感動の再会だってのに。ねえ、公子ちゃん」
「そんなに思ってくれてた?」
公子は、ジュースのお酌を受けながら、聞き返す。
「もちろん! いなくなってから、しばらく、公子ちゃんの話ばかりしてたよ、
ここにいる連中」
「本当だったら、うれしいな」
「ほんとほんと。ユカやカナちゃんは言うに及ばず、僕も秋山も。な?」
「あ、ああ」
頼井に肩を叩かれ、少しむせながら応じる秋山。公子の記憶にある秋山より
も、心なしか口数が少なくなっている。
そんな秋山が、やっと口を開いた。
「いなくなるのも唐突だったけど、帰ってくるのも突然だね」
「転校したときは、ちょっとだけ余裕あったでしょう? ほら、お別れ会をや
ってもらった」
「そうそう、あったわね」
悠香が、頼井の話をそらすためか、乗ってきた。
「クラスでもやったけど、私はここにいる五人でやった方がよく覚えている。
手前みそかな」
「私もよ」
両肘をついて、やや上目づかいになる公子。軽くまぶたを閉じるだけで、す
ぐに思い出せる。
(終業式のあった日だから、クリスマスイブだった。ボーリングして、ビリヤ
ードして、学校では禁止されてたカラオケに行って、唱いまくったっけ。真昼
だったのに、最初、いけないことしてるみたいで、どきどきしてたけど、段々
慣れてくると、秋山君とデュエットして、別の意味でどきどきして。終わって
から、今日みたいにユカの家に集まって、パーティ。ケーキを焼いてみたけれ
ど、お喋りに夢中になって、ちょっと焦げちゃったな。それから――みんなか
らプレゼントもらって、泣けちゃって)
「あのときは、キリストさんにもサンタさんにも遠慮してもらったからねえ」
目を開けると、悠香がにこにこしている。それが急に、にやっと意地悪な笑
みに変わった。
悠香の標的は、やはり頼井。
「――っと、健也はあとで嘆いていたっけ? 女の子と親しくなれる絶好の機
会を逃したって」
「ったく、おまえとはやっとれんわ!」
頼井の物腰は、関西弁風になっていた。それがまた元に戻ったかと思うと、
公子に向かって手を合わせた。
「洒落なんだよ。本気で悲しがってたんだから、公子ちゃんが転校するの」
「ふふ、ありがと」
みんな、変わってない。そう実感して、公子はうれしくなった。ただ一点を
除いて。
「帰ってきたの、春休みになってから?」
秋山が話しかけてきた。
「そうだけど、実際に決まったのは、二月の下旬だったの」
「あ、それなら分かる」
「?」
「いや、学校、そんな急に転校できるものなのかって、気になってたんだ」
「編入試験、受けたわ」
公子は高校の名前を告げた。
「何だ、同じじゃないか」
うれしそうな頼井。「四月から、よろしくぅ」とコップを差し出された。
「こちらこそ」
と、公子もガラスのコップを取り、頼井のそれにこつんとぶつけた。
「じゃあ……いっしょになるんだ」
秋山の方は、ワンテンポ遅れて反応を見せた。
「うん。――カナ、ごめんね」
公子は気になって、要の方を振り返った。
「どうして謝るの? 別の学校になったのは、自分のせいだもん。こうやって
さあ、普段、会えるんだし、気にしないよ」
要は心底からの笑顔で返してきた。
それを見て、また胸が痛くなる。
(私が許してほしいのは、もう一つのことなのよ……。どうしても、秋山君と
同じ学校に行きたかった。たとえ、カナちゃんが秋山君とカップルになったと
知った今でも、その気持ちは変わらない。こんな私、許してもらえる?)
要と秋山が楽しげに話しているのを目の当たりにし、もやもやとした複雑な
気分が増す公子だった。
(二人が話しているところを見ても、前は何も感じなかったのに……)
――つづく