AWC 透明なラブレター   寺嶋公香


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#526/566 ●短編
★タイトル (AZA     )  22/12/15  20:56  (242)
透明なラブレター   寺嶋公香
★内容
 幼馴染みの紫藤夏望《しどうなつみ》が恋をしているのは明白だった。
 本人は隠しているつもりかもしれないが、隠し切れていない。少なくとも僕には分か
る。理屈じゃ説明不能だが、彼女の発する雰囲気がこれまでと大きく異なるようになっ
たのは、恋のせいに違いない。

 あ、自己紹介がまだだった。
 僕の名は名和育人《なわいくと》。高校二年生だ。初対面の人に名乗る際、“NAW
ANAWA”となる辺りをやや早口で言うと、結構受ける。
 話がいきなり脱線して申し訳ない。でも名前は大事なんだよ。言わなくても分かって
るだろうけど。

 紫藤夏望とは家が隣同士で、ずっと小さな頃からよく遊んだし、家の行き来もした。
さすがに高校に上がってからは減ってきたが、それでも学校ではよく話す。僕から彼女
へ、恋愛感情がゼロかと問われたら肯定しづらい。かといって好きで好きでたまらない
って訳でもない。ま、要するに仲のいい友達ってことで。

 さて、紫藤夏望が恋をしているのは確定として、相手は誰? しばらく“観察”を続
けていたら、程なくしてこれはという人物に行き当たった。
 同じ学年の加山徹《かやまとおる》じゃないかな。クラスは違うが、部活動が同じレ
クリエーション研究会。他の部員共々和気藹々とやっているのを、幾度か目撃した。外
見のイメージは、整った顔立ちで賢そう。こういうたとえで伝わるかどうか心許ないけ
れども、将棋の名人かクイズ王という雰囲気がある。実際、学業成績は上位一桁の常連
だ。
 ちなみにだが、レクリエーション研究会とはeスポーツと称される分野を除く、身体
を動かすゲームをまとめて扱う部だ。実際には裾野はもっと広く、ボードゲームやクイ
ズの類まで含む。昔、同研究会がオリジナルのゲームを考案し、商品化されたことがあ
るらしい。その実績が認められて、文化会系にしては珍しく、専用の部室を与えられて
いる。
 ちなみにツー。僕は弱小文芸部に所属し、好きなミステリを書いている。

 またあまり関係ないことに筆を割いてしまった。本題に戻す。
 当たりを付けてしばらく経ったある朝。登校してきた僕は、生徒昇降口を入ってすぐ
の下駄箱の一群から、加山徹のスペースを見付けた。探していたのではなく、何の気な
しに目に留まったって感じ。上履きがあるから、加山はまだ来ていないらしい。
 そして上履きの他に入っていた物が一つ。蝶々の形をした二つ折りの便せんで、“羽
”を少し開いていた。内側の直筆文字が見るともなしに見える。紛れもなく、紫藤夏望
の字だった。
 思わず目を凝らし、文章を読み取った。そんなに長くはない。『ロッカーの上の段
ボール箱の下に秘密の手紙を置いてくから、今日の放課後に読んでみてね。見付けられ
るかな? 紫藤』、これだけ。ハートマークの一つもないところを見ると、ラブラブの
イチャイチャって訳ではなさそう。だいたい、何を段ボールの下に置いたって? 秘密
の手紙とはラブレターのことじゃないのか。ラブレターなら最初からこうして下駄箱に
入れておけばいい。わざわざ蝶の便せんで予告し、二段階にする必要、ある?
 思わず、その場で考え込んだが、ぐずぐずしていたら加山が来るかもしれない。そっ
と離れるとしよう。無論、便せんはそのままで。

 少し時間が経って冷静に考えてみると、ゲームの一環なのかなと思えてきた。レクリ
エーション研究会の部員同士の、ちょっとしたゲーム。二人が恋人かそれに近い関係な
ら、多少ふざけた要素が入っていても問題あるまい。
 だからあんなおかしな文章になっているのかもしれない。どこがおかしいか、だっ
て? 「段ボール箱の下に置いた」とはっきり記しておきながら、「見付けられるか
な?」と続けているのは、どう考えたって不自然だ。絶対に何かある。
 そういえば……と、僕はここ数日の紫藤夏望の言動を思い起こしてみた。機嫌よく歌
を口ずさんでいることが増えていた。古い曲が多かったみたいだ。僕でも知っているの
は確か、KinKi Kidsにピンクレディーだっけ。曲名までは思い出せないので、
耳に残っているフレーズで検索してみる。……これは……共通点があると言えなくもな
い。イメージだけの薄い共通点だが。僕が知っているくらいだから当然だが、どちらも
相当有名な曲なんだな。
 それはさておき、いくつかの事柄が結び付いて、一つの絵が僕の脳裏に描けた。直感
通り、蝶の便せんや秘密の手紙やらが紫藤夏望の加山に仕掛けたゲームだとすると、僕
も一丁噛んでやるかな。弱小文芸図書部で一人、小説を書くのにも飽きが来ていたとこ
ろだ。刺激を求めて、ここは賭けに出てみよう。
 それには、加山徹にコンタクトを取らなくちゃならない。

             *           *

「加山君、話があるんだが時間、いいか」
 二時間目と三時間目の間の休み時間に、名和育人から廊下で声を掛けられ、加山は身
構えた。
「暇はあるけど、何かな」
 名和とは紫藤を通じて顔見知りではあるが、あくまでも顔見知りレベルであり、親し
い友達という感じではない。
「そう警戒するな。今朝、紫藤さんから“お手紙”もらってないか」
「……彼女から聞いたのか」
「いいや。家が隣のせいか、登校時間もだいたい同じになるんだよ。だから、紫藤さん
がこっそり入れるところを、ちらと見てしまった」
 なるほど。おかしくはない。
「中身も知っている」
「え、盗み見たのか」
「かみつきそうな目をするなって。不可抗力なんだよ。紫藤さんが立ち去ったあと、
蝶々が羽ばたいて飛んで行きそうになったから、つかまえて入れ直してやっただけ。そ
のとき、文章も目に入ってしまった」
「……それで、何が言いたい」
「レクリエーション研究会の部室って、鍵は誰が管理しているのかな」
「もちろん、顧問の三田《みた》先生だよ。必要なときに先生に言って、全教室の鍵の
保管ボックスから取り出してもらう。三田先生がご不在のときは、他の先生に頼む」
「仮に、部員ではない者、たとえば僕がその鍵を借りようとしたら、可能だろうか?」
「無理だね。部員の顔と名前を覚えているのは三田先生だけかもしれないが、他の先生
にしても部員名簿でチェックする決まりだ。仮に部員の誰かの生徒手帳を盗んだとして
も、顔写真付きだからばれる」
「へえ。加山君も割とミステリ頭をしているみたいだ。他人の生徒手帳を使うケースま
で想定するなんて、普通すぐには思い付かない」
「ミステリなら好きだからな。クイズに近いところがある。だからなんだ?」
「生徒でレクリエーション研究会部室の鍵を借りられるのは、所属している部員だけ、
と認識していいのかな」
「ああ。又貸しを考えに入れなければな」
「そうか、それがあったか。まあいい」
 独り言を口にした名和を前に、首を傾げた加山。
「用件は結局何?」
「推理小説書きの僕から、レクリエーション研究会への挑戦状だと思ってくれ。紫藤さ
んの置いたという秘密の手紙を、君は決して読むことはできない。何故なら、手紙は消
え去ったからだ」
「……レクリエーションゲームの一環ということか?」
「解釈は人それぞれだ。念のため言っておくと、紫藤さんの力を借りてはいないし、彼
女が借りてきた鍵を僕が密かに持ち出したなんてこともしていない」
「つまり、ミステリ的に表現すると、こうか、『密室状態の部室から、紫藤さんの置い
た手紙を持ち去り、再び鍵を掛けた。さてどうやってでしょう?』と」
「そういう状況設定なら、もっとスマートに短く表現できる。密室からの手紙消失、
だ」
 気取った調子で言った名和は、腕時計を見て「時間がなくなった。邪魔したね」とき
びすを返す。その背中に、追加の質問をぶつけた。
「待った。紫藤さんと相談してもいいのか?」
「ご自由に!」
 前を向いたまま、右手の平をひらひらと振り、名和は立ち去った。
 面白い。受けて立とうじゃないか。

 昼休みにも時間はあったが、加山は敢えて動かなかった。蝶の便せんで紫藤から指示
されていたように、放課後になって初めて部室に行ってみることに決めていた。それま
でに紫藤に接触することは考えなくもなかったが、もし彼女に話せば、その性格からし
てすぐに部室に行くと言い出す可能性が高い。そう判断して、黙っておいた。
 そもそも、今日は部の活動日ではない。
(だからこそ、紫藤さんは秘密の手紙を老田だなんて、茶目っ気のある遊びを仕掛けて
来たんだろう。他の部員が頻繁に出入りする状況では、さすがに控える。
 そういえば放課後になったら、紫藤さんも部室に来るのだろうか。秘密の手紙を見付
けてくれってニュアンスだが、僕が探し回るのをその場で見ていたいのか、それとも僕
が見付けた手紙を持って、彼女の家にでも届けるのか)
 その辺りのことを確認したい気持ちが沸き起こったが、顔を合わせると余計な話まで
してしまいそう。結局、放課後になるまで我慢した。

 そして迎えた放課後。
「実は今日の午前中に、名和君から挑戦されてさ」
 職員室に寄って鍵を借り出し、部室へと向かう道すがら、着いて来た紫藤に加山は事
の次第を聞いてもらった。
「――っていう成り行きになってるんだけど、紫藤さん、何か聞いてる?」
 説明が済み、問い掛ける。紫藤の反応は、左右に激しく首を振ることだった。
「全然知らなかった。あいつが勝手にやってるのよ」
「そうか。じゃあ、名和君も嘘は言ってないんだな。君が協力してないのなら、いよい
よ楽しみだ。どうやって不可能を可能にしたか」
「不可能を可能――」
「そうだよ。鍵の掛かった部屋、密室状態の部室から君の置いた手紙が消え失せている
と言うんだから」
「……あの」
「うん? 何」
 隣の紫藤を見ると、俯き気味になり、声も小さくなっている。
「言いにくいんだけど」
「はい?」
「あ、やっぱりいい。部室に着いてから話すね」
 おかしな空気を感じ取った加山。でもここでは追及せず、彼女の言う通りにすると決
めた。
 三分と経たぬ内に部室前に到着。他の教室と同じく横開きのドアには、間違いなく施
錠されている。通常の教室に比べればぐっと狭い部屋なので、廊下に面した窓の数は二
つだけ。そのいずれもがやはり内側から鍵を掛けられていた。
「あとは校庭側の窓だな。入ったらすぐに確かめよう」
 呟いてから鍵を使って解錠する。ドアを開け、中をざっと見渡した。部室内は、前回
最後に見たときと変わっていない様子だ。
「紫藤さんが手紙を置いたのは、今朝のことなんだよね?」
「え、ええ」
 彼女が先ほど言っていた話の続きをする様子はまだない。加山は残りの窓のチェック
をした。しっかりと施錠されており、ガラス自体にも小さな穴一つない。部室は完全な
密室状態にあったと言える。
「さて、ロッカーの上の段ボール箱、その下ってことだが」
 ロッカー前に立つと、手を伸ばしてまずは段ボール箱を下ろす。中には少量の冊子類
が入っているだけだから、たいして重くはない。床に置いて、いよいよ“秘密の手紙”
を手探りする。男子の中でも背の高い方の加山だが、そんな彼でもロッカーの上を直に
見ることはかなわない。
「紫藤さん、この高さによく届いたね。椅子を使ったんだ?」
「うん」
 天板を何度かぺしぺしと触っていると、指先に感触があった。
「おっ、あるみたいだ。何か拍子抜けだな」
 言いながらもまだ確信を持てないでいる加山。というのも、指に触れたのは紙ではな
く、ビニールのような肌触りに思えたから。とにもかくにも、その薄い何かを人差し指
と中指とで摘まみ、引っ張る。
「これは……」
 手にあったのは、封筒型をしたビニールだった。防水目的で実際の郵便に使われるこ
ともあるやつで、色はなく、無地の透明な代物である。宛名のシールもなかった。
「中身が消えたってことか?」
 つい、声が大きくなる加山。まさかここまで見事に、密室からの手紙消失をやっての
けるとは……感嘆して続きの言葉がない。
 と、そのとき、右袖に突っ張る感覚が。振り向くと、紫藤がいてくいくいと引っ張っ
ている。
「何、どうしたの」
「非常に言いにくいんだけど……ううん、先にこれを二人で見ろって言われていたか
ら、そうする」
 そう言いながら彼女がポケットから取り出したのは、白い紙を固く三角に結んだ物。
神社のおみくじみたいなそれはかなりきつく結んであるらしく、紫藤は手間取ってい
る。
「代わろう」
 加山は受け取ると、紙の両端を押し込むようにして、どうにかきれいに解くことに成
功した。紙はノートから破った物らしく、幾重にも折り畳まれており、開く手間がもど
かしい。
 完全に開いたところで、紙の左端を加山自身、右端を紫藤が持って底にある鉛筆書き
の文章に視線を落とした。

『加山徹&紫藤夏望へ
 挑戦に付き合ってくれて感謝する。今回の件は僕がいたずら心から起こしたものだ。
僕の読みが当たっているとしたら、手紙はロッカーの上にもどこにもないはずだが、ど
うだった? 以下、読みが当たったという前提で書くから、外れていたのなら大笑いし
てくれ。
 紫藤さん、君は最初から見えない手紙を置くつもりだった。言い換えるなら、まった
く何も置かないか、あるいは置いたとしても透明な何かだろう。蝶々の便せんにあった
「見付けられるかな?」という言い回しからそうにらんだんだけど、当たったかい?
 ではなぜ透明な手紙を置こうと思ったのか。単なる思い付きにしては奇妙だ。何らか
のメッセージが含まれているんじゃないか。そう考えた僕は、紫藤さんがここ数日、い
くつか歌を上機嫌で口ずさんでいたのを思い出したんだ。何の曲なのか全部は分からな
いけれども、一部は調べて分かった。「透明人間」と「硝子の少年」を歌っていたね?
 透明とガラスが被っていると言えなくもない。そういった歌を機嫌よく口ずさんだの
には、きっと理由がある。考えていると、はたと閃いた。透明を別の言い方をすると?
 そう、「透き通る」だ。
 加山君。紫藤さんが伝えたかったのはきっとこれだ。今さらかい!と僕なんか呆れて
しまったが、人の恋路を笑いはしないよ。恋路をちょっぴり邪魔した形にはなるだろう
が、そこはまあ、僕の嫉妬だとでも思ってくれていい。
 僕の挑戦はこれで終わり。月並みだけど、次のフレーズを贈ろう。お幸せに!
                                 名和育人よ
り』

 目を通し終えた加山は、またも首を捻った。最後のところで意味が分からなくなっ
た。
「ねえ、紫藤さん。これって」
 彼女なら分かるはずだと向き直ると、紫藤は顔を赤くしていた。
「大丈夫? 何か手が震えているが」
「大丈夫。あいつめ、ネタばらしするんなら、最後まできっちりやればいいのに」
「てことは、ここに書かれていることは、当たっているんだ?」
「う、うん。認めたくないけど、名和君に完全に先を読まれていた。密室からの手紙消
失だなんて、インチキもいいところ。本人は何もしてないんだから。ああ、失敗だっ
た。せめて歌を口ずさむのを我慢して、鼻歌で止めておけば」
 いや、そこはさして重要じゃないのでは。加山は思ったが、声に出してつっこみはし
なかった。
「それで最後のところが分からないんだ。紫藤さんが伝えたかったフレーズの意味っ
て? 透き通るは透き通るじゃないか?」
「やっぱり、簡単には分かんないものよね?」
「あ、ああ」
「だったら……もう少しだけ、考えてみてくれない?」
 彼女から頼まれたら、従わざるを得ない。元来、クイズ好きな加山は脳細胞をフル回
転させるつもりで集中した。
 フレーズを頭の中でリピートすること一分強、正解は急に舞い降りてきた。
「あ!」

   透き通る → すきとおる → 好き徹

 部室の二人は透明じゃなく、真っ赤になった。

 終





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