AWC 出会い過多   永山


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#501/567 ●短編
★タイトル (AZA     )  21/05/22  19:55  (234)
出会い過多   永山
★内容
 半ドンの水曜日。授業は終わったけれども、家に帰っても特にいいことがあるでもな
し。帰宅部のくせして、家に帰らないことを選んだ私は、さりとて何をするでもなく、
校内をぐるっと回っていた。
 角を折れて、長い廊下に入る。向こうから、男子が来るのが見えた。多分、二人。
徐々に近付いていって、彼らがクラスメートだと分かる。
「こうも出会いが多いと、さすがにうんざりするよ」
「ああ。出会いが多すぎる。中にはいいものもあるんだが」
 すれ違う刹那、男子二人のそんな会話が聞こえて来た。美形ならではの贅沢な悩みと
いうやつ?
 柔和で優しい感じの方が浜本《はまもと》君、彼よりちょっと背が高くて目付きの鋭
い方が松田《まつだ》君。二人とも私と同じクラス、二年二組の有名人だ。私はこの四
月に転校してきたばかりだが、そんな私でも彼ら二人が学校内で知らない人はいないく
らいの存在であることは、じきに飲み込めた。それほどまでに目立つコンビだったか
ら。
 眉目秀麗、学業優秀、スポーツ万能という三本柱に加えて、生徒会に積極的に改革案
を持ち込み、校則及び施設利用規則の改善や校内ネットワークの充実など、いくつかの
成果を上げている。
 本人達は生徒会長の地位には興味がないらしく、今年度の立候補機会を当然のように
見送った。何でも、ネットビジネスに乗り出す計画があって、生徒会役員として務める
時間の余裕がないというのが大きな理由らしい。
 人種が違う気がしてくる……。
 私は彼らの声が聞こえなくなるところまで来て、立ち止まった。掲示板のすぐ横の壁
にもたれかかり、ほう、と息を吐く。あまりに対照的だと、改めて思う。
 私は中学高校と、基本的に目立たない道を選んできた。人と争って勝って目立とうと
しても、上には上があることを小学生高学年にして思い知ったし、他者と争うことによ
って生まれる嘘や妬み、嫉みにほとほと疲れたというのもある。
 そういう風に方針を決めた私であっても、松田君と浜本君の活躍ぶりを見聞きすると
うらやましく感じるのは、多分、彼らの強さに感心しているのだろう。二人は攻撃にも
防御にも強い。
 言うまでもないことだけれども、彼らに対して悪く言う人達もいる。外見を取り上げ
るなら、浜本君はチャラっとして軽い、松田君はいつも睨んでいるみたいで怖い。生徒
会役員になろうとしないことについても、いざというときに責任を取りたくないからだ
と誹られる。異性から非常にもてて、いつも遊んでいる風に見えるため、嫉妬に拍車が
掛かるのかもしれない。
 そんな声に対しても、松田君と浜本君に気にした様子はない。陰口はきれいにスルー
し、面と向かって言ってくる相手には堂々と反論する。なんて言うか、“自分”という
ものを持ってるなあ、と思う。
 はぁ……。
 私ももっと小さな頃に、“自分”を持てていたらな。
 過去を悔やんで、ため息がこぼれた。
「何てため息ついてるのさ」
 いきなり頭の上から振ってきたような声に、伏せがちだった目を見開いた。浜本君が
ほぼ目の前にいた。
「――ちょっと考え事」
 ついさっきまで自分の中で話題にしていた人の登場に、物凄く焦っていたけれども、
表面上は平静さを装う。
「おまえ、耳の聞こえがよくないのか?」
 別の声――松田君の声が右から聞こえた。掲示板の前で、顎に片手を当てるポーズを
している。こっちを向いていないけれども、私に話し掛けたのよね?
「耳は特別よくも悪くもないつもりだけど。健康診断もパスした」
「じゃあ、うっかりか。浜本は『何で』と言ったんじゃない。『何て』と言ったんだ
よ」
「うん?」
 指摘するところの意味が飲み込めず、浜本君へと目線を戻す。
「ぶっきらぼうだけど松田の言う通りで、僕、『何てため息ついているの』と言ったつ
もりなんだけど、ごめんね、滑舌が悪くて」
 笑顔でさらさらと流れるように言われ、ようやく理解できた。
「ううん。こっちこそ。まさかそんなこと言われるとは思ってもみなかったから」
 掲示板に何か用事があるのかなと、左に二歩、横移動する。浜本君がついてきた。松
田君の方は掲示板に何か張るでもなく、天井から掲示板のある壁、そして床の順にじっ
と見ている。
「僕は頼まれもしないことを声に出して詮索しないよ。人が困ってたり苦しんでたりす
るのが分かったら、あれこれ思いはしても言葉には出さないか、そうでなければ黙って
行動に移る」
「おいおい、何プチ演説をぶってるんだ」
 ポーズを解き、呆れ口調で松田君が言った。
「だって、僕が単なる口だけのお節介野郎と思われてるんだとしたら悲しくて、訂正せ
ずにはいられなかった」
「そ、そんなことは思ってません」
 首を振った。昔の癖で、髪が長かった頃みたいに手を持って行きそうになったが、堪
えた。
「――俺は浜本とちょっと違って、興味を持ったら詮索する質なんだが」
 掲示板の前から、私の方へ近寄ってきた松田君。
「何で丁寧語なんだ。折藤《おりふじ》さんは同学年どころか、同じクラスだろう」
 じっと眼を見据えてくる。これは真面目な質問のようだ。真面目に考えて答える。
「急に現れて驚いたから……違うか。これまであんまり喋ったことなかったのと、圧倒
されたので」
「えー? 松田はともかく、僕、そんなに威圧感ある?」
「い、いえ。見た目とか態度だけの話じゃなくって、行動が、何て言うかうらやましい
ぐらいに自信に溢れていて、自由だなと。結果出してるし、尊敬する」
「うーん、尊敬は嬉しい。けど、かしこまられるような尊敬はあんまりいらないかな
あ。女子から敬遠されたくない」
「俺はうるさくない方がいい」
 わざとなんだろう、なよっとした仕種で全身震えさせる浜本君。松田君は手帳を取り
出し、何やら淡々とメモを取った。
「さっき言ってたのと違う……」
 二人を見つめながら、私の口はほとんど自動的に言っていた。
「え、何が違うって?」
「さっき、ほんの少し前、廊下ですれ違いましたよね」
「すれ違ったのはもちろん覚えてるけど、丁寧語やめて欲しいな」
 にこっ、と擬態語が聞こえて来そうな笑みで言われ、私は従うことにした。
「すれ違ったとき、二人が話してたの、聞いたんだからっ」
「え、何か怒ってる?」
「おかしいんだもの。浜本君も松田君も」
 と、右腕で二人を順番に差し示す。
「俺の何がおかしいって?」
 手帳を閉じ、仕舞いながら松田君が聞き返してきた。怖くはないが、迫力はある。
「言ってたじゃない、浜本君は『出会いが多くてうんざり』、松田君は『出会いが多す
ぎるがいいものもある』って。今の発言と矛盾してない?」
 何でこんなことに引っ掛かりを覚えて、突っかかってるんだろう。心のどこかで彼ら
二人を理想化していて、裏切られた気持ちになった? いや、そうじゃない。
 二人とも、人との出会いを軽く考えているように思えた。そのことが気に入らなかっ
た。
「……」
 松田君が先に浜本君の方を向き、遅れて浜本君が見返した。
「浜本、そんなこと言った覚えあるか?」
「ない、と思ったけど、待ってよ。何か思い出してきた」
 思い出すも何も、忘れるほど時間経ってないでしょ! ついつい大声を張り上げそう
になった。けれども、浜本君が続きを話す方が早かった。
「もしかして、勘違いされちゃったかなあ? 僕らがさっきまで話してたのは、ネット
の投稿小説の第一章の副題に、『出会い』が多い感じがするっていうことなんだけど」
「……はあ?」
「数えて統計を取った訳じゃないが、印象では『出会い』が目に付く。出会いが多すぎ
てうんざりだ。中にはいい作品もあるのに、副題の付け方で損をしているとしたら勿体
ない、ということを語り合っていたのだが」
 松田君が朗々と述べた。今度はちょっぴり怖い。
「ごごめんなさいっ」
 大慌てで頭を下げた。二人との距離が意外と近かったので、気分的に、髪の毛が彼ら
に触れるんじゃないかと思った。
「まさかそんな話をしてるなんて、全然思わなくって」
「それもそうか。文学ってキャラじゃないもんね、僕も松田も」
「許す。が、決めつけには注意しろよ、折藤さん」
「はい……で、でも、ほんと何でネットの投稿小説の話なんて」
 自分のミスを棚上げし、興味本位で聞いた。浜本君は特に嫌がる様子もなく、答えて
くれた。
「噂ぐらい聞いてるでしょ、僕らがネットでのビジネス考えてるって。その候補の一つ
が、小説投稿サイトにおける評価システム。感想コメントを機械に読み込ませて、作品
を読みもしないで書いた点数稼ぎの定型文か、きちんと読んで書いた感想か、はたまた
作者を貶めるためだけの中傷なのかを判断するAIができないかってね」
「ああ、そういう……」
「これが思った以上に難しくて。滅多に誉めない人が誉めたらその作品は凄くいいのか
もしれない。まだ年端も行かない子が一言、『おもしろかった!』と書いた感想は、ど
んなに短くても最高の賛辞と言えるのではないか。そういった学習させるべきポイント
を定めるのが大変でねえ。感想を書く側の属性に関わらせちゃうと、その属性の正しさ
をどう担保し、時間経過と共にどう更新するかっていう問題なんかも出て来る。いや
あ、ほんと、難しい」
「難しいのは当たり前だと思う」
 かつての経験から、私は即応していた。
「人の感想なんて、その人の気分次第でも変わるんだから」
「なるほど。真理だ」
 浜本君は大きくうなずくと、松田君に何やらアイコンタクトした。対する松田君の反
応までは見る余裕がなかった。
「なあ、折藤さん。こんな風に話し込んだのも何かの縁だと思う」
 松田君に改まった口調で言われ、どことなく警戒感が働いた。
「何にもない掲示板の前まで来て、話し掛けてきたのが? そういえば、二人は掲示板
にどんな用があったのよ」
「ああ、それは掲示板を電子化できないかと思って」
 答えたのは浜本君。
「限られたスペースに紙を貼るやり方じゃあ、取り合いになるし、いちいち張り替える
のも手間。電子化すれば一括で制御できて、たとえば三十分おきに内容が入れ替わると
かすれば、スペースの取り合いもなくなる。いいアイディアだと思ったけど、予算や配
線の都合もあるし、試験的に一つ二つ導入するなら、どこの掲示板がいいかなと調査し
ていたんだ」
 色んなことを考え付く人達だ。
「納得したわ。続きをどうぞ、松田君」
「――お節介を承知で聞く。差し支えがあるのなら、ずばり言って立ち去ってくれ」
「う、うん」
 松田君の口ぶりと前置きから、私は予感を抱いた。身構えることができるのなら大丈
夫、多分。
「折藤さんは五年ぐらい前まで、芸能活動をしていたんじゃないか。芸名は沙折原詩織
《さおりはらしおり》、愛称オリオリで」
「よく知っているね」
 被せ気味に答えた。本名の折藤|美里《みさと》から折だけ取った、愛称優先の芸名
だった。
「浜本君達って、子役タレントとかジュニアアイドルに興味あるのね?」
「悪い意味で含みのある響きを感じるなあ。君が活動していたとき、僕らは同じ年齢な
んだけど」
 浜本君が苦笑いしながら言った。
「じゃ、当時から知ってたの?」
「うん。だって、割と普通にテレビとか出てたじゃないか。ドラマとか再現VTRと
か。本人前にしていうのは初めてだけど、かわいくて印象に残った」
「……」
 顔が赤らむのを自覚した。でも、顔を背け気味になったのは、気恥ずかしさが原因じ
ゃない。
 恐らく、この二人もこのあと聞いてくるに違いない。「何でやめたの?」と。
 ジュニアアイドル路線に一歩だけ踏み出したから。それが何か違うと感じたから、何
もかもやめた。
 浜本君が言ったように、当時の私は割とテレビにも出て、ちょっとだけ名前が売れて
いた。けれども、人気爆発にはまだまだ。そんなとき周りの関係者に勧められて、とい
うよりもそそのかされて、母がジュニアアイドル的な売り出し方に乗り気になった。私
は小五の終わり頃には大人の人の嗜好や性癖には色々あると分かっていたけれども、母
が言うならと従った。自分を持てなかった。
 結果的に結構売れたらしいけれども、嫌な思いをした感覚の方が勝った。母は謝って
くれて、私も許したんだけど、父はそれができなくて離婚した。父とは今でも時々会っ
ている。
 と、こんな重たい話をするのは苦くて面倒なので、どう返答しようか頭を悩ませてい
ると。
「現在の折藤さんが己を殺してるみたいに見えるのは、そのことが関係しているんだろ
うか」
 松田君の口からは思いも寄らない質問が飛び出した。おかげで五秒ぐらい、妙な間が
できたじゃない。
「折藤さん?」
「うん、関係してると言える」
 答えた途端、松田君が「馬鹿」と呟き、被せるように浜本君は「勿体ないよ!」と悲
鳴みたいに言った。
「馬鹿はないんじゃない?」
「聞こえてたか」
 珍しく、いや初めてばつの悪そうな表情を見せた松田君。
「どんな事情があるのかは知らん。だが、自分自身を低く見せる理由が、俺には理解で
きない」
「あのー、僕ら知ってるんだ。君がテストでわざと間違えるとこ、見ちゃって」
「え?」
「目撃したのは僕だけなんだけど。数学で、最後までかなり早く解いたあと、全体を見
直して、最後の解答欄、消しゴミで消してそのままにしたよね。満点を避けたとしか思
えない」
「……目立たないようにと思って」
「だから馬鹿って言いたくなるんだよ」
「こっちだって分かってるんだから。目立って、人目について、小学生の頃の私を思い
出されたくないの」
「気持ちを解釈はできるけれども……やっぱり分からないな」
 浜本君もまた珍しく、深刻な声で何か絞り出すかのように言った。
「何があったって、全部ひっくるめて折藤さんだよ。別に、昔のことを選挙カーみたい
に声高に言って回る必要は全くないけど、過去が原因で必要以上に自分を押し殺すのに
は、僕は反対だな」
「自分でも分かってる。私が思ってるほどみんなはオリオリのことなんて覚えちゃいな
いし、気にも留めてない。多分、私の気の持ちようなの」
「提案なんだけど……もし、髪をショートにしているのも過去のせいなら、まずは好き
なスタイルにしてみることから始めるってのはどうかな」
「小学生の頃みたいに?」
「うん。大丈夫。君は凄く成長してる。小学生の頃の君みたいになるんじゃなくって、
今の新しい君になるんだ」
「――口のうまいプロデューサーみたい」
 くすっと笑えた。
「今すぐにとは言わないが」
 松田君が口を開いた。
「もしよければ、将来協力して欲しい。色んな人から評価されてきた折藤さんの経験
は、AI開発にきっと役に立つ」
「これはビジネストーク?」
「ビジネスには違いないが、折藤さんに興味関心があるからこそだ」
 松田君の真顔に、またくすっとなった。
 何か始まりそうな気がする。
 私はオリオリをやめてから、折藤美里に再デビューする。

 終わり





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