#502/567 ●短編
★タイトル (AZA ) 21/05/29 20:10 (130)
被害者はDM作成中 永山
★内容
最初に断っておくと、ここで言うDMとはダイレクトメールのことではない。
ダイイングメッセージ、死に際の伝言を意味しているのである。
ミステリやサスペンスドラマなどをたくさん読むなり観るなりしてきた人達の多く
は、ダイイングメッセージについて以下のような疑問を抱いたことがあるのではない
か。
1.メッセージを書いている余裕があるのなら、助けを求めてぎりぎりまで粘れよ!
2.死にかけでそんなややこしいネタ、よく思い付くな〜。
3.犯人はダイイングメッセージに気付いたのに、何故、破壊せずに、ちょこっと
付け足して他の人を陥れようとするの?
他にもあるだろうが、だいたいは上の三つに集約されるのではないか。
この内、1は案外ハードルが低いのではないかと思えなくもない。普段からミステリ
にどっぷり浸かっている人であれば、襲われて死を意識したら、ダイイングメッセージ
を書き残そうと高確率で考えるんじゃないだろうか。
いや、そんなミステリマニアであろうとなかろうと、本当に死を覚悟したときに人は
書き残そうとするかもしれない。むざむざと死ぬのは嫌でしょ、誰だって。
それに対して、2は逆にハードルが高いんじゃないかと感じる。たとえば、頭を殴ら
れて血をだらだら流し、陥没骨折した状態で、自分の血を使ってメッセージを書き残す
だけでも、物凄く大変な作業だろう。中には、自分の頭がぼこっとへこんでいるのを指
で触っただけで、気を失う人だっている気がする。
死にかけているんだから、残すメッセージも簡単なものになるのが普通で、まあ、犯
人の名前が分かるのであればそれを直接書くはず。
名前をストレートに書いているのを犯人に見付かったら、メッセージを消されてしま
う? そんな心配、してもしょうがない。これは3とも関わってくる事柄になるが、犯
人がまともな思考の持ち主であるなら、被害者が最後に残したメッセージなんて、破壊
するのが最善の対策に決まっている。換言するなら、犯人に見付かる位置にダイイング
メッセージを書いても無意味極まりないってこと。
人の脳は死に直面すると活発に活動し、日常では考え付かないような素晴らしい閃き
を得る、みたいなことを言った作家がいるとかいないとか聞く。けど、多分、それはな
い。素晴らしい閃きをするんだったら、助かる方法を見付けるのに発揮されるべきだ。
無論、普段から発想が柔軟で、殺されかけていてもユニークなアイディアを捻り出す人
はいるだろう。しかし、少数派だ。間違いない。
被害者はもしダイイングメッセージを残すのであれば、まず犯人の名前を書くと心に
決めて、犯人に見付からない位置に書くことを念頭に、冷静沈着に振る舞えば成功する
パーセンテージが高まるだろう。
3に関しては、誘惑に駆られるというのが原因になろうか。
「うわ、こいつ俺の名前書きよった。こういうのは他の血でぐっちゃぐちゃにして読め
んようにするのが一番やな。でも待てよ……。ここに一本、横棒を引いて、こっちを四
角で囲えば、こいつの仲の悪い弟の名前になるやん。うわ〜、どうしよ。悩むわ〜」
……というようなことを、殺人犯が殺人現場で考えるかどうかは不明だけれども、犯
人も冷静になる必要がある。悩まずに、メッセージは消す、破壊するに限る。仮に付け
足して小細工しても、今の科学捜査であれば、どの線を後から付け足したか、分かる場
合もある――知らんけど(関西弁風に)。
ところで。
ややこしめのダイイングメッセージを残しても、おかしくないと言える状況が、少な
くとも一つはある。
それは、“このままだと自分の身に死が緩やかに訪れる”と覚悟せざるを得ず、なお
かつ、“自分の死体を最初に発見するのは犯人である可能性が高い”というケースであ
る。
よくある例で言えば、閉じ込められた状態で餓死か窒息死を迎える、という設定がこ
れに該当する。金庫室とか地下室とかシェルターとか。そういった密閉空間に閉じ込め
られて出られなくなり、外部と連絡が取れない。しかもその密閉空間を開く鍵を持って
いるのは犯人のみとなったら、死を覚悟するでしょう。
そういった状況でなら、被害者は摩訶不思議なダイイングメッセージを残すことに全
力を注いでもおかしくはない。
だが、凝るべきは書く場所がメインであって、メッセージの暗号性に凝るのは徒労に
終わる恐れが強い。犯人がもしそのメッセージを警察に先んじて見付けたら、やはり破
壊するのが普通なのだから。
ところで2。
私がここまで書いてきたことは、大半が実体験に基づいている。
いわゆる殺し屋として二桁にのぼる数の人を殺してきたけれども、ダイイングメッ
セージを書くような被害者にはついぞお目に掛かったことがなかった。もちろん、その
被害者達はいずれも私の顔と名前(偽名も含む)を一致させて覚えており、犯人の名前を
本気で残すつもりであったなら、絶対に書けた場合に限っての話である。
厳密に言うと、一人だけ、書こうとした奴がいた。だが、当時は私も若く、殺人初心
者も同然だったため、つい焦りが生じた。倒れ伏した状態で何か書こうとしている被害
者の後ろに忍び寄り、慌て気味にとどめを刺してしまった。現在の時点で振り返ってみ
ると、惜しいことをしたと感じる。あのとき好きなように書かせておいて、それから殺
害しても充分に時間的余裕があったのだから。
話はまた逸れるが、ダイイングメッセージのミステリ作品としての弱さは、名探偵サ
イドには答合わせができない点にあるんじゃないかと、考えないでもない。
名探偵がその優秀な頭脳で素晴らしい解釈をし、メッセージを読み解いたとしよう。
しかし、書いた当人は基本的に死んでいるのだ。
名探偵の推理によって導き出された“答”がたとえどんなにとんちが効いて、人間心
理の盲点を突いた非常に面白い物であったとしても……正解とは言い切れない。
犯人が被害者のダイイングメッセージに小細工をしていた場合は、多少答が分かるも
のの、それとて被害者が書いた分のみに対する解釈が果たして正解しているか否かは、
被害者にしか分からないのである。
話を戻す。
私は人を殺めていくにつれ、一度くらい本物のダイイングメッセージをこの目で現認
したいと願うようになっていた。
そして何だかんだと愚痴めいたことを言ってきた。が、普段の殺しでそんなことは考
えない。さっさと現場を立ち去るに限る。
今日は特別だ。
何故なら――さっき殺したばかりの男が、頑張ってメッセージを残していたのだか
ら。
これが噂に聞くダイイングメッセージの本物か……と感動を覚えなくもない。記念に
写真の一枚でも取っておきたいんだが、そんなことをしてもしも警察に見付け出された
ら、殺人の動かぬ証拠になる。涙を飲んで諦めた。
諦めが付いて、気分も落ち着いたところで、私はメッセージを消そうとした。が、は
たと妙な点に気が付き、動きを止める。
被害者が書き残したメッセージは、「山田」。
人の名前に間違いない。だけれども、山田は私の名前ではないのだ。
この男はどういうつもりで山田なんて書いたんだ?
男と私の共通の知り合いに、山田姓の者は確かにいる。けれども、私と山田とは似て
も似つかぬ外観をしており、間違えようがない。
もしかすると、この男が山田をこの上なく恨んでおり、どうせ死ぬんだったら、真犯
人(私)の存在は最早どうでもいいから、山田に濡れ衣を着せて、あわよくば処刑台に
送り込みたい、と考えたのか。
だが、私の知る限り、男と山田の仲はすこぶるよく、恐らく今までに口論すらした経
験はなかったであろう。それにちょっと日付が曖昧だが、山田はおとといから欧州旅行
に旅立ったと聞いている。少なくとも今日のアリバイは完璧に成立するに違いない。死
んだ男もそのことは把握しており、山田の名前を書き残しても無駄であると分かるは
ず。
うーん、理解しがたい。
問答無用で破壊し、読めなくするつもりだったのに、できなくなってしまったではな
いか。
ここは原理原則に従い、メッセージを破壊し、読めなくするべきか。
でも、私の知らないところで、男にはまた別の山田という知り合いがいて、そいつに
罪を着せたいがために、山田と書いたんだとしたら、死者の意思は尊重すべきである。
私にとっても都合がよい。
悩みどころだ。
ダイイングメッセージを破壊せず、改変したくなる犯人の心理が、ようやく理解でき
た気がした。
終