AWC あやまりマジック、解けた   永山


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#540/566 ●短編
★タイトル (AZA     )  23/07/09  21:31  (220)
あやまりマジック、解けた   永山
★内容
 中学二年に上がるのを目前に控えた春休み。その瞬間まで手品に何の興味も持ってい
なかった。強いて言うなら、悪いイメージ。格好付けている印象が強いし、ある意味、
見る人をだましているわけだから。
 そんな私が、手品を観る機会なんて滅多にない。すべては偶然から始まった。
 お気に入りのアイドルグループの特番があって、番組内で、一芸を身に付けよう!み
たいなコーナーが用意されていた。メンバーの一人が手品を習うことになり、その先生
として登場したのが月影里雨《つきかげりう》という男性マジシャンだった。年齢四十
ぐらいで、一言で表すとダンディ。演じるマジックは選ばれたカードを当てたり、切っ
たロープをつないで見せたりと多分基本的な物ばかりと思うんだけれど、月影里雨の演
じ方には格好付けているところはなかったし、嫌味な感じも受けなかった。何故か好感
を持ってしまったのだ。ちなみにアイドルに教えた演目は、五百円玉サイズのコインを
噛みちぎっては元通りにし、さらにそのコインがとても入りそうにない口の細いガラス
瓶の中に、するりと入れてしまうというもの。教え方が丁寧で、優しそうだったからか
な。とにかく私は月影里雨のファンになると共に、手品――奇術やマジックと呼ぶ方が
似合っているかな――が好きになった。
「奇術部を作りたいの。舞《まい》ちゃん、協力して!」
 中学校には奇術部の類はなく、数ヶ月は我慢していたけれども、それも限界を迎えた
六月頭。私は放課後の教室で、友達の戸田《とだ》舞ちゃんに声を掛けた、というか拝
んだ。二年生の知り合いの中で、私と同じ帰宅部はあんまりいない。新しく部を作るに
は、少なくとも四人、揃わなければいけない。四人だと同好会扱いなのだけれど、とに
かく自分以外に三名は仲間になってもらう必要がある。
「その部は何を書くの」
 舞ちゃんが聞いてきたが、何のことだか分からない。思わず首を傾げると、「キジュ
ツブと言うからには文字か何かを記述するんでしょ?」と言われた。やっと分かった。
「その記述じゃなくて、奇術だよ。マジック」
「マジック……やっぱり文字を書くんじゃないの、マジックペンで」
「違うってばー」
 声を大にすると、怒ったみたいに聞こえたのか、舞ちゃんは「ごめんごめん、わざと
ぼけました。手品でしょ、分かってるって」と笑顔で言ってきた。はぁ、疲れる。
「何でマジックをやろうと思った? 冴《さえ》ちゃんて、これまで全然そんな素振《
そぶ》りなかったじゃない」
 一応断っておくと、冴ちゃんとは私の愛称で、君島冴子《きみしまさえこ》というの
が本名だ。
「テレビで凄い人を見たから。月影里雨って知らない?」
「あ、知ってる。この頃、ちらほらと出演が増えてるわよね。渋いイケメンで、人気出
るのもうなずける。そーかー、冴ちゃんはあの手の顔がタイプなのね」
「……否定はしない。けど、年齢は近くないと」
 素直な気持ちを答えると、舞ちゃんは拍子抜けしたみたいに肩をすくめた。
「暇だし、奇術部の名簿に名前を書くのはかまわない。でも、どんな活動するのよ。冴
ちゃんだってマジックはできないでしょ?」
「やってみたくて練習はしているんだけれど、まだまだ。人に教えるなんてとても無
理」
「だよねえ。先生の中にマジックの得意な人がいると聞いた覚えはないし、いたとして
も顧問になってもらえるかどうか不明だし」
「そうなんだよね。だからできれば、みんなで一緒に覚えていく、マジックの勉強会み
たいな感じで行きたいなあ」
「それにしたって、一人ぐらいマジックのできる子がいた方が」
「心当たり、あるの?」
「噂でだけど。江栗《えぐり》君がマジックやるらしいよ」
「江栗……」
 幼馴染みの名が上がって驚いた。それ以上にちょっと嫌な気持ちになる。
 江栗|克樹《かつき》とは小学生のときから同じクラスになることが多く、ご近所同
士ということもあって、よく遊んだ。でも、小学五年か六年の頃、原因は忘れたんだけ
ど喧嘩して、以来、遊ぶことはなくなった。今は必要があれば会話するけれども、友達
とも呼べないレベルだ。
 なお、江栗君はかなりの男前で、彼と幼馴染みだというと羨ましがられたり何だかん
だと頼まれたりするので、女子友達には話さないようにしている。なお、舞ちゃんは小
学校が同じだったので、私と江栗君が幼馴染みだと知っている。
「知らなかったみたいね」
「え、ええ。マジックをやるなんて、小さな頃には全然感じられなかった。どんなマジ
ックをやるんだろ?」
「それが誰も分からないの」
「はい? どうしてよ」
「一人前じゃない内は、無闇に披露しないと決めているんだとか。で、ここまでほんと
に言ったかどうか不明なんだけど、江栗君ファンの女子の間では、『もし見せるとした
ら、好きになった相手にだけだ』ということになっているそうよ」
「……」
 うう、好きじゃないタイプのマジシャンみたい。それはさておき。
「そんな噂話が出るってことは、本当に誰も見てないのね、江栗君がマジックしている
ところを」
「だね。男子ならいるかもだけど」
「うーん。経験者がいて欲しいのは確かだけど、その話だと当てにならない」
「じゃ、確かめて来なよ」
「え?」
「幼馴染みなんだし、頼めば見せてくれるよ、きっと」
 話が面倒な流れになってしまった。も、彼がマジックをやっているのなら、私が奇術
部を作ろうとしていること、いずれ耳に入るよね。あとになって「何で声かけてくれな
かった?」と言われるより、こっちから打診する方が平和的かな。ずーっと冷戦状態な
のは嫌だし。

「嫌だ」
 断られてしまった。わざわざ自宅を訪ね、玄関先で頭を下げてお願いしたのに、けん
もほろろっていうやつ。
「何で」
 なるべく昔の雰囲気っぽく、軽い調子で聞く。久しぶりに江栗君の家に来て立ち話と
いうシチュエーションが、私にも小学生の頃を仄かに思い出させた。
「僕がマジックを見せるのは、僕が好きな相手だけ――」
 うわ、やっぱりそうなの?
「という噂が一人歩きして、おいそれと披露できないんだよ」
 なーんだ。
「その噂なら最近聞いたわ。こっそり、他に誰もいないところで見せてくれればいいん
じゃない?」
「女子はおしゃべりだからな」
 偏見!と言いたいところだけど、今の私には言えない。だって仮にマジックを見せて
もらえたら、そのことを少なくとも舞ちゃんには話してしまうだろう。奇術部起ち上げ
のために、話さざるを得ない。
「そもそも何で君島さん、僕なんかのマジックを見たがるんだ?」
 あ、そこから説明しないといけないんだ。私はこの春からのマジック好きになった経
緯を話し、さらに奇術部を作りたいとも言った。
「――ってわけで、急にマジックに目覚めた感じと言えばいいのかしら。三ヶ月経って
も熱が冷めないし、本当に好きになったんだと思う」
「……」
 話し終わって相手の反応を窺うと、江栗君は何故か口をぽかんと開け、胸の高さ辺り
に構えた右手で、こっちを指差している。何か言いたそうだけど、それよりも男前が台
無しじゃないの。
「江栗君? どうかした?」
「――突っ込みたいところが山盛りで、言葉が出なかった」
「はあ」
 口調が少々荒っぽくなっていたけれども、久々に昔のやり取りをしている感覚が蘇っ
て、嬉しくなる私。続きを待った。
「敢えて、おまえと言わせてもらう。おまえなあ、その様子だと覚えてないな」
「はい?」
「小学一年のときだ。いや、あれは四月に入っていたから法律上は二年か。まあどっち
でもいい。あの頃は一緒に遊んでいたよな?」
「うん。何を今さら、改まって」
「覚えているかどうか確かめたんだよ。忘れていたらどうしようかと思った」
 まさか、そこまで記憶力ひどくないわよ、失礼な――と、胸の内で反発しておいた。
 江栗君はそんな私の気持ちなんて知らず、言葉をつないだ。
「僕は小二の春休みのある日、覚え立てのマジックを披露した」
「誰に?」
「だから君に」
 “おまえ”はやめくれたらしい。いや、そんなことよりも、マジックを見せてもらっ
た? 真剣に覚えてない。
「やはり完全に忘れてるか。僕にとっても嫌な思い出だから、手短に話す。僕のマジッ
クを見た君は、『それ知ってる』と言ったんだ」
「……何か、ぼんやりと思い出してきたかも」
「ちっとも驚かない君を見て、子供心にショックを受けた僕は一年後、違う演目でリベ
ンジしようとした。でも反応は同じ、『知っている』だった。それからしばらく君に見
せるのはやめて、家族相手に練習を重ねた僕は、小五の春休み、うちに遊びに来た君
に、自信を持って新たなマジックをやるつもりだった。その前に昼ご飯をうちで摂るこ
とになっていて、一緒にテレビを見ながら待っていた。ちょうどマジック番組の再放送
をやっていて、君は出演マジシャンの一人を指差して、『この人が一番のかっこつけだ
ね。がんばって化けても似合わない』とばっさり。僕がその瞬間から不機嫌になったの
を、当時の君は感じ取っていたように思うけど、覚えていないかい?」
「段々と思い出してきたわ。そういうやり取りがあったのは確かよ。不機嫌になった理
由までは当時も今も分からない。それ以来、疎遠になってたし」
「だったら、教える。小五の君がくさしたマジシャンは、現在の月影里雨だ」
「え、嘘でしょ。顔を覚えてはいないけど、イメージが全然違う……」
 小学五年のときに見たあのマジシャンは軽薄で、どこか無理をしている雰囲気があっ
て、ダンディな月影里雨とは結び付かない。三年という時間を経てもだ。
「嘘じゃないさ。当時は別の名前で出ていたが、正真正銘同一人物。若作りをやめて、
渋さを隠さないようにしたのが、月影里雨だ」
「ふうん。それって奇術ファンの間では有名な話なの? 随分、詳しいみたいだけど」
 それに江栗君の不機嫌な理由がまだ聞けてない、と思った矢先。
「有名な話かどうかは知らないけど、僕は知っていて当然なんだ。何せ、月影里雨は僕
の父だから」
「――」
 嘘!という声が出ないまま、腕を精一杯伸ばして江栗君を指差していた。
「こんなことで嘘なんてつかないよ。親父を悪く言われたら、小五の僕が機嫌を悪くす
るのは無理ない、だろ?」
 口をつぐんだまま、こくこく頷く私。そうしてやっと声が出た。
「ごめんなさい。今さらだし、知らなかったこととはいえ……」
「いや、まあ、実は感謝もしてるんだ」
「はい? 何で」
「あの頃の親父が行き詰まっていたのは事実で、あとから出て来た若手にどんどん追い
抜かれていて、将来を迷っていた。このまま細々と続けるか、すっぱりとやめて別の仕
事に就くか。そんなとき、僕が伝えたんだ、親父に君の感想を」
 うわぁ。恥ずかしくて思わず遼頬を押さえた。
「見た目でも演目でも背伸びすることをやめ、素で勝負するようになった親父は、運も
あったんだろうけど、人気が再び出始めた。月影里雨という名前もよかったと、僕にお
世辞を言ってくる始末さ」
「月影里雨って名前、あなたが考えたとか?」
「そうだよ。……君島さんにだけ明かそうか。アナグラムになっている」
「アナグラム?」
「言葉遊びの一種で、文字の並べ替えとでも言えばいいのかな。この場合、ローマ字で
考えた。僕、EGURI−KATUKIをうまく並べ替えると、TUKIKAGE−R
IUになる」
「へえー! 凄い」
 ほぼ無意識の内に拍手していた。江栗君はくすぐったそうに横を向き、ぼそりと「君
の感想ほどじゃない」なんてことを言った。
「それより、君島さんはマジックなんて種を知っている物ばかりでつまらないというス
タンスだったのに、よく心変わりしたな」
「ん? 種を知っている?」
 聞き咎め、首を左右に振った。
「ほとんど知らないわよ、マジックの種。四月にマジック好きになってから、いくつか
調べて覚え始めたばかり」
「ええ? おかしいな。小学生のとき、僕が見せる度に、知ってるを連発してたくせ
に」
「あ、それは」
 誤解されてたんだ。何年も経って気付かされたけど、遅すぎるかなぁ……。とにかく
話さなくては伝わらない。
「知っていると言っても、種を知っているんじゃなくて、そのマジックを見たことがあ
るという意味で言ってたんだけど……」
「なに」
 再び、口ぽかんの江栗君。うう、何だか凄く申し訳ない。肩を縮こまらせ、背を丸く
して、俯いてしまう。
 と、斜め下を向いていた私の視界に、江栗君が入って来た。力が抜けたのか、玄関に
続く飛び石の一つにへたり込んでいる。
「ったく、何だよそれ。ほんとにもう……」
 泣き笑いに近い声で、しかし意外と元気な口ぶりで、江栗君。心配することないかな
と思いつつ、「大丈夫?」と声を掛けた。
「ああ、大丈夫。いやー、凄く損した気分だ」
「損をした……って何を」
 首を傾げた私の前で、江栗君は勢いよく立ち上がった。今さらだけど、背が伸びてい
るなと感じる。
「うーん、遠回りをした分だな。よし、君島さん、時間は平気だよな? わざわざ訪ね
てきたくらいだから」
「う、うん、まあ多少は」
「じゃあ」
 きびすを返し、家へと向かう江栗君。
「上がって行けよ。昔みたいに」
「え、あ、あの−」
 嬉しいんだけど、展開が唐突で着いて行けない。
「マジック、見せてやる」
 え、お、あ、そ――返事がまとまらない。驚きと喜びと感謝それぞれの表明と、あと
マジックを見せてくれる意味について問い返したい。
 結局、最後の事柄を優先した。
「私なんかに見せていいの、マジック。噂のことは?」
「……皆まで言わせるなよな。マジックの種と同じ、秘すれば花」
 なるほど、確かに。
「それよりも僕のマジックを見て満足したなら、奇術部の設立メンバーに迎え入れてく
れ」
「それはもちろん、喜んで」
 前を行く江栗君がドアを開け、招き入れてくれる。中に入るとき、三和土にある革靴
が目に付いた。よく手入れされていて、ぴかぴかだ。
「あ、親父、今日は休みで家にいるんだ。いいよね?」
「――」
 どんな顔をしてお会いすればいいんだろう……。

 終





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